【25】 学校③
〈キララ視点〉
キララの通う公立中学校では、原則として。
生徒の部活動参加が、義務付けられている。
けれども、全ての生徒が。
所属している部活動に熱心かと言われれば、答えは否であり。
真面目に部活をしているのは、全体の七割ほど。
残る三割弱は、部活に籍だけを置いて。
放課後は帰宅勢となっていた。
一昔前ならば、協調性の欠ける行為だと。
咎められたのかもしれないが。
多様性の認められている、現代では。
学校側も、黙認している状態である。
とはいえ、だ。
如何に、学校側からの黙認があろうとも。
放課後に汗水を垂らす、部活勢の横を。
通り過ぎる、非部活勢の生徒としては。
前者に対する罪悪感が、なかなかに拭えないわけで。
学内階級における上下関係もあって、終業のチャイムが鳴った後、帰宅勢の生徒は下駄箱へと向かう直帰廊下を部活勢に譲ることが、暗黙の認識となっていた。
そのため、廊下の人混みが捌けるまで。
教室で少し、時間を潰してから。
(……ん、そろそろかなっ)
スマホを確認したキララは、席から立ち上がって。
ゴテゴテと飾り付けられた通学鞄を、肩に引っ掛ける。
「それじゃあみんな、バイバ〜イっ♡」
「お、おう」
「気いつけろよな、キララ」
最後まで。
未練がましい視線を向けてくる、男子生徒たちと。
「……ちょっとシンゴ、まだー?」
「ほら、ウチらも行くよ!」
彼らの注意を、自分たちに向けようとする、女子生徒たちに。
別れを告げて。
(キララちゃん、しゅっぱ〜つっ♡)
学業という役割を果たしたキララは、小走りで。
二年生の教室から、階を跨いだ。
一階の下駄箱へと、駆けていく。
すると……
「……なあオイ、ヒカ。ちゃんとララに、声かけたんだろーな?」
「……う、うん。大丈夫、だよ」
キララの進行方向。
死角となる、下駄箱の向こう側から。
聞き覚えのある声が、聴こえてきた。
(……っ!?)
不意打ちで耳にした、自身の名前に。
前の学校での出来事が、想起されて。
反射的に、足を止めたキララは。
下駄箱へと、身を隠してしまう。
(……なん、だろ? キララのおハナシ?)
下駄箱を挟んだ、向こう側の少年少女たちは。
キララの存在に、気づいていないようだ。
(……ちょっと、聴いていこ)
校庭から響き渡る、活気に紛れて。
気配を殺して、耳を傾ける。
「ホントかあー? だったらなんで、一緒にクラスから出て来てねーんだよ? つーか、あーしが止めなかったら、ヒカ、このまま店に行ってだろ?」
「……? う、うん」
「いや『うん』じゃねーし。え? マジでヒカ、あーしのハナシ、わかってる?」
「……わ、わかって、るよ。あの子に、あ、謝れって、言ってるんだろ? そのために今日は、一緒に、お店に行こうって、ちゃんと声、か、かけたし」
わお、マジか。
昼休みのアレで、一応。
誘っているつもりだったのか、と。
驚きを、禁じ得ない。
そのうえで、誘った側のヒカルが、誘われた側のキララを放置して、さっさとヲタク堂に向かおうをしていたところを、下駄箱で待ち構えていたらしい他クラスのジュリアに、捕まっているという状況のようだ。
(いやいや、そんなの、わかるわけねーですし!)
言葉足らずにも、程がある。
しかもそれを、誘った本人が、反故にしようとしているのだから。
もはや、意味がわからない。
思考が、理解できなさすぎて。
ちょっと、怖くなってきたぐらいだ。
「だあーかあーらあー、だったら? なんで? ヒカは、ボッチで店に行こうとしてるんだよー? 教室から一緒に出てくるのは、ハズいからしゃーなしにしても、せめて下駄箱で待ち合わせとか、普通はするだろーがよーっ!?」
「……で、でも、なんか、ノロかったし」
「いや、だから待てよ!? せめてちゃんとここで、待つんだよな!?」
「……う、うん」
「良し!」
いやいやいや。
そんな無理やり気味に待たされても。
正直、困る。
(そりゃ、この前のことを謝って、さっさとケリつけたい気持ちは、わかりますけどねえ!? だけどその後、気まず過ぎません!?)
ゴリゴリの、ヤンキーギャルな見た目に反して。
なかなかに、世話焼き気質であるジュリアが。
なんとか、仲を取り持とうとしていることは。
伝わってくるのだが。
仮に下駄箱で、和解したとて。
そのあとヲタク堂に至るまでの、およそ30分間。
ヒカルと会話ができる、自信がない。
なんならいっそ、そのまま先に行ってくれていた方が、キララ的には正解だったくらいだ。
(ああ゛あー、ううう゛ー、でもでもお、ジュリリ的には、気を遣ってくれてるんでしょうしい!? ここでキララが台無しにするのは、ちょっと、大人気ないですしねえっ!?)
地獄への道は、人の善意で舗装されている……とは。
いったい誰の、言葉だっただろうか。
頭で、正論はわかっていても。
感情で、納得のできないキララは。
ツインテールを握りしめながら、うんうんと。
悩ましげな声を漏らしてしまう。
と。
「いやまあ、ララの態度にイラつく気持ちも、わからなくはないぜ? そりゃガチってるヒカからすりゃあ、まだMTG初めて一週間も経ってないシロートが、初心者丸出しのプレイングと、デッキを引っ提げて、仮にもトーナメントに、顔出して来てんだ。そりゃ舐めンなって、気持ちにもなるよなー」
「……」
「でもさ、そのことを不満に思うのと、それを本人にぶつけるのは、別だからな?」
「……」
「つーか仮に、それに口出しできるとすれば、ララの面倒見ている、オニーサンとかだからな? 少なくともララのことほっぽってるヒカが口出しすることじゃねーってことぐらい、わかるよな? な?」
「……」
「そもそもよお、ヒカも、変なとこで女々しいんだって。……ほら、どうせアレだろ? 最近はオニーサンがララに構いきりで、全然相手してくれないから、ストレス溜まってるんだろ? だったら素直にそう言えばいいもんをよー、ここまで隠していた秘密兵器まで持ち出してまで、オニーサンに下剋上かまして、挙句に上から目線で説教とか、それ、完全にヘラった女のヤバいムーブだかんな? わかってるか? おい」
「……べ、別に、そんなんじゃ、ないし」
マジですか。
マジのマジですか、と。
キララは本日、何度目になるかわからない驚愕を、覚えてしまった。
(あー、そういう……だから黒瀬くん、キララに、当たり強かったんですねー)
独占欲が強すぎる。
まったく、これだから友達の少ない飢えたボッチは厄介なのだ、と。
キララは自分のことを、棚に上げた。
(ん、でもまあ……そういうことなら、しゃーなしですねー)
しかし、同族嫌悪に気づかなくとも。
何か、思うところはあったのか。
ここでヒカルから、一言あれば。
あの件はもう、水に流そうと。
そう、思える程度には。
不満を、呑み込むことができた。
(まったく、センセったら、ああいう見るからに人見知りボッチにまで優しくするから、変に、懐かれちゃうんですよ! もうっ、これは本格的に、キララがちゃんと面倒見てあげなきゃ、ダメですねーっ♡ あー、めんどくさーいっ♡)
ともあれ。
いい加減に、足踏みも限界だ。
もう、このままサクッと行って。
サクッと終わらせてしまおうと。
立ち上がったキララが、身を隠していた下駄箱を、迂回して。
ヒカルたちのいる場所へ足を向けた……
そのときである。
「……う、うん、わかったってば。ちゃんとララちゃんに、謝るよ」
ふと、耳にした、その言葉に。
「は? いやいやオマエ、リュウじゃねえんだから、いきなり名前呼びは飛ばしすぎだろ!? ちゃんと段階ふんで、距離詰めろって!」
「……? で、でもさあ」
ごく自然に溢れ出した、その疑問に。
「……あ、あの子の『名前』って、な、なんだっけ?」
「……っ!」
再度、足が止まった。
(……はっ?)
バクンバクンと、心臓が煩い。
過去の傷痕が、全身を、痺れさせている。
「……は? い、いやいやヒカ、おまえよお、まだララの名前、覚えてなかったのかよ!?」
「……? あ、うん、そ、そうだね?」
「いや流石に、それはねえわ! あり得ねえわ! おまっ、ちょっ、ええええーっ!?」
「……だって……あの子、『つまらない』んだもん」
「……っ! ヒカ、お前それ、ゼッテー本人には言うなよな! マジで! 禁句な! 破ったらこの前渡したカード、返してもらうから――」
乱暴に、ガシガシと。
金髪プリン頭を掻いていた、ジュリアと。
「……」
無表情で、それを見つめていたキララの。
視線が、交わる。
「……」
「……」
「……?」
数秒の空白。
部活勢の活気が木霊する、学校の廊下に。
無数の妖精たちが、通り過ぎた。
のちに。
「――あー。いや、な? その……アレだ。ほら、アレなんだよ」
「うん、わかってる。大丈夫、わかってるから安心して、ジュリリ」
なんとか。
必死に言葉を搾り出そうとしてるジュリアの横を、通り過ぎて。
「……」
相変わらず。
鬱蒼しい前髪で、目元を隠したまま。
無言でこちらを見つめているヒカルとは、視線を合わさずに。
「でも……別に、キララも、コイツのこと、友達だなんて思ってないし」
さっさと、靴を履き替えて。
キララは下駄箱から、立ち去った。
⚫︎
その日キララは、ヲタク堂を、訪れなかった。
生きる障壁としての進化を果たしたスリヴァリンは、窮地に追いやられると、結晶の鎧を纏うようになる。
――結晶スリヴァリン――




