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14 : さよならまでの物語が始まった。3





『人間はどういう定義でもって魔王と、僕のことをそう呼ぶのかな』


 それは幾度めかの襲撃を受けたあとのこと。


『われは死んだことになっているからな』

『ねえドール、魔を減らしてみる気はないの?』

『案ぜずとも、あれは増えやせぬ。まあ、減りもせぬが。勇みし者が、そう理を作ったからな』

『理?』

『われにはよくわからぬ。ただ一つ言えるのは、魔はもはや、われの制御から離れているということよ』

『ふぅん? なら、増やすことも減らすことも、ドールはできる?』

『できぬことはない。が、その気はないな。われが作らずとも、われの制御を離れた魔は、自己の思考で動きやる。われが手を出す必要がない』

『なるほど……』

『ただ、おんしは別だ』

『僕?』

『魔を統べる者ぞ、おんしは』

『あ、そうか。でも、ドールの力を継ぐ者でもあるよ?』

『おんしは、魔力を循環できる者だ。われと同じだが、われの力を継ぐことで、そこに新たな魔力が生ずる』

『あー……ごめん、意味がさっぱり』

『つまり新しき存在よ』

『新しい?』

『勇みし者が魔力を循環できる、ということだな』

『勇者が魔力……うん? 僕が前にいた世界でのゲームでは、勇者に魔力があるのは当然だったけれど?』

『おんしの世界ではどう捉えられていたか知らぬが、この世界では、勇みし者が持つ力は精霊力でな。精霊の力を借りる、霊術がそうだ。使える者は少ない』

『勇者が魔力を持つのは、おかしいと?』

『ああ。だが、どうやら魔術を使えるようになったな、人間たちは』


 フランシェドールは、この世界で言うところの悪だった。けれどもノルジスには、フランシェドールが悪であるようには見えなかった。ただ淡々と日々を送り、見守り、眺めているだけのように思えた。


『魔術を使える人は少ない?』

『少なかろうな。もともとわれの一族のみが魔術を使えた。おそらくわが一族の血を僅かに引いた者たちが、魔術師として生計を立てているのだろう』

『魔女の血を引く者……それが魔術師になった、と』

『であろう。滅びを選んだわが一族の生き残りで、人間と交わった者もいるだろうからな』

『魔女の一族は人間ではないの?』

『さあ、どうだろうな』

『へ?』

『わが一族を人間でないと言うたは、人間よ』


 人間ではないと肯定していたフランシェドールからの、それは意外な言葉だった。思わずノルジスは考え込み、では人間と同じなのではないかと、思考をぐるぐると動かす。


『……ドール』

『うん?』

『僕らは……いや、魔術師は、もしかして同族殺しをしている?』

『ああ』


 さらりと答えられ、正直ノルジスは言葉もなかった。人間が人間を殺すことは知っている。それなら魔が魔を殺してもおかしくはない。だからこそ、言葉もなかった。


『人間とはかくも恐ろしき生きものよ……無知とは幸せだな』

『人間たちは魔が……魔術師は魔が同族だと知らない?』

『知らぬから殺すのであろう』


 罪にはならないと思っているから、同族殺しができる。いや、罪だと思っていないから同族を殺めることができる。同族だと知らないのなら、殺すことに罪を感じない。


『ドール、きみはそれでいいの? 僅かとはいえ、自分の一族の血を引く者たちが、魔術師が、魔を殺している』

『無知を諌めるものがいないのでは、仕方あるまい』

『きみが教えればいい』

『ノルジス、われは人間が嫌いなのだ。同胞はいとしいが、だからといって人間の側についた同胞に、われは優しくできぬ』

『なぜ』

『われは人間が嫌いだ』


 ことあるごとに、フランシェドールは強調した。人間が嫌いだと、この世界が好きではないと、だが見届ける必要があると。

 そこにフランシェドールの絶望があったのかもしれない。


「ドールは人間が、好きだったよ。本当はね」


 ぽそりと呟くように言ったノルジスに、話を聞いていたフェリトワが渋面を浮かべた。


「まるで文献と違う」


 フェリトワの率直な感想に、ノルジスは笑う。


「当たり前だよ。ドールは勇者に封じられてはいないし、それを知っていたのはその当時の勇者だけだし、ドール自身も世界から隠れていたからね」

「そんなことが可能なのか?」

「可能だったから、僕はドールに出逢った。魔王と呼ばれるようになった。そうだろう?」

「……今まで召喚された勇者と戦っていたのは、あなたか?」

「僕とドール。ここ数百年は僕かな」

「勝利の旗を掲げて凱旋した勇者もいる」

「それは僕が休眠期に入ったから。時期が重なって、死んだように見えたのだろうね」

「休眠期?」

「ドールの力は随分と大きくて強いものでね。そこに自分の力もある。支えるのはけっこう大変なんだよ。だから、戦っている最中に眠くなって、面倒になってばったり眠ったこともある。それが勇者には死んだように見えたんでしょ」


 恐る恐る、ノルジスの様子を窺いながら問いかけてくるフェリトワは、ノルジスの呆気ない説明にも言葉を選ぶほど困っていた。


「昔から魔王は存在していたが……魔女の一族だったのか?」

「たぶん。ドールより前のことは、さすがに僕もわからないな。それに、ドールは孤独であることに慣れ過ぎて、孤独である悲しみを知らなかった。ドール自身、一族がたくさんいたときの記憶がないんだ。魔王が誰かなんて、ドールにはわからなかったと思うし、僕が魔王と呼ばれるようになるまではドールが、魔女が魔王だったわけだからね」

「そう、か……魔女の一族が、魔王であるかもしれないのか」

「それしか言えないね」


 歴代の魔王がどうであったかなどノルジスは知らない。気づけばノルジスは魔王と呼ばれていたし、フランシェドールからも魔王だと言われていた。そういう存在になっていた。


「誰かが魔王だと言ったのなら、それが魔王になる。ただドールは、魔王の役割は人間たちが思うところの存在ではないと、していたけどね」

「魔女は、魔王になんの役割を担わせたのだ?」

「それはきみも見ただろう」

「見た?」

「僕は、ドールを殺したんだよ?」


 ぎくりとフェリトワが身体を震わせ、ノルジスを警戒する。だいじょうぶだと言い聞かせるように肩を竦めて笑ったが、フェリトワの警戒は解かれない。

 仕方のないことだ。

 フランシェドールの話をして、つい先日、窓を破壊し壁に亀裂を入れ、レヴンとセヴンが怒り狂ったのだから。


「僕は、魔女の良心たる魔王は、それを消滅させることができる。取り込んで、すべて、なかったことにできるんだよ」

「? 取り込んで、消滅させる?」

「そう、消滅。魔の数を減らすことができる」


 魔が一定数であるのは、フランシェドールと勇者の理によるものだ。だがそれを、ノルジスは崩すことができる。魔王は魔女の良心、つまり魔の創造者の良心に従うことで、理を崩すのだ。


「減らせる……なら、増やすことも」

「いいや、それはできない。僕は良心だと、言っただろう」

「魔女は魔の創造を望まない?」

「そうだね」

「魔を溢れさせたのは魔女だが?」

「これ以上は増やす気がない、ということ。だからドールは、僕が出逢った頃には魔とほとんど関わっていなかったよ」

「では……ではなぜ、今このとき魔が増加しているのだ?」

「それは僕にも説明できないな……そもそも魔を増やすことができるのは、魔女たるドールだけだからね。僕はドールの良心だから、ドールが望まないことに力を使うことはできないし」

「もし魔女が望んだら?」

「そのときは魔を作り出せるかもしれない。やったことはないけれど。でもその場合、ドールが生きていることが前提となる。ドールがいない今、僕は魔を作れない」


 理解できただろうか、とフェリトワを促すと、考え込んだフェリトワは「頭を整理させてくれ」と黙りこむ。少しだけ暇をしたが、ふとフェリトワがなにかに気づいた。


「魔女も魔王も、魔獣を増やしていないのなら……いったい誰が?」

「そこに辿りつくまでこんなに時間必要だった?」

「う……すまない」

「僕が思うに、噂の魔王、だろうね」

「件の?」

「なにかしらの力……いや、確実に魔力なんだけど、もしかしたらドール並みに魔力があるのかもしれないね」

「魔女より……あなたより上回ることは?」

「僕の魔力は霊力と魔力が混じっているようなものだから、僕以外に持つ者がいない。比較はできないよ。けど、そうだね……たとえ僕より力が上回っていたとしても、僕はドールの良心だから、相殺できると思うよ」


 フェリトワの双眸が、きらりと光る。考えていることがまざまざと伝わってきて、ノルジスは笑いながら顔を引き攣らせた。


「あなたは切り札になる、ということか」

「まあ……きみがそう考えるなら、そうなるのだろうね」

「レヴンとセヴンは戦力だ。もちろんあなたも。あなたは件の魔王のことであれば、協力してくれるのだろう?」

「それは仕方ない。僕は勇者に殺されたくないからね」

「神殿が召喚した勇者には、件の魔王を追ってもらう。報告は随時わたしのところへ来るよう、指示を変えよう。魔王討伐にわたしが出る、と言えば、陛下も王太子殿下も喜んでわたしに全権を押しつけるだろうからな」

「あれ、きみってば、今まで魔王討伐の命令を受けてなかったの?」

「ああ。そもそも勇者召喚は、王太子と神殿が結託したことだ。わたしは関わっていない」

「横やり入れて平気なの?」

「わたしが王太子の指揮下に入ればいいだけだ」

「それ……なんかものすごく面倒なことになりそうな感じがするんだけど?」


 王族の問題が見えそうで見えないフェリトワの話し方に不穏を感じたが、フェリトワは笑ってそれを一蹴した。


「わたしと王太子の仲は悪くない。むしろあの城でわたしによくしてくれるのは彼女だけだ」

「ん? 王太子なのに、女の子?」

「ああ、説明していなかったか。わたしには腹違いの姉と兄がいる。先王の時代から男女公平にとなって、太子には姉が立った。兄は身体が弱く、奥の宮からほとんど出られないからな。わたしは姉の代わりになるよう育てられはしたが、生憎と政治に興味はない。本来は身体を動かしたいほうでもないが、姉たちより秀でているから、騎士団と魔術師団を任せられている。これは陛下も認めていることだ」


 なんとなく、きょうだいの仲はよさそうに見えた。嫌われている、と言っていたが、それはもしかしたら彼らの周りがそうさせているのかもしれない。後継には男を、と思う者たちは多いし、片や実力主義を重んじるだろうし、王宮内はいつだって不穏な動きがあるものだ。


「ほんと、きみは苦労してそうだね」

「姉たちに比べればそうでもない」


 飄々としてみせたフェリトワは、肩を竦めて笑っていた。








本年も拙作をよろしくお願い申し上げます。


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