【05】 常連
〈カケル視点〉
開店前の品出しや、入荷物の確認。
店内清掃に、バックヤードの整理や。
陳列された、カード棚の補充など。
そうした日々の業務に取り組んでいると、あっという間に、夕刻を迎えてしまった。
そして、これくらいの時間になると。
平日では、ポツポツと。
来店客が、増え始めて。
会社で働いている、社会人たちに先駆けて。
学校を終えたばかりの、学生たちが。
店内に設けられた遊戯空間を求めて、姿を現すのが、ヲタク堂の日常風景であった。
「あ、オニーサン。こんちわーす」
「夢尾さん、お疲れ様です」
「……こ、こんにち、わ」
そんな、常連客の中でも。
ここ数ヶ月ほど。
とりわけ熱心に通い詰めている中学生たちが、商品補充をしていた僕に、声をかけてきてくれた。
「ん、いらっしゃいませー」
振り返った僕の、視線の先では。
幼馴染であるという、三人の少年少女たちと。
その後に続く、見慣れぬ少女がひとり。
揃って、こちらに移動してくる。
(……おや? あの子は、新しいお友だちかな?)
あと、一ヶ月ほどで。
学校のクラス替えを控えた、この時期に。
新顔とは、珍しい。
「おいおいなんだよオニーサン、元気ねえなあ。それでも接客業かよー?」
僕が疑問を、口にする前に。
まずは常連中学生たちのうち、紅一点である。
金髪の根本が、黒く染まり始めている少女が。
言葉の荒さとは、裏腹に。
人懐っこい、笑みを浮かべて。
気安げな態度で、声をかけてきてくれた。
「いや、流石に元気云々じゃあ、現役の中学生には敵わないって。それよりもジュリアちゃん、ちょっとだけ、髪を切った?」
「お、わかる? わかってくれちゃいますか、オニーサン? ってか普通はやっぱ、わっかるよなーっ!」
ニカッ、と。
快活に、表情を綻ばせて。
最後に見かけた先週の週末大会よりも、ちょっとだけ。
短くなった毛先を、アピールしてくるのは。
健康的な小麦肌が眩しい、金髪プリン頭の少女……阿久津ジュリアちゃんだ。
「ほらみろ、ヒカ。やっぱ普通は気付くんだよ。ちゃんと気づいて、こうやって話題にしてくれるんだよ。それが人としてのマナーってやつなんだよ。なあ、わかるか? おい?」
「……う、うん。わかって、るって」
そんな、パッと見て。
ギャル以外の何者でもない、金髪少女に。
馴れ馴れしい態度で、肩に腕を回されて。
「ええー? 本当かよー?」
「……う、うん」
2人の関係を知らならければ、いっそ。
脅されているようにも見えてしまうけど。
どうやらこれが、この幼馴染たちの、距離感であるらしい。
野暮ったい黒髪が、目元までを覆った。
気弱そうな目隠れの少年……黒瀬ヒカルくんの、反応だった。
「……っていうか……ぼ、僕だってちゃんと、気づいては、いたし」
「はああああ!? だったら最初から、ちゃんと言えよし! むしろそれ、減点だからな!?」
「まあまあ、落ち着きなよ、ジュリア」
熾火に水を、かけるどころか。
盛大に、油をぶちまけて。
ガクンガクン、と。
ジュリアちゃんに揺さぶられる、ヒカルくんに。
助け舟を出したのは。
最後の幼馴染である爽やかイケメン……中大路リュウセイくんだ。
「ヒカルに、悪気なんてないんだし。っていうかそもそも、ヒカルが人の髪型に興味を抱く性格じゃないことなんて、わかってるだろ?」
「だったら、尚更じゃねえか! 今からでもそういう『普通』を叩き込んどかねえと、後で苦労するのは、コイツなんだからな!?」
「いやそれ、もう幼馴染とか彼女を通り越して、母親とかの台詞だからね? わかってる?」
「うるせえな! あーしはヒカの親分なんだから、舎弟を躾けるのは、当然なんだよ!」
「はいはい。そうですかそうですネー」
「うおいこらリュウうううっ!」
「……ゆ、夢尾さん」
慣れた空気感で、わちゃわちゃと。
騒ぐ幼馴染2人を、置き去りにして。
「……あ、あれから【リシャーダン】の追加、入ってますか?」
騒動の発端であるヒカルくんは。
我関せずの、面持ちで。
従業員の僕に、そんなことを聞いてくるのだ。
これには僕も、苦笑してしまう。
(何というか……ギャルっぽいジュリアちゃんに、イケメン陽キャなリュウセイくんはまだしも、限りなくマイペースなヒカルくんが、こうして一緒にいるのって、幼馴染ならではだよなあ……)
大人になってから、このような関係性を築くことは、とても難しい。
できることなら、彼らには。
この貴重で得難い繋がりを。
末長く、保っていただきたいものだ。
なんて。
(……僕も、そんな風に思えるように、なっちゃったってことかあ……)
かつての自分と。
今の自分の、距離感に。
苦笑を、深めつつ。
「……ごめんね、ヒカルくん。まだうちでは【リシャーダン】は入荷していないんだ」
ひとまず今は、社会人として。
常連客からの質問に、答えると。
「……そ、そう、ですか」
わかりやすく。
ヒカルくんが、気落ちしてしまった。
(悪いけど、こればかりは運だからねえ。仕方ないんだよ)
流石に同業者である、大手の店舗などに。
豊富な品揃えでは、敵わないものの。
個人経営の工夫として、独自のカードポイントなどを設けているヲタク堂では、それを活用することで、相場よりも安くカードを入手することが可能である。
そのため、資金が潤沢な社会人などとは違って、限られた予算の中でパックやカード購入を検討しなければならない学生たちが、可能な限り常連であるヲタク堂で購入を希望してくれているのは、有り難い限りではあるのだけど。
やはり人気のある、良カードというものは。
需要が高いために。
なかなか入荷が、難しい。
とくに、販売から間を置いた。
旬を過ぎた拡張パックに、封入されているカードなどは。
売上的な理由を背景として、新たにボックスをバラす頻度が、少なくなってしまうため。
自然と、カード補充の流れは。
客が持ち込む、買取希望カード待ちとなってくる。
でも良カードは、可能な限り客も、手放したりしたくないから。
ギリギリまで、売り渋るうちに。
需要と値段だけが、吊り上がっていくという。
典型的な、悪循環だった。
「こんなこと……ほんとは、従業員が言うべきじゃないんだろうけど、どうしても押さえておきたいんなら、多少は割高になっても、確実な通販での購入を検討しておいたほうがいいよ? 月末の公式大会に参加するんなら、尚更にさあ」
「……はい」
そんなこと、できるのならとっくにやっている。
それが難しいから、こうして足掻いているのだと。
現役中学生の返事には、苦々しさが溢れていた。
(……本当に、この『社会』ってやつは、ひねくれてるよなあ)
情熱と時間が有り余っている、若いうちは。
それを叶えるための手段や経験が、乏しくて。
それらが充実した、大人になる頃には。
今度は情熱と時間が失われているという、二律背反。
だから大抵の人は、子どもの頃に抱いていた夢を、諦めてしまう。
諦めざる得ない状況に、環境が。
整えられてしまう。
そのように社会が、形成されているからだ。
だから。
そうした状況下で、自分の夢を。
追い求め続けるためには……
「……あの〜?」
そうして、ふと。
思考と感傷の狭間に沈みかけていた、僕の意識を。
聞き覚えのない、少女の声が。
現実へと引き戻した。
「えっと……夢尾さん、ですかーあ?」
砂糖をまぶした、お菓子のような。
間延びした、甘ったるい声音で。
首からぶら下げている、従業員用の名札を見て。
僕の名前を、舌先に転がすのは。
ヒカルくんたちと一緒に入店してきた、彼らと同じ中学校の制服を着ている、見覚えのない少女であった。
「はいはい、僕が夢尾カケルですけど……えっと、キミは誰かな? ヒカルくんたちの知り合い?」
とりあえず、来店の流れから。
そのような予想をつけた、僕なのだけれど。
「……?」
視線を向けたヒカルくんは、さあ?
みたいな反応で、首を傾げている。
マジか。
「え? いやいや、そこはちゃんと紹介してよー。黒瀬くん、ヒっドーいっ!」
ぴえんぴえん、と。
どこか、演技ぶった仕草で。
悲しみを表現しているあたり、どうやら彼女は、本当に他人というわけではないらしい。
良かった。
「わりいな、ララ。ヒカはこういうの、苦手なんだよ」
そこに割り込んできたのは、口論を終えたらしい、幼馴染ーズである。
「そうそう。というわけで夢尾さん、この子がうちの同好会の新メンバー、西垣キララです」
「いえいいえーい、キララでーす。よろしくでーすっ♡」
イケメンの、リュウセイくんから。
改めて、紹介されたことで。
悲しみから、一転。
上機嫌な笑みを咲かせる女子中学生……キララちゃん。
「お、ということはいよいよ、ヒカルくんたちの同好会も、部活動への昇格が見えてきたのかな?」
「いえいえ。頭数の五人には足りていませんし、何よりも、部活動として認めてもらうための実績が足りませんからね。まだまだ先は、長いですよ」
「っつーことでもうしばらくは、あーしら、ここを部室代わりに使わせてもらうつもりだから。ジャマくさいだろうけど、よろしくなー」
「いやいや。ジュリアちゃんたちがいなくなったら、他の常連さんたちが悲しむから。部活に昇格しても、うちにはマメに顔出しておくれよ〜」
「あはは! オニーサン、今さら接客トークしても、遅くね!?」
いやいや、これはマジだって。
本人たちに、自覚はないかもしれないけれど。
どんな集団であれ、若い世代から新陳代謝というものは、非常にありがたいわけで。
とくに、陰属性の人間たちにとって。
ジュリアちゃんのような陽属性《リア充》の人間と、真っ当なコミュニケーションをとれる機会や場所というのは、本当に得難いものなのだ。
事実、本人は無自覚なようだが。
リアルに実在した『オタクに優しいギャル』をガチ推している常連客は、少なくない。
「っていうか、あーしよりもさあ。オニーサン、ララの接客をしてやってくれよ」
「あー、正確には接客というよりか、MTGの指導? ですね」
ジュリアちゃんの言葉を、補足するような。
リュウセイくんからの発言に。
「ん? それはMTGの、対戦指導ってこと?」
首を傾げると。
「いえ、まずは対戦以前の、MTGの基本的なプレイや知識から、教えてほしい感じですね」
相談内容は、さらにそのワンランク上。
どうやら初心者への、指南ということらしい。
「ええー? キララは、リューくんとかに教えてもらっても、いいんですけどねー?」
とはいえ、やはり年頃の女の子としては。
こんな、冴えないオジサンなんかよりも。
爽やかイケメンとの交流が、増えるほうが。
好ましいのだろう。
控え目に……しかし瞳に、確かな熱を宿して。
主張してくる、キララちゃんだが。
「やめとけ、ララ。リュウは感覚派だから、人にモノを教えるのが、絶望的にヘタクソなんだよ」
「あはは! 否定できないねえ!」
「えー……」
無情にも、幼馴染ーズはそれをスルー。
そして、もう1人の幼馴染といえば……
「……」
僕たちの遣り取りなど、まるで気にした様子もなく。
店内の陳列棚前に移動して、新たに補充されたカードを、念入りにチェックしていた。
こちらはリュウセイくんの、適正不適正以前に。
そもそも教える気がなさそうだ。
仕方がない。
「ん、りょーかいりょーかい。大事な常連客のお願いだし、うちとしても、新規客が増えるのは歓迎だから、さ。もう少しでシフト終わるし、そのあとでよければ、キララちゃんに僕がMTGの触りだけでも解説しようか?」
ホントは、勤務時間が終わったあとで。
店にやってきた常連客と、デッキを回したかったんだけど。
(仮にもプロの、プレイヤーを目指してるんだ。布教のチャンスは、大事にしないとね)
打算と建前が入り混じった、僕の問いかけに。
キララちゃんは、チラリ。
最後にもう一度。
リュウセイくんに視線を送って。
「ん? ああ、夢尾さんは、僕たちも何度もお世話になっている人だから、信用できるよ?」
「……えー。そうなんだー。スゴーイ」
完全に脈ナシと、判断。
「じゃあ、夢尾さん……じゃなくて、センセ、になるのかな? ヨロシクお願いしまーすっ♡」
すぐに気持ちと表情を、切り替えて。
媚び媚びなロリボイスとともに、ペコリ。
派手な部分染めの入ったツインテールを、下げてきたのだった。
あいつに襲われて、死んじまったって?
ああ、そいつは不運だったな。
よくあることさ。
あいつに襲われて、逃げ切れただと?
馬鹿野郎、それは子どもに、狩りを教えてるんだ!
すぐにこの場を離れ……っ!?
――襲撃するジャガー――




