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01 : トーエイの森の魔術師。

はじめましての方も、そうでない方も、読んでみようと思ってくださりありがとうございます。

楽しんでいただけたら、幸いです。





 新しく作られている街の近くで暮らそうと思ったのは、活気づいている場所だからというわけではない。

 なにもかも、新しく始めるのだというところに、自分と同じだという興味が惹かれたからだ。


 あちこちで、木を叩く金槌の音が聞こえる。人のかけ声が飛び交っている。少し静かになったときは、職人たちが休憩を兼ねた会議を開いていて、しばらくするとまたさまざまな音が響く。

 少しずつ作り上げられていった新興都市は、当初の予定より随分と大きな街になったらしい。最初は僅かだった貿易が盛んになり初めると、商業も発達してくるから、たくさんの人で溢れるようになった。たくさんの人がいるから、街を大きくしなければならなかったのかもしれない。

 魔術師を呼ぼう。

 誰が最初にそう言ったのか、それはわからない。けれども、大きくなった街は、もっと大きな力を持つ存在を手にしたがった。それが魔術師を呼ぶきっかけになった。

 だが、新参の街に、魔術師は来たがらなかった。新しい街というのはなにかと面倒で、厄介なことが多いからだ。希有な存在である魔術師にしてみたら、そんな面倒ごとに首を突っ込むくらいなら国の官吏として一生を安泰して過ごしたほうがいいと考える。

 人々は考えた。

 繰り返し協議がなされた。

 そうして、誰かがまた言った。

 トーエイの森に暮らすあの青年、あれは魔術師ではないのか。

 新興都市のすぐ近く、トーエイの森には青年がひとりで暮らしていた。その彼が魔術師ではないかと、誰かが言い始めたのだ。

 話はあっというまに広がり、ただの憶測でしかなかったそれは確信された話となり、トーエイの森に住む青年は連行されるように新興都市へと引き摺られていった。

 しかしながら、その青年は確かに、魔術師だった。それもとびきり優秀な魔術師だ。

 魔術師を街へ招くことができた人々は喜んだ。三日三晩、宴を開き続けるほどに喜び勇んだ。

 けれども。

 とびきり優秀な魔術師は、人々の想像を遥かに超え、あまりにも優秀過ぎた。なにかを作る知恵を求めれば、ぽんとあっさり知識を差し出し、あれが欲しいのだがどうにかならないだろうか、と相談すれば、その場で欲したものを具現化させてみせた。天候がひどいときにはそれを操って回避させ、獣の被害が出ればひとりで対処してみせた。

 最初こそ魔術師であった青年を敬っていた人々だったが、その人外の力にだんだんと恐れを抱くようになった。

 また誰かが言った。

 あれは、魔術師ではない。バケモノだ。悪魔だ。いやきっと魔王だ。

 誰かの言葉で、青年は都市を追われることになった。

 けっきょく新興都市は、それからは魔術師を迎えることなく、静か年月を重ね古参の都市となった。











 眠気を誘う陽気に、あふりと欠伸をする。このまま眠ってしまっても問題はないが、今読んでいる本の続きが気になって、それもできない。


「ノぉールジぃース、お昼だよー」


 どこからともなく聞こえてきた遠い声に、また欠伸をする。


「んー……そこらに出しといてー」


 返事をすると、強い眠気に負けまいと目を擦りながら、なおも文字を追い続ける。


「ノルジス? 昼食だってば」


 今度は近くから声がして、ノルジスは仕方なく本から顔を上げた。


「聞こえてる」

「返事くらいしてよ」

「した」

「聞こえなかった。ほんとに返事したの?」

「したよ」

「ほんとかなぁ……。お昼だよ」

「はいはい」


 食欲よりも眠気のほうが優っているのだが、それは許してもらえないだろうなと、ノルジスは読みかけの本に栞を挟んで閉じた。そうすると自然、香ばしい匂いに気づく。


「なんの料理?」

「レヴンがくれたお米が収穫できたから、教わった通り炒めて炊いたの。けっこう上手くできたよ」

「おこめ?」

「稲穂の実だよ。東のほうで育ててる土地があるでしょ? そこから少し苗を分けてもらったからって、レヴンがくれたの」

「それ、だいぶ前の話と違う?」

「だって育ててたもん。大変だったんだよー」


 時間をかけて育てたという稲穂の実が、本日の昼食らしい。さて米とはどんなものだったかな、と首を傾げながら、ノルジスは本を机に置くと椅子を離れた。

 食堂に移動し、卓に広がった昼食を見て「おお」と少し驚く。


「美味しそうだね」


 匂いからしてそうは思っていたが、見ためからもその雰囲気が伝わってくる料理が並んでいる。


「お米って、炊くとご飯になるんだって。で、レヴンに教わったのは炊き込みご飯。細かく切った野菜と一緒に炒めてから炊いたの」


 美味しいはずだよ、と自信ありげに言うので、これは期待できる料理なのだろう。

 席について、いただきます、と両手を合わせてから、炊き込みご飯だという昼食に手をつけた。


「ん。少し塩気が足りない気もするけれど……うん、美味しいね」

「塩はわざと控えたんだよ。でも……控え過ぎたかも」


 ちょっと失敗したかな、と落ち込むので、初めてにしては上出来だと褒めておく。


「これ、また食べられる?」

「うん。けっこう収穫できたから、しばらくは食べられるよ。気に入ってくれた?」

「硬い麺麭よりこっちがいい」

「じゃあ頑張る」


 今度は上手に作るよ、という言葉に、微笑んだ。

 炊き込みご飯を主食にして昼食を終えると、食後のお茶に一息を淹れる。


「そういえば学校はどうした、セヴン?」

「ノルジスが本を読み耽ってる間に試験も終わって、休みに入ったよ」

「おやまあ……僕、どれだけ本に集中してたのかな」


 一週間くらいかな、と言うセヴンに、「あら」と顔が引き攣る。どうりで眠気がひどいわけだ。


「眠ってもいいかな?」

「いいけど、三日くらい眠り続けるのはやめてね。寝ぼけてるノルジスに食事させるの、けっこう大変だから」

「眠ってるときに無理やり食事させてるの?」

「だって飢えるでしょ」

「だいじょうぶだよ、三日くらい。一月くらい食べなくても平気だし」

「だめ。身体に悪いよ」


 必ず食事を摂らせるセヴンに苦笑しつつも、読みかけの本が気になるので、読み終わってから三日くらい眠ろうと決め、ノルジスはお茶を呑み終えると食堂を出た。


「眠るなら寝台にしてよー?」

「わかってるよ」

「椅子は寝台じゃないんだからねー?」

「それもわかってる」


 転寝はしても熟睡はしない、と宣言して、読みかけの本を置いている自室へと戻る。

 その途中の廊下で、開けられた窓から入り込んできた風に足を止めた。


「……セヴーン」

「なぁーにぃー?」


 狭い家だから、少し声を大きくすれば台所にいるセヴンに声が届く。セヴンの声も、廊下にいるノルジスに届く。


「きみ、今日は学校に行ってないんだよねえ?」

「行ってないよー。だって休みだもーん」


 セヴンはまだ学生だから、昼間は学校に通っている。だが試験休みに入っているので、今日は学校に行っていない。学校に行っていないということは、街にも出ていないということだ。

 おかしいなぁと、ノルジスは風が入り込んできた窓から外を見やる。


「なに、どうかした?」


 セヴンが片づけの手を休めて、廊下に出てきた。


「街に出かけた?」

「出かけてないよ。お米の収穫してたもん」

「なら、レヴンに逢いに行ったりした?」

「行ってないよ。今日はレヴン、急ぎの用事があるって言ってたから。なに?」


 おかしいなぁと、ノルジスは首を傾げ、セヴンに窓の外を見るよう促す。


「あれ、なにかな」

「ん? ……、うわあっ!」


 窓の外を見やったセヴンは、驚きに目を見開いて声を上げた。


「なんで竜騎士がいるのっ?」


 それはこちらの台詞だ、とノルジスはセヴンを見やる。


「きみが連れてきたんじゃないの?」

「なんでおれが!」


 違うよ、と否定するセヴンに、ノルジスは唇を歪める。


「尾行されたりしなかった?」

「されたらわかるよ! だっておれ、ノルジスのところにいるんだよ?」


 尾行がわからないわけがない、と自信たっぷりにセヴンは言う。しかし、セヴンには少し抜けたところがある。その性格を知っているノルジスとしては、おそらくこの事態はセヴンの気の緩みが原因だろうなと思った。


「竜騎士かぁ」


 窓の向こうに見えるのは、今まさに竜の背から降りた騎士がいて、ノルジスを視界に捉えている。目を逸らそうとしない竜騎士に、目的は僕かな、とノルジスはため息をついた。


「なんで今さら来るかなぁ……」

「え、知り合い?」

「違うよ」

「なら、どういう意味?」

「僕がここに不可侵の結界を張っている理由」


 竜騎士を招かないようにするためのもの、つまりはどこかの国からの使者が来られないようにするための目暗ましの結界が、ノルジスの家を囲んでいる。簡単な結界なので、この家から学校に通うセヴンを尾行すれば、呆気なく破れてしまうものだ。


「おれのせい? でもおれ、尾行なんてされてないよ?」

「されたと思うよ。僕は家から出ないからね」

「……、ごめんなさい?」

「そうだね」


 素直に失態を謝るセヴンの頭を撫でたとき、こちらから視線を外さなかった竜騎士が歩を進めた。


「トーエイの森に住まう魔術師どの、だろうか」


 凛とした声に、やっぱり目的は僕か、とノルジスは肩を落とす。


「僕はべつに、森に住んでいるわけではないんだけどね」

「だよね。ノルジスは閉じ込められてる」

「それ、なんて言うか知ってるかい、セヴン?」

「封印でしょ? あっさり破ってるけど」


 くす、と笑ったセヴンが、ノルジスの肩に並んで立ち、ノルジスのほうに声をかけた竜騎士に笑いかける。


「ノルジスになにか用?」


 セヴンに問われた竜騎士は、立ち止まることなく窓の近くまで来る。くすんだ赤い髪と、澄んだ紅い瞳に、ノルジスは懐かしさを感じた。


「話を、聞いてもらいたい」


 そう答えた竜騎士に、セヴンが一笑する。ノルジスは、呆れた空笑いしか出なかった。


「ノルジスに話って、なにそれ」


 嘲笑うように、セブンが言った。


「勝手なのは承知だ」

「じゃあ断られても仕方ないよね。帰ってよ。そして二度と来るな。ノルジスはあんたらの話なんか聞かない」

「悪い話ではない。聞くだけでも……」

「いいから、帰りなよ」


 問答無用なセヴンに、竜騎士は少したじろいだが、諦めることはなかった。


「頼む。わたしの話を聞いて欲しい」

「だから聞かないって。帰って、竜騎士のお姉さん」


 セヴンは抜けたところもあるが、けっこう容赦ない性格をしている。諦めればいいのに、と他人ごとのように見ていたノルジスは、しかしふと、首を傾げる。


「おねえさん?」


 どこにそんな人がいただろう。


「え、ノルジス?」

「セヴン、おねえさんって? どこにいるの?」

「……僕、竜騎士のお姉さんって、言ったよね」

「竜騎士の……えっ? そっち?」


 凛々しい姿にうっかり男だと思っていた竜騎士は、どうやら女性のようだった。


「ツヴァイ・ファインと言います、魔術師どの」

「あ、ちょっと、なに自己紹介してんの、竜騎士のお姉さん」

「魔術師どの、どうかわたしの話を聞いて欲しい。悪い話ではないのだ」

「無視しないでよー」


 矛先をセヴンからノルジスに向けた竜騎士、ツヴァイ・ファインと名乗った彼女は、真っ直ぐな紅い双眸でノルジスを見つめてくる。よくよく観察すると、確かにツヴァイは男ではなく、女性だ。全体的に丸みがあって柔らかそうで、しかし竜騎士なだけあってしなやかな体つきをしている。


「うん、好み」

「はっ? ちょっとノルジス!」

「ん?」

「女好きも大概にしてよね!」

「失礼な。おれは人間が大嫌いだよ」

「女は大好きでしょ」

「女が嫌いな男はいないなぁ」

「たらし!」


 やめてよね、と文句を言うセヴンに笑って、ノルジスはきょとんとしたツヴァイに視線を向ける。

 ああ、やっぱり紅い瞳は懐かしい。


「僕はノルジス。トーエイの森に住み着いているわけではないから、ただのノルジスと呼んでくれていい」

「ちょ、ノルジス!」

「で、この子はセヴン。おれの……まあ息子かな」

「養育する義務がある息子だよ! なにその過去の過ちを認めたくないっていう雰囲気! って、そうじゃなくてねえ、なに自己紹介してんの、ノルジスってば」


 ぎゃいぎゃい言うセヴンの頭を撫でて落ち着かせると、ノルジスはツヴァイににっこり微笑みかける。


「わざわざ来てもらって悪いんだけど、僕、話を聞く気はないから。悪い話じゃなくても、いい話でも、どちらでもね」

「あなたが魔王だというのは本当か」

「ぅおっと……」


 話を聞く気はないと言ったばかりなのに、無理やりにでも聞かせる気だ。しかもその話題だ。なかなか強気に出てきてくれた竜騎士に、少しだけわくわくしてしまうのは許して欲しい。


「もしそうならば……頼む、今すぐここから逃げてくれ」

「……、はい?」

「あなたの命が危ない」

「僕の命?」


 悪い話ではないと言ったくせに、まるっきり悪い話ではないか。

 これはちょっと、きちんと竜騎士の話を聞いておくべきではなかろうか。そう考えていると、セヴンが目で訴えてきた。


「ああはい、話を聞いておこうか?」

「違う! 厄介ごとから逃げろって訴えたの!」


 どうも息子との触れ合いはいまいち上手くいかない。そう思っているのは、ノルジスだけかもしれないが。


「まあ聞くだけ聞いてもいいかな」

「ノルジスのあほ!」


 セヴンがなにか言っているけれども、軽く無視して、とりあえずお茶をお願いした。







誤字脱字、そのほか怪文書がありましたら、ひっそりこっそり教えてください。

読んでくださりありがとうございます。


津森太壱。

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