【04】 業務
〈カケル視点〉
「カケルよお。それバラした後でいいから、買取査定を頼めるか〜?」
「う〜い」
色んな意味で。
悔しい思い出となってしまった。
週末大会から二日ほど空けた、月曜日である。
本日は遊戯者ではなく、従業員として『ヲタク堂』に出勤した僕は、このカードショップの店長でもある旧友……於保多クロウの指示に、手元から目を離すことなく返事をする。
そして今、僕が行なっている業務は。
開封したパックから取り出したカードを、選別して、値付けしていく。
通称『バラし』と呼ばれる作業だ。
1パック15枚入りとなるMTGの拡張パックは、基本として、各パックごとに最低保証として1枚以上のレアカード、もしくは神話レアカードが封入されており。
その他は、3枚のアンコモンカードと。
9枚のコモンカード。
あとは基本地形カードが1枚に。
ゲームで使用する擬似生物カードや。
MTGのルールや情報が記載された、宣伝カード。
運が良ければ、特殊加工カードや特殊絵柄カード、などといった。
おおよその内訳となっている。
そしてMTGの1ボックスには、36パックが封入されているため。
単純計算で、1ボックスをバラした場合。
得られるカードは、合計で540枚。
それらに対して値付けしていく作業は、とてつもなく、大変な作業に思えるかもしれないが……
実際のところ。
値付けの対象となるカード。
すなわち多くのプレイヤーが『一定の金額を支払ってでも確保したい良カード』なんて。
そのうちの、一割にも満たない。
一部のレアや、神話レア。
ときどきアンコモン。
あと特殊加工カード。
せいぜいが、その程度のもの。
そうしたごく一部のカードだけを取り出したら、残る大部分のカードは、一枚十円ほどのまとめ売りコーナーに直行である。
慈悲はない。
悲しいけどこれ、商売なんだよね。
閑話休題。
とにかく、選別にさえ慣れてさえしまえば。
大した手間ではない、バラし作業に。
一区切りをつけてから。
次いで、取り掛かったのは。
先ほどクロウに頼まれた、買い取り希望カードの、見積もり作業。
こちらはある意味、単純作業のバラしと違って。
それなりの経験と、時間を要求される。
高度な業務である。
なにせ、世界的なカードゲームであるMTGの歴史は、およそ半世紀近くにも及ぶのだ。
歴史の長さに比例して、刷新されてきたカードは、膨大であり。
最新環境のカード程度ならまだしも、拡張環境や、無制限環境までのカードを。
全て、網羅するなんて。
無理無理。
しかも大会環境や、新たなカードの連鎖や共鳴が発見されるたび、カード相場は変動するのだ。
それこそ、株や土地のように。
一週間前までは、捨値で売られていたカードが。
何かの契機に、数百倍の値段にまで跳ね上がった事例も。
実際に、何度となく。
過去には起きている。
その辺りの利益差を狙って、購入者の中にはカードを『遊戯』目的ではなく『資産』として買い溜めしたり、転売したりする輩もいるのだが……僕個人の主観としては、やはりカードゲームというものは遊んだり愛でたりしてなんぼだと思うので、理解はしても、賛同はしない。
と、少し話は逸れたけど。
そのような背景から、基本的にカード査定は、パソコンなどで相場データを参照にしながらの業務となる。
ただし、ここにも注意点があって。
たとえ、同名のカードであっても。
過去に何度か、再販されているカードの場合。
再録された時期によって、値段は変わってくるし。
同じ時期に発売された、同名のカードであっても。
イラストが違う豪華版や、特殊加工カード、特殊なイベントに参加しなければ入手できない限定版など。
様々な付加価値で、やはり値段が異なってくる。
さらに、だ。
こうしたネットに記載されているカードの『買取価格』とは、あくまでパックから剥いた直後のような、カードが『綺麗な状態』であることが大前提。
しかし最初から、鑑賞目的で。
意識して、余程丁寧に。
保管していない限り。
遊戯目的のカードとは、使用していくうちの損傷は、避けられないもの。
たとえ保護札袋に入れて使用していたとしても、出し入れのたびに角が捲れたり、日焼けしたり、折れ曲がったりと。
大なり小なりの傷は、ついてしまうのだ。
そうした古傷は、買取査定において。
減点対象となってしまうため。
古いカードの場合、ほとんどは。
店頭で表記される買取価格通りの値が付くことは、ないと考えたほうがいい。
とはいえ客も、愛着のあるカードを安値で買い取られることを易々と了承してくれるはずもないので、店と客、両者の折り合いがつく妥協点を見つけることが、この業務の難しさである。
「おやおや、カケルくん? またカードの査定かな? あはは、相変わらず店長に、扱き使われてるね〜」
そんな、複雑な業務に。
真面目に取り組んでいた、僕に。
あちらは店内清掃を、行っていたのだろう。
掃除道具を手にしたアミさんが、ニコニコと。
穏やかな笑みを浮かべて、声をかけてきてくれた。
季節は2月の中旬。
冬の寒さに、春の陽気が混じり始める、季節の変わり目だ。
いちおう店内は、暖房が効いているのだが。
そこは女性。
体調を崩したくないのか。
モコモコと、暖かそうな生地の上着に。
従業員用の前掛けをかけた、アミさんは。
(あっ……そういう緩めのファッションも、可愛い……っ♡)
デレデレ、と。
鼻の下が、伸びてしまうほどに。
愛くるしい。
「っていうか、うちもごめんね〜。やり方はわかってるんだけど、作業が遅いから、いっつもカケルくんに、査定が回っちゃってるよね〜」
「あ、いえいえ、気にしないでください!」
気合いで、鼻の下を引き締めながら。
アミさんからの話題に、笑顔で応じる。
「それに僕、この作業、嫌いじゃないんで」
「うん、知ってる♡」
どん、と。
査定をしていた作業机に、腕を両肘をついて。
どたゆん、と。
その両腕に、ふくよかな女性の象徴を、載せながら。
「だってカケルくん、いっつも楽しそうに、カード触ってるもんね〜っ♡」
にへらっ、と。
子どもを見守る、慈母の如く。
優しい微笑みを向けてくれる、女神様。
(んあ゛あああああっ……す、好゛ぎい゛いいいいっ……!)
この笑顔のためならば。
業務の肩代わりなど、何の苦痛もない。
むしろご褒美だ。
本当にありがとうございます。
「ほら、今だって、とっても嬉しそう。ほんとカケルくんって、カード大好きだよね〜」
いや、いま頬が緩んでいるのは、別の理由なんですけどね?
なんて。
本人に直接、言えるはずがないけれど。
いや、これは僕がヘタレているとかじゃなくて。
このお店の『禁忌』なんだから。
仕方のない、ことなんだけど……
「……お、アミ。清掃終わったのか?」
ほら。
噂をすると、案の定というか。
狙い澄ましたかのように、店の奥から。
事務作業をしていたクロウが……ぬるり、と。
姿を現した。
「はいはーい。店長、バッチリですよー」
「ん、じゃあ次は裏で、入荷した製品の仕分け頼むわ」
「りょうかいでーすっ」
笑顔を浮かべて、パタパタと。
指示された通りに、店舗裏へと引っ込んでしまうアミさん。
「……いい子だよな」
遠ざかっていく、その背中を。
僕と並んで見つめるクロウは。
はっきり言って、イケメンだ。
いや、年齢は僕と同じなんだから。
イケメンというか、イケオジか。
とにかく、こうして自営業のカードショップを経営するくらいに、世間一般的な『オタク』であることを、堂々と自認しているクロウであるが。
彼はそうして、自らの根幹を成す『オタク気質』というものに。
並々ならぬ、誇りを持っているが故に。
僕と知り合った、中学生時代から。
世間一般的なオタク像を、何とか改善しようと。
生来の、恵まれた自らの容姿に。
決して、胡座をかく事なく。
努めて、精力的に。
社交的で紳士的な好青年であろうと、努力してきた人間だった。
「俺たちみたいなオタクにも、分け隔てなく優しいし、気立てもいいし、仕事もできる。おまけに可愛い。離婚者なの、本人は気にしているみたいだけど……んなの百パー、相手の方に問題があったんだって、わかるよな」
「うん。間違いないね」
「だから雇用主としても、友人としても、さ。あの子にはちゃんと、幸せになってもらいたいと、思ってるんだけどよお……」
穏やかに語る声音に、嘘偽りはなく。
親愛を込めた笑顔を、浮かべたまま。
ギリギリ、と。
僕の肩を、強く掴んで。
「……でもヲタク堂、社内恋愛禁止だからな?」
目の奥だけは笑っていない、クロウは。
その、見目の良さと。
好青年ぶりゆえに。
かつて所属してきた、集団においては。
ことごとく、望まぬ恋愛事故を引き起こして。
ついには『ヤリチンサークルクラッシャー』として、何度となく。
集団から、追い出されてきてしまったのだ。
酔った席で僕がそのことを「リアル追放系だね!」と口を滑らせたら、本気でシバかれた程度には、逆鱗だ。
そんな苦い過去を持つ、苦労人だからこそ。
「わかっているよな、カケル?」
「も、もちろんでさあ、ボス!」
自らを破滅に追いやってきた、恋愛に対して。
敏感を通り越して、過敏であり。
男女間の友情を、まるで信じておらず。
自身の経営する店においては『恋愛禁止』などと、このご時世においてはいっそ冗談じみた規則を設けているのだが、残念ながらこれはガチだ。
実際、過去に何人か。
この店では古参である、アミさんに懸想して。
それを理由に追放された事例が、存在している。
よって、直接面識のない、彼らとは違って。
あきらかに、アミさんからも好意を向けられている、僕としても。
この店に雇われている限り、彼女の気持ちに。
応えることは、できないのだ。
「……」
数秒ほど、笑顔のまま。
僕を覗き込んでいた、クロウから。
「……ん、だったらいいだよ」
何とか、今回も。
この胸に秘めた想いを、隠し通すことに。
成功したらしい。
(……ぶふうううっ! あっぶなあああっ!)
ゲームのために鍛えたポーカーフェイスが、役に立った。
「それのよお、お前がいなくなっちまうと、業務が滞るし、シフトも回んねえんだわ。頼りにしてるぜ、カケル」
「お、おお」
「んでも、アミもアミだよなあ……基本、恋愛弱者系のオタクなんては勘違いしやすいんだから、そういうの、控えてくれって何度も言ってんだけどなあ……アイツ、そのへん無自覚だからなあ……」
そこは僕も、気にしているところだ。
天真爛漫な、彼女の性格を。
好ましく思う、一方で。
その優しさを勘違いする輩が、現れないかと。
気が気ではない。
(……それにしても、頼りにしている、か……)
それに加えて、つい先ほど。
アミさんから言われた『楽しそう』という感想。
そのどちらもが、以前の職場では。
縁のなかった、言葉である。
(……)
少しだけ。
すでに一年以上も経過している。
過去の痛みに、顔を顰めて。
(……ん、とにかく今は、目の前の仕事に集中集中!)
傷口から、目を背けるように。
僕はカードの見積もり査定に、取り組むのであった。
え、過去を忘れられない?
ならば消してしまえばいいのです。
――対抗否認――




