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【29】 過去②

〈カケル視点〉


 仮に、僕の人生において。


 人生を揺るがすほどの、大きな転機。


 あるいは失敗を、挙げろと言われれば。


 迷うことなく、2つの事件が思い浮かぶ。


 1つ目は、高校3年生の春。


 卒業を間近に控えた、とある日の出来事だ。


(っしゃーっ! 自由じゃーっ! 今日は遊び倒すぞーっ!)


 その日は確か、休日で。


 ようやく、大学受験から解放された僕は。


 匂うような春風を、めいいっぱいに吸い込んで。


 久方ぶりの自由を、満喫してやろうと。


 かなり意気込んでいたはずだ。


(えっと、クロウたちとカードショップを巡るまでには、まだ時間に余裕があるから、まずはいつもの書店をチェックして……ああ、そういやあの新刊って、もう発売してたっけな? チェックしとかないとっ!)


 ちなみにその頃から僕は、MTGの他にも。


 マンガやアニメ、ラノベといった。


 いわゆる『オタク文化』に、染まっていた。


 そして当時、ハマっていたジャンルは。


 いわゆる『異世界』ものである。


 転生でも。


 転移でも。


 なんでもいいから。


 とにかく、ここではないどこかへ行って。


 チートな能力や知識。


 加護や立場なんかを、活かすことで。


 華々しい無双ってやつを、やってみたかったんだ。


 ……。

 

 まあ、今思えばだけど。


 たぶん僕は、過酷な受験生活から、逃げ出したかったんだろうね。


 大人たちが、辛い職場から逃げたい心理と同じだ。


 切ないね。


 でも、一昔前の少年たちが『もし学校がテロリストに占拠されたら自分はどうクレバーに対処するのか』って妄想をしていたというように、当時の僕たちが『もし異世界に転移したら自分はどうチートで活躍するのか』って想像するのは、割と一般的スタンダードな、娯楽だったと思うんだ。


 そんな僕が。


 普段から、そういった妄想を抱いていたのは。


 別に、変なことではないし。


 だからこそ、僕は。


 それらの『異変』に、気付いたのだろう。


(……? 大丈夫かな?)


 最初に違和感を覚えたのは、信号待ちをしていた時に、たまたま目の前にいた女性の後ろ姿である。


 年齢は、僕より少し上だろうか。


 大学生とか。


 新卒の社会人とか。


 そのくらいに見える。


 後ろ姿だけでも綺麗とわかる、おねーさんだ。


(もしかして……体調、悪いのかな?)


 これはあとで、本人から直接聞いた話だけど。


 おねーさんはそのとき、じつは、お腹に子どもを宿していたらしい。


 でも本人に、まだその自覚がなくて。


 ふとしたときに襲ってくる、倦怠感や体調不良に。


 悩まされていた時期なのだという。


 僕が目にしたのは、まさしく。


 外出先で、おねーさんが。


 そんな状態に酷く、陥っていたときだった。


(声、かけたほうがいいのかな? でも一応、歩けてはいるみたいだし……)


 フラフラ、と。


 覚束なさは、感じるものの。


 それでも自分の足で、信号が青に切り替わった横断歩道を、渡ろうとしていたおねーさん。


 どこか儚く感じる、その背中に。


 僕の目は、釘付けだった。


(……うん。何かあったら、声かけてみよ)


 それは、僕の日常には存在しない非日常。


 平凡な日常における、ちょっとした刺激スパイス


 横断歩道を渡り終えるまでの、短い冒険。


 その程度のつもり、だったんだけど……


(……ッ!? はっ!? え、マジでっ!?)


 ……ギャリリリリッ!


 道路を震わせる、アスファルトの悲鳴。


 音の発信源に目を向ければ、こちらに向かって猛スピードで突っ込んでくる暴走車を一台、発見してしまった。


 減速の気配はない。


 というか、あそこから減速しても。


 間に合うはずがない。


 ヤバいヤツだと、直感した。


 事実、どうやらその時の暴走車は。


 悪質なドライバーによる、飲酒運転だったらしい。

 

『きゃーっ!』


『おい、逃げろっ!』


 当然、そんな異常事態イレギュラー


 気づいた人から、我先にと逃げ出していく。


(……っ!)


 だけど、目の前のおねーさんは。


 逃げるどころか、ぺたりと。


 その場に座り混んでしまったのだ。


 さらに最悪なことに、その場所を目掛けて、暴走車は突っ込んでくる。


(ヤバいヤバいヤバいコレ、絶対にヤバいぞコレ……ッ!)


 一般論で言えば、だ。


 おねーさんとは、会話をしたどころか。


 顔を正面から、見たことすらない。


 名前も知らない。


 正真正銘の、赤の他人である。


 そんな彼女を捨て置いて、逃げ出したとしても。


 僕が他人から責められる謂れなど、ないはずだ。


(……ッ!)


 それなのに。


 受験から解放された、全能感からか。


 あるいは普段から妄想していた異常事態ワンシーンに直面したときの、高揚感だったのか。


 はたまた、世界の主人公は自分だと根拠もなく信じ込んでいた、若さゆえの思い上がりなのか。


 理由は、定かでないが。


 とにかく、そのときの僕は。


 名前も知らない、おねーさんのことを。


 助けようとしていたんだ。


(……はっ!? おねーさん、見かけによらず、おっも……っ!)


 これ、本人に言ったら。


 絶対に怒られるヤツだけど。


 僕はそのとき初めて、意識のない人間が。


 こんなにも重たく感じることを、経験した。


(んっ……だっしゃ、らああああああっ!)


 でも、その程度で……


 心に盛っていた、炎は消えない。


 諦めることなく。


 力の限り。


 歯を食いしばって。


 僕はおねーさんを、引っ張って。


 車の進路上から、ギリギリのタイミングだったけど。


 引き摺り出すことに、成功したんだ。


(シャおらあッ!)


 直後に……ギュリンッ!


 暴走車が、方向転換。


(……はっ?)


 わざわざ、僕たちが逃げた先へと。


 突っ込んできやがった。


(ふッざ……けんなあああああッ!)


 もう回避は、間に合わない。


 だから……どんっ!


 抱えていた、おねーさんを。


 今度は、突き放すようにして。


 前方へと、押し出すと。


 反動で後方へ流れた僕は……ドグシャッ!


 身体の奥から、鳴り響く。


 おぞましい音を、聴いた。


(あ……やばっ……)


 衝撃で、意識が飛ぶ。


 たぶん身体も、跳んでいる。


 いや、誰が上手いこと言えっつたねんっ!?


(……あ……で、でもまあ、これなら多分……)


 グルグル、と。


 回転する視界が、地面に激突して。


 弾ける火花。


 燃える血潮。


 激痛で、記憶が途切れる寸前に。


 転がり落ちていく、暗闇の中で。


 僕が最後に、思ったのは。


 家族や。


 友人や。


 ましてや身体を張って助けた、おねーさんのことですらなくて。


(……異世界に、行けるっしょ……)


 なんとも浅はかな、願望であった。


    ⚫︎


 これが、1つ目の失敗。


 あのとき、変な正義感を発揮して、身体を張らなければ。


 僕は事故に、巻き込まれることはなかっただろうし。


 もしかしたらおねーさんも、無傷だったのかもしれない。


 まあ、全ては『たられば』だけど。


 間違いなく、この事件が。


 僕にとっての、重要なひとつの分岐点だった。


 だって、それからおよそ……10年間。


 僕は、眠り続けたのだから。


(それでも、まあ……僕はまだ、ラッキーなほう、だったんだろうなあ)


 目的地まで、あともう少し。


 この歳になって、自動車どころか。


 運転免許証すら、持っていない僕は。


 愛車であるママチャリで、夜の街を駆けている。


 だって、仕方がないじゃない。


 普通の人たちが、免許を取るような時期に。


 僕は、病院のベッドの上で、昏睡状態だったのだもの。


(確かに失った10年間は、僕にとって、取り返しのつかない痛手だ)


 そりゃ、目覚めた直後は。


 失われた時間に、絶望したし。


 周囲に当たり散らして、自暴自棄にもなっちゃってた。


 でも、世界には。


 もっともっと、不幸で陰惨で無慈悲な事故や事件なんて、いくらでもある。


 決して、当時の事故に遭ったことが。


 幸運だとは、思わないけれど。


 上を見ても。


 下を見ても。


 幸運や不運に、際限はなくて。


 他者のそれと、自分のそれを、比べることに。


 意味なんてない。


 ただただ、不毛なだけだ。


(生きているだけ、儲けもんって、考えなきゃね)


 それに、だ。


 不幸中の幸い、とでも言うべきなのか。


 僕にとって、間違いなく幸運だったのは。


 僕が昏睡状態だった、およそ10年間。


 その間に発生した、莫大な医療費を。


 ごく普通の、一般的な社会人でしかない、僕の両親に代わって。


 支払い続けてくれた、奇特な人物がいたこと。


 それはあのとき、僕が助けたおねーさんの。


 当時は、恋人で。


 現在は、旦那さんとなる。


 アリスの父親……鏡原ルイスと、繋がりを持てたことだ。


(ルイスは、そんなの当たり前のことだ、気にするなって、言ってくれるけど……いや、普通は数千万単位のお金を、ハイありがとうございますで、済ませらんないって……)


 如何に、アリスの実家が。


 代々続く、名家の一族であり。


 ルイス自身も、若くして起業するなり。


 一代で会社を、上場企業にまで成長させた、敏腕経営者だとしても。


 受けた恩を。


 膨大な金額を。


 費やされた時間を。


 なかったことに、できるはずがない。


(そのうえルイスには、その後もいっぱい、迷惑かけちゃってるもんなあ……はあ、ホント僕、生きてる間にこの恩を、返し切れるんだろうか?)


 ちなみにルイスは、驚くなかれ。


 今年で32歳になる僕と、同い年である。


 つまり彼は、当時はまだ大学生だったアリスの母親……アヤメさんを。


 高校卒業の直前に、身篭らせて。


 卒業と同時に、責任をとって結婚した。


 仕事も家庭も、デキるのが早過ぎる男だった。


(いや……ルイスこれ、狙ってやってないよね?)


 だったら、怖すぎるんだけど。


 いちおう、病院で目を覚ましてからは家族ぐるみのお付き合いをさせてもらっている、僕から見ても。


 あの俳優かモデルみたいな、混血ハーフのイケメンは。


 奥さんのことが、ちょっと過剰なほどに。


 好き過ぎるのだ。


 アヤメさんのためなら、躊躇うことなく。


 犯罪に、手を染める程度には。


 熱烈な愛情を捧げていることに、疑いの余地はない。


 ゆえに、だ。


 当時学生だったルイスが、自分よりも先に社会人になろうとするアヤメさんを、手元に置くために。


 計画的な犯行に及んだのだとすれば……

 

(……)


 いや、やめよう。


 考えても、栓のないことだ。

 

 現実として、今のルイス夫妻は幸せそうで。


 娘であるアリスの他にも、双子兄弟という子宝にも恵まれた、絵に描いたような順風満帆ぶりである。


 他所様の幸せに、外野がどうこう。


 口出しする必要はない。


 閑話休題。


 とにかく、そういった特殊な関係性と。


 年齢が、近しいこともあって。


 ルイスは僕に、かなりの好意的を、抱いてくれているらしく。


 友人と呼ぶ僕に、敬称をつけらると。


 途端に機嫌を、損ねてしまうのだ。


 アリスの父親だなーと、一目でわかる。


 男のくせに、綺麗が過ぎる端正な顔立ちに。


 無表情のまま、不機嫌さを滲ませて。


 猛烈に、抗議してくる。


 このへん、本当にアリスと、よく似ているよ。


(性格も親子、そっくりなんだよなあ)


 良いところも。


 悪いところも。


 本当に……よく、似ている。


 どうやら嘉神乃原という血筋は、一度気を許した相手には、とことん情が深くなってしまう一族らしい。


 その最たる事例が……


 僕にとっての、2つ目の失敗。


 およそ10年ほども、寝坊助して。


 1年半に及ぶ、リハビリののちに。


 社会復帰先として、ルイスの経営する会社に。


 ノコノコと、入社してしまったことである。


 大地に境目などない。

 隔てるのは、人間の傲慢だ。


 ……原野英霊ガラクト


 ――ラノエルドの沿岸――

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