【06】 新人
〈カケル視点〉
健康的な小麦肌が、瑞々しい。
金髪プリン頭の、ジュリアちゃんを。
やや硬派風味なギャルに、分類するならば。
同じギャルの属性とはいえ、今日初めてカードショップというものを訪れたのだという、幾筋もの派手な部分染めを入れたツインテールのキララちゃんは。
いかにも今風な、陽キャギャルといった印象だ。
ちなみに、どちらもメチャ可愛い。
化粧っ気こそ薄いものの、そもそもの顔立ちが整っている、ジュリアちゃんと。
自分の容姿をよく理解して、それを引き立てる化粧をしている、キララちゃん。
それぞれが、異なる魅力で。
異性を惹きつけるには、十分過ぎる。
美少女たちである。
これ、アリスという超絶美少女で耐性をつけている僕じゃないと、動揺しちゃうね。
「ん。そ、それじゃあ、指導を始めようか。よろしくお願いします」
「えー? センセ、もしかしてキンチョーしてますーう?」
っていうか普通に動揺してたわ。
声が震えちゃったよ。
「えっ? なんでなんでーえ? どうしてですかーあ♡」
僕の内心を見抜いて、ニヤニヤと。
長机を挟んで対面する、キララちゃんが。
口元から、特徴的な八重歯を覗かせて。
嗜虐的な笑みを、浮かべていた。
大人を小馬鹿にしたような、挑発的なこの態度。
なるほど。
これが、メスガキか……っ!
「こら、茶化すなって」
「みゃっ!?」
すかさず、パシーンと。
隣に着席していたジュリアちゃんが、大人を舐め腐っているメスガキの後頭部を、わりと力強く引っ叩いた。
キララちゃん、素の悲鳴を漏らしているし。
いいぞ、もっとやれ。
「……ったー! もう、何すんのよ!?」
「いや、普通に失礼だろうが。教えてもらうんだから、ちゃんと相手を敬えよな」
聞くところによると、本当にこの辺りでは有名なヤンキーの家に生まれ育ったという、ジュリアちゃんだ。
このあたりの、上下関係的な価値観は。
下手な大人以上に、しっかりと。
叩き込まれているのである。
えらい。
「べつに、そんなの――」
「そうだよキララ。わざわざ時間を割いてもらってるんだから、さ。ちゃんと聞く姿勢に、ならないと」
「――ですよねー? ごめんね、センセっ♡」
流石はイケメンの一声。
キララちゃんたちから見ての、対面。
僕の隣に着席するリュウセイくんが。
イケメンボイスで呼びけかると、コロリ。
態度を豹変させるメスガキだった。
うーん……これ、僕いるかな?
「……すいません、夢尾さん。僕たちって、ほら、ちょっと独特ですから……そこに飛び込んでこようとする人って、けっこう、レアなんですよね。なので、転校生のキララには、MTGの楽しさを理解してもらったうえで、ちゃんとこの同好会に、定着してもらいたいんですよ」
なるほど。
ゴニョゴニョ、と。
リュウセイくんの耳打ちによって。
こんな時期に、新たな人間関係を築こうとしているキララちゃんと。
固まった人間関係に、新たな風を呼び込みたい幼馴染たちの思惑が。
端的に理解できた。
「ああしてジュリアにも見張ってもらってるんで……とりあえず今回だけでも、ひとまず、様子見してくれませんか? ねっ?」
そうして、幼馴染たちが。
自分たちの同好会を、維持するために。
中学生らしからぬ配慮を、見せている一方で。
もう一人の幼馴染はといえば。
「……アンタップ、アップキープ、ドローカード」
僕たちとは別の、長机で。
来店した常連客と、普通にデッキを回していた。
自由だなあ……。
(でもまあこれが、この子たちの空気感なんだし、外野がどうこういうことでもないか)
ともあれ、事情は把握した。
ならば方針を変えずに、MTGの指導。
初心者編の開始である。
「えっと、それじゃあキララちゃん。デッキは持っているのかな?」
「えー、いきなり名前ですかー? センセって、意外とダイタンなんですねーえ♡」
あ、しまった。
リュウセイくんたちが呼んでるから、つい。
引っ張られちゃったよ。
「いいだろ別に、ンなこと。それよりデッキ、持ってんのか? 持ってねえよな?」
まあいいや。
せっかくジュリアちゃんが、流してくれたんだ。
このままで行かせてもらおう。
「はーいっ。持ってないでーすうっ♡」
「ん。じゃあひとまず今日は、このリサイクルデッキを回していこうか」
キララちゃんが、首を縦に振ったのを確認して。
予め用意をしておいた、デッキを差し出す。
「えー? リサイクル? っていうのは、どういう意味なんですかー? もしかしてセンセの、お古とかー?」
「いや、捨値のカードを再利用した、ただの安価デッキだけど?」
仮にも僕は、プロを目指すカードゲーマーだ。
人一倍に、自分のデッキに愛着がある。
たとえ頼まれても、メスガキに貸してやるデッキなど、存在しないのだ。
「えっと、リサイクルデッキっていうのはね……」
簡単に説明すると。
まずは、昼間に行った『バラし』業務において。
パックを剥いて選別されたカードのうち、1割ほどを差し引いた、大部分のカードたちが。
基本的に、一枚10円そこらとなる。
捨値カゴ行きとなることを、理解してもらう。
そのうえで。
「でもカードゲームあるあるで、安いカードが、イコールで弱いカード、ってわけではないんだよね」
「えー? それって、おかしくないですかー?」
「おかしくないよ。だってカードが値段を左右するのは、カードのそのものの強さもあるけど、それ以上に、刷新枚数だからね」
つまりは刷新上限。
それが多ければ、市場に流通する数も多いために、高値はつきにくく。
逆に少なければ、需要が供給を上回るため、値段が釣り上がっていく。
古いカードに、異常な高値が付くことも。
この『市場に存在する絶対数』が要因だ。
ゆえに。
「安くても強いカード……MTGにおいては、共通カードって言うんだけど、そういったカードは、わりと多いんだよ」
単体では微妙だけど、複数枚組み合わせることで、真価を発揮していくタイプのカードとか。
高レアリティのほぼ上位互換が存在するけど、ゲームにおいては、そこまで使用感に差のないカードとか。
あとは使用状況を限定することで、ある特定の条件下では大暴れするような、一点特化型のカードとか。
そういった地力のある、カードたちを。
コツコツと、収集して。
趣味も兼ねて、組み上げたのが。
当店限定の僕自作、再利用デッキである。
「……えー。だったらけっきょくー、そのカードってえ、一軍になれなかった、よわよわカードたちじゃないですか〜あ」
そうした説明を、聞き終えたのちに。
キララちゃんは、身も蓋もないことを言った。
子どもって、無邪気に残酷だよね。
「おいララ、いい加減にしろよ、マジで。オニーサンが優しそうだからって、あんまチョーシこいてっと、あーしがシメるかんな?」
「ぼ、暴力反対! それにキララ、間違ったこと、言ってないもん! だって、こういうカードゲームって、高くて強いカードをいっぱい持ってるほうが、有利なんでしょ!? ね、センセ!?」
「それは……まあ。否定は、できないかな」
「ほらほらあ! やっぱりい〜っ!」
「……夢尾さん」
「いや、リュウセイくんの気持ちもわかるけどさ。でもMTGみたいなカードゲームが『商売』である以上は、運営が利益を得るためにカード格差をつけることで、客の購買意欲を煽っている部分は、流石にどうしよもないよね」
資本主義の本質に、表情を曇らせる中学生たち。
だけど。
(MTGが『競技』である側面も、有している以上は……デッキ構成やプレイングなんかで、そうした差は、ある程度覆せる……っていうか、ぶっちゃけ上位プレイヤーになると『金で買えるスタートライン』に立っていることは前提だから、そこに差はあってないようなものなんだけど……まあ、カード資産が全然足りていない初心者の子たちにそんなこと言っても、意味ないよね)
相手が、資本主義の核心を突いてくるのならば。
こちらもまた、同じ土俵に立って。
刃を交えるのみ。
「だからあ、そんなざこざこなデッキよりもお、キララ的にはあ、強いカードがたくさん入った、つよつよなデッキが、使いたいっていうか〜」
「ん。もちろん、そういったユーザーの需要に応えて、MTGからは強いカードが何枚も封入された構築済みデッキなんかも、販売されているよ」
新品の商品が並ぶ陳列棚の、一角を指して。
実際の大会で成績を残したデッキを模して、構築された、テーマデッキの存在を告げると。
「あ〜っ♡ そうそう、そういうのが、好き好き〜っ♡」
キララちゃんは、キャピキャピと。
わかりやすく、表情を綻ばせた。
「なんだセンセ、やっぱりそういうの、あるんじゃないですか〜♡ もうっ、イジワルしないでくださいよ〜っ♡」
「でもそのぶん……お値段も、高いよ?」
強いカードが、高いのならば。
強いデッキが高いのは、当然の帰結。
「……えと、それって、どれぐらいですか〜?」
途端に表情を曇らせた、キララちゃんに。
顔を寄せ、声を潜めて耳打ちする。
「具体的には……ゴニョゴニョ」
「えっ!? 高っか!?」
だよねえ。
採用されているカードの、コスパで言えば。
全然悪くないんだけど。
中学生の資金力だと、ちょっと、手を出しづらい価格帯だよねえ……。
「ちなみにこのリサイクルデッキは、税込で800円ポッキリ。しかもビニール製だけど、いちおうスリーブに入っていてと、しかもライフカウンターまでセットとなった、非常にお買い得な商品となっております」
「もーお、センセったら、商売上手ーう♡ そんなの、買うしかないじゃーんっ♡」
比較対象となる、高額な商品を提示した上で。
本命の、安価な商品をオススメする。
古典的な商法だが、効果はバツグンのようだ。
無事、交渉成立である。
毎度あり〜。
「じゃあジュリアちゃん、悪いけど、説明しやすいようにそのデッキをカード別に並べてもらえるかい?」
「あいあーい」
そうして無事に、新たな主人の元へ辿り着いたカードたちが。
ジュリアちゃんの手によって、カードタイプやコストごとに。
長机の上に、広げられていく。
それを見たキララちゃんの反応は。
「……え。きっも!」
だった。
ホント、メスガキちゃんは正直だねえ……。
「……まあ、確かにイラストは、日本人ウケは、良くないかもね」
なにせ日本は、世界に誇るアニメ大国。
オタク文化、発祥の地なのだ。
たとえ、非オタの人間といえど。
小さい頃から、自然と慣れ親しんだ。
それらに対する審美眼は、育まれており。
そのうえ、日本人にウケる『萌え』やら『擬人化』などを要素として取り入れた『カッコいい』や『カワイイ』系のイラストは、西洋が発信源であるMTGのイラストとは、そもそもの毛色が異なるのだ。
古典的な『美しい』や『精緻』といった技法の絵画と。
明るくて親しみやすい、近代風なイラストを。
比較して、評するようなもの。
そんなの、そもそもの評価基準が違うし。
どちらにも、それぞれの良さがある。
(とはいえやっぱり日本人には、わかりやすくて派手なイラストのほうが好まれるのは、否めないよなあ……)
そのあたりが海外産カードゲームに対する、国産カードゲームの圧倒的な優位であることは、間違いないだろう。
それでもなお、MTGのイラストが国産カードゲームよりも好ましいという日本人は、確かな審美眼や己の価値観を有している人間や、僕のように『いや逆に西洋風のイラストのほうが本格的でオシャレじゃなーい?』などと逆張りするような、捻くれ者たちだ。
閑話休題。
「あん? キモくねーよ、目え腐ってんのか? ふつうにカッコいいじゃねーか」
「えっ!? ジュリリ、それマジで言ってるう!?」
「あははっ。まあジュリアはカブトムシとかヘビとかカエルとか、普通に好きだし、なんなら触れるくらいだからね。ちょっと感性が、独特なのかも」
今回、キララちゃんに購入してもらったリサイクルデッキは。
変異群体を主材とした、共鳴デッキ。
そして、とある多元宇宙のひとつを主題とした環境構築において、生態能力の目玉として採用された変異群体とは、様々な環境に『適応進化していく種族』という設定から。
その見た目が、なんというか。
かなり独特な、際立ったものとなっている。
身も蓋もなく、言ってしまえば。
その姿は、洋画に登場する地球外生命体そのもの。
それも、見目に優れた人型ではなく。
外皮を纏わない、昆虫のような。
意思を有する、筋繊維の束のような。
非常に生々しい、生物的な質感を骨格としつつも。
そこに、生息環境に存在する植物や鉱物。
魔力や生物などを、取り込むことで。
環境適応という進化を果たした、異形の生物たちなのである。
(でも環境構築の主題だけあって、普通にこいつら、強いんだよなあ)
正確には、強いというか。
コスパがいい。
もちろん、ガチガチに組み込まれた。
構築デッキには、及ぶべくもないものの。
それでもデッキがぶん回れば、五回に一回程度の勝率を見込める程度の潜在能力は、秘めている。
とはいえ、そんな裏方事情。
知らない人間からすれば。
ただの、異形生物の群れにしか、見えないのだろうけれど。
「えー……なんか、キモいし、汚いし、クサそうだし……そもそも人間じゃないし……なんかあ、もっとカードゲームの絵ってえ、キラキラした、キレイなイケメンキャラとかじゃ、ないんですかーあ?」
「まあ、日本人ウケする日本産のカードゲームなら、それは否定できないね。でもMTG、海外産だから。イラストは商品でもあるけれど芸術だから。そこは創業からブレていない、硬派なカードゲームだから」
まあ、最近ではコラボ企画とかで。
ちょっと本流から客層を狙った限定イラストなんかも、採用しているみたいだけど。
それはそれとして。
「だからMTGのイラストは、これでいいんだよ。――いや、これがいいんだよっ!」
熱を帯びた、僕の真摯な主張を。
「うわ、急に早口で喋るとか、オタくさーいっ♡」
キララちゃんは、ケラケラ。
手で口元を覆いながら、笑い飛ばした。
ぐぬぬぬ。
メスガキから、上から目線の罵倒とか。
普通に、失礼なんだけど。
でもちょっと、ゾクゾクしてしまっている自分が、情けないでござる……っ!
「ンだよ、ララはガキだな。こいつら、めっちゃカッコいいじゃねえか。プリントされたシャツとかあったら、あーし、普通に着られるし」
「いやいやそれ、ジュリリだけだから。キララは普通にムリだから」
「そうかなあ? 僕はわりと、好きなビジュなんだけど……」
「……だよねえー♡ いわゆる、キモカワ的な感じだよねーえ♡」
やはり、イケメンの言葉には。
世界を覆す力が、あるらしい。
リュウセイくんの呟きによって、ひとまずは。
イラストによる拒絶反応を乗り越えた様子の、キララちゃんである。
(っていうかまだ、MTGのルールにすら、触れていないんだけどなあ)
触りだけで、これだけの尺を消費してしまったのだ。
果たして今日中に、ルールを教え込めるのか。
早くも不安になってきた、僕である。
スリヴァリンの巣そのものが、まるで、一つの生命体のようだ。
そして彼女こそが、紛れもなく、心臓なのだ。
――スリヴァリンの女王――




