06 : この世界の魔王にする。
「ノルジス?」
「立ってるのつらい」
「ああごめん、おぶろうか」
「お父さんだからとりあえず遠慮する」
「おれは大歓迎だよ」
さあ来い、とばかりにレヴンが両腕を広げている。いや待て、と咄嗟に突っ込めた自分を褒めたい。そしてきちんと自分の足で立った自分の気力を思い切り褒めてやりたい。
「なにそのポーズ」
「なにって、おぶるポーズ」
「それ女の子用だよね。明らかにお父さん用じゃないよね」
「このほうがいい」
「……。きみは僕をなんだと思ってるの?」
明らかにお姫さま抱っこしようとしているレヴンに、ノルジスは半眼する。
過保護とかそういう問題の前に、この息子はちょっと思考回路が危ないかもしれない。
「レヴンがいやならおれが抱っこするよ?」
「抱っこって言ったね、抱っこって。僕はおぶってくれればそれでいいんだけど、セヴン?」
「同じようなものでしょ」
「まったく違うんだけど。きみたちお父さんで遊んでなにが楽しいの?」
「レヴンが駄目ならおれでいいでしょ」
「きみもレヴンも僕の子どもだからね? 僕はきみたちのお父さんだからね?」
この息子たちは自分を本当に父親だと認識しているだろうか。ただただ護らなければならない雛鳥なんて時期はもうとっくに終わっているのに、まるで自分が歳下の弟になったかのような勘違いをしそうで怖い。
べしべしと息子たちを叩いて、レヴンの背中を漸く獲得したとき、ふとフェリトワと目が合った。
「……なにかな、王子サマ」
「フェリと呼んでくれてかまわないが」
「うん、なにかな王子サマ」
「……。本当に親子なのか?」
疑問はそこか、と思わず心で突っ込む。似てない親子だというのは、言われるまでもなく承知していることだ。
「僕をトーエイの森の魔術師だと言うなら、僕がどう呼ばれていたかもわかるでしょ」
「魔王、と……呼ばれているな」
「何年経ったと思ってるの。いるよ、子どもくらい。子どもがいて悪いの?」
「いや悪くはないが……真に魔王なのか?」
「きみたちが僕をそう呼んだんだろ」
俄かに呆気に取られていた様子のフェリトワが、明らかに複雑そうな顔をした。
「今のあなたは魔王に見えない……だが、魔王に見える」
「そう思うなら、そうなんじゃないの」
「では、魔王だと思っていいと?」
「思いたいなら思えばいいよ」
「あなたを封じるために勇者は召喚された」
「あ……」
そういえば、すっかり忘れていたが、勇者なるものが召喚されていた。
「なに、僕ってば封印されるわけ? なんにもしてないのに?」
「あなたが噂の通り、行動していれば」
「僕のどこにそんな気力があるように見えるの」
世界征服だとか、国家転覆だとか、暗黒世界を築こうだとか、そんなことを考えているように見えるのだろうか。そんな面倒なこと、というか興味もないこと、生まれてこのかた考えたこともないのだが、そんな雰囲気が身から滲み出ているのだろうか。出ているとしたら自分が可哀想だ。やっぱりあの森から出るべきではなかったかもしれない。
「どれだけ僕は嫌われたらいいんだろうね、まったく……」
若い頃が懐かしい。あの頃は、嫌われることが理解できなくて、悲しくて、寂しくて、嫌われないようにするためにいろいろなことをした。人に好かれる努力をした。
だから、トーエイの森の魔術師が生まれた。
その過去が、今になって仇として返ってきている気がする。
「あなたにとって勇者の召喚は脅威ではないのでは?」
じっとこちらを見つめてくるフェリトワに、ノルジスは同じ強さで見つめ返した。
「逃げるからね」
「逃げる?」
「殺されるのは御免だよ」
なにを当たり前なことを言わせるのだろう。
「今回、僕がここまで来たのは、息子たちのためだ。長男がとちったおかげで、隠れ蓑の結界が壊れて、そこの竜騎士さんを招いてしまったからね。あとは……そうだね、勇者の召喚が必要な魔王がどんな奴か気になって」
「? 魔王はあなただろう?」
ノルジスは大袈裟なほど大きく「はぁぁ」とため息をつき、レヴンの背中でぐたっと全身の力を抜く。いきなり弛緩したノルジスに、怪力のレヴンはびくともしない。その筋力が羨ましいなんて思わないことにしているから気にしない。
「噂の魔王が僕なら、のこのこ表に出てくるわけないだろ」
「……それはそうだが」
「僕はきみたちが言うところの魔王だろうけどね、噂の魔王ではないんだよ。同一人物に見なされるのは非常に迷惑だ。なぜ僕がそんな、くだらないことをしそうな魔王の代わりに殺されなくちゃいけないわけ? 僕は慎ましく、息子たちの成長を眺めているだけなのに。むしろもう孫が欲しいくらいだよ。残念な息子たちだからお嫁さん来てくれないけどね」
本当に残念なことだ。きらきらした容姿は随分と女性にうけるようであるから、それが羨ましいなんて思わないことにしているけれども、モテてもおかしくないはずだという確信はある。
「ノルジス、一言余計だと思うよ、うん」
「セヴン、僕は孫が見たいんだよ」
「残念。おれまだ学生だから。世間で言うところの未成年だから」
のうのうと年齢を偽る息子に顔が引き攣る。まあ学校に通わせているのは事実だ。
「このままだと僕、孫が見られないのか……?」
「おれたちにその気はないからね」
「頼むからお嫁さんもらってよ。嫁舅戦争とかしてみたいよ」
「ああ、ノルジスの取り合い? 負ける気がしないね」
「違うよっ?」
結婚生活を別方面に捉え嬉々としたセヴンにがっくり肩が落ちる。
この子たちいったいどれだけお父さん大好きなの、と自身の子どもが嫁をもらえるか心配でしょうがない。
「……親子だな」
フェリトワが遠い目をしていた。反応がツヴァイっぽい。
「ねえ王子サマ、この可哀想な息子たちにお嫁さん紹介してくれない?」
「……協力はしよう」
フェリトワからいい返事をもらった。レヴンもセヴンも迷惑そうな顔をしたけれども、子どもから自立できなくても孫は見たいノルジスとしては、息子たちの文句など聞こえない。
さて、と一息つくと、改めて召喚されたという勇者のことを考える。
「ねえ王子サマ。きみは僕をどうしたいの?」
「……どう、とは?」
ハッとわれに返ったっぽいフェリトワが、ノルジスの問いに半歩遅れながら首を傾げる。仕草が優雅だ。
「そこの竜騎士さんにね、ついて来ないとあなたを魔王だと報告しなければならないと言われたわけ。けっきょく僕は自ら魔王だと名乗ったようなものだから、その脅しに意味はなくなった。まあ僕は、噂の魔王の真相を知りたいだけだから、べつに竜騎士さんに脅されなくても出向いたと思うけどね」
きみの思考にも興味はあるのだけれど、と付け足すと、フェリトワは少しも考えることなく口を開いた。
「魔王の真相をわたしも知りたいと思った。だからあなたには、出向いてもらう必要があった。トーエイの森に住まう魔術師どのが真に魔王であるのなら、噂の魔王はわが国に敵対する存在だからな」
やはり、ツヴァイからそう感じたように、フェリトワも魔王という存在を殺すつもりでいたわけではないようだ。
「僕をどうする?」
「魔術師として招きたい」
「なぜ?」
「あなたは魔術師だろう?」
「その前に、魔王、らしいけど?」
「それでもあなたは魔術師だ」
なるほど、とノルジスは唇を歪める。魔王として存在を認めるよりも、魔術師として存在を認めたほうが、フェリトワには都合がいいのかもしれない。
「現存する魔術師の数は?」
「一個大隊、というところだな」
数が少ない。それならノルジスを魔術師として認めるほうが、フェリトワとしても、アルファンデスの国としても、明らかに都合がいい。ノルジスは魔王であると同時に魔術師でもあるのだ。魔王としての力の大きさは、魔術師の中で最強と言えるだろう。力を欲している、と考えるのが妥当だ。
「悪いけど、招かれるつもりはないよ」
「では訊く。なぜ?」
「僕の願いはこの世界に聞き届けられない」
「ならば、なぜここまで来たのだ」
「息子たちのため、噂の魔王の真相を知るため。魔術師として招かれるつもりはないよ」
フェリトワの視線が、ノルジスからレヴン、そしてセヴンに移動する。
「あなた方を招くことは可能か」
フェリトワからの、頼むというより強制しているような雰囲気に、レヴンは無表情、セヴンはにっこりと微笑んでいた。
「いくら出せる?」
「……、は?」
「だから、いくら出せるの?」
問うたのは、もちろん笑っているセヴンだ。
「なんのことだ?」
「決まってるだろ。おれたちの給料だよ。いくら出せる?」
収入の話を切々と息子たちに語るべきではなかったかもしれない。フェリトワが面白いくらい空色の双眸を真ん丸にしている。
「そこらの魔術師と一緒にされたら断る。おれとレヴンの力、見ただろ? 欲しいなら、見合った額の給料くれないと」
「……給料に、よると?」
「当たり前だよ。生きるのにお金は大事なんだ。ねえレヴン?」
こくりと、レヴンが頷く。
「ノルジスに裕福な生活をさせるためには、それなりの額が必要だからね」
いやべつに、贅沢な生活を望んでいるわけではないのだけれども。むしろ平穏静かな生活を送れたら、あと孫と遊んで嫁いびりができる環境であれば、とくに問題はない。
フェリトワが可哀想な顔をしていた。
「いくら必要だ」
交渉始めちゃったよ、よっぽど魔術師に苦労してんだな、と思った。
まあいい。
ノルジスは魔術師として招かれるつもりはないし、息子たちは国仕えの魔術師になると意気込んでいる。息子たちの邪魔をするつもりはない。
フェリトワと交渉を始めた息子たちにため息をついてから、ノルジスは呆気にとられたままのツヴァイを見やる。
「竜騎士さん」
「え……あ、はいっ」
「きみの望みは叶ったかい?」
問うと、ツヴァイはこれまた大きく目を見開いた。
ノルジスは笑った。
「よかったね、望みが叶いそうで。いや、もう叶ったのかな」
全身をきらきらと輝かせたセヴンが、徐々に萎れていくフェリトワに満面の笑みを浮かべている。交渉は上手く進んでいるのだろう。フェリトワは提示された給料の額に、しかしこれも仕方ないと思っているのかもしれない。金さえ払えば力の強い、それも世界に愛されし子の魔術師をふたりも手に入れられるのだ。おまけに、そのふたりには魔王という父親がいる。魔術師の数が少ない現状で、咽喉から手が出るほど欲しい人材には違いない。
「だから……その脅しは、もう必要ないよ?」
「! こ、これは違……っ」
ずっと剣に手が伸びていたが、ツヴァイは慌てて柄から手を放した。
殺すつもりはないのだろうけれども、それでも魔王という存在は、人間たちには魔と等しく、いやそれ以上に恐怖の対象だから仕方ない。無意識的な警戒心だと、わかっていても物騒だから、ノルジスはやんわりと微笑んだ。
「きみに僕は殺せないよ。でも、危ないから、僕の前でそれを握らないほうがいい」
剣なんか怖くない。
騎士なんか怖くない。
勇者なんか怖くない。
人間なんか怖くない。
怖いのは。
怖いのは。
自分を魔王にするこの世界。
それ以外はなにも怖くない。
「怖くなんか、ないけどね……」




