08 : この世界に望むこと。
親子揃って竜を抱えていると、フェリトワとツヴァイが目を真ん丸にした。
「増えてないか?」
というフェリトワの問いに、見ればわかるだろ、と言っておく。
ノルジスの肩には銀竜が乗り、レヴンの頭には黒竜、セヴンの腕には白竜がいる。明らかに増えているのだから見ればわかるはずだ。
「黒竜を見たときに思ったが……随分と珍しい竜に好かれているな」
「やっぱり黒竜って見かけないの?」
「見かけない、というより……存在しているとは思っていなかった、かな。白竜や銀竜も、見かけることもあるがそれすらも貴重だ。そもそも、人に懐く種類の竜ではない」
黒竜はともかく、白竜も銀竜も見かけるのは珍しい。ノルジスは当たり前のように逢うから気にならなかったが、やはりそれも珍しいことのようだ。
「ベジはまあ、僕もベジ以外の黒竜は見たことがないし……やっぱり解剖したいな」
ちらり、と黒竜に視線を送る。びくりと震えた黒竜は、レヴンの後頭部に逃げた。
「名前があるのか」
「ベジ? うん、みんな名前あるよ。まあ、僕がつけた名前だけど」
「黒竜は?」
「ミックスベジタブル。略してベジ」
「……、は?」
「白竜はフルーツポンチ、略してポン。銀竜はフルーツサラダ、敬意を込めてラダさんと呼んでる」
それぞれ紹介したら、フェリトワもツヴァイも沈黙した。たぶん意味がわからなかったのだと思う。
「ベジ、ポン、ラダさん。まあ、きみたちには呼びにくいだろうから、色で呼べばいいよ」
この世界にない言葉だから、仕方ない。ノルジスが思いついた名前をつけた三匹の竜たちも、意味はわかっていない。今さら意味を教えるのも面倒で、息子たちも名前の由来は知らない。適当につけた、と言うと銀竜のラダさんが怒るのは目に見えているので、そもそも口にできることではなかった。
「変わった……名前なのだな」
「お腹すいてたからね」
「は?」
まさかお腹が極限に空いているときに逢ったからそんな名前になった、とは言えない。まあ言ったとしても意味は通じないだろうけれども。
「なんでもない。ああそうだ、この子たち親子だから」
「はっ?」
「ベジが……黒竜が娘ね。お父さんが白竜、お母さんが銀竜だから」
「……。まるであなた方の逆であるような親子竜だな」
「あは。僕が黒いからね」
面白いこと言うなぁ、というか、ノルジスもそれは一度思ったことだ。
「黒竜と銀竜が雌で、白竜が雄か」
フェリトワはまじまじと竜たちを眺め、触りたそうにしていたが、銀竜が発した冷気に伸ばした手を引っ込めていた。
「ところで王子サマ」
「ん、ああ、そうだった」
「うん。朝も早くから、なにかな?」
朝食を終えたところで部屋に現われたフェリトワは、今日はツヴァイのほかにも騎士を従えていた。おそらく近衛騎士で、そして竜騎士でもあろう者たちだ。服装は昨日と仕様が変わらず、動きやすそうな恰好ではあるが、一目で高貴な生まれであることがわかる。無駄な装飾がないぶん空色の双眸が際立って、さらさらと流れる薄茶色の髪も同じくらい目立っていた。
フェリトワみたいにレヴンもきらきらすればいいのに、と残念な息子を思う。セヴンはきらきらさせているからいいけれども、レヴンのほうは相変わらず全体が黒で統一されているから可愛くない。やはり、どんな服でも着たら白くなる魔術を施しておいたほうがいいかもしれない。
と、思考が反れた。寝不足だから仕方ない。いろいろと考えると、どうも残念な息子たちの姿が気になってくるのだ。可愛い子どもたちのことだから許して欲しい。
「と、いうわけだ。かまわないか?」
いつのまにかフェリトワの説明が終わっていた。
「ああごめん、聞いてなかった」
「……。おい」
「うんごめん」
わお、とノルジスは笑って誤魔化す。穏やかで読書が好きそうな朗らかな雰囲気があるフェリトワだが、やはり魔導師団を統率する司令官なだけあって、凄みはある。
「移動するがかまわないか、と訊いた」
「ふぅん。もともと城を目指してたから、べつにかまわないけど。なんで?」
「ここから二つ先にある街で、魔獣の群れを確認したからだ。少し前に魔術師の小隊が霊術師と向かったが、おそらく手に負えない。数が多いらしい。今朝早く、応援要請がきた」
「ああ……魔が増加傾向にあるんだったね」
「だから、さっそくあなた方にも任務についてもらう」
「僕を数に入れるのはおかしいよ。息子たちに言うべきだ」
「承知している。だが……あなたは黙っていられるのか?」
フェリトワの真っ直ぐな双眸と、その奥に光る得体の知れないものに、ノルジスは唇を歪めた。
「なにそれ」
なにが言いたいのだ。けっきょくは魔王だろうとでも、言いたいのだろうか。いや、言いたいのだろう。魔を統べる王として、増加傾向にある魔に、黙っていられるわけがないと思っているのだろう。
「魔の増加傾向に、心当たりはないのか?」
「あると思う?」
「思う」
「なぜ」
「あなたがここにいる。トーエイの森から出て、われわれに姿を見せた魔王だ」
ふん、とノルジスは鼻で笑う。
「ないから表に出てきたんだけどね」
「……心当たりがない?」
「僕はきみたちが言うところの魔を統べる王だろうけどね、その役割は君たちが思っているようなことではないんだよ」
わかるだろうか。いや、わからない。だから人間は魔王を恐怖の対象とし、倒そうとする。
そのことに対して、ノルジスは思う。
なぜ、と。
なにが怖いの、と。
なにがきみたちを恐れさせるの、と。
ノルジスはなにもしないのに、魔王はただ存在しているだけなのに、そのためだけに存在しているのに。
はあ、と長く息を吐き出し、大きく息を吸い込んだ。
「息子たちを連れて行くといい。僕は残るよ」
「……あくまで、黙っている、と?」
「僕が魔王であると、知っているのは今きみが引きつれている者たちだけだろう?」
「そうだが……それが?」
「忌み子の災厄」
じっと、フェリトワを見つめる。息を呑んだフェリトワは、見つめてくるノルジスの視線から逃れることもできず、沈黙した。
「糾弾されるのは、きっときみだよ。だから息子たちを連れて行くといい」
ノルジスは魔王で、そして見てくれは忌み子だ。隠そうと思えば隠せるけれども、ノルジスにその気はない。忌み子であるなど、ノルジスには関係ない。だが、この外見のせいで誰かが傷つくのはいやだ。息子たちが悲しむのはいやだ。自分勝手なことかもしれないが、いやなものに対して平然としていられるほど、ノルジスの神経は太くもなければ細くもない。
忌み子は、忌み子らしく、隠れている。
「僕を数に入れてはいけないよ、王子」
魔王を味方につけることができたと、フェリトワは一瞬でも思ったことだろう。だが、そんなに簡単に、利用されてやるつもりはない。そもそも、魔王はフェリトワが考えているような、人間たちが思っているような、そんな存在ではないのだ。利用など、できるわけがない。
「……それでも、あなたは魔術師だ」
「僕を人間扱いしてくれてありがとう」
「そういう意味では」
「息子たちを」
ノルジスも連れて行こうと諦めないフェリトワに、ノルジスは深く笑む。
「世界に愛されし子を、連れて行きなさい」
行かない、ということを貫くと、フェリトワは少しの間押し黙ってなにか言いたそうな顔をしたが、どれだけ経っても笑みを崩さないノルジスに、説得しても無駄だと漸く理解を見せた。
「レヴン、セヴン、準備が整い次第、門の前に。竜での移動となるが……きみたちにわれわれの竜は必要ないな」
「そうだね」
「トーエイの森の魔術師どの……ノルジス、と呼んでも?」
息子たちに指示を出したのち、フェリトワが改めて、まるでこれが最後の頼みだとばかりに見つめてくる。
「僕のことは好きに呼ぶといい。なにかな」
「この砦はわたしが拠点にしている場所でもある。自由に歩き回ってかまわない。が、その外見だ。砦の奥にあるわたしの城に移動してもらえるだろうか。しばらくは客人として迎えようと思う」
「僕を客人?」
「ああ。レヴンとセヴンには、魔術師団の宿舎に部屋が与えられる。だがあなたには与えられない。住む場所が見つかるまでは、わたしの城にいてくれてかまわない」
それはつまり、監視するということだろうか。いや、きっとそうなのだろう。息子たちがいやそうな顔をしていた。
「おれたちに師団の宿舎に入れって? いやだよ。おれたちはノルジスと一緒にいる」
「ならばその実力をわれわれに見せつけ、わたしに優遇されるようにすればいい。わたし付きの魔術師となれば、多少の自由がある。ただし、わたし付きになれば、常にわたしと行動してもらうことになる」
「……ノルジスと一緒にいられる?」
「ああ」
「なら、おれたちに家をちょうだい。そこでノルジスと暮らすから」
「わたしが用意していいのか?」
「そのほうが王子サマにとって都合がいいんじゃないの」
ノルジスを監視するなら、それなりの行動を取ろう。セヴンの遠回しなその言い方に、フェリトワは唇を歪めた。
「わたしにそんな態度を取るのは、おまえたちくらいだな」
「べつに怖くないからね」
「怖くない?」
「あんたたちはおれたちより弱いもの。そのぶん面倒臭いけどね」
大きな態度のセヴンに、一瞬だけ呆けたフェリトワは、しかし次には軽く笑った。
「おまえたちを敵に回したくはないな」
「そう思うなら、おれたちを従わせる餌を常に用意しておくことだね」
「……ノルジス、か」
「そう。おれたちの大事なひと、護ってくれないと殺すよ?」
遠慮ないセヴンの物騒な言葉に、フェリトワの後ろに控えていた騎士たちが一斉に警戒する。ツヴァイも例外なく、表情を強張らせていた。
剣を握りかけた騎士たちを、フェリトワがやんわりと牽制する。
「心しておく」
告げたフェリトワに騎士たちが俄かに動揺したが、あるじの言葉は絶対だ。一見すれば不審者、だがその身は魔術師、ともすれば自分たちを殺しにかかるかもしれない者の存在を、あるじは認めた。従う者として、自身がどう思おうと、忠誠を誓うあるじの言葉は重みがある。
ここは少しフォローしておくかな、とノルジスは苦笑した。
「僕のことは、空気だと思っていればいい」
「……空気?」
「この子たちが吸う空気、そしてきみたちを通り過ぎる空気、それが僕だ。空気は、自然に必要となるものだろう?」
ノルジスの些細なフォローは、しかしフェリトワを護る騎士たちには通じない。それでも、ノルジスがなにもする気がないことは理解したようだ。
「僕はこの子たちのそばにいるだけだよ」
ただそばに在ることを認め、息子たちがそばにいることが当然だと、そう思えば問題はないだろう。ノルジスになにもなければ、レヴンもセヴンもなにもしないのだ。
「ここに、わたしのもとに、在ってくれるか」
「この子たちの気が済むまでは、いるしかないね」
もともと居場所なんてものはない。安らげる場所なんてない。ノルジスにとって、レヴンとセヴンは救いであり希望だ。今この肩で羽を休めている竜たちの存在と同じように、レヴンとセヴンがこの世界への救いと希望を持っている。だからどこにも行かない。どこにも、行けない。息子たちの自由にさせ、邪魔をしないのはそれだけの理由だった。
「僕からこの子たちを取り上げないで」
ノルジスが望むのは、あの日あのときから、それだけである。




