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第04話:反発する弾力、ハード系の衝撃

運命の朝が来た。

私は、井戸の冷気で一晩じっくりと寝かせた木型を、震える手で取り出した。


(……勝負の時ね。ここで理想の弾力が出ていなければ、私はただの『魔物の皮を煮込んだ変な令嬢』で終わってしまう)


型をひっくり返し、裏側を指で軽く叩く。

すると、吸い付くような感触とともに、深紅の宝石のような塊がポロリと皿の上に落ちた。

朝日を浴びてキラキラと輝くその姿は、前世で愛したあの「ハード系グミ」そのものだった。


「お嬢様……。それが、その、グ……グミ、ですか?」


後ろから恐る恐る覗き込んできたのは、私の無理難題に付き合わされ続けて目の下にクマを作っている護衛のロランだ。


「ええ、そうよ。ロラン、ついに完成したわ。世界を震撼させる第一号がね」


私は一粒、指でつまみ上げてみた。

驚くべきはその手応えだ。指で強く押し潰そうとしても、グミは平然とした顔で元の形に戻ろうとする。


(この反発力! 完璧だわ。ゼラチン濃度を通常のゼリーの五倍以上に高めた甲斐があった。ゼラチン分子の網目が密になればなるほど、弾力は増し、噛み切るのに必要な力――つまり『咀嚼の悦び』が大きくなるのよ)


「ロラン、口を開けなさい。あなたが、この世界で二人目(一人目は私に決まっている)のテスターよ」


「えっ、俺ですか? 毒見ならぬ、グミ見ですか……。なんだか不気味なほど赤いし、妙に硬そうですが」


「つべこべ言わない! ほら、あーん!」


私は、たじろぐロランの口に、容赦なくその赤い塊を放り込んだ。

ロランは一瞬、きょとんとした顔をした。そして、無意識に奥歯を下ろした。


「――っ!?!? な、なんだこれ……!? あ、顎が、顎が跳ね返された!?」


ロランの顔が驚愕に染まる。彼は必死に顎を動かし、未知の物体と格闘し始めた。


「硬っ! いや、ただ硬いだけじゃない。歯が入るのに、そこから押し返してくる力がすごい! 噛んでも噛んでも、こいつ……俺に負けてないぞ!」


「ふふん、いいリアクションね。それがゼラチンの『網目構造』の力よ。さらに、じっくり低温で時間をかけて冷やしたことで、分子同士が最も安定した形で結びついているわ。急激に冷やすと網目が乱れて、このしなやかな強度は出ないの」


(そう、冷却温度と時間は食感の決め手。ゆっくり冷やすことで、ゼラチンはより強固な結晶構造を作る。これが『噛みごたえ』の科学なのよ!)


ロランは十数回ほど必死に咀嚼し、ようやくそれを飲み込んだ。

直後、彼の顔に衝撃が走る。


「……うまっ。なにこれ、飲み込んだ後に、鼻からベリーの香りが爆発したみたいに抜けていった。それに、こんなに噛んだのに、後味がすごくスッキリしてる……」


「当然よ。高濃度の糖分が味をコーティングしているけれど、ゼラチンそのものは体温で溶ける性質があるわ。口の中でゆっくりと香りが解放されるように設計したんだから」


「これ……すごいですよ、お嬢様! 最初の一噛みは驚きですけど、二噛み、三噛みってやってるうちに、なんだか癖になってくる。もっと、もっと噛みたい……!」


ロランは皿の上のグミを食い入るように見つめている。

その目は、もはや不審なものを見る目ではなく、獲物を狙うハンターのそれだった。


(よし、掴みはオッケーね。この世界の人間は、今まで『噛む』ことを単なる栄養摂取のプロセスとしか思っていなかった。でも、グミは違う。噛むこと自体がエンターテインメントなのよ!)


「ロラン、まだ一粒だけよ。これはあくまで試作品なんだから」


「そんな殺生な! もう一粒、いや、あと五粒くらいあれば、俺はこの弾力の正体を掴める気がするんです!」


「ダメなものはダメ。……でも、そんなに気に入ったなら、もっと大量に作るための計画を手伝ってくれるかしら?」


「もちろんです! この……『ハード系』っていうんですか? この衝撃を、俺だけで独占するのはもったいない!」


ロランの食い下がりに、私は確信した。

この国の人々は、まだ知らないだけなのだ。

「噛む」ことが、どれほど脳を活性化させ、心を豊かにするかを。


(さあ、基盤はできたわ。次は、この衝撃をどうやって広めていくか。そして、単なる甘いお菓子ではない、さらなる刺激が必要ね……)


私は、一粒だけ残ったグミを自分の口に放り込んだ。

脳を揺さぶる圧倒的な弾力。

十五年ぶりに味わう、本物のグミの感触に、私は思わず涙ぐみそうになった。


(美味しい……。私、間違ってなかった。悪役令嬢として追放されたけれど、今、私は世界で一番幸せな顎を持っているわ!)


朝日の差し込む厨房で、私たちは小さな赤い粒を囲んで、未来の野望を語り合った。

この一粒が、やがて王宮を、そして世界をひっくり返すことになるとは、まだ誰も予想していない。

お読みいただき、ありがとうございました。

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