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【26】 相談

〈カケル視点〉


 バチーン……ッ!


 思わずこちらの背筋が、伸び上がる程に。


 強烈な音が、響き渡った。


「……ッ、おまっ、流石にそれは、伝えとくべきだろ!? 人として! なあ!?」


「……そ、そうかな?」


「そうだよ! この大馬鹿チンがあっ!」


 もう一発追加で、バチコーンと。


 今度は反対側の頬を、腰の入った平手で打たれたヒカルくんが、ぐらり。


 衝撃で、身体を傾けて。


 僕が内側にいる、会計ブースへと。


 寄りかかってくる。


「……っ、立て、ヒカ! その歪んじまった性根、今日こそ叩き直してやるっ!」


「い、いやちょっと待って!? ストップストップ! ジュリアちゃん、ヒートアップし過ぎ!」


「止めてくれるな、オニーサン! これは、こいつをここまで甘やかしちまった、あーしらの責任だ!」


「いや、悪いけど止めさせてもらうよ!?」


「なんでっ!?」


「だって!」


「……」


「……ねえ?」


 僕の、必死の呼びかけによって。


 ようやく、周囲の状況と視線に気がついた、ジュリアちゃんが。


「……っ! あ、さ、サーセン! じゃなくて、すいませんでしたっ!」


 カーッ、と。


 小麦色の肌を、真っ赤に染めて。


 根本が黒くなった金髪を揺らして、頭を下げてきた。


「……」


「……っ、おらヒカ、オメーも謝るんだよっ!」

 

 ついでに……ズゴンッ!


 ヒカルくんの後頭部を、鷲掴みにして。


 容赦なく会計ブースの支払い台(カウンター)へと、叩きつける。


 うん。


 やっぱりこういうとこ、しっかり体罰系指導ヤンキースタイルなのよね、ジュリアちゃんって。


(……って、引いてる場合じゃないやっ!)


 本日は火曜日。


 前日に、来店予約されていたメスガキ様に急遽【ごめん】【今日はムリ】とLINEでドタキャンをされた、その翌日である。


 そして、つい先ほど。


 隔日で部活を休んでいるのだという、金髪プリン頭の女子中学生……ジュリアちゃんが。


 こちらはガチの帰宅勢である、黒髪の少年……ヒカルくんと一緒に。


 仲良く来店してきたのだが。


『すんません、オニーサン。今日、ララのやつこっちに顔出してませんでしたか?』


『え? まだ顔は見ていなけど……なんで? もしかしてキララちゃん、学校休んでるの?』


『……っ! おいヒカ、テメーまさか、昨日のこと、オニーサンに伝えてねえわきゃねえよなあッ!?』


『……え? そ、そうだけど?』


『馬ッ鹿野郎ーッ!』


 以上。


 冒頭に至る、経緯であった。


「おら、ヒカも謝るんだよ! メーワクかけて、すいませんって!」


「……す、すいません」


「気持ち、こもってねえぞおッ!」


「……っ、すいま、せんでしたっ!」


「あ、いやいや、そんなのいいから……とにかく2人とも、頭を上げてよ! ねっ!?」


 そして今、僕たちが固まって。


 わちゃわちゃと、騒いでいるのは。


 ヲタク堂の自動ドアを潜ってすぐの、入り口付近。


 会計ブースの、正面である。


 つまり、はっきり言って。


 超、目立つ。


 しかも中学生男女に頭を下げさせる中年オジサンの構図とか、もう、世間体がサイアク過ぎるんよ。


 ほら、野次馬たちの視線が完全に。


 犯罪者に向けられるそれだもの。


「とにかく、えーと、えっと……」


 謝罪されているのに。


 追い込まれているという。


 奇妙な窮地に、立たされている僕が。


 必死に助け舟を、探していると。


「……あーっ、アミさん! ちょっと、こっち! 代わってもらってもいいですか!?」


「あははは! おけおけ! まっかせなさーいっ!」


 ばるるんっと、豊かな胸元を弾ませて。


 女神が、降臨なされた。

 

「事情はよくわかんないけど、状況はわかったよっ! つまりアレだね! アオハルだね!? いやーっ、甘酸っぱいねえーっ!」


 やけにハイテンションなアミさんが、ニコニコ。


 何がそんなに楽しいのか、上機嫌に。


 声音を躍らせる。


「うんうん、ここはうちが受け持つから、安心して、しっかりと、カケルくんは悩める若者たちの相談に、乗ってあげたまえよ!」


「た、助かります……」


 一見して、碌でもない空気だとわかるのに。


 それでも、持ち前の明るさを崩さない。


 笑顔が眩しい同僚……アミさんの。


 陽キャなオーラに、当てられて。


 シュワシュワ……


(……あアんっ……浄化されりゅう……っ♡)


 救われる。


 癒される。


(好きい……っ♡)


 乱れていた心が、凪いでいく。


 きっと、彼女と一緒なら。


 この先どんな困難も、笑顔で乗り越えられるんだろうな、と。


 心から確信できる瞬間であった。


「ウッス、すいません、オネーサン! ご迷惑をおかけします!」


「……ご、ごめんな、さい」


「あはは、いーってことよっ!」


 撒き散らされる、聖なるオーラは。


 年齢を問わず、有効なようで。


 揃って頭を下げる、中学生ズも。


 少しは落ち着きを、取り戻したようだ。


(とはいえ……今回は、僕が当事者っぽいからね。この子たちも内輪の話をあんまり広げたくはないだろうし、ここはまあ、いっちょ僕が、頑張ってみますか!)


 正直、人間関係の機微なんかには。


 疎い方だと、思うのだけれど。


 でも子どもたちから、頼られたんだ。


 大人として、逃げるわけにはいかない。


「ん、じゃあちょっと、待っててね」


 兎にも角にも、っと。


 中学生たちに、断りを入れて。


 会計ブースの背後にある、従業員用の扉を、ガチャリ。


「……というわけなんだけど、クロウ、ちょっと休憩もらっちゃって、大丈夫かな?」


「おー、だったらいっそ、裏のヤード使えよ。あそこなら他の客に、声を聴かれる心配もねーだろ」


「さんきゅー」


 物分かりのいい、雇用主から。


 許可をもらった上で。


「ん、こっちこっち。こっち来て」


 店の奥にある備品倉庫バックヤードに、2人を案内する。


「……おー。おおー」


「馬っ鹿、ヒカおまえ、何ちょっとはしゃいでんだよ! 空気読めよなっ!」


「あははは。まあ従業員ぼくたちからすれば見慣れてるけど、お客さん側からしたら、新鮮かもねー」


 配送されたばかりで、未開封のカードボックスや。


 買取が終わって、保管されているカード。


 ボックスからバラされた、陳列待ちのカードなど。


 カードゲーマーからすれば心をくすぐられる、お宝の山に。


 珍しく、頬を紅潮させたヒカルくんを。


 こちらは別の意味で赤面するジュリアちゃんが、叱咤していた。


 う〜ん、仲いいなあ……。


(ヒカルくん……こうやって、ジュリアちゃんなんかは上手くやれてるんだし、難しい性格なのは間違いないけど、悪い子では、ないんだろうけどなあ)


 先週の週末大会フライデーで起きた、ひと悶着に関しては。


 すでに昨日、来店したヒカルくんから。


 直接謝罪の言葉を、頂戴している。


 相変わらず、言葉足らずで。


 ちょっとわかりにくかったけど。


 おそらくは『言い過ぎました』『ごめんなさい』的な、内容だった。


 そして僕としても、あの一件には。


 自分自身に、思うところがあったわけだし。


 新しい発見や。


 アリスからの啓蒙もあった。


 そのうえで、年下の子どもに頭を下げられたのだ。


 もちろん僕は、それを快諾したし。


 できることなら今後とも、ヒカルくんとは。


 より良好な関係を築いていきたいと、思っている。


 ただ……


(……あのときにキララちゃんの話題、全然、出てなかったよなあ)


 だから僕も、つい先程まで。


 彼女のことに、気が及んでいなかったのだ。


 いや、そりゃまあ何かあったのかなーぐらいは、思っていたけどさあ。


 流石にこんな、シリアス展開。


 想定外が過ぎる。


 一体この子たちの間で、どんな事件があったのかは、まだわからないけれど。


 清々しいほどに、それを無かったことにしてしまっていたヒカルくんの神経の図太さは、ちょっと信じられない。


 この点に関しては、はっきりと。


 常軌を逸している。


 悪い意味での怪物メンタルだ。


 そりゃ、ジュリアちゃんもブチ切れるわ。


(さてさて……頼られて、申し訳ないけれど、果たして僕が、どうこうできる問題なのかどうか……)


 一抹の不安を、抱きつつ。


「ささ、座って座って」


「……うっす。すいません」


「……」


 組み立て式の椅子を、適当に並べて。


 輪になった僕たちは、ようやく、現時点における情報を共有することができたのだった。


 どのような真実も、相手より自分の方がよく理解しているという認識こそが、致命的な間違いと成り得るのさ。


 ……戯真英霊テフェリア


 ――魔力漏洩――

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