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07 : この世界の竜たち。





 力なくよろめきながら歩くフェリトワを少し可哀想に思いつつ、砦の客室に案内された。ひとまず今日のところはは休むことになったのだ。

 ノルジスは場所をレヴンの背から寝台の上に移動し、大の字に四肢を放り投げる。セヴンは夕食の準備に厨房へ行ったので、靴を脱がせ靴下も脱がせるなど世話をしてくれたのはレヴンだ。


「眠らないの?」


 ぼんやりと天井を眺めていたら、レヴンにそう訊かれた。


「眠っていいの?」


 問い返すと、レヴンは少し困ったような顔をして、それから苦笑した。


「ベジから荷物、下ろしてくる」


 解釈としては、眠らないで欲しい、ということのようだ。


「いってらっしゃい」


 強い眠気は、吐き気や頭痛、眩暈を起こす。それに耐えながら、部屋を出て行くレヴンを見送り、ひとりきりになると瞼を閉じた。

 このまま眠ってしまいたい。

 けれども眠ってはいけない。

 いつになったら眠れるだろう。

 いつになったら。

 考えるのは、眠ることばかりだ。眠いという本能が訴えてくるから仕方ない。

 はあ、とノルジスはため息をついた。今ので幸せが随分と逃げた気がする。いや自分は、ため息のせいでいくつもの幸せを逃していると思う。おもに息子たちのせいで。


「ノぉール!」

「! はいっ?」


 大声でいきなり呼ばれて、驚いて飛び起きる。入口付近で、お盆に食事を乗せて運んできたらしいセヴンが、ノルジス以上に吃驚したような顔をして立っていた。


「な、なにごと?」

「……ノぉール?」

「なによ」

「……びっくりした」

「いやこっちの台詞だよ」


 お父さんを吃驚させてなにか楽しいですか、と言おうとして、セヴンの様子がおかしいことに気づいた。


「セヴン?」

「……いや、寝ちゃったかと思って」

「まだ眠る気はないよ。なに、どうしたの」


 ゆるり、と足を動かして部屋に入って来たセヴンは、お盆を卓の上に置くと寝台に近づいてくる。その顔はどこか青褪めていて、セヴンらしくない姿にノルジスは首を傾げた。


「ぜんぜん動かなかったから……吃驚した」

「ああ、考えごとしてたからね」

「考えごと?」

「眠いなぁって」


 なんだろう、とセヴンの様子を疑問に思いながらも、ノルジスは再び寝台に転がる。すぐにセヴンの手が伸びてきて、ごろごろできなかった。


「夕食だよ、ノぉール」

「少しごろごろしたいぃ……てゆか、その呼び方はやめなさい」

「起こすときはこっちのほうがノルジスの反応がいいもん」


 ほらほら夕食だよ、と腕を引っ張られたら、仕方ない、寝台と少しの間お別れしなければならない。


「今まで泊まったどの寝台よりも軟らかくて気持ちよかったのにぃ」

「もっといい寝台、用意してあげるから」


 とてもいい言葉をもらった。


「そういえば、お給料はどれくらいもらえることになったの?」


 部屋に案内してくれたときのフェリトワの様子を思い出して、いったいどれだけ毟り取られることになるのやら、と思っていたが、案の定ノルジスが子離れできない息子はにんまりと、とてもいい笑顔になった。


「これくらい」


 すごく嬉しそうに、すごく楽しそうに、指が二本立てられた。


「ん?」

「二倍」

「……と、いうと?」

「人生が二倍楽しめちゃうくらい」


 つまりどれくらいよ、と突っ込んだが、セヴンはにやにや笑うだけで、夕食の支度を整えていく。

 給料は気になったが、それよりも先ほどまで青褪めていた顔色が回復したセヴンに、ノルジスはホッとした。

 そうして、再びフェリトワの後ろ姿を思い出した。人は後ろ背でものを語ることがあるけれども、先ほどのフェリトワは確かに後ろ背でいろいろなことを物語っていた。


「可哀想に、王子サマ……」


 おそらく破格の給料を支払うことになっただろう。セヴンの笑顔がそう物語っていた。

 だがしかし、同情はしない。そのくらいの給料をセヴンレヴンはいただいて当然だ。ふたりは世界に愛されし子、そしてひとりでも国の一つや二つは転覆させられるくらいの力がある魔術師だ。安い買いものをしたと思って欲しい。


「ただいま。ねえノルジス、ベジの様子がおかしいんだけど、理由わかる?」


 どれだけ裕福な生活が待っていることやら、とノルジスもニヤニヤし始めた頃、黒竜から荷物を引き上げてきたレヴンが困り顔で帰って来た。


「ベジがどうしたって?」

「様子がおかしいんだよ。なんか……そわそわしてる?」


 黒竜の様子が、どうもいつもと違うらしい。窓から外を見やると、肩に乗れるくらいの大きさに縮んだ黒竜がぱたぱたと飛んで、あっちへ行ったりこっちへいったりと、忙しなく視界に入ってくる。

 ちょっと考えた。


「……。ああ、そうか」

「思い当たることあるの?」


 ぽん、と手を叩いて窓辺に行き、鍵を開けて窓を開放する。こちらに気づいた黒竜がそばに寄って来た。

 やっぱり、とノルジスは微笑む。


「いいよ、行っておいで。久しぶりだもんね。どうせだから連れて来たら? しばらくこっちにいるからね」


 声をかけると、黒竜の可愛らしい真ん丸の双眸がきらきらと輝いた。きゅるきゅる鳴くと、踵を返してあっというまに空の向こうへと飛んでいく。


「え? ベジ、どこ行ったの?」


 窓を閉めると、食卓につく。首を傾げている息子たちに、苦笑した。


「きみたち、忘れているね」

「なんだっけ?」

「ポンがいるでしょ、こっちに」

「ああ!」


 息子たちが思い出した。


「そっか、ポンがいるんだ。ということは、もしかしてラダさんもいる?」

「一緒にいれば、まあラダさんもいるだろうね。けど、ラダさんはポンと違って自由だからね。もしかしたらいないかも」

「ベジのあの様子からすると、いそうな気もするけど……連れて来てくれるかな? 来てくれたらちょっと心強い」


 来てくれるかな、というより、来るに違いない。そう話しながら夕食を済ませ、風呂をもらい、さあ寝ようかと支度を始めた頃、突然と部屋の窓になにかが激突したような音がした。繊細な窓の硝子が割れなかったのはきっと奇跡だ。


「すっごい焦って登場したね、ポン……」


 窓に激突したのは、一匹の小さな白竜。顔面衝突したのだろう、痛そうに鼻先を小さな手で押さえて悶えていたが、窓が開けられてノルジスが顔を出すと、とたんに目を輝かせて胸元に飛び込んできた。


「うわっ、なにその感激の仕方」


 ぐりぐりと顔を摺り寄せてくるその姿は可愛らしい。あとから、出かけていた黒竜も帰って来て、ノルジスに懐く白竜の姿を見て目を見開き、慌てたように同じく飛び込んできた。

 ノルジスの胸に、白黒二匹の小さな竜が懐く。


「すごく美味しいなにこの光景……なんかちょっと羨ましいんだけど」


 二匹の竜に懐かれていたら、セヴンとレヴンに羨ましそうに見られた。

 いやそんな、羨ましそうに見られても、これちょっと呼吸が苦しくなるくらい実はきつい懐かれ方なんだけど、とノルジスは顔を引き攣らせる。

 傍から見れば微笑ましい光景かもしれないが、ちょっと見方を変えて考えてみて欲しい。竜の鱗は強固なのである。小さいとその鱗はいくらか軟らかくなるが、それはこちらの感覚が小さくなったというだけで、けっきょくのところ武器にもなる竜の鱗が強固であることに変わりはない。つまり、こんなに激しく懐かれたらふつうに皮膚が痛いわけである。


「ちょっとポン、離れなさい。ベジ、きみも解剖されたいの?」


 いっそ二匹揃えて解剖してやろうか、と言ってやると、言葉が理解できる賢い二匹の竜はさっとノルジスとの距離を作った。賢明な判断である。


「解剖してあげるのに」


 恨みがましく見やると、やめてヤメテ、と二匹の竜から声が聞こえる。ぶるぶると首を左右に振ると、黒竜がレヴンの頭に、白竜がセヴンの頭に移動し、ちょん、と乗る。どうやら息子たちを味方につけるつもりらしい。


「ポン、きみおとなでしょ。セヴンに逃げるって、おとなのすること?」


 白竜は、おとなである。もちろん黒竜もおとな、つまり成体であるが、黒竜よりももっと長く生きているのが白竜である。むしろ白竜は老体に近いかもしれない。

 セヴンに逃げるとはおとなのすることか、と責めてみたものの、小さくなって可愛らしい竜になっている白竜は、それがどうしたと言わんばかりに目を輝かせ、ノルジスの言葉を聞こうとしない。

 ふん、とノルジスの顔も引き攣る。

 だから訊いてやった。


「……ポン、ラダさんは?」


 そのとたん、かちん、と白竜が硬直する。

 はん、とノルジスは笑ってやった。


「なに、また逃げられたの?」


 ぎぎぎぎ、と壊れかけの機械人形のような動きをした白竜は、ノルジスににやりと笑われると、ぷくぷくと目に涙を浮かべ、セヴンの頭から降りるとその胸にひしっとしがみついた。


「あ、ノルジスがポンいじめたから、拗ねた」


 よしよし、とセヴンは暢気にも老体に近しい白竜を撫でる。

 ほんとはそんなに可愛い歳の竜じゃないんだけどね、と言ったところで、白竜が小さい間は可愛らしいから小憎たらしい。虐めちゃ駄目でしょ、と息子たちに窘められた日には、本気で解剖してやろうと準備をしたものだ。もちろん準備を終えた瞬間に白竜には逃げられたので、残念ながら今日まで白竜の解剖は成功していない。非常に残念だがこれは仕方ない。逃げられたら捕まえるのが大変なのだ。罠を仕掛けておかなければ白竜は捕まえられないし、今日のように黒竜に連れて来てもらわないと無理である。それに、白竜も黒竜と同じように身体の大きさを自由に変えられるので、巨大化したときは黒竜よりも大きくなる。その姿は勇ましく、威厳があり、経た年月を強く感じさせるのだが、身体を縮めるととたんに可愛らしくなるから少々腹が立つのだ。黒竜のように素直な性格であれば、素直に可愛がったかもしれないけれども。


「そのうち解剖してやる……」


 ぼそっと呟くと、それは白竜に言ったつもりだったのだが、黒竜までぎくりと怯え、ころんとレヴンの頭から落ちるとその胸にしがみついていた。息子たちの胸は竜たちに大変人気である。


「ねえノルジス、ポンが来たし、おれがポンの騎乗主でいいかな?」

「いいんじゃないの。僕にはラダさんがいるからね」

「ラダさん来た?」

「僕が呼べばラダさんは来てくれるよ」


 息子たちを味方につけた白竜に、おとな気なく、にんまりと笑ってやる。振り向いた白竜は、がんっ、とショックを受けたような顔をしていた。

 表情筋がないように思われがちな竜だが、ノルジスが知る限り、彼らの感情は非常に豊かで、それでいて激しい。竜たちの言葉を理解できるせいかもしれないが、彼らはころころと表情を変える生きものだと思う。特に白竜や黒竜は顕著にノルジスの言葉に反応し、表情がよくわかる。


 ノルジスは開け放たれたままの窓に手をかけると、夜空を見上げる。今日は雲一つなく快晴で、星がよく見えた。


「ラダさぁーん、逢いたいよー」


 と、声を外に発して数分、夜空の星が一部、強く輝きを増す。それは徐々に大きくなり、やがてその姿が小さな竜の姿をしていることがわかってくる。

 半月を小さな体に反射させた竜は、目にも鮮やかな銀竜。


「ああ、やっぱり近くにいたんだねえ」


 ノルジスは両腕を広げ、こちらに向かってくる小さな銀竜を迎え入れる。脳に直接響いてくるような声で、「呼んでくれたのねわたくしのノルジスーっ!」と、大音量で叫ばれた。耳がきんきん、いや、脳みそがぐらぐらさせられた。


「ら、ラダさん、ちょ、すごい感激の仕方……っ」


 白竜の比ではない感激の仕方に、身体がふらついた。突進された衝撃もあって、そのままふらふらと寝台の端に腰が落ち着く。


「お、おね、お願いがラダさん……その、声、ちょっと落ち着かせて」


 ノルジス、ノルジス、と叫ぶ銀竜の艶やかな鱗を撫で、落ち着いてくれと頼む。胸に抱きついて感激していた銀竜が、はっと慌てたように顔を上げ、胸から這い上がって顔面にしがみついてきた。


「ちょ、息! ラダさん!」


 だいじょうぶ、と心配してくれるのは嬉しいが、その心配の仕方もちょっと問題だ。べりっと顔から剥がして、無意味に上がった息を整える。目をぱちくりとさせた銀竜に悪気はない、から、困る。無駄に疲れた。


「相変わらずノルジスは竜にモテモテだよねぇ」


 羨ましげに言うセヴンに半眼した。


「ひとのこと言える?」


 白竜にひしとしがみつかれてなにを言うか。ノルジスに呼ばれたら即座に現われた銀竜に、ぴぎゃぴぎゃとおとな気なく文句を言いながら泣く白竜は、セヴンが大好きだ。もちろん黒竜は静かなレヴンが好きで、それでいくとノルジスは銀竜に一番に好かれている。親子そろって珍しい色の竜たちに懐かれていることに違いはない。


「それでも、ノルジスが一番好かれてるよ」


 まあ確かに、白竜も黒竜も、銀竜のように逢えば真っ先に胸に飛び込んでくる。虐められようとも懐いてくる。突き放しても戻ってくる。呼べばこのとおり、一瞬にして来てくれる。

 慕われるのは素直に嬉しいノルジスなので、まあそうだけど、と笑った。

 この世界の竜たちはノルジスに優しい。それは、ノルジスが寂しく悲しく思ったこの世界で、唯一救いと希望になったことだった。


「久しぶりだね、ラダさん。僕を忘れないでいてくれて、嬉しいよ」


 ノルジスは両手に持った銀竜を、最初に自分を愛してくれた竜を、自ら胸に抱きしめて撫でた。きゅる、と鳴いた銀竜は、「わたくしのノルジスだもの」と、擦り寄ってきてくれた。







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