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【15】 ドラフト

〈カケル視点〉


 先ほどまで、僕たちが週末大会フライデーの試合を行なっていた、ヲタク堂の遊戯空間フリースペースには。


 週末大会の参加者が固まった、集団から。


 やや、距離を置くかたちで。


 ワイワイ。


 ガヤガヤと。


 賑わいを見せる、もうひとつの集団があった。


「シャー! フシャー!」


「痛い痛い。ステイステイ、鎮まりなさいよ、キララちゃん」


「シャアアアーッ!」


 可愛らしい唸り声を、漏らしながら。


 僕の周囲を、ちょこまかと移動して。


 手首から先を、蛇の頭部に見立つつ。


 僕の脇腹を執拗に攻撃してくる、蛇拳使いと化した、メスガキ様を。


 そちらの集団へ、牽引していくと……


「……あっ、待って待って! 今のナシで!」


「うええ、ここで除去お!? 何枚積んでんだよ、マジで!?」


「ああもう、ここでウォーカー降臨はズルくない!? さすがに無理ゲーだし!」


 同じカードゲーム……MTGを。


 プレイしている、はずなのだけど。


 ピリピリと、空気が張り詰めていた。


 先ほどまで僕たちがいた集団とは、異なって。


 こちらの集団には、いい意味で。


 緩く、和やかな笑い声が。


 広がっていた。


「シャアアア……ん? センセ、なんかここ、あっちと空気、違くないですかー?」


 ようやく蛇拳モードを解除してくれた、キララちゃんも。


 すぐに、その違いに気付いたようだ。


 僕は笑みを深める。


「そうだね。こっちでやってるのは、あっちの最新構築スタンダード戦とは違う、即興構築ドラフト戦だからね」


「どらふと、ですかあ……?」


「うん。キララちゃんはまだ、やったことないよね? ドラフト戦」


 大きなお目目を、パチパチして。


 頭上に疑問符を浮かべる、キララちゃん。


 彼女に再び、悪い蛇が憑依してしまう前に。


 MTGにおけるドラフトというものを、手短に説明していく。


「キララちゃんは最初に、僕が売ったリサイクルデッキでMTGに入ったから、それを当たり前に思ってるんだろうけど、今のキララちゃんがやっているのは最新構築スタンダードっていう、限られた範囲ブロックのなかで、選んだカードをデッキとして組む、ゲームスタイルなんだよ」


「……? それが、普通なんじゃないですかあー?」


「うん、普通というか、一般的ポピュラーだよね。……でも、さ。正直、キララちゃんだってぶっちゃけ気付いているだろうけど、カードゲームって、たとえどんなに知識があって、腕が良くても、カード資産がないと、勝てないんだよね」


「あ、センセ。それ言っちゃいます〜?」


「だって事実だから」


 これをスポーツで、例えるなら。


 カード『資産』とは、選手が置かれた『環境』と、言い換えることができるだろう。


 たとえどれだけ、才能に恵まれて。


 努力を欠かさない、優れた選手でも。


 置かれている環境が悪ければ、それを周囲に対してアピールすることさえできず、ろくに実力を発揮できないまま、埋もれていってしまう。


 よって、自分の実力を十分に発揮できる、環境を整えること。


 即ちこれが、カードゲームにおける、カード資産に相当する。


 自分が思い描いた、理想のデッキを組むために。


 必要となるカードを。


 拡張パックを剥いたり、店舗で購入したり、友人と交換トレードしたり、と。


 様々な手段を用いて、蒐集すること。


 ここからすでに、勝負は始まっており。


 そこに大差が、ついてしまっている時点で。


 結果発表の場に過ぎない、試合において。


 好成績を、安定して残すことなど。


 現実的に不可能なのだ。


「でも、さ。そんなの、面白くないじゃん?」


「うんうん」


「そりゃあ自分の思い描いたデッキで、思い通りの試合展開ゲームメイクをかまして、勝利したときなんかは、メチャクチャに気持ち良いよ? でもさ、そのスタートラインに立てるようになるまでは、各々の道筋も時間も努力も、全然違うと思うし、そうこう準備している間に、MTGそのものへの熱が薄れちゃうことって、けっこうあると思うんだよね」


「わかるわかるっ、その通りですよっ!」


「だからMTGには、そういうガチガチのスタンダード戦以外にも、いくつかの、カード資産が少ない人でも気軽に遊べるようなプレイスタイルが、用意されていてね。そのうちのひとつが、このドラフト戦なんだ」


「へえええ〜っ! それ、なんかいい感じですねっ!」


「でしょでしょ?」


 キララちゃんの意識が、じわじわと。


 前のゲームで生じた、鬱憤から。


 新たな興味へと、移り変わってきた。


 よしよし。


 このまま押し切ってしまおう。


「でね、この即興構築ドラフトの流れを簡単に説明すると、まずは参加人数や、ゲームに使用する拡張パックを決めてから、参加者がそれぞれ大体3パックずつぐらいを、お店で購入してもらいます」


「ふむふむ」

 

「で、改めて参加者で長机テーブルを囲みながら、その場でまずはひとつだけ、他の人には見えないように、パックを剥いてもらうんだよ」


「ん? なるほど?」


「そしてそのなかから1枚、カードを選びます」


「ほう?」


「で、残ったカードを全部、時計回りに、隣の人に回します」


「ほうほう?」


「そして自分も、隣の人から回ってきたカードを受け取って、その中からまた1枚、カードを選んでから、次の人へ回します。1パックぶんのカードが無くなるまで、この手順を繰り返し(エンドレス)ね」


「あ、なるほどお! そうやって、その場で選んだカードでデッキを作るから、選抜ドラフトって言うんですねえ!」


「そうそう」


 さすが、現役中学生。


 若者は、理解が早い。

 

「そうすると単純計算で、15枚入りの拡張パックを、3つも剥けば、45枚のカードを確保できるから、あとは土地さえあれば、不必要なカードを削いだ40枚程度のデッキが、組めるはずなんだよ」


「え、なにそれ!? ちょっと、普通に面白そうなんですけど!」


「ちなみにヲタク堂(うち)は、来店ポイントなどをご利用していただくことで、ドラフト用の土地カードをレンタルするサービスを行なっているから、ご利用は計画的に」


「サービスが手厚い〜っ♡ 高評価〜あ♡」


 なんて、少しふざけながらも。


 ドラフトという、ゲームスタイルに。


 興味を持ってくれたらしい、キララちゃん。


「そっかそっか、たしかにそのやり方だと、みんなゼロからのスタートですから、戦う前からデッキで負けているとか、ありませんよねえっ!」


「まあそのぶん、開封したパックの内容(リアルラック)に勝敗の要素が傾いちゃうけど、それはそれで、楽しいもんさ」


 完全に平等な、競技など。


 厳密には、存在しない。


 大なり小なり。


 運という不確定要素が、絡んでくるものだ。


 それもまた、勝負事の妙だろう。


「それに、さ。ドラフトとスタンダードでは、カードにも、プレイヤーにも、求められる『強さ』の評価基準が全然違うところも、魅力なんだよね」


「……? どういう、ことですかー?」


「例えばスタンダードだと、クリーチャーなんて除去される前提だし、優秀な呪文が、手札に揃っていて当たり前。土地比率マナバランスだって簡単に事故らないよう、調整されてデッキが組まれている。そうでしょ?」


「あ、う、うん。たしかに、そうですね〜っ!」


 つい、このあいだ。


 土地比率を無視した、多色デッキを組んで。


 苦い思いをしたばかりの、メスガキ様は。


 若干瞳を、泳がせていた。


 可愛かわよ。


「でもドラフトでは、パックの内役的に、そもそも除去呪文の存在そのものが貴重になってくるんだ。だからスタンダードなら、見向きもされないような効率の悪い除去呪文でも、こっちでは、重宝されちゃうんだよね」


「なるほど〜」


「クリーチャーだって、そう。たとえスタンダードでバカ強くても、序盤で引くとか、頭数が揃えるとかの、前提条件を満たさないと真価を発揮できないタイプのカードは、ドラフトでは評価が低かったり、そうじゃなくて、単騎でちゃんと強くても、召喚するのに複雑なマナコストや制限がかかっているカードっていうのは、サポート用の特殊地形がほとんど使えないドラフトでは、そもそも召喚ができないから、現実的な選択肢にはなり辛いんだよ」


「ん? あー、住むところが違えば、常識も違っちゃう? みたいなー?」


「大体そんな感じかも」


 いや、ちょっと本当に理解してくれているのか、怪しい発言だけどね?


 でもあんまり、時間がないから。


 この場で深く、追求はしない。


 なんとなくでも、最新構築スタンダード即興構築ドラフトって、全然違うんだなーっと。


 思ってもらえれば、それで十分だ。


「あとプレイング。使えるカードに対する、最低限の理解は共通だけど、スタンダードでは重要視されている事前調査リサーチなんかが、ドラフトでは通用しない。むしろ変な先入観は、邪魔になるくらいさ」


 下手に『このカードは強い』という知識が、あるせいで。


 そういったカードにばかり、固執して。


 仕上がったデッキ全体のバランスが崩れちゃってることも、ドラフトでは『あるある』だ。


 ま、ドラフト上級者なんかになってくると。


 余裕があるときに、他人に回るとヤバそうなカードを、あえて選択カットすることもあるのだけれど。


 そういう技法テクは、今回は割愛。


「ドラフトで必要なのは、事前の調査よりも、その場の判断力。参加者グループのなかで回ってくるカードから、自分の必要なカードを選択するだけじゃなくて、その場の『流れ』から、このあとも『自分に回ってきそうなカード』と『そうでないカード』を、臨機応変に読み取って、取捨選択すること。これには自分のことだけじゃなくて、周りの人の表情や反応から、情報を読み取る観察力なんかも、必要になってくるね」


 たとえば、途中まで。


 赤を主体に、カードを集めていたけど。


 上座から赤のカードが、ほとんど流れてこない場合。


 今後も獲得できないと、見切りをつけて。


 潔く、他の色集めに切り替えるとか。


 逆にこの流れだと、自分以外に緑のカードを集めている気配がないから、そこそこ人気はあるけどすぐにはとられそうにないカードを、あえて見逃して、別のカードを確保しておくとか。


 そういった、判断力と観察力に優れた。


 地頭の良い人間が、本領を発揮できる戦場こそが。


 ドラフト戦であると、僕個人は考えている。


 その証拠に。


「……っしゃー! これでズドン! 討ち取ったりーっ!」


「んあああああっ!」


 たった今、大人の常連客を相手にして。


 堂々たる勝鬨を、あげたのは。


 即興構築こちら戦を主戦場とする、金髪プリン頭の中学生であった。


「あ、ジュリリ。こっちに参加してたんだ」


「そうだね。ヒカルくんやリュウセイくんたちと違って、ジュリアちゃんは即興構築こっちに、カード目当てで参加していることが多いいね」


「え? カード目当てって、もしかしてカードを、貰えるんですかあーっ!?」


「そのときの取り決めによりけりだけど、まあ、うちでは大体そうだよ」


 なにせ、運営公式となる、スタンダード戦とは異なって。


 身内で行う、ドラフト戦では

 

 優勝しても、賞品が出ないのだ。


 その代わりに、参加者たちは。


 ドラフトで使用したカードを、試合後に、すべて開示して。


 優勝者から、順番に。


 一枚ずつ、欲しいカードを、獲得ゲットして。


 賞品代わりとする場合が、多い。


「だから、優勝賞品的な視点で見た場合は、スタンダード戦の優勝者しか獲得できない、ご褒美パックの3枚ぶんよりも、ドラフト戦の参加者×(かける)購入パックぶんのなから選んで獲得できるカードのほうが、質も数も、お得(アド)なんだよね」


「たしかにたしかにっ!」


「だからジュリアちゃんは、公式試合に出れば獲得できるMTGのポイントを捨ててまで、こうしてドラフト戦で、カード資産を稼いでいるんだよ」


 カード資産が足りていない、幼馴染たちのために。


 己の時間を消費して、それを埋めようとする献身は。


 まさしく内助の功と、称賛すべき行動だ。


「あー、ジュリリ、たしかにそういうトコ、ありますよねー。ああ見えて、けっこう面倒見がいいっていうか。姉御肌? みたいな」


「それに性格もしっかりしているから、相手をしていて、気持ちいいしね」


 悪いことは、はっきり悪いと言って。


 良いことは、良いとちゃんと認めてくれる。


 そんなジュリアちゃんの人となりに魅了された、常連客は、意外と多くて。


 実は、うちのお店では。


 アリスとは違うベクトルの、アイドル的な存在として。


 密かな人気を博しているのだ。


「ふーん、ふーん……」


「……? キララちゃん?」


「で、けっきょくセンセは、ドラフト(これ)をキララに見せて、なにが言いたいんですかあー?」


 ちょっと、奇妙な間を感じたものの。


 そろそろ、次の試合が迫ってきている。


 さっさとまとめちゃおう。


「うん。要するに、さ。MTGに限らず、物事って、ちょっと視点を変えれば色んな可能性が見えてくるんだから、ひとつの視点にこだわらずに、色んな視点で世界を楽しんだほうが、お得だと思うし、きっと楽しくない?」


「……えー。センセ、もしかして、お説教してますう〜?」


「というより、アドバイスだね。それをどう受け取るかは、キララちゃん次第」

 

「え〜っ♡ なにそれ、うっざ〜いっ♡」


 なんて。


 息するように、毒を吐きつつも。


 その表情は、先ほどよりも随分と。


 ご機嫌を、回復させたようで。


「でもま、たしかに終わったことを、いつまでもウジウジ引きずるのは、キララも好きくないですからね〜っ! 仕方ない、ここはやさしいキララちゃんが、大人になってあげますか!」


「お、その意気その意気。そして次こそは目指せ、初勝利だっ!」


「もっちろんですよ〜っ♡ っていうか、センセの方こそちゃんと、キララの敵討ちをしてくださいねえ〜っ♡」


「あれ? やっぱまだ、根に持ってない?」


「それはそれ、これはこれっ♡」


 そんなこんなで。


 わりと、時間ギリギリに。


 週末大会フライデー勝負空間フィールドに戻った、僕たちは。


 第一試合の結果が書き込まれたトーナメント表を、確認した後に。


 お互いに、次の対戦相手が待ち受ける、長机へと向かう。


 当然、僕の席には……


「……」


 シャッシャッシャ、と。


 無言のまま、念入りに。


 デッキをシャッフルする、黒髪の少年がいて。


「お待たせ、ヒカルくん」


 一応、僕の方から声をかけると。


 ヒカルくんは、顔を上げて。


 長い前髪で目元が覆われた顔を、ムクリと。


 こちらに向けるのだった。


「……お、遅かったですね、夢尾さん」


「ごめんごめん、ちょっと野暮用でね」


「……」


 すると、ヒカルくんは。


 鬱蒼とした前髪で、隠れた視線を。


 僕たちから離れた長机に着席した、キララちゃんへ向けて。


「……ま、また、アイツですか」


「こらこら、女の子にアイツは、失礼でしょ? せめて苗字とかで呼びなさいよ」


「……」


 僕の、真っ当な忠告に。


 むしろ、不満そうな気配を滲ませている。


 ううん……。


 やっぱりこれは、良くないなあ……。


「別に、さ。ヒカルくんがMTGに対して、真剣に取り組んでいることは、知っているし、嬉しくも思っているから、それはとても良いことだとは思うよ? だけどさあ、もうちょっと他のことにも視野を広げて――」


「――『そんなこと』より、も」


 珍しく。


 僕の口上を、遮ってまで。


 ヒカルくんが、自分の意見を口にした。


「……ゆ、夢尾さん、そんなんで、良いんですか? もう大会まで、あんまり、じ、時間が、ありませんよね? まだデッキだって、決まって、いないんでしょう? それなのに、そんなことばかり気にしていて、本当に、い、良いんですか?」


「……そんなこと。キミには、関係ないだろ」


「……か、関係、ありますよ」


 少しムッとした、僕の発言を。


 ヒカルくんは、即座に否定して。


「だって――」


 懐から取り出した、半円髪留カチューシャで。


 目元を隠す前髪を、まとめて掬い上げながら。


「――夢尾さんは、僕の、好敵手ライバルなんですから」


 普段のどもりを、声音から捨てて。


 墨汁のような黒と。


 真珠のような白。


 左右で色彩の異なる、虹彩異色症オッドアイで。


 真っ直ぐに。


 僕を、睨め付けてきたのだった。


 血も皮も。

 骨も肉も。

 生も死も。

 

 貴方の全てを、捧げなさい。


 そうすればひとつだけ、真実を、教えてさしあげましょう。


 ――真血の教示者――


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