【21】 休日③
〈カケル視点〉
「ヒカルくん……アリスが昨日、決勝で当たった黒髪の子は、その……強かったかい?」
ここまで、露骨なほどに。
MTGの話題を避けてきた僕が。
覚悟を決めて、口にしたのは。
昨晩の、週末大会において。
決勝戦でアリスが対戦した、黒髪虹彩異瞳の中学生……黒瀬ヒカルくんと。
彼が用いる、銀弾デッキの感想である。
ちなみにそのとき、アリスの用いていたのは。
環境デッキの一角である、否認デッキ。
軍配は、前者に挙がっていた。
「……ええ、そうですね。たしかに……良く、練られたデッキだったと、思いました」
「だよねえ」
なにせ、アリスの否認デッキだけでなく。
ヒカルくんは、トーナメントの過程で。
もうひとつの環境デッキである、補充デッキに対しても。
しっかりと勝利を、収めているのだ。
やはり、あのときの冴えたプレイングは。
決して、まぐれなどではなく。
あの異様な銀弾デッキは、ただただ僕を標的に据えただけの、趣味デッキでもなくて。
環境デッキに対して、ちゃんと対策を組み込んでいる、大会でも十分に通用する品質の本気デッキだ。
(当然、銀弾を仕込んでいないデッキに対しては、無駄なカードが増えるぶん、勝率は下がっちゃうんだろうけど……それでもあの完成度で、環境デッキに一定の勝率を稼げるんなら、大会に持ち込む選択肢としては、全然アリだ)
むしろ、昨日の僕のように。
生半可な知識で、意識からそれを除外している、間抜けなプレイヤーにこそ。
暗闇から放たれる、銀弾の一撃が。
さぞや気持ちよく、ブッ刺さることだろう。
そこまで見越して、あの完成度のデッキを独自に組み上げた感性と手腕には、素直に感嘆するしかない。
少なくとも、同じ環境のカードリストを網羅していたはずの、僕には。
辿り着けなかった、境地である。
「やっぱり……あの子も、アリス側の人間だったかあ」
思わず、そんな感想が。
自然と口から、こぼれ落ちてしまった。
だけど、残酷な現実として。
凡人が、いくら努力しても。
辿り着けない、頂というものが。
この世界には、確かに存在していて。
そこに到達できるのは、ほんの一握り。
世界に愛された、天才だけなのである。
「……そう、でしょうか?」
しかし、天才側代表のような、アリスは。
僕の呟きに、首を傾げて。
「……私は、むしろ、黒瀬くんからは、カケルさんのような雰囲気を、感じましたが」
「え?」
寓話の挿絵に、描かれるような。
底の見えない、蒼湖面の瞳には。
真実だけが、映し出されていた。
「……実際に、対戦した、黒瀬くんからは……限られた環境で、条件で、能力で、才能で……努力して、工夫して、練り上げて、ときには相手に、虚勢を張ってでも……勝利を、掴もうとする、そんな気迫が、感じられました」
「お、おう……」
「……でも、それは……カケルさんが、いつもやっていることでしょう?」
「おっふ」
いや。
真顔でそんなこと言われると。
普通に、恥ずいんだけど。
「……」
でもアリスの蒼く、美しい瞳は。
どこまでも真剣で。
率直な意見を、語ってくれているのだと。
嫌でも、理解できてしまう。
茶化せる空気じゃない。
となると。
こちらも……真摯に。
受け止めざるを、得ない。
(……なるほど。実際に、対戦したアリスから見て……ヒカルくんのことを、そう感じ取ったんなら、たぶんそっちのほうが、正解なんだろうなあ)
僕のほうが、考え方を。
改めなければならないだろう。
(いや……うん、そうだね、きっとそうだ……僕はまた、無意識のうちに、逃げるための言い訳を探していたんだ)
アリスのような、天才ではなくて。
自分と同じ、秀才の積み上げてきた。
努力を。
背景を。
実績を。
認めたくなくて。
勝手に、違う場所へと祭り上げて。
敗北から、目を逸むけたかったのだ。
(ああ……全く、僕ってヤツは……)
ちょっと、上手くいかなかったからって。
原因を、自分以外の場所に求めるなんて。
過去と同じ失敗を、繰り返している。
(本当に……学ばないなあ……)
それでも……今回は。
「……ん。ありがとう、アリス。はっきり言ってくれて」
僕の間違いを正してくれる、人間が。
こんなにもすぐ近くにいてくれる。
そして僕は、その言葉を。
今度こそ、逃げ出さずに。
受け止めることが、できていた。
だって、妹分の前で……もう、これ以上。
カッコ悪い姿なんて、見せたくはないからね。
(まあそれは、手遅れかもしれないけど)
だとしても、その程度の意地は。
張ってナンボだと、思うのだ。
男として。
「……いえ。また……出過ぎた真似を、して、しまいました」
「いやいや、そんなことはないから! いつもアリスの意見は、とっても参考になてるからね! むしろ感謝しかないって!」
「……そう、ですか?」
「そうそう! アリスはいつだって、僕に必要な言葉を、くれるからねっ! 本当にありがとうだよっ!」
「……」
おっと。
今度はアリスが、照れているのかな?
我慢しているみたいだけど、口元が崩れて。
モニョモニョしているね。
超可愛い。
「――コるラあああゴミカス野郎おおおあおっ! 何お嬢様を誑かせてんだあああああっ!?」
そんな、室内の変化を。
扉越しに、察知したのか。
僕が凹んでいたときはガン無視だったくせに、アリスの機微には敏感な狂犬が、またしても部屋に飛び込んできた。
しかも、その手に握り締めた。
伸縮式の警棒からは……バチチチッ!
凶暴な紫電が、散っている。
いやちょっと、殺意が高すぎない?
「――柳生っ!」
「……ッ!」
またしても。
アリスの鋭い、一喝によって。
部屋に乱入してきた狂犬剣士……アキラさんは。
一応は静止するものの……ガルルルッ!
鋭い犬歯を剥いて、威嚇してくる。
怖い。
「お嬢様、どいてください! そいつを殺せませんっ!」
何が、彼女の琴線に触れたのか。
僕に対する殺意が、ストップ高だ。
もはや殺意を、隠そうともしやがらないじゃないか。
(目が血走ってて、冗談じゃないんだよなあ……っ!?)
ブルブル。
震えが、止まらないぜ……っ!
「……ダメ、です!」
「だったら! 命を殺ることは諦めますから……せめて、去勢だけでも、お願いしますっ! そのような発情駄犬をお傍に置かれるなど、空気だけで、可憐なお嬢様が妊娠してしまます! 護衛として、看過できませんっ!」
するか馬鹿。
空気感染で、妊娠とか。
僕は一体、何処の病原体なんだよ。
「何卒っ! お願いいたしますッ!」
「……絶対に、ダメです」
いや、頼むから。
マジで勘弁しておくれよ。
恥ずかしながら、まだ未使用の、哀れなムスコなんだよ。
後生ですから、見逃してください。
お願いします。
「……いいから、退き、なさい」
「ですがッ!」
「……戻れっ!」
「わんっ!」
わお。
なんか、凄いゴネてたけど。
アリスが鋭い声音で、帰れすると。
狂犬は、嬉しそうに鳴いて。
そそくさと、退出していった。
あの人、あれでいいのだろうか……?
「……」
「……ん、んんっ」
ともあれ、だ。
なんとも言えない空気を。
咳払いで、誤魔化して。
脱線した話題を、修正する。
「じゃ、じゃあさ。アリスから見て、今の僕に足りないものって、なんだと思う?」
「……足りないもの、ですか?」
「うん。もしくはヒカルくんに勝つために、必要な条件とか、さ」
「……」
持ち前の、鋭い観察眼で。
僕とヒカルくんを、同種の人間であると。
的確に見抜いてくれた、アリスならば。
僕たちの勝敗を分けた、差異や。
それを埋めるための、方法にも。
気づいてくれるかも。
なんて。
都合のいい期待を込めた、質問に。
「……」
アリスは少し、考え込んでから。
「……深さ、でしょうか」
と、呟いた。
「深さ?」
「……はい。それを埋めるためには……不要な選択肢を、消去して、迷いの多さ、減らせば、いいのかも、しれません」
「……??? ご、ごめん、ちょっとタンマ! 悪いけど、もうちょっと詳しく、噛み砕いてもらえるかな?」
「……」
頭の出来がよろしくない、僕のために。
アリス先生が、少し頭を捻りつつ。
改めて、説明してくれる。
「……おそらく、ですけど……カケルさんや、黒瀬くんは、きっと、広い分野で、浅く、均一に、能力を発揮するような、タイプの人間ではなくて……何か、特定の分野に対してのみ、深く、能力を発揮するタイプの人間、ですよね?」
「……」
「……であれば……短所を、補うよりも、長所で、競う方が、効果的かと」
「……」
……ああ、なるほど。
確かに僕は、何かに集中すると。
それ以外のことが、疎かになったり。
視野狭窄に陥ってしまう、悪癖を。
自覚している。
だけど……その一方で。
自分が興味を持った課題においては、平均以上の成果を叩き出せたという、実績が。
過去に何度も、確認できている。
そして、そのような人間の有する個性が。
現代では『ADHD』と、呼ばれていた。
私は今までに、多くのものを、見聞きしてきました。
貴方の知らない、貴方の秘密も、知っています。
今からそれを、教えて差し上げましょう。
……賢識英霊、タカラナ
――蓄積した叡智――




