【00】 序
相変わらず作者の癖が詰まった作品ですが、何かが誰かに少しでも突き刺さって、一時でも楽しんでいただけたなら、幸いです。
〈???視点〉
今でもたまに、夢に見る。
全てが目まぐるしく変化する、視界に反して。
ゆっくりと流れる、極限集中の世界の中で。
路上を震わせる振動。
耳をつんざくような駆動音。
両手で抱える人の重さと、熱。
ドクンドクンと、早鐘を打つ心臓。
焦燥して。
動揺して。
それでもなお、手を離そうとはしない僕に……ズドンッ!
衝撃。
回転する世界。
暗転する視界。
消失。
……。
…………。
………………。
いつもそこで、夢から覚めて。
残酷な現実が、僕を待っている。
⚫︎
「……アンタップ」
鈴の音を、転がすような。
少女特有の。
瑞々しく、凛とした。
艶のある美声が。
色素の薄い唇から、紡がれた。
同時に、白魚のような指先が踊って。
長机上に敷かれた、札用敷物に並ぶ、彼女の所有する戦場の盤面札が、数枚。
使用不可を示す、横向き状態から。
使用可能を示す、縦向き状態へと。
軽やかに、整えられていく。
「アップキープ」
次いで、本格的なメインフェイズへと。
移行する前に。
それ以前の手番によって発生する、引き継ぎ対価の支払いや、対戦相手による妨害の有無の確認。
それがある場合の対策や。
通す場合の代償などを。
順次、処理していくことで。
戦場が、適切に整理されて。
ようやく彼女の時間が、動き始めた。
「ドローカード」
山札の上から、1枚だけ。
カードを引いて、手札に加える。
アップキープ処理によって変化した、戦場の盤面札と。
今回のドローによって、更新された手札。
それらを鑑みて。
しばし、考え込む少女。
「……」
世界的な対戦型札遊戯である『マギライト・ザ・ギャザリング』……通称『MTG』における、遊戯開始時の手札は、手番終了時の最大保持枚数でもある、7枚だが。
これまでのターンで、数枚ほど。
彼女は手札を消費していたために。
今は6六枚となる、手札と。
それらを使用するために……あるいは、戦場に並ぶ盤面札の能力を、起動させるために。
必要とされる、エネルギー。
即ち『魔力』の源泉となる、戦場に配置された、土地の枚数や。
それ以外の、戦場に居並ぶ召喚生物や神秘機構、魔力付与や盟友英霊たち、瞬間呪文や詠唱呪文などから生み出された擬似生物に、第二の山札とも呼ばれる墓地の状態を。
自分と相手の、2人ぶん。
全てを、一瞥にて。
判別。
判定。
判断。
必要な情報を、取捨選択。
次いで、若干14歳の才女は。
「……」
英国人との四半混血である、透き通った青眼を。
自身の手元から、長机を挟んだ対戦相手……つまり『僕』へと向けて。
そのまま固定してしまう。
すると生来の、個人的な資質として。
表情の変化が、乏しいために。
西洋人形じみた、白皙の美貌から。
その内心を、読み取ることが。
非常に難しくなってしまうのだ。
理想的な、無表情。
そして生物として不自然なほどの、感情の欠落や、抑制は。
戦場を支配する、緊迫感となって。
空気がヒリついてく。
ゾワゾワと、背筋が粟立った。
「……」
というか、だ。
そもそもである。
対人遊戯特有の、駆け引きを抜きにしても。
これほどまでに美しい存在を、前にして。
しかも堂々と、正面から見つめられて。
平常心を保てというのが、酷な話だ。
混血ゆえの、黄色人種とは一線を画す、透き通るような白色人種に近い肌色。
しかし四半混血ゆえに、顔立ちの彫り具合は。
本家ほどに、深くなく。
むしろ多くの日本人が、美しいと感じるであろう、絶妙な塩梅で。
妖精じみた美貌を、生み出していた。
また、父親譲りである。
黄金を梳ったような、見事な金髪や。
澄んだ湖面を想起させる青瞳が。
この辺りでは知らない者はいない、有名なお嬢様学校の制服と、見事なほど調和している。
結論として。
TVやSNSでもお目にかかれないような、とびきりの美少女が。
長机を挟んでいるとはいえ。
至近距離から。
今年で32歳を迎えた立派な中年である僕……夢尾カケルを。
直視しているのだった。
(相変わらず、凄い『圧』だなあ……)
美人は三日で、見飽きるというが。
僕の『記憶がない時期』を合わせれば、ゆうに十年を超える付き合いである少女……嘉神乃原アリスの美しさに。
いまだ、見慣れることはない。
というか、彼女はまだ14歳。
中学2年生。
成長期の、真っ盛りなのだ。
身長こそ伸び悩んでいる様子なものの、体型や肉付きは順調に……といには些かに早熟過ぎるほど……成長しているため、顔を合わせるたびに、その美貌に磨きがかかっていく年頃である。
そりゃ、見慣れるわけがない。
とうに成長期を終えた、三十路オーバーの僕なんかとは、生物としての新陳代謝が違い過ぎる。
そして、女子中学生と三十路男。
本来であれば、住む世界が違う。
2回りほども世代の離れた、男女が。
こうして、同じ目線の遊戯者として。
長机を挟んで、対峙している光景は。
対戦型の札盤遊戯ならでは妙、ではないだろうか。
ともあれ。
(この『圧』に……普通の人なら、心を、乱しちゃうんだろうけど……)
以前からアリスを知っている、僕に限っては。
決してゼロとは、言わないが。
その負荷は。
これでもかなり、軽減されている。
むしろ、こうした重圧は。
実践を想定した上での、非常に有益な訓練であるといえるよう。
望むところだ。
バッチこい。
「……私の、メインフェイズ。土地を配置して、ターンエンドです」
五秒に満たない、静寂ののち。
アリスが選択したのは。
自分の手札から、新たな土地である【島】を1枚、戦場へと追加するだけ。
たったそれだけの行為に。
数秒間という『含み』を持たせたことで。
対戦相手である僕は、アリスの内心を……その手札を。
推察して。
予想して。
今後起こり得る展開に、思考を巡らせることを。
余儀なくされる。
それは、無駄な行為に終わるかもしれないが。
怠っていれば、決して勝率は伸びない。
必要な行為。
駆け引き。
読み合い。
騙し合い。
まさしく対戦遊戯の醍醐味だ。
「じゃあ、僕のターン……アンタップ、アップキープに、ドローカード」
手番が、アリスから僕へと回って。
ドローに至るまでの、フェイズ処理中。
予想通り、彼女からの妨害行為はない。
(当然か。今日のアリスが使っているのは、否認デッキ。僕の本命カード以外は基本的に、通してくれるはず)
そのはずなのに。
「……」
特に何も起きない、フェイズ処理の間も。
一瞬たりとも、目を離さずに。
無言のまま……じっと。
美しき青眼が、僕の一挙一動を。
捉えて離さない。
本当に、凄まじい重圧だ……っ!
「……ふう。じゃあ僕の、第一メインフェイズ」
だけど、それもさもありなん。
このゲームはすでに、4ターン目の後手に突入している。
そして、その場で山札を組みながら遊戯する即興戦と異なり、互いに準備万端で組んだ山札を用いて挑む最新構築戦において、4ターン目とは。
デッキが、事故っていない限り。
おおよその趨勢が、透けて見えてくる頃合いだ。
つまり。
(速攻デッキの僕は、ここで決定打を通しておかないと、この後がジリ貧……)
持ち点『20』から始まる生命力レースは。
現時点で、僕が無傷の20点と。
アリスの15点で。
僕がやや、先行している形だが。
魔力の源である、土地を蓄え。
手札を揃えた、否認デッキとは。
ゲーム後半になるほど、1点を削るのが。
死ぬほど高いハードルとなる。
だからこそ、可能な限り。
(……このターンで、流れを掴んでおかないとッ!)
見下ろす戦場に居並ぶ、僕の盤面札は全部で6枚。
基本地形である【森】が、3枚と。
召喚生物である【ラノワルドのエルフ】【襲撃するジャガー】【大河を渡る大蛇】が、合計で3枚。
あとは、手札が6枚。
そして召喚生物の能力は、各々が以下の通り……
【ラノワルドのエルフ 〈緑〉
レア度……コモン
カードタイプ……召喚生物『エルフ』
1/1
〈→〉;あなたは〈緑〉マナを獲得する】
【襲撃するジャガー 〈緑〉
レア度……コモン
カードタイプ……召喚生物『猫』
2/2
〈残響〉;〈森〉】
【大河を渡る大蛇 〈緑〉①
レア度……アンコモン
カードタイプ……召喚生物『蛇』
2/1
島渡り;これは対戦相手が【島】をコントールしている限り、ブロックされない。
〈緑〉;ターン終了時までこれは〈不壊〉を獲得する】
……というもの。
(後攻なのに、初手がキツかったから一度やり直ししたのに加えて、1ターン目に理想的な【ラノエ】じゃなくて、〈残響〉持ちの【ジャガー】になっちゃったのが、痛かったけど……)
召喚生物が有する能力のひとつ。
〈残響〉とは。
MTGの公式ルールにおいては『あなたのアップキープの開始時に、これが直前のあなたのアップキープ開始時よりも後にあなたのコントロール下になっていた場合、その残響コストを支払わない限り、これを生贄に捧げる』というものであり。
もっと噛み砕いて、説明すれば。
支払う召喚コストに対して、そのカードが『同じ召喚コスト域のカードよりも強化されている』反面で。
召喚した次のターンに、もう一度指定された〈残響〉コストを支払わなければ、勝手に戦場から退場してしまうという。
誘発型の、負債能力。
対して【ラノワルドのエルフ】が有する起動能力は、カードを〈→(タップ)〉状態……縦向きの使用可能状態から、使用不可状態を示す横向き……にすることで。
基本土地である、【森】のように。
本体から〈緑〉マナを生み出す、マナ加速となる。
いかに、召喚生物としての骨格である、パワーとタフネスが。
1/1……つまりパワーが1、タフネスも1と。
最弱値である【ラノワルドのエルフ】と比して。
2/2……と、パワーもタフネスも。
同じ1マナの【襲撃するジャガー】が、上回っていたとしても。
ゲーム展開を重視する、速攻にとって。
1ターン目に召喚することで2ターン目以降からのマナ加速が見込める【ラノワルドのエルフ】と、2ターン目に生じる〈残響〉コストによって、その後の展開がワンテンポ遅れてしまう【襲撃するジャガー】とでは。
基本的には、前者の方が。
優位な展開である、と。
言わざるを得ない。
それが、初手にできなかっために。
仕方なく、次善を選択すれば。
1ターン遅れで欲しかったカードをドローしてしまうという、理不尽あるあるが、今回のゲームで僕に降り注いだ女神の試練だった。
とはいえ。
(今のドローで、一応の、勝ち筋は掴めた……後はそれを、否認デッキ相手に、押し通せるかどうか……)
ゴクリと、鳴りそうになる喉元を。
意思の力で、押さえつけて。
緊張を、表情には出さないまま。
努めて、淡々と。
僕は、戦いの火蓋を切る。
俺たちの森の小枝を、踏み折ったんだ。
その指をへし折って、償ってもらうぞ。
――ラノワルドのエルフ――




