03 : トーエイの森の魔王もどき。
レヴンの黒竜は身体の大きさを自由自在に変化させられる。レヴンとセヴン、ノルジスの親子全員が騎乗してもまだ余裕があるほど巨大になったり、ノルジスと背を同じくしてみたり、肩に乗れるくらい小さくなってみたり、とにかく身体の大きさを自由に操ることができる竜だ。
今日はツヴァイが連れてきた竜、恐らくは一般的におとなしいとされる緑竜がいるので、ノルジスと背を並べることにしたらしい。レヴンを放り投げて巨体を縮めた黒竜は、ノルジスと同じくらいの大きさになって、のしのしと駆け寄ってきた。
「ベジ、きみ、そのまま僕に突っ込んできたら、今度こそ解剖してあげるよ?」
笑顔で黒竜に話しかけると、黒竜の足が一度ぴたりと止まる。ノルジスの言葉を理解したからだ。
竜という生きものは気難しく賢い。波長が合えばたまに会話ができるが、会話を許してくれるのは緑竜だけで、竜騎士と呼ばれる彼らの竜がそうだ。
レヴンの竜である黒竜は、今のところノルジスが確認しているこの目の前の一匹だけなので、生態はよくわからない。とりあえずノルジスは会話ができる。レヴンもセヴンも、なんとなく黒竜の言葉はわかるらしい。
ゆえに、生態のわからない黒竜は、ノルジスに解剖などされたくないために、走っていた足を停めたのである。
「ああ残念、せっかく黒竜の生態を暴けたのに……」
至極残念に思って肩を竦めると、黒竜はびくりと大きく身体を震わせ、ぽん、と可愛らしい音を立ててとても小さな竜へと変化した。パタパタと羽を懸命に動かし、ふよふよとノルジスのそばまで飛んでくると、ゆっくりとその肩に足を落ち着かせる。巨大化したときの黒竜の鱗はとても硬く、それだけで武器にもなるが、肩乗りできる大きさになると鱗は少し軟らかくなり、黒竜の低い体温がよくわかった。
ちなみにこの黒竜は雌、だからノルジスはその肩に乗ることを許していた。
「おかえり、ベジ。あとレヴンも、おかえり」
まずは黒竜を出迎えてから、ノルジスは息子と挨拶する。相変わらず残念な感じがするのは、せっかくのきらきらした姿を、黒ずくめにしているからだ。
「ただいま、ノルジス。あと久しぶり」
「うん、久しぶり。久しぶり?」
「ずっと眠ってただろ」
「この一週間ずっと起きてるよ」
「え、そうなの? なんだ、もっと早くに帰ってくればよかったな……また寝ちゃうじゃないか」
「その予定だったんだけど……ねえ」
そばに来た息子の頭に乗っている外套の頭巾を取っ払ってから、きらきらした銀色の髪を見て頷き、ぽんぽんと撫でる。あとからセヴンも追いついてきて、同じようにしろ、と目が訴えてきたので、セヴンの金色の頭もぽんぽんと撫でた。
「違う!」
「え、また違うの?」
「レヴン捕まえたご褒美が頭撫でるだけなんて……」
「ああ、そういうことか」
レヴンと同じ扱いは、セヴンには不服らしい。両腕に抱きしめて背中をぽんぽんしてあげると、にっこりと笑顔になったセヴンに喜ばれた。
「ところでノルジス? あの緑竜はアルファンデスの竜騎士のもののようだけど」
セヴンばかりずるい、と言わんばかりのレヴンに背後から抱きつかれながら、レヴンがツヴァイの緑竜を見やって首を傾げる。そういえばツヴァイがいたなと、ノルジスは息子ふたりの過剰な愛情に苦笑しつつ視線を動かした。
「竜騎士のお姉さんが、魔王のことについて訪ねてきてるんだよ」
「魔王? そんなもの、どこにいるんだ?」
「きみだよ、きみ」
「は? おれ?」
なんで、と目を丸くしたレヴンが、ノルジスから離れてツヴァイの姿を確認する。ツヴァイは、やはり親子の戯れと、噂の黒い竜騎士の存在に、呆気に取られていた。
「黒い、竜騎士……本当にいた」
「竜騎士? おれは違うぞ」
「では魔王か」
「誰だよ、それ」
「え……いや、だが」
「ノルジス、あの竜騎士はなんだ? なんでノルジスのところに?」
ツヴァイがなぜここにいるのかさっぱり理由が思い当たらない、とレヴンは怪訝そうだ。もちろん、自分が黒い竜騎士だの魔王だのと呼ばれているかもしれないことを知らない息子は、当然のことながらわけがわからないだろう。
ノルジスはツヴァイが訪ねてきた理由を掻い摘んで説明し、ついでにその恰好が黒い竜騎士だの魔王だのと関連づけられるのだと、説教した。
「なんでふつうの恰好しないの? せっかくきらきらした姿に作ってあげたのに、それって僕に対する嫌味だよね?」
「違う! おれはノルジスの色が好きだから……黒って、カッコいいじゃないか」
「カッコいいって、きみね……黒は忌み子の象徴だよ」
「ノルジスは忌み子じゃない!」
「いやそうだけど、似たようなものだからね?」
髪も瞳も黒いのだから、この世界で忌み子でなくてなんだというのだ。
と、まあいくら言ったところで、レヴンは聞かない。もちろんセヴンもそのことに関しては聞く耳を持っていないので、優しい息子たちにノルジスの目じりは下がる。
「忌み子でない? それは本当ですか、ノルジス」
「ちょ、竜騎士! なにノルジスのこと呼び捨てにしてんのっ? ノルジスさまって呼べよ!」
「う……す、すまない、セヴンどの」
「ノルジスが忌み子じゃないって、見ればわかるだろ。髪と瞳が黒いってだけで決めつけないでよね。だいたい、魔術師なら暗色を好んで身にまとうものだよ」
ノルジスに抱きついたままだったセヴンは、ツヴァイの反応にいたく腹を立てていた。ノルジスとしては、まあどうでもいいことなんだけど、と世界の自分に対する評価に投げやりで、むしろ息子たちが気にしてくれることのほうが心配である。ノルジスは、息子たちが思うほど「忌み子」という言葉に傷ついてはいないのだ。
「だって初めから黒いものだしね?」
きらきらしてみたかったなぁ、と思うから息子たちは銀と金に輝いているわけで、ノルジスとしてはそれで満足である。
「さ、これ以上は僕の話をしても意味ないから、本題に戻ろうか。そもそも、僕は眠いんだよ。このあと三日くらい眠り続けたいくらいには、すごい眠いんだよ。さっさと安眠を得たいから、話を終わらせよう」
話を魔王と勇者の召喚について戻そう、と提案し、魔王もどきの息子レヴンを、改めてツヴァイに紹介する。
このトーエイの森に魔王などいない、いるのは黒竜を移動手段にするレヴンという、学校の先生だ。そしてノルジス、セヴンという、レヴンの家族である。
ついでにノルジスは、その正体は過去に魔王と呼ばれた存在ではあるが、勇者が召喚されるほどの悪事は働いていないし、また働く気もない。そんな気力は、生まれたときに遡っても、起きたことのない気力である。
「魔王もどきのレヴンだけどね、ふだんこんな恰好だけど、このとおり髪は銀、瞳は琥珀だから、忌み子でもなければ魔王でもない、麓にある学校の先生だ。セヴンはその学校の生徒。僕はこのふたりの親だ」
「……話は、わかりました」
「そう、それはよかった」
「ですがノルジスさま」
「ノルジスでいいって、言ったのにねぇ……なにかな、竜騎士さん」
ツヴァイは、ノルジスが自分で明かしてしまったから、魔王の正体をわかっている。息子たちには黙っていてくれ、というのは、そのつもりで話す気はないようだが、説明を終えてもその目は諦めた様子が見られない。
いや、諦めるとはそもそもおかしい。
なにか変だな、とノルジスが首を傾げたとき、ツヴァイはとんでもないことを言った。
「わがあるじのところへ来ていただきたい」
「……。はい?」
なぜに、とノルジスが目を丸くすると、レヴンとセヴンが「勝手なこと言うなよ」と怒りだす。それを静かにさせて、どういうことだとノルジスはツヴァイに話を続けさせた。
「ノルジスさまは、魔術師であられる」
「うん、まあ、否定はしなかったからね」
「セヴンどのが、そうだとおっしゃられた」
「ああ余計なことを……」
「今このアルファンデスの国に、いったいどれだけの魔術師がおられるかご存知だろうか」
「うわぁ……言うと思ったよ、それ」
勇者召喚だの、魔王だのと、命に関わるようなことを言われたからツヴァイの訪問を許したノルジスだったが、やはりその話も隠し持っていたかと、今さらながらに後悔を感じる。
「わがあるじは、トーエイの森に住まう魔術師に逢いたいとおおせなのです。ノルジスさま、わたしと一緒に城まで来てもらえないだろうか」
「うーん……それ断ったら、もしかして明日にでも勇者がここに来るのかな?」
「あなた方が魔王であると、わたしはわがあるじにお伝えせねばなりません」
レヴンとセヴンまで巻き込むことになってしまった。これなら最初から、セヴンがそうしたように、ツヴァイを追い返しておくのだった、と思う。だがたとえツヴァイを追い返したところで、自分たちは魔王の扱いをされ、トーエイの森を追われるというより世界から追われる未来を迎えていたことだろう。
せっかく目くらましの結界を張っていたのに、とノルジスは残念な魔王もどきの息子を見やった。
「きみのせいだよ」
「そうだ、レヴンのせいだ」
父と弟に責められた魔王もどきの息子は、やはり「さっぱり意味が……」と、どんなに言ってやっても残念な見てくれを反省もせず、首を傾げた。
「こうなったらレヴンに着たらどんな色の服でも白くなる魔術を施しておくしかないかな」
「え、ちょ、ノルジスっ?」
「せっかく学校の先生になれたのに……この十数年、僕がどれだけ心穏やかに眠っていられたことか。レヴンが学校の先生に、セヴンが学校に通ってくれていたからだよ。まったく……」
「おれはもともと学校の先生になどなりたくなかったのだけど」
「一番収入が安定してるのは学校の先生なんだよ」
「人間の子どもなんて面白味ないぞ」
「だとしても、収入の問題だ! 僕がこの見てくれだから働けないの、よくわかってるのはきみたちだろ」
「ノルジスは働かなくていいよ。おれたちがいるんだから」
「だから! だからきみを学校の先生にしたんじゃないかっ」
「学校は面白くない」
反抗的な魔王もどきの息子に、しかし天使っぽいもうひとりの息子は「それ賛成」などと言ってくれる。
「ノルジスが行っておけって煩いから通ってみたけど、面白くないんだよね、学校。ノルジス、学校のどこがいいの?」
「き、み、た、ち、は! 僕は収入の話をしてるんだよ! お金なくして世の中生きていけないんだからねっ? 学歴は大切なんだからねっ?」
ちょっと説教っぽく叱ってみたのだが、こんなときばかり仲良くなる息子たちは揃って顔を見合わせたあと、ノルジスに首を傾げた。
「それでもノルジスを養えるよ」
「それでもノルジスと生きてきたよ」
大きく成長してくれた息子たちに涙が出た。
「おれはノルジスが笑っていられるなら、それでいいもん」
「おれも。ノルジスが笑うから、まあこの世界でもいいかなって」
まるでノルジスを神かなにかのように、いや、ノルジスをただひとりとして扱うことに、なんというかやはり育て方を間違えたのかもしれないと、つくづく思った。
「僕はきみたちのお父さんなんだけど」
「仕方ないよ。ノルジスが、おれたちをそう作ったんだから」
「う……」
「おれたちはノルジスの家族だからね」
にこ、と眩しい息子たちの笑顔に、なんだろう、本当に泣きたくなってきた。
「ノルジスさま、いいだろうか」
「……竜騎士さん、どう思う?」
「はい?」
「この残念な息子たち」
「……とても立派な、親想いの御子であられると思いますが?」
「立派すぎて涙出ちゃうよ、もう!」
親から自立しない、のではなく、親を自立させない息子たちだ。
「娘が欲しかったかも……」
「それはそれで、嫁に出すときに思いっきり泣くんじゃないの、ノルジス」
「それでも癒しにはなるよ、可愛いもん」
「おれたちだって充分、可愛いだろ?」
「可愛いけど! けど……けど」
「けど?」
「……あんまり僕を甘やかさないでよ」
本当に、自立できなくなる。それは少し、いやかなり、情けない。
「親って、それでいいんじゃないの」
「なにが」
「子どもがさ、そばからいなくなるの、すごく寂しいんじゃない? だからずっとそばにいてって、それってもう性だと思うよ?」
ねえ、とセヴンはレヴンを頷き合い、微笑む。
「……、ああもう! なんていい息子たちなの」
ぐす、と半ば涙目で、ノルジスはやっぱり育て方を間違えたんだと、思った。育て方を間違えても、そばにいてくれる家族が、とても嬉しかった。
「よし! じゃあ行こうか、アルファンデスのお城!」
「へ?」
「国仕えの魔術師って、給料いくらかな? おれ、もう学校に通わなくていいよね? レヴンも先生って立場から解放されるよね?」
「……セヴン?」
「そういえば、召喚された勇者ってどんな感じ? やっぱりあれかな、最強の剣士とか謳われて、魔王倒すために仲間募って修行とかしてる? お城に行けば逢えるのかな」
忘れかけられるが、そういえば本題は、勇者召喚と魔王の話である。ツヴァイに城に来てくれと言われたのは、その延長線上のことだ。
「セヴン、行く気? レヴンも」
「だってレヴンのあほが結界壊したから、竜騎士のお姉さんがここまで来ちゃったわけでしょ?」
「まあね」
「おれがそうだと言わなくても、この森にいる魔術師はノルジスだし、おれもそうだし、レヴンだって本当は魔術師だからね。ノルジスがいやがったから国仕えなんてまっぴらだと思ってたけど、考えてみたらノルジスを養うのに国仕えって最高じゃない?」
収入の話をしたのが悪かったのだろうか。
「ノルジスは眠ってていいよ。おれとレヴンで稼いでくるから」
「あのね……だから、僕はきみたちのお父さんだよ?」
「忌み子だとか、魔王だとか呼ばれちゃう容姿してんだから、影でこっそりしてていいよ」
「え、なんで僕が魔王って」
知らないはずなのに、と本気で驚いたら、レヴンと視線を交わしたセヴンはにんまりと笑った。
「レヴンより魔王っぽいじゃないの、ノルジス」
「昔、そう呼ばれたことがあるっていうのは、知ってるよ」
レヴンも、今さらそんなこと知ってるよ、とばかりに笑う。
「だから国仕えがいやで、こうして隠れるみたいに生活してるんだよね?」
隠れ住むような生活の意図に、気づかないわけがない。
「ノルジスが魔王って、この世界も終わりだなぁと思うけど」
「驚きはしないけど。ノルジス強いし」
「でもノルジスだよ? とにかく安眠が得られればそれでいいんだよ?」
「ノルジスは平和主義だもんね」
息子たちは、ノルジスが思っていた以上に、立派な成長を遂げている。
「だいたいおれたち、歳取らないじゃない? おかしいと思ったんだよね」
「ノルジスなんて、おれたちが小さい頃から変わらないし」
「その時点で、ああなんか違うなぁと思ったよね」
「人間というより魔に近いとは思ったかな」
「父親が魔王なら、頷ける」
「ああ」
納得している息子たちに、気づいていたなら話せよ、と思ったが、ノルジスが言いださないことをこの立派な息子たちが口にするわけもない。
やっぱり自立は難しいなぁと、ノルジスは小さく息をついた。
「……来ていただけると、思ってよいでしょうか?」
「そうだね、竜騎士さん、僕はその気なかったんだけど」
「御子たちが、その気ですが」
「言いだしたら聞かないのは、僕のほうだと思ったんだけどなぁ」
充分にノルジスの血を受け継いだ息子たちは、もはや行く気満々である。これでノルジスが行かないと言い張ったところで、聞いてもらえるはずもない。
「竜騎士のお姉さん、今日これからもう行く?」
「できればこの家と森との接続を切り離してから行きたいと思うのだけど」
ノルジスの気力を無視して、セヴンもレヴンも出かける準備を始めていた。




