第06話:想定外の副産物、最強の止血剤
研究には失敗がつきものである。
だが、その失敗がとんでもない奇跡を呼び起こすこともあるのだ。
(……やってしまった。火力を惜しんで魔石の出力を上げすぎたわ。これじゃグミ液じゃなくて、ただの超高濃度接着剤じゃない!)
私は宿の裏庭で、ドロリと粘り気の強い、異様に濃いゼラチン液の詰まった鍋を前に頭を抱えていた。
ロックリザードの皮を限界まで煮詰め、さらに魔法で水分を極限まで飛ばしすぎた結果、それは冷えるのを待たずして、空気に触れたそばから驚異的な粘着力で固まり始めていた。
「お嬢様、何ですかその不気味な塊は。……あ、ちょっと触ってみ……痛っ!?」
「あ、危ないわよロラン! それはまだ実験中で……って、あら?」
不注意に鍋の縁に触れたロランが、鋭利な魔物の皮の端で指を切ってしまった。
血がポタポタと地面に垂れる。
その時、私はとっさの判断で、ヘラに付着していた「失敗作のゼラチン液」を彼の指の傷口に塗りつけた。
「ひぎゃあ!? 熱っ、えっ、……あれ? 痛くない?」
「ロラン、動かないで。……信じられない、一瞬で血が止まったわ」
驚くべき光景だった。
傷口に触れた超高濃度ゼラチン液は、血液の水分を吸って即座にゲル化し、傷口を物理的に封鎖してしまったのだ。
それだけではない。
「お嬢様、これ、ただ固まってるだけじゃありませんよ。なんだか傷口が温かくて、スースーして……。ほら、もう膜みたいになって剥がれません」
(……そうか! ゼラチン、つまりコラーゲンはもともと生体組織の主成分だもの。異物として排斥されるどころか、体になじんで組織の再生を助ける土台になるんだわ!)
私は興奮してロランの手を掴み、その傷口を凝視した。
ゼラチンには高い「生体適合性」がある。
現代日本でも、医療用の止血剤や、火傷の患部を覆う人工皮膚の材料として使われていたはずだ。
ましてやこれは、強靭な生命力を誇る魔物のコラーゲン。その修復力は、人間の比ではない。
「ロラン、これよ! グミの試行錯誤が、とんでもない医療革命を連れてきたわ!」
「医療革命? これがですか? ただの『失敗したグミの素』じゃないんですか?」
「いいえ! 戦場や冒険者が一番困るのは、ポーションを飲む暇もないほどの出血よ。でもこれなら、傷口に塗るだけで物理的に止血し、なおかつ皮膚の再生を促す『貼るポーション』になるのよ!」
(なろう小説の定番なら、ここで聖女様がヒールをかけるところだけど、科学とコラーゲンはもっと安価で、誰にでも救いをもたらすわ。これこそ、努力が生んだ想定外の報酬よ!)
私はさっそく、この「失敗作」をさらに改良した。
不純物を極限まで除き、患部に塗りやすいように粘度を調整する。
さらには、「雷レモン」の成分を微量に加えることで、殺菌効果も持たせた。
「名付けて『エリアーヌ式コラーゲン包帯』。……いえ、かっこ悪いわね。『弾力癒着剤』とでも呼びましょうか」
「お嬢様、それ、村の自警団に持っていったら、隊長が泣いて喜んで金貨を積んできますよ。昨日の魔物退治で負傷者が続出してたらしくて……」
「あら、それは重畳。でも忘れないで、ロラン。これの本当の価値は、副産物だってことよ。私の本命はあくまで『至高のグミ』なんだから!」
(でも、これでお金の問題は解決ね。止血剤としての利益をすべてグミの研究開発費に回せるわ。悪役令嬢が作る止血剤で救われた兵士たちが、いつか私の顧客になる……完璧なビジネスモデルだわ!)
私は意気揚々と、再びグミの金型に向き直った。
失敗から生まれた医療革命。
それは、私の努力が「食」だけでなく、他者の「命」をも救い始めた瞬間だった。
「さあ、資金は潤沢よ! 次は、このグミを単なる村のお菓子から、王族をも虜にする『芸術品』へと昇華させるわよ!」
「はいはい、お嬢様。でもまずは、その『失敗作の鍋』を洗うところから始めてくださいね」
私は鼻歌を歌いながら、世界を救う一歩としての鍋洗いに励んだ。
報われる努力は、甘酸っぱくて、そして少しだけベタつく。
悪役令嬢の逆転劇は、思わぬ方向へと転がり始めていた。
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