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第08話:金型革命、澱粉のベッドに寝かせて

隣国のクロエ王女との商談が成立してからというもの、私の生活は一変した。

宿屋の一室を借りて細々と続けていたグミ作りは、今や村の外れに急造された「エリアーヌ・グミ製作所」へと舞台を移している。

だが、ここで新たな、そして深刻な問題が浮上していた。


「……足りない。全然足りないわ! 木型を彫るスピードが、注文の数に追いついていないじゃない!」


私は山積みになった発注書を叩き、天を仰いだ。

これまでの作り方は、職人に彫らせた木型にゼラチン液を流し込むという古典的な手法だ。

しかし、木型は高価で、何より一度に作れる数が限られている。グミが固まるまで型を占領してしまうため、回転率が絶望的に悪いのだ。


「お嬢様、落ち着いてください。職人たちも不眠不休でノミを振るっていますが、相手は隣国の国家予算ですよ。物理的に無理があります」


ロランが呆れたように、削りかけの木型を指差す。

隣国の王女が「この弾力は国家の宝よ!」と宣伝してしまったせいで、グミの需要は爆発的に膨れ上がっていた。


(……くっ、現代日本の工場なら、シリコン型や金属型でガシャンガシャン量産できたのに。この中世風異世界で、どうやって安価に、かつ大量の型を確保すればいいのよ)


私は記憶の引き出しをひっくり返す。

前世で見ていた、お菓子工場の製造ライン動画。そこには、不思議な光景が映し出されていた。

黄色い粉が敷き詰められたトレイ。そこにスタンプのようなものでボコボコと穴を開け、液体を注いでいく様子。


「――そうだわ! 『スターチモールド法』よ! なぜ今まで忘れていたのかしら!」


「スターチ……? またお嬢様の奇妙な呪文が始まりましたね」


「ロラン、今すぐ村中のコーンスターチ……いえ、トウモロコシ粉をかき集めてきなさい! 澱粉でんぷんこそが、この難局を打破する救世主よ!」


私はロランを追い立てると、自分は実験用の大きな木箱を用意した。

数時間後、集められた大量の粉を前に、私は不敵に笑う。

やり方は驚くほどシンプルだ。


まず、平らな箱の中に澱粉の粉を隙間なく敷き詰める。

そこに、作りたいグミの形をしたスタンプを押し付けて、窪みを作るのだ。

その窪みこそが、グミを流し込むための「使い捨ての型」になる。


「いい、ロラン? 見ていなさい。こうしてスタンプを……えいっ!」


私が用意した、クマの形をした木片を粉に押し付ける。

粉をどけると、そこには完璧なクマの形の穴が残っていた。


「ほう……なるほど。これなら木を彫る必要はない。粉に穴を開けるだけなら、子供でも一瞬でできますね。でもお嬢様、こんな粉の穴に熱いゼラチン液を流し込んだら、形が崩れて粉まみれのグミになるんじゃないですか?」


「ふふん、そこがこの『澱粉のベッド』の魔法なのよ」


(澱粉には高い吸湿性がある。液体のグミを流し込んだ瞬間、周囲の粉がグミの表面の余分な水分を吸い取ってくれるのよ。そうすることで、表面に薄い皮膜ができ、形が崩れるのを防いでくれる。さらに、周囲が粉に包まれているからこそ、乾燥も効率的に進むの!)


私は慎重に、煮詰めたシロップをその穴へと滴下していく。

粉の穴は、重力に負けることなく、しっかりと液体を受け止めた。

そのまま一晩寝かせ、翌朝。


私は粉の中から、固まったグミを掘り起こした。

表面にはうっすらと粉がついているが、それを払うと、そこには木型で作った時よりもエッジの効いた、完璧な造形のグミが現れた。


「……できた。金型革命の完遂よ!」


「すごい……! これなら、粉を平らにしてスタンプを押すだけで、一度に何百個も型が作れる! しかも使い終わった粉は、乾燥させれば何度でも再利用できるじゃないですか」


「その通りよ。職人を雇う必要も、高価な素材もいらない。ただの粉が、最高の金型に変わる。これが効率化という名の勝利よ!」


(科学の力は素晴らしいわ。澱粉の粒子が水分を調節してくれるおかげで、食感もさらに安定した。これこそが、かつて日本で愛されたグミたちが辿ってきた量産の歴史なのよ)


私たちはさっそく、即席の量産ラインを構築した。

ロランが粉を敷き詰め、私がスタンプを押し、村の人々が液を流し込む。

作業効率はこれまでの数十倍に跳ね上がった。


村の人々は、自分たちが作った「宝石のようなお菓子」が、次々と箱に詰められていく様子を見て、興奮を隠せない。

追放された当初、私を「頭のおかしい元令嬢」と見ていた視線は、今や「富をもたらすグミの女神」への敬意に変わっていた。


「エリアーヌ様、これなら王女様の注文だけじゃなく、他の国への輸出も夢じゃありませんね!」


「当たり前よ。私の目標は世界中の顎を支配することなんだから。さあ、次はもっと複雑な形に挑戦するわよ。二層構造のグミとか、中にジュレを入れたタイプとか……」


「お嬢様、ほどほどにしてくださいよ。俺の腕がスタンプの押しすぎでパンパンなんです」


ロランのぼやきを聞きながら、私は澱粉の海を見つめた。

努力は報われる。それも、ただがむしゃらに頑張るのではなく、知識と工夫を掛け合わせることで、想像もしなかった大きな成果として。


(断罪されたあの日、私はグミさえあればいいと思っていた。でも、今は違う。私の試行錯誤が、こうして村を豊かにし、人々に活気を与えている。……悪役令嬢としての人生も、案外悪くないわね)


澱粉のベッドで静かに眠る、何千ものグミたち。

それらは、私の野望の種。

私は粉を払い、誇らしく胸を張った。


(誰にも、私のグミは噛み切らせないわよ!)


私は、作りたてのクマ型グミを口に放り込み、その最高の弾力を噛み締めた。


お読みいただき、ありがとうございました。

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