【24】 学校②
〈キララ視点〉
学校とは、閉じられたひとつの世界であり。
厳格な学内階級が、絶対の規律として君臨していることに、疑いの余地はない。
充実した学校生活を送れるか否かは、所属するカーストで決まると言っても過言ではないため、生徒たちは皆、いかにして上位カーストに所属するか、あるいは己が所属するカーストを押し上げるかで、日々奮闘や暗躍を重ねているものだ。
そのような、カースト視点で分析すると。
現在のキララが組み込まれているカーストは、クラスでは中堅のカーストであり、学年で見れば、三軍よりはマシだが一軍には届かない、二軍カーストだと評価できる。
一方で、キララの容姿は。
自己評価でも。
客観的にも。
十分に、一軍相当の合格基準を有していた。
そんな転校生を、周囲の人間関係がまだ出来上がっていない段階で自分たちのカーストに取り込むことで、カーストの地位向上を狙っている少年少女たちの魂胆は見え透いているが、キララとしても、新たな生活環境の情報収集を行いたかったので、そうした情報提供の見返りとして、ひとまずはこのカーストに籍を置いているという認識である。
とはいえ。
(ぶっちゃけ……このノリはもう、お腹いっぱいなんですよねー)
何かにつけて、寄せ集めた机を囲う。
四名の級友たちと、会話をしていると。
どうしても、頭を過ぎってしまう既視感。
同じカーストの中で、誰が上で、誰が下なのか。
誰と付き合うと、得であり。
誰と付き合うと、損なのか。
そういった勘定や、駆け引きに。
一喜一憂している人間たちを。
一概に、否定するつもりはないのだけれど。
一度、それがために裏切られてしまった、キララにとしては。
今さらそれに、共感することは。
難しかった。
きっとこの子たちとは、クラス替えまでの付き合いだろうな、と。
冷静に分析している。
(ま、あと少しの辛抱ですから、それまではガマンガマンっ!)
けれど、なし崩し的とはいえ。
一度、定着してしまった居場所を。
己の意思で、鞍替えすることは。
なかなかに、繊細な問題だ。
何故ならば学内カーストにおいて『空気を読めること』は、下手をすれば『容姿が良いこと』よりも、重要な評価基準となる。
どれだけ、容姿が優れていたり。
秀でた個性や、能力。
家柄や成績などを、有していても。
協調性を欠いていれば、上位カーストの席を確保することは、難しい。
周囲に味方を作れない人間は、簡単に詰んでしまうことを、キララは身をもって知っている。
前回と同じ轍を踏むことだけは。
避けたかった。
よって、クラス替えという大波が来るまで。
周囲との波風を立てず、穏やかに。
息を潜めてやり過ごそうという判断は。
穏当であるといえよう。
「……ねえ」
しかし……何事においても。
例外的異物は、存在するわけで。
「っ!? あ、ああ、黒瀬くん!?」
ボソリと、背後から声をかけられて。
慌てて振り返ると。
級友である黒髪の少年……黒瀬ヒカルが。
影のように、佇んでいた。
「……今日も、お、お店に、来るの?」
「あ、う、うん! そのつもりだよーっ♡」
「……そう」
ボソボソ、と。
端的な会話を交わしたあとで。
「じゃ」
要件は済んだと、言わんばかりに。
微妙に気まずい、場の空気を無視して。
ヒカルはさっさと、自分の席へ戻っていく。
意味がわからない。
「あー……えっと、今の、何?」
「え!? もしかして、待ち合わせ!? キララちゃん、黒瀬と付き合ってるの!?」
「はっ!? マジで!?」
「い、いやいやいや! あり得ないから!」
「だ、だよなーっ! いや、ちょっと普通にビビったわ!」
異物が立ち去り。
キララが関係を、否定したことで。
場の空気が、弛緩していく。
それほどまでにカースト社会において、底辺から上位のカーストに干渉は、禁忌なのである。
(いや、マジで意味フなんですけど……っていうか週末大会から初めてまともな会話が、これって、かなりのアタオカじゃない!?)
空気が読めない、云々以前の問題。
人としての常識が、終わっている。
端的に言って、確実にヤバいヤツ認定だ。
できるだけ関わりたくない。
危うい感想を抱いてしまうのは。
何も、キララだけではなくて。
事実、ヒカルという異物は。
クラスにおいて、完全に孤立していた。
今も自分の席に着くなり、机に上半身を乗せて、そのまま眠るつもりらしい。
キララがこのクラスに転入して、一ヶ月ほど。
彼が他のクラスメイトとまともに会話をしている場面を、見たことない。
そんなクラスの異物が、声をかけてきたことに。
原因を作った少女たちは、やや、負い目を感じているようだった。
「あの……ごめん、ね? 別に、そんなつもりじゃなかったんだけどさあ……」
「うんうん。でも、黒瀬くんがああやって、キララちゃんに絡んでくるのって、たぶん、エリカたちのせいだよね……?」
時間は一週間前に、遡る。
⚫︎
そもそも、上位カースト候補であるキララが。
枠外カースト認定されている、ヒカルと。
接点を持った、キッカケとは。
転校して間もない転校生に、カースト内の地位を誇示したい少女たちが、クラスの腫れ物であるヒカルに、度胸試しと称して、声をかけてみないかと提案してきたことだった。
これまでの、クラス内でのやり取りから。
おそらく成功することはないと、見込んで。
失敗すれば、それをネタにして笑えるだろう、と。
彼女たちとしては、そんな目論見であったはずだ。
ただ……見誤っていたのは。
『……ねえねえ、黒瀬くん? さっきからノートに、何を書いてるの? っていうか授業中や休憩時間も、なんかいっつも、メモってるっぽいよねー? さてはマジメくんだなー……って、マジでなによこれ? 暗号?』
『……MTGの、で、デッキリストだけど』
ここ、数ヶ月ほど。
学校で、同好会を立ち上げたヒカルが。
新規のメンバーを、探しており。
珍しく、幼馴染たち以外の人間に、ちゃんとした受け答えを返したこと。
『ん? デッキリスト、っていうと、あのカード集めて遊ぶヤツ? えー、黒瀬くんって、そういうの趣味だったんだねー♡ 意っ外ーっ♡』
『……カードゲーム、わ、かるの?』
『うん? まあ、正直そんなに詳しくはないけど、ちょこっとはね〜』
兄という、異性を身近に持つキララが。
小悪魔ギャル風な、見た目に反して。
男子の趣味に、わりと理解や免疫が、あったこと。
『……興味、あるの?』
『えっ!? う、うん? ま、まアリといえば、アリかもだけど、そのなかでは、ナシよりのアリかなーって……』
『……じゃあ放課後に、よ、呼ぶから』
『んっ!? んん゛ん゛ん゛っ!? いや、ちょっとちょっと!? それ、それどういう意味!?』
何よりも。
脈絡が無さすぎる、放課後の呼び出しを。
断ろうとした、キララにとって。
『待って待って、いやさすがにそれは、意味わかんない――』
『ジュリちゃんやリュウちゃんにも、つ、伝えておくよ』
『――っ!?』
唐突に。
話題に挙がった、阿久津ジュリア。
卒業した学校においても、未だに絶大な影響力を持つ、ヤンキー兄弟の妹であり。
本人も、ギャルカーストのまとめ役ポジションである。
学年どころか、学校全体でも一軍のカースト女子。
さらには、中大路リュウセイ。
こちらも俳優並みのルックスに加えて、スポーツ万能、成績優秀のうえ、性格も良く先輩にも後輩にも覚えが良い、正真正銘の一軍カースト男子である。
そんなトップカースト、2人と。
つながりを得られる機会を。
『ん、おけまるっ♡ じゃあ放課後、待ってるからね〜っ♡』
見逃す理由が、ない。
即答した、その日のうちに。
キララは合流したヒカルの幼馴染と共に、彼らの通うカードショップに、顔を出すことになったのだった。
⚫︎
ちなみに、そうしたヒカルの人間関係を、経由して。
上位階級であるジュリアやリュウセイと、学内階級を越えて繋がろうと試みた挑戦者は、過去に何名もいたらしいが。
いかんせん、入り口であるヒカルが。
クラスのどのカーストにも属さない、枠外カースト認定されるような、難物である。
幸運に恵まれて。
本懐まで辿り着けた人間は。
キララが初めてということらしい。
その失敗者でもる少女たちから向けられた、後悔と嫉妬が入り混じった、言葉に対して。
「……あー。いやいや、全然、そんなことないってーっ♡ んもー、気にしないでってばー♡」
にっこりと、笑顔の仮面を装備して。
バッサリと、干渉を拒絶する。
「え……キララちゃん、ホントに、大丈夫?」
「なんか無理してない……?」
言葉の上では、心配する素振りでも。
瞳には、棚ぼたでトップカーストへの繋がりを得たキララに対する複雑な感情が、渦巻いていた。
あわよくば自分も、と。
本音が隠せていない。
(……でもキララは、もう二度と、誰かに利用されたくないんですよーだっ!)
追いすがってくる、少女たちに対して。
キララは笑顔の強度を上げた。
「ん、全然大丈夫だよーっ♡ 心配してくれてありがとーっ♡」
「そ、そう……?」
「でも、何かあったら、相談してね? ウチら、友だちじゃん……?」
「サンキューっ! ありがとねっ♡」
流石にここまで露骨に跳ね除けられれば、2人とも、この話題を口実にすることを諦めてくれたようだ。
代わりに。
「あ、でもだったらさあ! オレたちがキララのボディーガード、してやろっか!? な、タクヤ?」
「お、それいーねーえ! シンちゃん、ナイスアイディーアっ!」
負い目のある女子たちが、引き下がったことで。
ここぞとばかりに、男子たちが前に出てくる。
(え? うっざ)
今度はキララが、本音を押し殺して。
各方面に、角が立たないようにと。
媚びた笑みを浮かべた。
「えー、ありがとーっ♡ やっさしーっ♡ でもでも2人とも、部活あるんでしょー? キララのために、休んでもらうとか悪いってーっ♡」
「いやいや別に、部活とか、休んでもヨユーだから。ほらオレ、部活ライト勢だからさ」
「そーそー、つか部活なんかよりも、ダチのほうが大切じゃん? 当たり前じゃん?」
「それな! そもそもカードショップに集まる連中なんて、全員キモヲタの童貞だろ? そんな中に、キララを放置とかあり得ねーって!」
「そうそう、ゼッテー盗撮とかしてるヤツいるから! むしろそいつらをオレらがとっ捕まえて、ケーサツに叩き出してやんよ!」
「えー、うれしーっ♡」
いや、全然嬉しくない。
頼むから、察してくれ。
(あーもー、2人がそんなにがっついたら……ほら。エリリとハルルが、またジェラってんじゃーん。めんどーいっ!)
しかし、学内階級においては。
体育会系カーストが、文化部系カーストよりも上であるというのは、絶対の不文律。
見えている世界が。
抱えている認識が。
異なる人間を。
正論で納得させることは、難しい。
となれば。
「じゃあじゃあ、今日はジュリリもいるから、2人のどっちかが、ジュリリのボディーガードについてくれる感じになるのかなー?」
目には目を。
歯には歯を。
カーストにはカーストを。
「えっ!?」
「あ、それは……」
ただでさえ、少年たちにとって。
ジュリアとは、学内階級の上位者。
そのうえ、下手に手を出せば。
背後に控える不良兄弟が出張ってくる展開など、馬鹿でも予想できる。
さらに、ジュリア本人の気も強く。
性格の相性が、はっきりしているために。
迂闊に関係を持つことが、躊躇われる人物だった。
「「 …… 」」
二分の一で、外れ籤を引いてしまう事態に。
思わず、気まずい視線を交わす男子生徒たち。
ここで助け舟を出す。
「あー……でもでも、そういえばエリリたちも、今日は買い物行くんだよねー? だったら数も2人なんだし、ちょうどいいから、そっちに付いて行ってあげたほうが、いいんじゃなーいっ♡」
「……」
「……」
否定も。
肯定もない。
女子たちからの視線に。
「お、おう、だったらそっちの方が、いいかもな!」
「ウェーイ、そういうことだから、よろしくーっ!」
前のめりになっていた男子たちも、ようやく、場の空気を察したらしい。
努めて、明るい声音を上げながら。
不機嫌そうな女子たちに、息を合わせて。
媚びた笑みを、揃って向ける。
(……ふう。これで良し)
なんとか邪魔者を排除できた、と
人知れず、薄い胸元を撫で下ろす。
なにせ、今のキララにとって。
あの空間は、心安らぐ居場所なのだ。
本人に自覚はないものの。
前の学校の事件で生じた心の傷は、未だ、癒えきってはおらず。
同年代の、少年少女に対して。
キララは無意識のうちに、警戒心すら、抱いていた。
その点で言えば……
(……うふふ。センセってば、土曜日は可愛いキララちゃんのお誘いを、ナマイキにもフッたんですからねー。今日はちゃんとその穴埋めを、たっぷりしてもらわないとっ♡)
脳裏に描き出される、いっそ自分の親だと言われても違和感のない年齢の、カードショップの店員……夢尾カケル。
見た目は別に、カッコ良くはない。
不細工ではないが、キララから見て、ちゃんと自分を磨いているとは思えない風体だ。
口調はキホン、丁寧だが。
わりと、皮肉屋でもあり。
自己評価は、低いくせに。
趣味に賭ける情熱だけは、妙に高くて。
対戦では、初心者の中学生女子が相手でも、手を抜いてくれず。
勝ち負けに、本気で一喜一憂している。
まるで、大きな子どもみたいな。
典型的なダメ人間である。
それでも。
(んもう、仕方ないなあっ♡ ドーテイ丸出しのセンセには、キララがちゃんと、女の子の扱い方を教えてあげないとっ♡)
なんやかんやと、理由をつけて。
今日もまた、彼の元へ足を運ぼうとしているキララの口元は、自分でも気付かぬうちに緩んでいた。
そもそも、キララは生来の資質として。
気を許した相手への、依存度が。
かなり高い系の女子である。
そうした圧力を、今までは自分を溺愛してくれている兄などが、受け止めていてくれたのだが。
学校での一件を機に。
兄離れを決意をしたことで。
行き場を失ったエネルギーが、宙ぶらりんの状態となっていた。
そして今、本来はそれを向けるべき友人や恋人といった存在が、近くにいない。
だからこそ、より一層に。
いっそ2回りほども歳の離れた、年上の大人で。
いちおうは、店員と客。
引いては先生と生徒という、建前で。
気兼ねなく、接することのできるカケルに。
自分でも、思っている以上に。
依存し始めていた。
(えへへー。センセのアドバイス通りに、デッキをイジってみたの、気づいてくれますかねー♡ ってか気づかないとか、ありえませんよねー♡)
さらに、ヒカルたちとの会話の流れで手を出すことになった、MTGだが。
思いの外、性分に合っていた。
元々、凝り性なところのあるキララだ。
初めは複雑に感じていたルールも、基礎さえ覚えてしまえば、むしろその複雑さがゲームとしての奥行きなのだと、感じ始めているほどである。
結論。
少なくとも、こうして。
気の合わない同級生と、お喋りに興じるよりは。
カケルたちとMTGをプレイしていた方が、数倍面白い。
ゆえに聖域は、不可侵なのだ。
(あー、はやく、学校終わらないかなーっ♡)
すでに、目の前の同級生たちには、興味がなく。
キララの意識は、放課後へと飛んでいた。
ゴブリンの幼体が、丸い何かを、ボールにして蹴飛ばしている。
その正体がなんなのか、わからないままに。
――冬眠スリヴァリン――




