【16】 黒弾の狙撃手①
〈カケル視点〉
「――夢尾さんは、僕の、好敵手なんですから」
夜の帳のように、目元までを覆っていた前髪を。
闇色に銀線が混じった、半円髪留で掬い上げて。
一方は、墨汁で塗りつぶしたかのような、真っ黒な瞳。
その反対側は、青味ががかった真珠じみた、薄白色と。
左右で瞳の虹彩が異なる、虹彩異色症を。
僕に向けてくる、黒髪の中学生。
「ひ、ヒカルくん?」
「……ああ、気にしないでください。こうすると、ゲームに集中できるんですよ」
いや、気になるのはそこじゃない。
ああでも、その瞳を人目に晒すのが嫌だから。
普段はああやって、隠しているのなら。
突っ込むのは、野暮になるのかな?
(っていうか、ヒカルくんの目って、初めて見たなあ……)
この子がヲタク堂に通い始めてから、三ヶ月ほど。
ほとんど毎日のように、顔を出しているけれど。
その瞳を、こうして直接目にすることは。
今までなかった。
というか。
(この雰囲気……ちょっと、アリスに似ている?)
目は口ほどに物を言う、と。
昔の人は言うけれど。
こうして白日に晒された異相の瞳は、何故か。
色合いは、全く違うのに。
僕のよく知る少女のそれと。
重なって、見えた。
ゾクリ。
(……ッ!)
背筋に悪寒。
プツプツと、鳥肌が立つ。
この時点で、本能が察してしまった。
只者ではない、と。
(……ふう。こんなことで、呑み込まれるんじゃないよ、僕)
まだ試合は、始まってすらいないのに。
対戦相手の意外な一面を目にしたくらいで、ここまで動揺してしまうだなんて、自分が情けない。
とはいえ、一回り以上も年の離れた僕に。
改めて、そんな想いを抱かせる程度には。
ヒカルくんは、余人にない『何か』を、持っているわけで。
察知した、自分の直感は。
大事にしておこう。
(ごめんね、キララちゃん。敵討ちとか、そんな余裕なさそうだ)
いち、カードゲーマーとして。
全力で、挑むべき相手であると。
認識を上方修正。
慌てて集中力を、引き上げていく。
「――はい。それじゃあ時間になったので、準備ができたペアから第二試合、始めちゃってくださ〜いっ!」
だけど、それが満たされる前に。
週末大会の進行役である、アミさんの。
無邪気な声が、遊戯空間に響き渡った。
「手番決め、ダイスロールでいいですか?」
「う、うん。大丈夫、それで行こう」
ああして、前髪を上げることが。
一種の精神切替に、なっているのか。
声音から、普段の吃りが消えるどころか。
うすら寒い威圧感すら滲ませる、ヒカルくんに。
促されるまま、多面賽子を振るう。
(……くっ、ダメダメだ! なに、ゲーム前から呑まれてんだよ! もっと集中しろっ!)
勝負事において。
殊更に、精神論を主張するつもりはないけど。
それでも、そのときの気の持ちようが。
結果に、反映されることって。
確かにあると思うんだ。
その証拠に……
「僕は6、ですね」
「……こっちは2だね」
精神面で、気圧されたかのように。
あえなく、賽子の数字で負けてしまった僕は。
「……では、後攻で」
「じゃあ先行、いただきます」
ヒカルくんの選択によって、第一ゲームの後手番を、奪われてしまった。
こと、MTGにおいては。
先手後手の、不利を埋めるために。
先手番のプレイヤーは、第1ターン目にカードを山札から引けないという、ハンデを背負うことになる。
そのぶん、相手より1ターン早く動けるのだから。
ドローの有無が、勝敗に直結するとまでは、思わないものの。
それでも、相手が望んだ手番という。
機先を取られた感は、否めない。
これは不味い流れだ。
「ふうん……それにしても、意外だね」
兎にも角にも。
主導権を握ることは、勝利の必要条件である。
なので、互いにデッキを交換して。
不正防止のための、シャッフルをしながら。
僕はあえての軽口を、舌に乗せた。
「それ、昔からやってるルーティーンか何かなの?」
「……というか、普段が、ああして雑音を遮っているんですよ。この世界には、余計なものが多過ぎますから……」
「お、おう……」
さすが、リアル中学二年生。
言葉のキレ味が、ハンパない。
この子、右手に包帯とか、巻いてないよね?
「でも、夢尾さんに勝とうとするんなら、そんなこと言っていられませんから」
「へえ、わざわざ本気を出してくれたって? そりゃ光栄だね」
「ええ」
揶揄うような、僕の軽口を受けても。
ヒカルくんは、あくまで真剣な眼差しで。
「だから……今日は、僕が勝ちますよ」
淡々と。
宣戦布告してくる。
「……ふうん」
たとえ、冗談だとしても。
ここまではっきりと、挑発されて。
何も感じないほど、僕の、カードゲーマーとしての矜持は。
ヌルくないつもりだ。
「それ、本気で言ってる?」
「……はい。そのためにこの数ヶ月、準備をしてきました」
確実に僕を、仕留めるために。
今日までずっと、雌伏してきたのだと。
黒髪の少年は、心情を吐露する。
それを証明するかのように、虹彩の異なる左右の瞳が、ギラギラと。
膨大な熱量を蓄えた、銀河のように。
力強く、輝いていた。
(……なるほど。ちょっとだけ、合点がいったよ)
少しだけ、疑問ではあったのだ。
如何に、気心の知れた幼馴染とはいえ。
ヤンキー風な見た目で、性格もハッキリしている、ジュリアちゃんや。
爽やかイケメンのうえ、スポーツも万能な、陽キャの代表のようなリュウセイくん。
そんな二人が、パッと見は冴えないヒカルくんと。
今もなお、仲良く行動を共にしている理由。
その根幹。
(きっと二人は、ヒカルくんの『こういう一面』に、惹かれているんだろね)
危険と魅力は、表裏一体。
少なくとも、この子には。
普通の人にはない『何か』が、滲んでいる。
だとしても。
(MTGは……僕の、居場所だ。そう簡単に、席を譲ったりなんてしないぞッ!)
取るに足らない、凡人にだって。
譲れない、矜持というものはある。
僕にとってはそれが、MTGなのだ。
「じゃあ、マリガンチェック……うん、僕はオーケーだよ」
「……僕も、大丈夫です」
互いのデッキを、所有者に返して。
手始めに、7枚の手札を補充。
先手番から順に、手札を一枚減らしてもう一度デッキからカードを引き直す必要がないことを、確認してから。
ゲームを始める。
「それじゃあ僕のメインフェイズ。【ラノエルドの沿岸】を、戦場に配置するよ」
第1ターン目の先攻。
アップキープ処理を省いた、メインフェイズ。
手札から戦場に置いたのは……
【ラノエルドの沿岸
レアリティ……レア
カードタイプ……特殊地形
〈→〉;あなたは①マナを獲得する。
1点のライフを支払う、〈→〉;あなたは〈緑〉か〈青〉のうち、選択した任意のマナを獲得する】
……という。
青と緑の2色構成となる、このデッキを安定させるための、特殊地形。
1点のライフと引き換えに、任意の色付きマナを獲得できる、通称『自傷地形』の一種だ。
さらに。
「そして、1点を支払って獲得した〈緑〉マナで、【ラノエルドのエルフ】を召喚して、ターンエンドだ」
対価として、ライフを必要としたものの。
1ターン目から、マナ加速生物を召喚できた。
クリーチャーの高速展開を良しとする、この『対立デッキ』としては、なかなか先の良い出だしである。
「……」
カリカリ、と。
こうした大会形式の試合においては、僕もライフカウンターではなく、メモ用紙を用いた互いのライフ管理を行うため。
ヒカルくんと合わせて、2人ぶんの筆音が。
小さく、机上に転がった。
(……うん、大丈夫。悪くない)
やはり、慣れ親しんだ行為はいい。
気持ちを、安定させてくれる。
初手の配当札も、なかなかに上出来だ。
試合前に、思わず動揺してしまったものの。
勝負の流れは、まだどちらか一方に、傾いてなどいない。
そう感じることのできる、初動である。
「……では、僕のターンですね。ドローカード」
そんな僕の、自己暗示を。
許さないと、言わんばかりに。
「ドローカード」
第1ターン目の、後攻。
ヒカルくんは、ライブラリーから1枚、カードを引いてから。
「【沼】をセットランド」
澱みなく。
「〈黒〉1マナを使って、【恫喝】をプレイします」
僕が、緑の代名詞である【ラノエルドのエルフ】を、召喚したように。
あちらも黒の代名詞である、『手札破壊』を。
淡々と、詠唱してくるのだった。
運命は、神が決めるものだ。
しかしお前の命を握っているのは、我々なのだ。
……邪教の首魁、ギグリス
――恫喝――




