【27】 助言
〈カケル視点〉
つい先日の、月曜日。
突如として、来店予定をキャンセルしてきた、キララちゃん。
その背景を、原因でもあるヒカルくんやジュリアちゃんから、聴き終えて。
僕が抱いた感想は……
(……あー、やっちゃってるねえー)
詰まるところ。
人生において、誰もが経験するような、失敗談。
だからと言って、軽視はできない、重要な問題。
典型的な、人間関係のすれ違いだ。
拗れると、滅茶苦茶に面倒なヤツである。
「んで、昨日からキララちゃんには連絡がつかないうえに、今日は学校を休んでいて、ヲタク堂にも来ていない、と」
「……そ、そうです、ね」
う〜ん。
ここまでの話を、振り返っても。
特に変化の見受けられない、ヒカルくんと。
「いや、いちおうLINEに既読はつくんですけど、返信は遅いし、内容も薄っぺらいから、これ以上こっちから関わるのは、マズそうっていうか……」
対照的に、こちらは。
話しているうちに、自責が膨れちゃったのか。
普段の勝気が鳴りを潜めてしまっている、ジュリアちゃん。
同じ状況を経験している、はずなのに。
なんとも対照的な、2人である。
ともあれ。
「なるほどねえ……」
話を聞く限りだと、露骨に避けられてるっぽいもんねえ。
当然っちゃ、当然か。
僕だって、友だちだと思っていた相手から『名前覚えていませんが?』なんて言われた日には、三日三晩は不貞寝する自信がある。
心身ともに発展途上のキララちゃんが受けた衝撃は、想像すら難しい。
さもありなんの、反応だ。
「……うん、だね。今はあんまり、ジュリアちゃんたちのほうから追い縋らなくて、正解だと思う。このまま定期的に連絡をしてみて、とにかく相手からの反応を待つのが、賢明だと思うよ」
「そう……ですよ、ねえ……はあああ……」
ジュリアちゃんの、クソデカ溜め息。
でもぶっちゃけ、この子だけなら。
時間をかければ、キララちゃんと。
きっと仲直りできると、思うんだ。
問題なのは……
「……ねえ、ヒカルくん」
話を拗らせてくれている、この子の方。
「キミはキララちゃんのことを、一体、どう思っているんだい?」
「……?」
「キミはあの子と本当に、友だちになりたいのかい?」
「……」
「そうじゃないんだとしたら、キミは一体、あの子と、どんな関係になりたかったんだい?」
問うているのは、事件の核心。
キララちゃんを、この店に招いた張本人が。
彼女のことを、どのように認識しているのか。
まずはこれを、はっきりさせなければ。
話が進まない。
「……ぼ、僕としては、あの子のことは、正直、ど、どうでもいいんです」
「――ッ! ヒカッ!」
いつものように、吃りながら。
溢れ出した、ヒカルくんの本音に。
「オマエまだ、ンなこと言って――」
「――ストップだ、ジュリアちゃん!」
反射的に声を荒げた、ジュリアちゃんを。
強い声で、制止する。
「っ!? でもよお、オニーサン!?」
「いいからちゃんと、最後まで、話を聴いてみよう」
「……っ、わ、わあったよ!」
意図して、力を込めた僕の言葉で。
ジュリアちゃんは、渋々と。
腰を椅子に、戻してくれた。
「……」
そうした、やり取りを前にしても。
相変わらず、態度に変化が見られないヒカルくんは。
前髪で目元までを覆った顔を、こちらに向けて。
ボソボソと、語り続ける。
「……僕が……た、たぶん、『普通』じゃないことは、わかって、います……でも……し、仕方が、ないんです……どうしても、ぼ、僕は、僕が『興味を持てないもの』に、興味が、持てない……好き、な、れないんです……」
きっと、それは。
一般的な感性を持つ人間からすると。
あまりに、傲慢で。
身勝手な、言い分なのだろう。
しかしそれは、紛れもない。
偽らざる、ヒカルくんの本心だった。
そして、自惚れでなければ。
きっと僕や、ジュリアちゃんは。
ヒカルくんにとって『興味のある』側の、人間なのだろう。
だからこそ、納得いかなくても。
僕たちの疑問には、真摯に。
答えようと、してくれているのだ。
ちゃんとそれは、伝わってくる。
「……っ、あ、いや、だからってなあ……ヒカよお……おまえ、それを言っちゃあ、おしまいだろうが……」
けれど、その言葉を。
簡単に、肯定はできない。
だけど否定もできない。
だって、悪意なら裁けばいいし。
間違いだったら、正せばいいけれど。
本人にとってそれが、悪意でも失敗でもない、機能的な『欠陥』だった場合。
如何に、正論を用いたとしても。
第三者がそれを当人に、納得させることは、難しいし。
理解が及ばぬまま、導くことなんて。
もっと難しい。
常人なら共感することさえ、困難だろう。
でも。
(……そっか)
悲しいかな。
良くも悪くも、この世界には。
多種多様な人間がいて。
そういった『|大多数から理解されない少数』が、一定数、存在するのだ。
(やっぱりヒカルくんも、僕側の人間、なんだね)
そして、症状に大小の差はあれど。
おそらくは僕と同じ種類の『欠陥』を抱えている、ヒカルくんの発言を。
僕だけは、しっかりと理解できていた。
「うん、話を聴く限りでは、やっぱりヒカルくんが悪いよね」
だからこそ、だ。
同じような経験の先達者である、僕だからこそ。
伝えてあげられる言葉が、あるはずなのだ。
「……そう……ですよね。う、うん、それは、その通りだと、思います。はい、それは、わ、わかります」
「ああ、ヒカルくん。ごめんごめん、無理に納得しようと、しなくていいよ」
きっと、これまでの人生において。
家族から。
教師から。
友人から。
何度となく、似たような言葉を。
向けられてきたのだろう。
ヒカルくんの口から絞り出された虚無を。
僕は、慌てて堰き止めた。
「っていうかさあ。キミが、そういう性格じゃないってことくらい、キミ自身が一番よく、わかってるだろ?」
「……」
「勿論、今回の被害者であるキララちゃんに、謝ることは必要だし、ヒカルくんはちゃんと、反省しなければいけない。だけどそれは『他人を傷つけた』という結果以上に、そうする『自分を理解できていなかった』って、ことについてなんだ」
「……?」
ちょっとまだ、意味が伝わっていないようで。
きょとんと、首を傾げるヒカルくんだけど。
何か、琴線に触れるものはあったのか。
「……どういう、い、意味ですか?」
さっきよりも、前のめりに。
話を聴こうという姿勢が、見受けられる。
うん、いい傾向だ。
「ヒカルくんはね。さっき自分が『興味がもてない』ことに関しては、興味が持てないし、好きになれなしい、覚えることすら難しいって、そんな感じのことを、言っていたよね?」
「……っ! そ、そうなん、です! どうしても、覚えた、つもりでも……すぐに、わ、忘れちゃうし……咄嗟に、思い出せないんです……っ!」
「うんうん、それはもう、仕方がないよ。努力とか、根性とか、やる気とか。そういう云々以前の問題として、きっとヒカルくんの脳には『そういう機能』が、欠けているのかもしれないからね。……あ、これは別に、悪口じゃないよ? じつは僕も、似たような症状を抱えているから、さ。少しはそういった人たちの気持ちが、わかるつもりなんだよ」
「えっ!? オニーサン、そうだったの!?」
「そうそう、実はそうだったの。だからみんなには、ナイショだよ?」
「あ、いや、そりゃトーゼンっすけど……ええー。全然、気づかなかったなあ……」
「ふははは。そりゃ、年の功ってヤツさ」
伊達にキミたちより、長くは生きていない。
大人ってのは、嘘を隠すのが上手いのさ。
「でも、そんな僕だからこそ、僕は僕自身のことを、キミたちよりちょっとだけ、深く理解できていると思うんだ」
「……り、理解、ですか?」
「うん。そう、理解。何かに対しての、理解。それがないと、テストの問題だって解けないし、道具だって正しく扱えないし、人と仲良くなることだってできやしないってことは、わかるでしょ?」
「……はい」
「じゃあその上で質問するけど、さ。ヒカルくん。キミは、キミ自身のことを、いったいどこまでちゃんと、理解しているんだい? 少なくともキミが自分を『こういう人間』なんだと正しく理解できていれば、今回のような失敗は、回避できていたと思わないかい?」
「……」
「キミは、キミという人間が他人に関わることで生じる可能性を、ちゃんと理解できているのかい?」
たとえそれが。
自分に必要な行為だったとしても。
そこに『他者』を、巻き込む以上は。
持ちかけた当人に、相応の『責任』が発生することなんて、当たり前の話だ。
適切にこれを、処理できないのであれば。
そもそも他人を、自らの事情に。
巻き込むべきではない。
責任を取るために必要な対価が。
時間なのか。
賃金なのか。
協力なのかは。
その時々によって、変わるとしても。
行動には。
選択には。
責任が、付随してくるのだから。
果たしてそれを、自分は正しく処理できるのか。
引いては、自分が処理できる責任の『範囲』とは、一体どの程度のものなのか。
どこまでなら自分の能力で、責任を、全うできるのか。
そういった塩梅を、失敗の中で。
痛みとともに、経験として。
蓄積していくことが。
僕は、大人になることだと、思っている。
「だから、さ。ヒカルくんが今回反省すべきは、ヒカルくん自身が、そういった『自分自身のこと』を、ちゃんと理解できていなかったこと。そうした失敗の結果としてキララちゃんを傷つけちゃったんなら、ちゃんと謝って、許してもらわないといけないし、今後はそれを繰り返さないように、対策を考えないといけないよね?」
「……対策、ですか?」
「そう、対策。ヒカルくんはもっと『自分自身』に、興味を持つべきだ。そして自分という人間が、何をできるのか? 何ができないのか? 何が得意で、何が苦手なのか? どんな人間が好きで、どんな人間が苦手なのか? そういった条件や相性なんかを、言語化できる程度にまで理解することができれば、きっと今回みたいなディスコミニケーションの可能性は、グッと減るんじゃないかな?」
「……で、でも……僕は……僕自身の、ことなんて、全然――」
「――ぶっちゃけ僕は、ヒカルくんのこと、嫌いじゃないぜ?」
いやまあ。
理解できない部分は、多々あるけど。
人間、良いところがあれば。
相応に、悪いところもあるもんだ。
それらを総合して、判断した場合に。
やっぱり僕は、この子のことを。
嫌いにはなれない。
それこそ、こうして。
つい熱を入れて、お話してしまう程度には。
「きっとジュリアちゃんや、リュウセイくんだって、似たような気持ちなんだと思うよ?」
「……」
「そしてそんな僕たちを……ヒカルくんは、嫌いかい?」
「……いいえ」
「興味がない枠に、入っちゃうのかな?」
「い、いいえっ!」
「ありがとう。だったらキミが興味を持っている人間が、興味を持っちゃうほどに、キミは魅力的な人間なんだ。だったらそんなキミ自身に、もっと、自信と興味を持ってもらいたいね」
「……」
ふむ。
とはいえ、これはちょっとばかり。
(……熱が、入りすぎちゃったかな?)
気がつけば、随分と一方的に、喋り続けている気がする。
しかも、結構大上段から。
さも、得意げに。
長々と。
(いやこれ……客観的に、結構、イタくないか?)
人生経験が足りていない、中学生に向けて。
ここぞとばかりに人生経験を語る、中年おじさんアルバイター。
完全に有罪だろ、こんなの。
羞恥心で死ぬわ。
「あ、まあ、なんてね!? これはあくまで、僕の持論だから、気に入らなかったら鵜呑みになんて、しなくていいからね!?」
なんだか急に、恥ずかしくなって。
今更ながらに、言い訳を口にすると。
「……はい……あ、いいえ、はい……だ、大丈夫、です。ちゃんと、つ、伝わっています、から」
世界を、拒むように。
自分を、守るように。
長い前髪で、覆われている。
ヒカルくんの眼差しが。
今は確かに、こちらに向けられている。
「……ちょっとまだ……全部は、な、納得、しきれて、いないですけど……でもだいぶ、理解、できました。……うん、ちゃんと、理解できていると、思います……っ!」
相変わらず、その瞳は。
黒い紗幕に覆われているけれど。
でも。
何かを、理解したような。
何かに、期待するような。
何かに、興味を抱いたような。
そんな『熱』が、ほんの少しだけ。
灯っているような、気がした。
(ああ良かった……もし、本当に……僕みたいな、ダメ人間の意見が、少しでも若い子の糧になってくれるんなら、こんなに嬉しいことはないねえ)
そりゃ世の中のオジサンが、若い子に。
お金を払ってまで、説教をしたがるわけだ。
そんな気持ちが、実感的できちゃう程度には。
僕もしっかりと、オジサンになっちゃったんだねえ。
とほほ……。
「……ずびっ……ずずっ」
「……って、ジュリアちゃん!? なんで泣いてんの!?」
「だ、だってえ……だってよお……っ!」
ふと、気がつけば。
途中から黙り込んでいたジュリアちゃんが、えぐえぐ。
ハンカチで鼻を、啜っていた。
女子中学生の涙とか、もはや凶器だろ。
冷や汗が止まらないぜ。
「……よ、よかったなあ、ヒカあ……ちゃんと、おまえのこと、わかってくれる人がいてえ……そうだよ……こいつは、バカで、いい加減で、人のハナシを聞いてなくて、テキトーで、ボケっとしてて、あーしらの言うことなんて、全然理解してくんねーんだけど……でも、悪いヤツじゃないっすよお……っ!」
「いや、それは普通にギルティじゃない? ヒカルくん、マジでもっと、ジュリアちゃんたちのことを大切にしてあげなよ?」
こんないい子、滅多にいないぞ?
幼馴染であることに、感謝すべきだ。
人間ガチャならUR確定の、大当たりである。
「い、いいんすよお……あーしらは、自分で、好き勝手に、ヒカとつるんでるだけなんでえ……でも、ヒカからしたら、ヒカのことをわかってやれないあーしらなんて、逆に、鬱陶しいんだけなんじゃないかって――」
「――それはない」
普段は強気な姿勢が、基本だけど。
一度ヒビが入ってしまうと、案外脆い性格なのか。
えぐえぐ、と。
弱音を吐き続ける、ジュリアちゃんに。
「それはないよ、ジュリちゃん」
珍しく、ヒカルくんが。
吃ることもなく。
強い口調で、語りかけていた。
「ジュリちゃんには、いつも、感謝しているし、リュウちゃんだって、それは同じだ。2人とも僕の大切な人で、これからも、そうありたいと思っている」
「……っ!?」
うおおお。
こ、これは……ズルいなあ。
たぶん本人は、いつもの『目の前のことにしか頭が回っていない』視野狭窄に陥っているから、自覚ないんだろうけど。
こんなクソ木っ葉、恥ずかしい台詞を。
異性に対して、真顔で言うなんて。
なかなかにできることじゃない。
「ちょ、おまっ、そんな急に……や、やめろよお……っ」
ほら、ジュリアちゃんなんて。
耳まで真っ赤に、染まっちゃってる。
きゅんきゅんって擬音が、可視化して。
聴こえてきそうなほどの、赤面っぷりだ。
(ああ……きっとこれまでに何度も、こういうことが、あったんだろうなあ……)
無自覚って、怖いねえ。
でも若いって、いいねえ。
だけどこんなの、見せつけるなんてさあ。
青春終わっちゃった中年には、ただの拷問だよ?
過激なアオハル劇場に、脳を焼かれちゃう。
「うん、まあ……それくらいにして、ね? ひとまず最初の話を、進めちゃってもいいかなあ?」
「……あっ! す、すいませんオニーサン! あーしったら、つい……くそっ! ブサイクなツラ、晒しちまいましたっ! サーセン!」
「……? ジュリちゃんは、い、いつだって、可愛いよ?」
「……っ!」
「あははは。おいおい、だからいい加減に、そのくらいにしてくれたまえよ……?」
ビキビキイ……ッ、と。
きっと僕の額には、さぞやぶっとい血管が、浮かんでいることだろう。
笑顔が引き攣っていないか、心配だ。
化けの皮が、剥がれちゃう前に。
さっさと話をまとめてしまおう。
「とにかくヒカルくんは、今回の件を機に、もう一度自分を見つめ直して、同じ過ちを繰り返さないようにすること。そしてもうすでに巻き込んじゃなったキララちゃんには、キミが自分で考えて、誠意ある対応をとること。この二つは絶対だ。いいね?」
「……はい。わ、わかりまし、た」
「んで、ジュリアちゃんはできる範囲でいいから、ヒカルくんをフォローしてあげてほしい。あと、キララちゃんのケアもね」
「うっす! リュウにもそう、伝えておきます!」
「うんうん。あと、これは個人的な意見なんだけど……くれぐれも、それが相手にとって、押し付けにならないよう、気をつけてね?」
「……? は、はい……?」
「だ、大丈夫っす! ヒカが理解できるまで、そのへんは、あーしらでフォローするつもりなんで!」
「なら安心だ」
ふう。
ま、今の僕にできることなんて。
精々が、この程度の助言くらいなものだ。
あとはこの子たちが、僕の言葉を糧に、どんな成長を見せてくれるか。
大人しく、見守るしかない。
過保護なんて、行き過ぎれば、ただの毒だからね。
(しっかし……ヒカルくんは、これで様子見するとして……問題は、キララちゃんだよなあ)
こればかりは、正直なところ。
この後の展開が、想像できない。
なんせ2回りほども年下の、10代女子。
そのうえ、異性だなんて。
そんなのもう、ほとんど別世界の生物だ。
直に対面していても、心情を汲むことに、難儀しているのに。
物理的にも、距離を置かれてしまえば。
もはや完全に、理解不可能。
そして相手の胸中が汲み取れない以上は、下手に動くのは、藪蛇だろう。
消極的だが、堅実に。
あちらかの反応を、待つしかない。
(はあ……キララちゃん。このままMTGを、辞めちゃわないといいんだけれど……)
⚫︎
しかし僕の期待は、虚しく。
今週は、その後も。
お店どころか、学校にさえ。
キララちゃんが、姿を見せることはなくて。
そして……月末の大規模大会を翌日に控えた、最後の週末大会。
その当日になって、ようやく。
スマホが、震えたのだった。
オラオラ、どんどん積み上げろ!
手を止めるな! とにかく高く! 大きく! 重ねるんだよ!
んで、オレたちは一体、何を積み上げているんだ?
……小鬼英霊スクイズア
――爆裂樽――




