【28】 過去①
〈カケル視点〉
【ごめんね、センセ】
【今からここに来てもらえる?】
つい最近、というにはやや長く。
久しぶりというと、大袈裟な。
数日程度の、空白期間を空けて。
僕のスマホに通知された、メスガキ中学生……キララちゃんからの、メッセージは。
簡素な謝罪と。
お願い。
そして場所を指定する、URLだった。
調べてみると、呼び出されたのは駅前である。
ヲタク堂からは、自転車で30分ほど。
でも、今からそこに向かうとなれば。
時間的に、本日の週末大会には、参加できなくなる。
そして何度も、繰り返すが。
翌日の、土曜日。
僕の今後の人生を左右すると言っても過言でない、大事なMTGの大規模大会が控えている、現状においては。
今日は、大会で使用するデッキ選定で。
散々に、迷走していた僕が。
最終候補としたデッキの使用感を確認したり、調整するための、最後の試合だといえる。
そんな中で送られてきた、この通知《SOS》。
果たして僕は、どう答えるのが。
正解なのだろうか……
(……なんて、偉そうに考えるまでもないか)
僕なんて所詮、この歳でプロのカードゲーマーを目指しているような、夢追い人の中年である。
これから先のある、現役女子高生の未来と。
くだらないオジサンの、ゲームへの執着。
そのどちらを、優先すべきかなんて。
議論にすらならない。
(それに……あれだけヒカルくんたちに、上から目線で説教かましちゃったんだ。その当人が肝心なところで、趣味を優先しますだなんて、厳罰を通り越して処刑だろ)
誰かに、何かを主張したのなら。
相応の責任が、発生する。
ダメ中年でもわかる、人としての、最低限の道理である。
「……ごめんなさい、アミさん。今日の週末大会の出場、僕のぶんを、取り消してもらえますか?」
「うえええっ!? か、カケルくん!? 本気なのっ!?」
きっと、彼女が知る限りにおいて。
欠かしたことのない、週末大会の欠席に。
受付をしていた同僚……アミさんが、大仰に驚いていた。
「だ、大丈夫!? カケルくん、もしかして体調悪い!? 救急車呼ぼうか!?」
「いや、そこまで驚かれると、逆に、こっちがビックリするっていうか……え? そんなに僕が、週末大会を休むのって意外ですかね?」
「そりゃそーだよ! だってカケルくん、前に40度近い熱が出たときも『気のせいです』って、ムリヤリ試合に出ようとしてたじゃん!」
「あー……そういうことも、ありましたねえ……」
いや、今考えると。
普通に常識が、欠如してたわ。
そりゃ、話を聞きつけてきた妹分に。
問答無用で、強制送還されて。
看病という名の、監視下に。
置かれるわけだ。
納得。
(う〜ん……そう考えると、やっぱりあの頃の僕って、自分ではわからないとこでブレーキが壊れちゃってたんだなあ)
だけどまあ、その頃と比べれば。
少なくとも、こうして。
他人のことが、気になる程度には。
視野が広がった、ということなのだろう。
大丈夫。
今回はたぶん、間違えてはいない。
「いやまあ、さっきまでそのつもりだったんですけど……ちょっと、野暮用ができちゃいまして」
「……っ!」
キュピーン、と。
先ほどまで、狼狽していたアミさんの瞳が。
好奇心で、輝いた。
「ははーん……さては、アレかね? 例の、アオハル関係かね?」
「ご明察の通りでございます、お代官様。なのでどうか、お目溢しを……」
「うむ、苦しゅうない」
ふぉっふぉっふぉっ、と。
とてもノリの良い、アミさんが。
某御隠居さまじみて、見えない髭を扱いている。
「悩める若人を導くのも、先達の務めですぢゃ。よろしい、カケさんや、行っておやりなさい!」
「ははーっ! ありがたき、しあわせーっ!」
「ってか、いーな、いーなっ! わたしもちょっとくらい、アオハルに挟まれたーいっ! 思春期の少年少女たちから、甘酸っぱい相談とかされてみたーいっ! もうっ、カケルくんばっかなんでなんでっ!? ズルい、ズルいよーっ!」
しかし老人のロールプレイも、長くは続かなかったようで。
今度は幼児退行した、アミさんが。
ポカポカ、と。
戯れるように、叩いてくる。
(か、可愛い……幸せえええ……っ♡)
こんなん、惚れてまうやん。
もう、ガチ惚れてるけど。
草草草。
「……カケルくうううん?」
ギイイイ……ッ、と。
そんな幸せ空間を、軋ませるようにして。
半開きになった、扉から。
魔王が、顔を覗かせていた。
一見して爽やかそうに見える、イケオジの瞳には……
ドロドロ。
ぐるぐる、と。
拗らせた青春の傷痕が、深淵なる渦を巻いている。
あれに巻き込まれたら、一巻の終わりだ。
僕まで大事なナニかを、失ってしまう。
クロウと違って、まだ未使用なのに。
それは御免被るんだぜ。
「じゃ、じゃあアミさん、そういうことなんであとはよろしく!」
「おっけおっけ、行ってらっしゃ〜いっ! あ、でもアリスちゃんには、ちゃんと連絡入れておくんだよーっ!」
「了解です!」
すでに退勤は終えているため、着替えの必要はない。
そそくさと、店の裏手に移動して。
停めてある自転車に、跨りながら。
できるだけ急いで、スマホをポチポチ。
アミさんからの指示通りに、今日も週末大会へ参加する予定であろう妹分へと、不参加の旨を報告する。
「おっ。相変わらず早っ」
即、既読。
からの即返信が……ない、だと……?
「……?」
おやおや、珍しいな。
アリスって基本的に、メッセージ確認したら、すぐに返事してくれるんだけど。
「……あ、きたきた」
なんて違和感を覚えていると、ほら。
ちょっと遅かったけど、返信がきた。
内容は【わかりました】【でも絶対に、あとで理由を教えてくださいね】という、簡潔なメッセージと。
それでも僕が欠席するのは心許ないのか、寂しそうなアリスをデフォルメした、オリジナルスタンプがピコンピコンピコンピコン……ってオイ、止まらねえな。
(あー、これ、けっこういじけちゃってるなー)
現実世界の、アリス本人が。
表情が乏しい、反動なのか。
メッセージアプリ上のアリスは、オリジナルスタンプをいくつも用意するほどに、感情表現が豊かな女の子なのだ。
そんな彼女からの、圧倒的なスタンプ連打。
こんなの、僕じゃなきゃビビっちゃうね。
(これはまた、次に逢ったときにでも、しっかりと撫で撫でコースかなあ)
願わくば、その時の担当護衛が。
あのお嬢様が大好きな、狂犬ウーマンでないことを願うばかりだ。
まあ、そんな僕の都合は。
さておき。
(……っし、行くか!)
気合を入れて、踏台を踏み締め。
車輪を回して、夜色に染まり始めた街中を、駆け抜ける。
(さてさて。一体どんなお話になるのかわかんないけど、僕が、何か力になってあげられるといいけどなあ……)
客観的な、評価として。
僕は、成功している側の人間ではない。
むしろ絶望的に、失敗している側の人間だ。
でも、そんな人間だからこそ。
誰かが、挫けそうなとき。
困っているとき。
迷っているとき。
助けを求めているときに。
それに気づいて、共感してあげられる人間に、なれたらいいなと思ってしまうんだ。
(少なくとも人生の失敗っていう点では、なかなか僕の右に出る人はいないと思うから、その程度の挫折で、僕に勝てるだなんて思わないことだね! キララちゃんっ!)
慣れない状況に。
少し、躁状態になっているのか。
冷たい夜風に晒される僕の脳裏には、かつての失敗が、記憶の澱から浮かび上がっていた。
やばい財宝も、秘密も、人間も。
隠すなら、墓の中が一番だ。
――墓穴屋――




