表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒイラギの散る廃屋で  作者: 都桜ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

6:互いの力の認識と“相棒”

 嵐のような咆哮と衝撃が去った後の廃屋に、ようやく本来の静寂が戻ってきた。

 開け放たれたままの窓からは、外の日常を象徴するかのような、春を予感させる柔らかな風が吹き込んでいる。


 つい数分前までこの空間を支配していた死の冷気は、その風に洗われるようにして薄れ、どこか遠くへ消え去っていった。


 埃の舞う古い床板の上には、先ほどまで修二の右腕の周りを猛烈な勢いで舞っていたヒイラギの葉が、その役目を誇るかのように数枚、重なり合って落ちていた。

 馨はゆっくりと腰を屈め、その中の一枚を指先で拾い上げた。


 常緑樹特有の硬い質感を湛えた緑の葉。その縁にある鋭い棘を指の腹でそっとなぞり、そこから伝わる微かな痛みに、先ほどの光景が現実であったことを再確認する。


「……浄霊では、どうしても届かない霊がいる。今日対峙してきたあのような、対話を完全に拒み、ただ周囲へ害意を撒き散らすだけの存在に、僕は道を示すことができない」


 馨の声は、静まり返った廃屋の中で、自分自身に言い聞かせるような重みを持っていた。

 彼は修二の方へと向き直り、指先にある一枚のヒイラギの葉を、まるで聖なる証を差し出すように彼へと向けた。


「でも、君なら……君の持つその力なら、彼らの呪縛を断ち切り、この場所を、そして人々を護ることができる。それは、どれほど言葉を尽くしても、僕には決してできないことだ」


 馨の言葉には、自らの限界を認める潔さと、それ以上に、目の前の青年が成し遂げたことへの深い敬意が込められていた。

 これまで、浄霊師として独りで霊と向き合い、対話が通じない悪意に直面するたびに味わってきた無力感。それが今、この男の存在によって初めて塗り替えられたのだ。


 修二は差し出された葉を無造作に、ぶっきらぼうな手つきで受け取った。そして、それを窓から差し込む斜陽に透かして眺める。

 彼の瞳は相変わらずどこか焦点がズレてはいたが、その横顔には、馨が最初に感じたような荒々しさはすでになかった。


「……逆だよ、馨さん」


 修二は短く、吐き捨てるように言った。その声には、謙遜とも、照れ隠しとも取れる不思議な響きがあった。


「俺だけの力じゃ、さっきのは逆立ちしたって無理だった。

 音は確かに聞こえる。どこかにヤバい奴が居ることくらいはわかる。だがな、結局それだけだ。どこを狙えばいいのか、そいつが何を考えていて、いつどこへ跳ぶのかなんて、俺にはさっぱりわからねえんだよ。

 ……俺は、ずっと霧の中で闇雲に暴れているだけだった」


 修二は葉を光にかざしたまま、言葉を継ぐ。その指先がわずかに震えたのを、馨は見逃さなかった。


「あんたが、位置を正確に教えてくれた。あんたの言葉が、俺の耳に届いた。あの一瞬、あんたが俺を導いたからこそ、俺はあの化け物の剥き出しの核を、迷わず叩けたんだ。

 あんたの目がなきゃ、俺は今頃、この家ごと自爆して終わってたぜ」


 修二のまっすぐな言葉に、馨は驚いたように目を見開いた。

 自分にとっては、ただ見えている真実を必死に伝えただけに過ぎない。だが、音と気配だけの暗闇の中で戦い続けてきた修二にとっては、馨の声こそが、混沌とした暗闇の中に一本だけ鮮烈に引かれた白く光る救いの道のような役割を果たしていたのだ。


 見える者と、払う者。そのどちらが欠けても、この結末には辿り着けなかった。

 馨はふっと、それまで張り詰めていた硬い表情を解き、清々しい笑みを浮かべた。

 それは、重い荷物をようやく誰かと分け合えた時にこぼれるような、静かで深い微笑だった。


「浄霊と除霊。きっと、その片方だけでは、この世に満ちる歪みを正すには足りないんだろうね。……でも、二人でやれば、どんな深い闇であっても。救うべきものはすべて救えるし、救えないものは、せめて僕たちの手で終わらせることができる」


 その言葉に含まれた重みと、そこに秘められた契約にも似た約束を反芻(はんすう)するように、修二はしばらく黙っていた。やがて、彼は決まり悪そうに鼻の頭を指で擦ると、自然な動作で馨の隣に並び、窓の外の景色を眺めた。


「……相棒って、そういうもんか。悪くねえな」


 ぶっきらぼうな言い方だったが、その声に拒絶の色は一欠片(ひとかけら)もなかった。むしろ、自分の半身を見つけたような、微かな安堵さえ滲んでいる。

 馨は「そうだね」と短く応じ、二人はどちらからともなく歩き出した。並んで歩くその足取りは、先ほどこの家を訪れた時よりも、ずっと確かなものになっていた。


 錆びついた門扉を抜け、二人は連れ立って廃屋を後にする。

 主を失い、長く淀んでいた悪意すら消え去った家。

 主の思い出も、後に残った呪いも、すべてが精算されたその庭の片隅で、役目を終えたはずのヒイラギの葉が一枚だけ、名残惜しそうに、けれどどこか晴れやかに、春を運ぶ風に吹かれて揺れていた。


 夕暮れの街路樹の影が長く伸びる中、二人の影は重なり合い、溶け合いながら、新たな物語の始まりを予感させるように続いていた。



(C),2026 都桜ゆう(Yuu Sakura).

  ヒイラギの花言葉   

    「保護」「防御」

    参考

    https://hananokotoba.com/hiiragi/

    https://hanakotobank.net/hiiragi/



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ