第07話:グミ商談、王女を噛み締めさせる
その日は、宿屋の前に見たこともないような豪華な馬車が止まっていた。
現れたのは、隣国サンルイ公国の第一王女、クロエ姫。
彼女は眉間に深い皺を刻み、今にも誰かに当たり散らしそうな険しい表情で、私の前に立った。
「あなたが、あの『魔法の止血剤』を作ったという令嬢ね。……でも、私の目的はそっちじゃないわ。あなたの作る『グミ』とかいう奇妙なお菓子。それを出しなさい」
どうやら、私の止血剤を買った商人が、ついでに持ち帰った試作グミを彼女に献上したらしい。
私は優雅に一礼し、最高傑作の「ベリー&雷レモン・ハードグミ」を差し出した。
「クロエ様、お疲れのご様子ですね。どうぞ、こちらを。ただし、飲み込まずに、最低でも三十回は噛んでくださいませ」
「……なんですって? 王女である私に、そんな下品な真似を……」
「いいから、噛むのです。これは命令ではなく、治療だと思ってください」
私の迫力に押されたのか、クロエ様はしぶしぶ一粒を口に含んだ。
そして、私のグミ特有の「強烈な反発力」に一瞬驚きながらも、懸命に顎を動かし始めた。
(そうよ、もっと噛んで。奥歯でしっかり、リズムよく。それがあなたの脳を救うんだから)
十回、二十回。
最初はイライラした様子だった彼女の顔から、次第に険しさが消えていく。
三十回を過ぎる頃には、彼女の瞳に穏やかな光が戻っていた。
「……あら? なんだか、あんなに重苦しかった気分が、急に軽くなったような気がするわ。不思議ね。この食感、なんだか無心になれるというか……」
「それは魔法ではなく、科学ですわ、クロエ様。人間はリズムよく『噛む(咀嚼)』という行為を繰り返すことで、脳内の神経伝達物質『セロトニン』が分泌されるのです」
(セロトニンは別名『幸せホルモン』。これが増えると、精神が安定し、ストレスやイライラが緩和されるのよ。現代社会のストレスに晒された社畜たちがグミを好むのは、本能的にこの癒やしを求めているからなの!)
「幸せホルモン……。たしかに、噛み締めるたびに、イライラがこの弾力に吸収されて消えていくみたいだわ。それに、この甘酸っぱさが鼻に抜ける感覚。……最高よ。これ、もっとないの!?」
「ふふ、気に入っていただけて光栄ですわ。噛むことは脳の血流も良くしますから、政務でお疲れの王女様にはぴったりのサプリメントです」
クロエ様は、先ほどまでの傲慢さが嘘のように、目を輝かせて二粒目に手を伸ばした。
「決めたわ。このグミ、我が国で独占販売契約を結びたいの! もちろん、予算は言い値で構わないわ。国民のメンタルケアにも役立つはずよ!」
(大口顧客、ゲットだわ! 止血剤で稼いだ信頼が、最高の形で本業に繋がった!)
「ロラン! 隣国との商談成立よ! 至急、増産の準備に取り掛かって!」
「お、お嬢様……。ついには王女様まで『噛む中毒』にしてしまうなんて。本当に恐ろしい……」
ロランの呆れ声をBGMに、私はクロエ様とがっちり握手を交わした。
私のグミが、国境を越えて人々の心を「弾力」で救い始めた瞬間だった。
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