【20】 休日②
〈カケル視点〉
「――んんん、こくううううな、てん、っしいの、てえっーぜえっ!」
そして、正午過ぎには。
駅前にある、カラオケ店の一室で。
僕は力の限り、往年の名曲アニソンを、熱唱していた。
ちなみに。
採点機能を入れてはいるけど。
点数にはあまり、拘らないタイプの人間である。
もしそれで、高得点が出たら嬉しいし。
低かったら、次回の改善へと繋げられる。
その程度の、心持ちであり。
大事なのは、どれだけ自分が。
気持ちよく歌えるか。
歌に熱を込めかれるか、否かであった。
「……」
当然ながら。
そんな自分勝手なカラオケスタイルに、嫌気を覚える人だって、いるだろうし。
そういう時は、僕だって。
ちゃんと空気を読んで、自重するけれど。
幸いなことに、今日、こうして。
僕のカラオケに、付き合ってくれているのは……
「……っ♪」
凍りついたような、無表情のまま。
それでも、楽しげに。
曲に合わせて、身体を左右に揺らしている。
気の置けない仲である、四半混血の美少女……アリスであった。
「――ねええ、んよっ、し、ん、わ、に、なあれっっっ!」
「……っ!」
僕が曲を、歌い切るなり。
毎回律儀に、パチパチと。
拍手を贈ってくれる観客は、最高だ。
そりゃ歌に、熱も入るってもんよ。
「……ん、85点か。まあまあだね」
この採点が、高いのか、低いのか。
人によるだろうけれど。
少なくとも、自分の想いのままに、歌い切った僕としては。
満足のいく、点数であった。
「お、アリス。次はあの曲歌うんだ」
「……前に、カケルさんが、歌っていたので」
なんて、謙遜しつつ。
可愛らしく、両手でマイクを握りしめたアリスの、か細い喉から放たれる。
耳に染み込むような、澄んだ美声が。
流れ始めたイントロに、合わせて。
狭い個室内に、響き渡った。
(相変わらず、上っ手あ……っ!)
声質なのか。
肺活量なのか。
音程の、取り方なのだろうか。
とにかくアリスは、どんな曲を歌っても、メチャクチャに上手い。
それもただ、上手いだけじゃなくて。
なんていうか、歌詞に想いを、載せているっていうのかな。
とにかく聴いていて、心地いい。
心が震える。
それなのに、彼女が歌う曲の、ほとんどは。
以前に僕がカラオケで歌ったものを、後日、覚えて歌っているパターンであり。
叩き出される点数は、毎回、僕のそれを軽くぶっちぎっている。
このあたりも。
本人に、絶対言うつもりはないけれど。
採点の多寡に、僕がいちいち動じない悟りを開いた、一因だったりするんだよね。
さておき。
「ヒューっ! アリス、サイコーっ!」
「……ふう」
僕の大雑把な口笛と、歓声に。
アリスは、ペコリ。
サラサラの金髪を、肩から流すようにして。
綺麗なお辞儀を、披露してくる。
ちなみに得点は、97点。
これくらいの点数を当たり前のように出されるたら、そりゃ、張り合う気も失せるってもんよ。
開き直って、聞き役に徹していられる。
「……ん」
そして、曲を歌い終わってから。
喉が渇いたのか、チュルチュルと。
飲み放題用のドリンクバーグラスに注がれたオレンジジュースを、小動物のように、ストローで啜っていた。
反則的なほどに、可愛い。
とっても目に優しい光景だ。
(順番的に、次の選曲は僕の番なんだけど……)
すでに、このカラオケに入店してから。
一時間ほども、ぶっ続けで歌い続けている。
そろそろ休憩を挟んでも、良い頃合いだ。
「アリス、美味しいかい?」
現在、僕たちが使用しているのは。
少人数用のカラオケルーム。
備え付けのTVに連動した賑やかな音楽が、無音のコマーシャルへと移行した、狭い個室の中で。
同じ長椅子に、横並びで。
腰掛けているアリスに、問いかけると。
「……はい。カケルさんが、入れてきて、くださったので」
なんて。
美しすぎる、無表情のままに。
可愛いことを、言ってくれる。
「あはは、恐縮だなあ。アリスもそういうお世辞が、言えるようになったんだねえ」
「……」
「でもホント、ナイスタイミングだったよ。ちょうど、気分転換したかったからさ。声をかけてきてくれて、ありがとね」
「……いえ。私もちょうど、暇、でしたので」
休憩を挟むことに、アリスも異論はないようだ。
選曲する素振りが、見受けられないために。
そのまま、少しグダグダと。
取り止めもない会話を、続けてみる。
「ホントにい? 最近は習い事で、けっこう忙しいって、前に愚痴ってなかったっけ?」
「……それでも、休みくらい、作ろうと思えば作れます」
「じゃあやっぱりそんな、大事な休日を、僕なんかに付き合ってくれて、ありがとうだよ」
「……いえ……どうせ、家にいても、弟たちの、相手をしている、だけですので」
「ああ、あの双子くんはホントに、アリスのことが大好きだからねえ。大事なお姉ちゃんを付き合わせちゃったんなら、今度何か、埋め合わせをしとかないと恨まれそうだ」
「……でしたら、是非、また家に顔を出してください。マムたちも、喜びますから」
「あはは。考えとくよ」
「……」
おっと。
またしても、薄っぺらい逃げ腰を、見透かされちゃったかな?
無表情のまま……じとっ、と。
物言いたげな視線を向けてくる、アリスに。
苦笑を浮かべてしまう。
(でも……僕はまだ、何の結果も出せていないから、やっぱりあの人たちには、顔を合わせ辛いんだよなあ)
きっと、アリスの家族たちは。
そんなこと気にせず、以前のように。
温かく僕を、迎えてくれるんだろうけど。
それじゃあ、ダメなんだ。
ただ、あの人たちの優しさに甘えているだけでは、以前と何ら変わりない。
彼らの優しさを振り切った、意味がない。
僕が、何者にも成っていない。
そんなの。
僕が『また』、僕自身を、許せなくなってしまう。
「まあ……そうだね今度の大会で、良い結果を出せたら、ちょっと真剣に考えてみるよ」
「……約束、ですよ」
「ああ」
「……ん」
それでも、どうにか捻り出した。
空手形の、契約書代わりではないけれど。
ずりずり、と。
長椅子に並ぶ僕たちの、隙間を詰めて。
甘えるように、頭を傾けてきた。
妹分の、細く艶やかな金髪を。
優しく、撫でる。
「……っ♡」
途端に、見えない尻尾をブンブンと振って。
全身から、上機嫌なオーラを放つアリスは。
本日は、いつもの髪型と違う、ツインテールで。
服装も、週末大会で見かける学校の制服ではない、彼女の私服だった。
とはいえ、今回は。
何故か。
普段のアリスが、着ているような。
いかにも深窓の令嬢じみた、白のワンピース系の、清楚な服装ではなくて。
もっと、アクティビティな印象を受けるというか。
いい意味で、俗っぽいというか。
ぶっちゃけ、ギャルっぽいというか。
薄手のシャツにブレザーを羽織り、膝上のミニスカートにニーソックスを合わせた、ちょっと派手系のファッションである。
まあ、それはいいんだ。
どんな服装をしようと、個人の自由だし。
アリスなら、たとえどんな服装でも。
西洋人形じみた美貌と、異国の血が成立させる長い手足で、見事に着こなしてしまうのだけれど。
問題なのは……
「……ねえ、アリス?」
「……?」
「いやまあ、僕が熱唱しちゃって、部屋が蒸し暑くなっちゃってるのはわかるんだけどさあ……やっぱり、上着は着とかない?」
駅前で、合流して。
ここに来るまで、羽織っていたブレザーを。
歌い始めて早々に、脱いでしまったことである。
おかげで、身長は140センチに届くかどうかの、小柄な体格なのに。
一部だけ、やけにたっぷりと実った肉体が。
殊更に、強調されてしまっている。
これはイケませんよ。
そんな薄着の美少女と、冴えないオジサンが、密室で密着するだなんて。
家族並みの信頼を得ている、僕でなければ。
即、通報案件だ。
「……変、ですか?」
本当に、心からの。
信頼を、寄せてくれているのだろう。
無表情のまま、首を傾げて。
こちらは偶然だろうけど、ただでさえ存在感を放っている部分を、さらに見せびらかすような姿勢で。
距離を詰めてくる、アリス。
「いやいや、似合ってる! 超似合ってるし、可愛いよ!? だけどさあ、さすがに無防備が過ぎるっていうか――」
慌てた僕が、声音を乱しつつ。
無垢なる暴挙を、阻止せんと。
口上を並べ立てていた……
その時である。
「――本性を表したな、ケダモノめえッ!」
カラオケルームの扉が……バンッ!
蹴破るように、開かれて。
「天誅うううッ!」
化鳥じみた、怒鳴り声をあげて。
部屋に飛び込んできた女性の、握り締める。
伸縮型の警棒が……ジャキジャキンッ!
僕の頭を目掛けて、振りかぶられた。
「ひいいいいっ!?」
反射的に、両腕で頭部を庇いつつ。
悲鳴を上げてしまった、情けない中年を。
「――柳生っ!」
「……っ!?」
護るようにして……むぎゅりっ!
鋭い声音を放ったアリスが。
長椅子の上で、膝立ちとなることで。
僕の頭部を、その大層ご立派な胸部に。
抱きしめてしまう。
(やわらかっ!)
ほかほかで。
もちもちで。
ふかふかで。
ブラ越しにでも伝わる、温度と質感と甘い匂いによって。
まだ、殴られてもいないのに。
クラクラと、目眩がした。
「……ッ!」
そんな極楽浄土へ導かれた僕を、部屋に乱入してきたスーツ姿の女性が、般若の形相で睨みつけている。
怖っ!
「お、お嬢様っ! 今すぐ、お離れください! 穢れてしまいますッ!」
「……柳生こそ、離れなさい」
「……し、しかし、お嬢様――」
「――交代、しますか?」
「……ッ、御意っ!」
苦虫を、噛み潰したような顔で。
さる剣術流派の、免許皆伝なのだという。
烏の濡れ羽の黒髪をパッツンにした、黙っていれば美人系の女性剣士……柳生アキラさんは。
「……チッ」
忌々しそうに、舌を鳴らして。
「……命拾いしたな。女に庇われる、クズめ」
冷ややかに。
路傍のゴミを見るような視線を、僕に向けてくるのだった。
ひどい。
「お嬢様」
そして、アリスに顔を向けるなり。
険しい表情を、コロリと一転。
「ご命令ですので、部屋の外で待機しておりますが……何かしらのご用命あれば、そうでなくとも、身の危険を感じればすぐに、このアキラを呼んでくださいませ。直ちに駆けつけて、お嬢様に害を為す悪漢めを、即座に成敗して仕ります」
憧れの偶像を、前にしたような。
熱の籠った視線を、注ぐものの。
「……いいから。早く、出ていきなさい」
残念ながら。
機嫌を害した護衛対象には、届かない。
取り付く島もなく、ふたたび部屋の外へと。
追い払われてしまう。
「……御意」
「……」
飼い主に構ってもらえなかった、大型犬のように……シュンッ。
露骨に肩を落として、トボトボと。
背中から哀愁を、撒き散らしながら。
本日のアリスの護衛役である、アキラさんは。
ようやく部屋から、退出してくれたのだった。
(ふ、ふう……危なかった……部屋の外で姿が見えなかったから、油断してた……っ!)
きっとまた、部屋の外で。
口元を『へ』の字に、ひん曲げながら。
腕を組んで、仁王立ちしつつ。
室内の会話に、聴き耳を立てているのだろう。
ここが融通の効くカラオケ店でなければ、店員による通報待ったなしの、完全なる不審者だ。
「……申し訳、ありません。……柳生は、腕は、確かなのですが……」
「そ、そうだね」
腕は立つんだよね。
以前に手刀で、舞い落ちる木の葉を。
目の前で、複数枚同時に斬り裂かれたときは、本気でチビりかけたもの。
「……そのぶん、頭が悪いので」
「おお、言うねえ」
あんまり、人の悪口を言わないアリスだけど。
彼女の暴走癖に関しては、それなりに。
鬱憤が溜まっているようだ。
「あ、あははは……まあ、ちょっと……あの人は、アリスのことが、好き過ぎるよねえ」
そりゃあ、護衛を守るという点で言えば。
とびきり、優秀なのかもしれないけど。
アキラさんは、ちょっとばかり。
過剰というか。
過激というか。
控えめに言って、アリスに近寄る男性を問答無用で叩き伏せようとする、あの悪癖は。
護衛を通り越して。
狂犬と、評価せざるを得ない。
流石、アリスに出会った初日に『貴方に生涯の忠義を捧げます……っ!』なんて、狂気を口走っただけのことはある。
アレで、護衛としての腕が悪かったら。
本当に、ただの狂人だ。
いや、この場合は、なまじ常識がある分。
より一層に、タチが悪いのかな?
「……はあ」
「まあまあ、今日は海ぼ――禿山さんが、お休みなんでしょ? だったら、仕方ないって」
そんな狂犬剣士が、本日。
アリスの護衛を担っているのは。
普段はアリスの背後で、巌のように佇む禿頭巨漢……海坊主さんが、お休みだからである。
なにせ、伸長が二メートル越え。
体重は推定百二十キロ以上。
全身にはち切れんばかりの筋肉を搭載した、リンゴを片手で握り潰してフレッシュジュースにできる、海坊主さんだって。
ああ見えて、ちゃんと生きてる人間だ。
護衛という仕事に、就いているとはいえ。
三百六十五日。
四六時中。
ずっと護衛対象に付きっきりというわけには、いかないだろう。
彼には、彼の人生がある。
休暇は必要だった。
その代打があの『アリスお嬢様が大大大好き近づく男は絶対許さない暴力ウーマン』なのは、アリスの父親が契約しているという警備会社の人材雇用面に、不安を抱かざるを得ないけれど。
っていうか、海坊主さんといい。
狂犬剣士といい。
あんな人材ばかり、一体どこで。
スカウトしてくるのかやら。
むしろアレくらい個性が強くなければ、生き残れない業界なのか。
疑問は尽きない。
まあ、それはさておき。
「そういえば……禿山さんって、一体、休日何をしてるんだろ?」
一応、あの寡黙な禿頭の大男とは。
アリスを通じて、数年来の顔見知りになるのだけれど。
彼のプライベートを、僕は。
ほとんど知らなかった。
「……たしか、筋トレとか、ツーリングだとか……あとは料理をしたり、最近では、手芸教室にも通っているのだと、言っていました」
「うえええっ!? 前半はイメージ通り過ぎるけど、後半は、ちょっと意外過ぎない!?」
ほんの、軽い気持ちで口にした質問から。
思わぬ面白情報が、飛び出してしまった。
ウケるね。
「……先日は、たしか、キャンプに行っていたはずです」
「ああ、それは納得っ!」
サバイバルとか、めっちゃ強そうだ。
ナイフ一本で、クマとか倒しちゃいそう。
「っていうかアリスって、禿山さんと、普通にそういうことも話してるんだね」
「……禿山は、人見知り、ですから。……でも、こちらから話しかければ、ちゃんと、答えてくれますよ?」
「うん、知ってる」
見た目、めっちゃ怖いけど。
行動は結構、優しかったりするんだよなあ。
その最たるものが、去年の末に。
閉店後のヲタク堂にて、開催された。
有志ぼっちーズたちによる、クリスマス会での出来事である。
そこで悪酔いしてしまったアミさんが、アリスの護衛として参加していた海坊主さんに、ウザ絡みした上にゲロまでぶちかましたのは、参加者たちの間ではもはや語ってはいけない禁忌となっているのだが。
そんなアミさんに対して。
ぶちキレるどころか。
泥酔した彼女を、心配して。
前後不覚に陥っていたアミさんを、自宅までわざわざ送り届けたのだという、見事な紳士っぷりは。
同じ男として、見習うべき美徳だろう。
え、僕?
当然アミさんを送り届けようとしたけれど、クロウの圧にビビって、けっきょく何もできなかった負け犬ですが何か?
(そういえば、あのあたりからアミさん、禿山さんをハゲちゃん呼びしてるんだよなあ……)
醜態を晒して、距離を置くどころか。
開き直って、逆に距離を詰めていくスタイル。
到底、根が陰キャな僕には真似できないけど。
嫌いじゃない。
(……いやむしろ、アミさんのそういう天真爛漫なところが、好っきいっ♡)
人間って、自分の持ってないものに。
憧れちゃうよね。
「……」
「……はっ!」
気がつけば。
停止した手のひらを、頭に乗せたまま。
アリスが……スンッ。
例のジト目を、僕に向けている。
(また、やってしまった……っ!)
この、感情を隠した瞳の奥に。
いったいどれほどの呆れを、抱いているのか。
確認するのが怖い僕は、慌てて。
会話の転換を試みる。
「そ、それにしても! アリスさあ、ちょっと……その、アレだよね? 今日の服装は、いつもと違う感じだよね? イメチェンかな?」
「……カケルさんは、こういうのが、お好きなのかと、思いまして」
「……?」
え?
なんだなんだ?
こちらから話題を振っておいて、アレだけど。
意味がわからないぞ?
アリスの中で、いったい僕は。
どういう人物像になっているんだ?
(いやその、ご立派な膨らみと、完璧過ぎる絶対領域は、確かに眼福と言わざるを得ないけどさあ!? 僕がそんな、ギャルみたいな格好が好きだんて発想が、一体どこから出て……)
と、そこまで思考を巡らせて。
思い至った解答が、ひとつ。
「……ねえ。もしかしてアリス、キララちゃんに、対抗している?」
「……」
おや?
おやおやおや?
どうやら、正解らしいね。
すん、と表情から感情を消しても。
残念ながら、ほっぺたの血流までは、御しきれていないよ?
アリスは、肌が白すぎるから。
変化がよくわかるのだ。
「……ぷっ。ふ、ふははははっ!」
「……カケルさん。ここで笑うのは、流石にどうかと、思います」
「あ、いや、ごめんごめんって!」
お兄さん枠の僕を、取られると、思っちゃったのかな?
まったく、可愛い妹分だなあ!
「大丈夫大丈夫。キララちゃんとアリスは、全然、別枠だから! そんな、気にする必要ないって!」
「……」
アリスはまだ、納得していないみたいだけれど。
僕の中では、生徒と妹分は。
はっきりと棲み分けが、できている。
別にその、どちらかを軽んじているわけでは、ないけれど。
それらを混合することは、ない。
「僕にとってアリスは……家族枠、だからね。そう簡単に、離れていったりなんてしないよ」
「……」
「むしろアリスのほうが、僕に呆れて、そのうち距離を置こうとするんじゃないかって、こっちがハラハラしているくらいさ!」
「……そんなことは……あり得ません、が」
そこで、ふと。
気まぐれな、お日様の陽光を浴びた。
冬の雪解けのように。
「……元気、出たみたいで、良かったです」
淡く微笑んだ、アリスから。
鈍感な僕はようやく、彼女の優しさに。
思い至ることが、できたのだった。
(ああ……そっか。アリスは心配、してくれてたんだね)
今日の呼び出しは、偶然などではなくて。
昨日の敗北で、動揺しまくっていた僕を。
気遣ってくれた上での、行為であった。
(うっわあああ……恥ずっううう……)
ボンッ、と。
今度はこちらが、赤面してしまう。
(いや、マジで、2回りも年下の女の子に、ここまで気を遣ってもらうとか、どんな顔で、兄貴分ヅラしてんだよって話だよ……っ!?)
ふと、過去を振り返れば。
呼吸するように、醜態を晒している。
失敗ばかりを、積み重ねている。
後悔に塗れている。
本当に、僕は。
(成長、しないなあ……はあああ……)
でもまあ。
妹分に、ここまで気を遣われてしまっては。
もはや、手遅れかもしれないけれど。
それでも、自称兄貴分としては。
(……これ以上、逃げられないよなあ)
仕方がない。
覚悟を決めよう。
敗北から、目を背けずに。
敗因から、学びを得るのだ。
「……ねえ、アリス」
「……?」
「ヒカルくん……アリスが昨日、決勝で当たった黒髪の子は、その……強かったかい?」
手が届かない幻にこそ、想いを馳せる、価値があります。
さあ、皆で祈りましょう。
命尽きる、そのときまで。
――ラノエルドの幻想家――




