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【03】 ご褒美パック

〈カケル視点〉


「というわけで、本日の週末大会フライデー優勝者は、先週に引き続き二連覇を果たしたアリスちゃんでした〜っ。パチパチパチ〜っ!」


 僕にとっての、妹分的な存在である。


 四半混血クオーターの美少女……嘉神乃原かがみのはらアリスを。


 その、類稀な美しさゆえに。


 迂闊に触れることが躊躇われる、冷気を帯びた、永久花プリザーブと表現するならば。


 そんな彼女に向けて、パチパチと。


 心からの、笑顔を浮かべて。


 拍手を贈る女性……花畑アミさんは。


 降り注ぐ陽光を浴びて、燦然と輝く。


 向日葵のような人物だった。


「そして準優勝は、こちらは二回連続で惜しくも優勝を逃してしまった、カケルくんで〜す。みなさん、健闘を讃えて拍手〜っ」


 そして、時間勤務者アルバイターである、僕と一緒に。


 この個人経営のカードショップ『ヲタク堂』で働く、正規雇用者スタッフの彼女は……


「……あはは。いや〜、惜しかったね〜、カケルくん。どんまいどんまいっ、次があるさ!」


 ポンポン、と。


 僕の背中を叩いたあとで。


 グッと、親指を立てながら。


 パチンと、お茶目なウィンクを。


 披露してくれるのだ。


(あ……好きっ♡)


 トクウン、と。


 優勝を逃してしまったにも関わらず。


 鼓動が、高鳴ってしまうことは。


 仕方のないことだろう。


「……花園さん」


「あ、はいはいごめんね、アリスちゃん。はいこれ、今回のご褒美パックだよっ♪」


 アリスの声に、急かされて。


 アミさんが取り出したのは、週末大会フライデーの優勝賞品である、販促小袋プロモーションパック


 通称『ご褒美パック』だ。


 申請して許可を得られれば、どんなところでも小規模で開催できるのがウリの、週末大会フライデーとはいえ。


 そこはちゃんと、MTG公認の公式大会。


 運営から優勝賞品が、用意されている。


 そしてこの一般には流通していない『ご褒美パック』には、1パックに3枚の特殊加工フォイルされたカードが、封入されており……


「……お、開封の儀でござるか?」


「どれどれ」


 人は、綺麗なものが大好きだ。


 しかもそれを、超絶美少女が開封するという。


 綺麗と美しいが織りなす、夢の共演コラボに。


 わらわら、と。


 常連客たちが、群れ集まってくる。


 あっという間に、人だかりができてしまった。


「デュフフフ。アリス嬢は、リアルラックもお持ちの方ですからなあ〜」


「期待が高まりますぞ〜っ!」


「……うん……うん……そ、そうだよね。やっぱりここは、もう一枚、除去を削ってでも、手札破壊ハンデスを、追加したほうが……」


「おーい、ヒカー。もういい加減戻ってこーい? パック開けちまうぞー?」


「あはは。ジュリア、無駄だって。集中しているヒカルに、何を言っても」


 そうして、アリスを中心として。


 押し寄せる、人の波濤を。


「……んっ。んん゛っ」


 重々しい、咳払いと。


「……」


 ジロリ、と。

 

 遮光眼鏡サングラス越しでもわかる、鋭い視線で。


 牽制するのは。


「……おっと、海坊主うみぼうずさん!」


 常連客の誰かが、唸ったように。

 

 身長百四十センチに満たない、小柄なアリスの背後に控える。


 身の丈二メートルを越える、小山のような巨漢であった。


 彼の名は、禿山・イーゴル・ジョウジ。


 大企業の令嬢であるアリスの、専属護衛ボディーガードであり。


 鍛え上げられた、屈強な体格と。


 玄人感が滲む、威圧感の凄まじい面構え。


 それに拍車をかける遮光眼鏡サングラス禿頭スキンヘッドから、常連客の一部からは『海坊主』などと揶揄されており、僕も『シティーハンター』『海坊主』でググってヒットした画像を目にしてからは、内心でそう呼んでしまっている。


 いや、マジでハマり過ぎなんだよ。


 むしろ本人が、絶対に狙って寄せているであろう、二次元の実写版だ。

 

 ともあれ。


「……」


 ゲーム中は、プレイの妨げになるからと。


 プレイヤーたちの視界から、身を隠していた巨漢であるが。


 大会が終わるなり、どこからともなく現れて。


 こうして、護衛対象アリスの背後にはべっているのだ。


 そんな、職務に忠実な護衛に対して……


「……禿山」


 ポツリ、と。


 小柄な少女が、呟くと。


「お嬢……」


「……大丈夫です、から」


「……はっ。失礼いたしました」


 恭しく、禿頭を下げて。


 海坊主さんは、振り撒いていた威圧を。


 巨躯の内側に、潜めたのだった。


「……すいません、皆さん。禿山も、これが、お仕事ですので」


 次いで、護衛対象であるアリスが。


 微妙になってしまった空気に、詫びを入れると。


「そーだよー、ハゲちゃん。ただでさえハゲちゃんは見た目がイカついんだから、言動まで物騒にしちゃダメでしょ〜?」


 緩んだ空気を、攪拌するように。


 殊更に陽気な、女性の声が。


 緊張感を、きれいに吹き飛ばしてしまう。


「めっ! めっ! 悪いハゲちゃんは、めっ、だよ!」


「……」


 それどころか、女性としては平均的な身長の、アミさんが。


 直立不動を保つ、大男の背中を。


 屈託のない笑顔で、遠慮なく。


 バシバシと、叩いている。


 そのうえ苗字とはいえ、禿頭スキンヘッドの巨漢に向かって『ハゲちゃん』呼ばわりなんて、なかなかにできることではない。


 一歩間違えば、大惨事不可避だ。


「ねえ、わかった? わかりましたか〜?」


「……善処しよう」


「ならヨシ!」


 でも、それを。


 ごく自然に、やってのけてしまえるのが。


 アミさんがまとう、独特の空気感であり。


 眩いほどの、魅力であった。


(はあ……好き……♡)


 アミさんが今年で、31歳。


 僕が32歳。


 年齢が近い、魅力的な異性を。


 つい、目で追ってしまうのは。


 どうしようもない、男の本能。


「はい、じゃあ皆さん、寄って寄って。アリスちゃんが、パック剥いちゃうよ〜。お邪魔なハゲちゃんは、こっちこっち〜」


「……」


 ただそこに、立っているだけで。


 威圧感マシマシの巨漢を。


 グイグイと、腕を引っ張って。

 

 アミさんがふたたび、客の目につかない部屋の死角へと。


 強引に、連れ去っていく。


「それじゃあカケルくん。アリスちゃんのお守り、よろしくね〜」


「……っ! はい、任せてくださいっ!」


 遠ざかっていく背中に、寂しさを覚えつつも。


 海坊主さんのように、苗字ではなく。


 ちゃんと名前で呼ばれた、僕は。


 それだけで、喜色満面。


 餌を与えらた犬の如く、ブンブン。


 見えない尻尾を、振りまくってしまうのだ。


「……では、剥きますね」


 そんな、頼りない護衛ナイトの前で。


 深窓のお嬢様が、ペリペリと。


 ご褒美パックを、剥いていく。


「……ん゛っ!?」


 すると、思わず目を剥いて。


 喉奥から、変な声が漏れてしまった。


「おおー、やりますなーっ!」


「流石アリス嬢っ! リアルラックがエグいですぞ!」


「ねえねえ、見てよヒカル! あれ、ヒカルが欲しがってた【リシャーダンの港】じゃないか! めっちゃ高くなかったっけ!?」


「……う、うん、そうだね、えっと、たしか通常版で、3000円くらいだけど、特殊加工フォイル使用の販促(プロモ)版だと、たぶん――」


「――おいコラやめろ、リュウ。ヒカも、野暮な計算してんじゃねーよ」


 パック開封を見守っていた、常連たちも。


 動揺や興奮を、隠せない。


 当然だ。


 無理もない。


 なにせ、アリスが初手で引き当てた【リシャーダンの港】とは……


【リシャーダンの港

 カードタイプ……特殊地形

〈→〉:①マナを獲得する。

 ①〈→〉:土地ひとつを対象とし、それをタップする】


 ……という、現在の最新構築戦スタンダードにおいて猛威を振るう強カードであり、さらにはスタンダードよりもさらに使用可能な範囲(カードプール)が広い解放構築戦(エクステンデッド)においても、値崩れがしにくい土地カードということもあって、その値段は青天井だ。


 売るにせよ。

 

 交換トレードするにせよ。


 実際に使用するにせよ。


 あって困ることはない、カードコレクター垂涎の、理想的なレアカード。


 そしてご褒美パックから出てきた、他の2枚も。


 トップレアとまでは、行かずとも。


 普通に人気のある、カードだったので。


 カードショップに売れば、3枚の合計値は。


 余裕で五千円を越えるだろう。


 ヲタク堂開催の週末大会フライデーは、参加費が男女問わずに一律300円なので、爆利益(アド)である。


 それを。


(あと、一戦……アリスに勝ってさえいれば、僕のものだったのに……っ!)


 目の前で奪われた、この苦々しさ。


 脳が破壊されそうだ。


「……」


 そんな僕の、見苦しい嫉妬を。


 聡い少女は、察したのか。


「……カケルさん」


「ん、んん? なんだいアリス? 別に全然、悔しくなんてないんだが?」


「夢尾氏、語るに落ちておりますぞ」


「いい歳したオジの泣き顔など、誰も求めていないでござるよ〜」


 声をかけてきたアリスに。


 震えを抑えきれない声で応じると。


 常連客たちから、総ツッコミをいただいてしまった。


「な、泣いてなどいないんだが!? これは心の汗なんだが!?」


「はいはい。オニーサン、とりあえず涙を拭いなよ。んでアリス、どったのよ?」


 見るに見兼ねて。


 常連客の1人である、アリスとは別の学校に通う、女子中学生が。


 会話の仲人になってくれた。


「……このカード……そんなに欲しいのなら、差し上げましょうか?」


「っ!?」


 そして、その。


 あまりに物欲が感じられない、物言いに。


 事実、庶民からすれば、悔し涙を浮かべてしまうほどの高額カードでも。


 令嬢である、アリスにしてみれば。


 さほど頓着もしない、端金なのだろう。

 

 ダブったハズレカードを譲渡するような、気やすさで。


 声をかけてきたアリスに、脊髄反射で『えっ、いいんですか!?』と喰いつかなかった自分を、褒めてあげたい。


「……ふ、ふふん、アリス。あまり僕を、みくびってもらっては困るね。子どもからカードを恵んでもらって、喜ぶような、僕はそこまで底の浅い人間じゃあないつもりだよ? でもお店に売るくらいならそれよりも割高で買うので僕に直接売ってくださいお願いします!」


「夢尾氏。カード欲しさに子どもに頭を下げてる時点で、人間性はカスでござるよ」


「浅すぎて底が、貫通トランプルしておりますぞ」


 う、うるさいなあ!?


 転売目的じゃなくて、ちゃんと自分で使うつもりなんだから、別にいいだろ!?


「……あ、あの! 嘉神乃原さん!」


 そうして僕が、下らない維持と物欲の狭間で、葛藤している間に。


 声を上げたのは、こちらも常連の男子中学生。

 

 その声音は、カードコレクター特有の『熱』を、帯びていた。


「ゆ、夢尾さんが、いらないって、いうんなら……そ、そのカード、僕たちに、譲ってくれませんか? たぶんお金では、し、支払えないので、カードとの、交換トレードに、なると思うんですけど……そのぶん、割高でもいいので! 是非!」


「おおっと、そういうハナシならば、拙者もトレード参戦でござるよ! 何せ【リシャーダン】は、何枚あっても困らぬ良カード故!」


「むむ、抜け駆けはズルいですぞ! であればワイ氏は、現金買取を希望いたしますぞ!」


「あ、俺も俺も!」


「俺もトレード混ぜて〜っ!」


「ちょ!? 待って待って!?」


 男子中学生からの交渉を、皮切りとして。


 わらわらと、砂糖水に群がる虫のように。


 良カードに殺到する、常連客たち。


「ち、散れ散れ、ハイエナども! 交渉の優先権は僕にあるんだ! 横入りは認めないぞ! しっ! しっ!」


 慌てた僕が、手を振りかぶり。


 暴言を吐いて。


 唾を飛ばしながら。


 必死に権利を、主張するものの。


「いやオニーサン、さっき一度、アリスの申し出断ったじゃねーか?」


 アリスの横に控える、女子中学生から。


 冷ややかな指摘を、受けてしまった。


「だからその時点で、交渉権はリセットじゃね?」


「あ、いや、それは……あくまで、タダで貰うわけにはという意味で、決して交渉権そのものを、破棄したわけではないというか……」


「ダッサ。男がウジウジ言い訳すんなし」


「……ぐう!」


 容赦のない、論破。


 男に『ダサい』は、特攻過ぎるんよ。


「だいたいオニーサンは、アリスのこと、いっつも独り占めしてんじゃん。だからちょっとくらいあーしらにも、お裾分けしろよし」


「そうですぞ夢尾氏! 独占反対でござる!」


「美少女と良カードは、皆の共有財産ですぞーっ!」


 この流れを、好機と見たのか。


 一斉に、女子中学生の言い分に賛同する、常連客たち。


 そりゃ確かに、僕とアリスはよく対戦するから。


 そのぶん一緒にいる時間は、増えてるけどさあ!


 それを『独占』呼ばわりは、流石に言いがかりじゃない!?


「ねえ、アリス! アリスからも、なんとか言ってよ!」


「……くふっ……くふふふっ」


 あ、ダメだ。


 一体何がツボったのか、ニヨニヨと。


 アリスが珍しく、口端を崩して。


 腹を抱えながら、悶絶している。

 

 彼女なりの爆笑だ。


「な? アリスもそれでいいよな?」


「……くふふ……さんに……独占……」


「な?」

 

「……え? あ、はい……そうですね? ……くふふっ」


「ん、オーケーだってさ!」


「それホントかなあ!? なんかアリス、途中から僕たちのハナシ聴いてなくない!?」


「いいんだよ! オニーサンたちにはわからねえだろうけど、女子中学生ウチらにしかわかんない空気感とか、そういうのがあんだよ!」


「ぐ、ぬぬっ……!」


 そんな、年齢のことを持ち出されると。


 現役の女子中学生に、三十路越えのオジサンが物申す権利など、この世界には存在しない。


 現代社会の不文律だ。


「じゃあアリス。順番的に言って、トレードの順番はあーしらからだよな? な?」


「……え? あ、はい……」

 

「よっしゃ、おーいヒカ! さっさと札収納帳バインダー持ってこーい!」


「……あ、うん! ちょ、ちょっと待ってて!」


 いつの間にか。


 流れるようにして。


 勝手に、アリスの代弁者となった、女子中学生は。


 そのまま交渉トレードの優先権を、強奪してしまった。


 あまりにご無体。


 無法が過ぎる。


 だというのに。


「くぬぬ……悔しい……けど、逆らえないのでござる……っ!」


「ジュリア殿お……っ! 拙者らにも、交渉の権利を……っ!」


「あはは、悪いな、みんな。でも珍しく、ヒカが欲しがってるみたいだから、今回は勘弁してくれよなっ!」


 強気な口調で。


 強気な態度で。


 強引に話を、掻っ攫っていったくせに。


 最後の最後で、仲間想いの一面を見せてくる。


 甲斐甲斐しい女子中学生から発せられる、陽の後光によって。


「くう!」


「はうわっ!?」


「てえてえ……てえてえよお……っ!」

 

 薄汚れた常連客(オトナ)たちは、一瞬で浄化されて、物言わぬ灰と化してしまった。


「ああ、僕の【リシャーダン】があ……」


「あはは。すいません、夢尾さん。ジュリアのやつ、ああなったらもう、僕たちにも止められないんですよ」


 交渉権を強奪した女子中学生や、彼女に指示されてバインダーを取りに行った男子中学生の、友人である男子中学生からも。


「なので今回は、申し訳ありませんが、諦めてください。ね?」


 そんな風に、笑顔で諭されてしまっては。


「……ぴえん」


 もう、何も言えない。


 泣き寝入り確定だ。


 そんなこんなで、わちゃわちゃと。


 今週も、週末大会フライデーの夜は、騒々しく更けていくのであった。


 誰もが自由に、利用できる港。

 たとえそれが、海賊であろうとも。


 ――リシャーダンの港――


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