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【23】 学校①

〈???視点〉


 少女には、ひとつ年上の兄がいた。


 兄は妹のことを、溺愛していた。


 両親も娘に、愛情を注いでいた。


 物心ついた時から、そんな環境で育ってきた少女は。


 与えられることが、当たり前だと思っていた。


 自分は、愛されている。


 愛されて当然。


 そんな『間違い』に気づいたのは、中学二年生の春である。


『……え? キララ?』


『別にあの子、呼ばなくてもよくなーい?』


『そーそー。もうアイツを呼んだところで、センパイは来てくれないしねー』


『っていうかあの子、前から思ってたんだけど、ウザくね?』


『わっかるーっ!』


『マジでそれな!』


『自分が太いの、もっと自覚しろってハナシだよね!』


『きゃはははっ! ひっど〜っ!』


 とある日の、放課後に。


 空き教室から、嬉々と溢れ出る。


 友人だと思っていた級友クラスメイトたちが交わす、自分の悪口を、聴いてしまったのだ。


(……ッ!)


 足元が揺らぐほどの衝撃。


 全身が沸騰するような熱。


 様々な痛みが、少女を襲うものの。


 陰口を耳にしたその場で、教室に飛び込んで。


 反論や追及の言葉を、口にすることを。


 しなかった。


 できなかった。


(わかってる……もんっ!)


 何故なら、語られている内容は。


 本人も、自覚し始めていたことだから。


 気づきの契機となったのは、父親の転勤である。


 職場の移動に伴って、家族も最終的には父親の転勤先へと、祖母たちと暮らす今の家から引っ越すことになったのだが。


 子どもたちの、進学予定と。


 両親の、仕事の段取り的な関係で。


 まずは父親と兄が、ひと足早くに。


 転勤先へ移動して。


 少女と母親は、一年ほど遅れて。


 彼らの後を追うことなった。


 そこで生じた時間差が、奇しくも。


 少女の人生における、分岐点となる。


(キララは、べつに、好かれてなんて、いなかったんだ……)


 優れた見目と。


 破天荒な性格と。


 幅広い交流関係で。


 学年を問わず、学校の人気者だった兄が。


 少女の元から姿を消して、すでに。


 一ヶ月ほどが、経過している。


 はじめは、気のせいだと思っていた。


 しかしすぐに、疑念は確信へと変わって。


 もはや見過ごすことのできなくなった、様々な場面での、違和感が。


 少女の心を、ずぶずぶと。


 昏い水底に、浸していた。


(あの子たちは……アイツらは、おにいが、目当てだっただけで、キララのことなんて全然、好きじゃ、なかったんだ……っ!)


 取り返しのつかない深さまで、溺れて。


 苦しくて。


 辛くて。


 このまま、沈みたくなくて。


 誰かに助けてもらいたくて。


 もがくように、慌てて周囲を見渡して。


 ようやく、誰もいないことに。


 気がついた。


(パパ、ママ……おにい……っ!)


 優しい両親。


 溺愛してくれる兄。


 いつも気持ちのいい言葉で少女を満たしてくれていた、友人を名乗る、人間たち。


 そんな、甘い毒に囲われて。


 少女は、勘違いしてしまっていた。


 愛されることが、当然だと思っていた。


 自分は何をしても許される立場のだと、思い込んでしまっていたのだ。


 だから、空気を読めない天狗になっていた。


 人に嫌われるのは、必然である。


 そんな、簡単な事実が。


 庇護者であった兄が、学校からいなくなることで、表面化してきたのだけのこと。


 さらに、そうした人間関係の変化は。


 うねるような、悪意の波紋は。


 さながら、津波のように。


 広がっていく。


『……なあ、誰かちょっとキララに、告ってみねえ?』


『おー、いいじゃん。アイツ今、女子にハブられてるしな』


『露骨に男子オレらに、媚びてきてるもんなー。アレ、マジでウケるんだけど』


『そうそう。だからちょっと構ってやれば、サクッとヤらせてくれるって』


『見た目はちょいポチャだけど、顔はまあ、可愛い系だから、ん……ぎり、イケるっしょ!』


『つーかわりとマジのハナシで、センパイと仲悪かったヤンキーどもがさあ、今がチャンスだってイキってるみたいだから、その前にオレらでヤってあげるのが、むしろ優しさじゃね? ボランティアじゃね? だってあいつ、ゼッテー処女っしょ?』


『それな! ぎゃはははっ!』


 陰口を叩く女子たちから、逃げるようにして。


 兄を慕っていた、男子たちの側に。


 身を寄せようとしてた、少女だが。


 そんな男子たちからさえも、軽視されていることを、知ったとき。


(最ッ低……っ!)


 ポキリと、何かが折れた。


 客観的な、事実として。


 自分の容姿が優れているという、自覚はあった。


 だから愛されるのは、当然だと思っていた。


 でも、そうした美しさは。


 守るべき殻がなければ、こんなにも容易く悪意に晒されるのだと、初めて思い知らされた。


(最悪最悪最悪……男子も女子も、みんな、マジでサイアク! ホント無理っ! 気持ち悪いっ!)


 自分を取り巻く、環境が。


 悪意が、気持ち悪い。


 何よりも。


(こんなところで、いい気になっていたキララ自身が一番……サイアクっ!)


 許せない。


 認められない。


 こんな環境を作り上げてしまった愚かさに、吐き気を催した。


 こんな関係に浸っていた己の浅はかさに、涙を流した。

 

 だから少女は、学校に行かなくなった。


 ここまで状況が悪化している以上、今さらに自分1人が足掻いたところで、劇的な変化が望めるわけもないと。


 早々に見切りを、つけたからだ。


(もうヤダ……早く、転校したいっ!)


 逃げ出したい。


 やり直したい。


 失敗を、無かったことしたい。


 それは心からの、本心だ。


(でも……それだけじゃ、ダメ)


 しかし少女は、ただでは逃げなかった。


 やり直すことは、諦めても。


 繰り返すことを、良しとはしなかった。


 失敗を、糧にして。


 強かに、成長しようとしていた。


(ちゃんと、キララも変わらないと……また、おんなじことになっちゃうもんっ!)


 こんな惨めな思いは、もうごめんだ。


 屈辱を。


 痛みを。


 後悔を。


 二度と、繰り返したくはない。


 だから、たとえ遅くとも。


 己の間違いに、気づいたのならば。


 正すための努力を、実行しなければならない。


 そうした道徳観念が、少女の中に、健やかに育まれていたことは。


 誰にとっても、幸運なことだった。


(大丈夫。まだ時間はあるんだし、できることからちょっとずつ、やっていこう)


 不登校になった、少女に対して。


 少女の家族は、予定を前倒しにした転校を、進めてきたものの。


 本人が、それを拒んだ。


 たとえ、頭では理解できていても。


 心に負った傷は、簡単に癒えるものではない。


 時間が必要だ。


 肉体的にも。


 精神的にも。


 羽化するための、準備期間が必要だった。


 そのため少女は、不登校の期間中。


 両親の理解を受けたうえで、通信教育を受けつつも。


 甘やかされていた自分を、変えるために。


 これまでのように、安易な考えで転校先の兄に頼ることを、良しとせはず。


 連絡を控えて、自立を目指した。


 また、太りやすい体質を自覚して。


 糖分摂取を控え、運動を行い、体型を整えて。


 自分の容姿を正しく理解して、活かして。


 化粧の方法を、SNSなどから学んで。


 とくに、今後は簡単に。


 侮られたりしないようにと。


 少し毒のある言葉を、意識して、口にするように習慣付けた。

 

 そうして……


 四季が、おおよそひと巡りする頃に。


 心機一転を果たした少女は、予定通りに。


 新たな生活の場へと、環境を移して。


 今度は失敗しないようにと、心掛けながら。


 新たな人間関係の構築に、挑むのであった。


    ⚫︎


〈キララ視点〉


(……の、はずだったんだけどなあ)


 とはいえ、人生とは。


 とくに、人間関係とは。


 なかなか思うように、いかないわけで。


「なあキララ。今日もその、えむえむじー? をやりに、例の店に行くんかよ?」


「馬っ鹿! シンちゃん、それを言うならえぬてぃーじーだべや?」


「え、何それ? NTTのパチもん? テキトーすぎーっ♡ ウケるーっ♡」


「きゃははっ! もーっ、2人ともオモシローいっ♡」


「あ、あははは……」


 キララの通う、公立中学校。


 昼休憩の、教室である。


 周囲の席を、適当に寄せ集めて。


 弁当や惣菜パンを口に運びながら、談笑する、五人の少年少女たちの輪の中で。


「ははは……はあ」


 キララはひとり、愛想笑いを浮かべていた。


(あーもー、だからMTGだって、何回も言ってるじゃないですか! ツッコミ待ちなの見え見えで、マジうざいんですけどーっ! っていうか、こっち見んなし!)


 チラチラ、と。


 正面の席から、何かを期待する視線を寄越してくる男子生徒を、断固として無視する。


 むしろ……


「……あっ、そういえば、昨日のドラマなんですけど、あのヒロイン役の女優さんって、ちょっと、エリリに似てませんかー?」


「えーっ! そんなことないないって! エリナ、あんな可愛くないから! マジムリだって!」


「えー、そっかなあー? そんなことないと思うけどなー? ね、ハルル?」


「え、う、うん、そうかも! ってかそうだね!」


「ええー? そんなこと、全然ないと、思いますけどね〜♡」


 良し良し。

 

 自然な流れで、会話を誘導できた。


 話題を流された男子生徒は、不服そうだが。


 女優似だと評された女子生徒が、上機嫌に。


 会話を続ける。

 

「いや、ホントにムリだって! エリナ、そんな可愛くないし〜? ねえ、シンゴもそう思うでしょ〜?」


 話題を振った相手は、隣の席の男子生徒である。


 至近距離から向けられた、言葉とは裏腹に。


 キラキラと、期待が込められた声音を。


 さすがに無視は、できないようで。


「お、おう、いや、そんなことないんじゃね? なっ、タクヤ?」


「うえっ!? う、うんうん、そうじゃね!? むしろそれしかなくね!?」


「もうっ、ちょっとマジで、意味不なんですケドーっ♡」


 隣の席に座る男子生徒までを巻き込んだ、玉虫色の返答に。


 女子生徒は、ケラケラと笑いながらも。


 満更でもなさそうに、頬を染めていた。


「いやホント、アタシ、そんなんじゃないからね〜? ああでも、ちょっと髪型は、あの人を意識してる系だから、もしかしたらそれが、寄せていってる風に、見えちゃうのかもー♡ やだー、恥ずかしいーっ♡ タッくんもシンちゃんも、ちょっとアタシのこと、見過ぎじゃなーい?」


「あ、ああ……」


「そうカモね……」


 ちなみにこの女子生徒は、この場に同席している男子生徒たち二名に対して、同時に誘惑アプローチをかけており。


 情報を共有している男子生徒たちが、陰で尻軽ビッチ呼ばわりしていることを、本人だけが知らない。


「ねーっ、ハルカ? ハルカもそう思うでしょ?」


「あー、うん、そうダヨネー」


「……っ!」


 なんなら、うち片方の男子生徒は。


 席を囲っている、もうひとりの女子生徒と。


 現在、密かに付き合っていたりする。


「いやまあみんな、可愛くて、それで良くね!?  ナンバーワンよりオンリーワン的なさあ!?」


「そうそう! 昔のエラい人が言ってたってくらいだし、きっとそうなんじゃね!? それがラブとピースなんじゃね!?」


 そしてその、女子生徒は。


 最初の男子生徒の、元カノである。


「えー、何ソレ、平成のネタなのー? ウケるんですけどーっ♡ ねーっ、ハルカ?」


「あ、うん。そうダネー。面白いヨネー」


「「 ……っ! 」」


 友人を目の前で、誉めそやされて。


 実は自分の方が可愛いと思っている女子生徒が浮かべた冷ややかな笑みに、赤裸々な弱みを握られている元カレと今カレは、戦々恐々といった面持ちだ。


(いやいや、ってゆーかみんな、内輪でリサイクルし過ぎでしょ!?)


 最先端の持続可能な社会かよ、と。


 内心でツッコミを入れながら。


 転校して、一ヶ月ほど。


 最初に担任から指定された席が、たまたま近かったからという理由で、なし崩し的にこの面子メンバーに組み込まれてしまったキララは。


(あーもうっ、サイアクっ! 席ガチャ、完全に爆死したーっ!)


 意気込んでいた最初の始動(スタートダッシュ)を、見事に躓いて。


 自らの不運リアルラックを、ちょっと呪っていた。


 止まない悲鳴が、オペラのように心地良い。


 ……暗堕英霊クロヴァノス


 ――大虐殺――


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