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第01話:悪役令嬢、断頭台よりグミを想う

シャンデリアの光が、やけに目に刺さる。

豪華絢爛な王宮の大広間。その中心で、私は冷たい床に膝をついていた。

周囲を取り囲む貴族たちの視線は冷淡で、ひそひそという蔑みの声が雨のように降り注いでいる。


「エリアーヌ・ド・ロシュフォール! 貴様の悪行、もはや見過ごせぬ! 本日をもって婚約を破棄し、国外追放を命ずる!」


金髪を逆立てて叫んでいるのは、この国の第一王子・アルフレッド殿下だ。その傍らには、ヒロインとおぼしき可憐な令嬢、リリアンが守られるようにしてこちらを怯えた目で見ている。


(……あ、これ、前世で読んだネット小説のテンプレ展開だわ)


私の脳内に、突如として濁流のような記憶が流れ込んできた。

二十一世紀の日本という国で、社畜として働き、唯一の癒やしとして「ハード系グミ」を噛みちぎりながらスマホで小説を読んでいた記憶。

そして、その小説の悪役令嬢エリアーヌに転生してしまったという事実。


(今の台詞、第十五章の『断罪イベント』の決め台詞じゃない。懐かしいなー、ここから彼女、路頭に迷って最後は野垂れ死ぬんだよね。自業自得とはいえ、結構ハードな末路だったっけ)


本来なら、ここで絶望して泣き叫ぶか、あるいは見苦しく弁明するのが悪役令嬢の嗜みというものだろう。

けれど、今の私を支配しているのは、破滅への恐怖ではなかった。


(……お腹空いた。というか、噛みたい。猛烈に、あの反発力が恋しい)


そう、私は飢えていた。

前世でデスクの引き出しに常備していた、あの強靭な弾力の塊。

コーラ味やグレープ味の、噛めば噛むほど味が出る、あの至高の嗜好品。

この世界に来て十五年、私はずっと得体の知れない違和感を抱えて生きてきた。今ならその正体がはっきりとわかる。

この世界には「弾力」という概念が、圧倒的に欠乏しているのだ。


「おい、聞いているのかエリアーヌ! あまりのショックに言葉も出ないか! これまでの傲慢な振る舞いを悔い、涙の一つでも流したらどうだ!」


殿下が勝ち誇った顔で追撃してくる。リリアン嬢も、ハンカチを口元に当てながら、哀れみの視線を送ってきた。


「エリアーヌ様、どうか安心してください。あなたが追放された後のことは、私がしっかりと……」


「殿下、一つ伺ってもよろしいでしょうか」


私はリリアン嬢の言葉を遮って、すっと背筋を伸ばした。

あまりに冷静な私の態度に、アルフレッド殿下が眉をひそめる。


「……なんだ、命乞いか? 聞き苦しいぞ」


「この国に『グミ』はありますか?」


「……は?」


殿下が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

周りの貴族たちも、ひそひそと「グミ?」「新しい呪文か?」「やはりショックで狂ったのでは」と囁き合っている。


(だろうね。ないよね。知ってたわ。だってこの十五年、一度もお目にかかったことがないもの。あるのはパサパサした焼き菓子か、歯が折れそうな岩塩漬けの肉か、お上品なゼリーもどきだけ)


「グミですわ。こう、外側はさらっとしていて、噛むと跳ね返るような弾力があって、フルーツの凝縮された旨味が溢れ出す、あのお菓子です」


「知らん! そのようなふざけた名の食べ物、聞いたこともないわ! 貴様、追放を前にして何をトチ狂ったことを!」


殿下は吐き捨てるように言い切った。

その瞬間、私の中で何かが弾けた。

国外追放? どうぞどうぞ。むしろ好都合だ。

この退屈な王宮にいたって、出てくるのはふわふわのパンか、泥臭い肉の塊だけ。

グミがない世界なら、私が、私の手で、私のためだけに、理想のグミを作り上げてやる。


(そうだわ、悪役令嬢の地位なんて、グミの弾力に比べればゴミみたいなものよ! むしろ、これまで努力家な令嬢として生きてきた自分を褒めたいわ。マナーも勉強も完璧にこなしてきたんだから、グミ作りだって極めてみせる!)


「承知いたしました。婚約破棄、謹んでお受けいたしますわ!」


私はドレスの裾を翻し、華麗なカーテシーを決めた。

あまりに潔い態度に、今度は殿下の方がたじろいでいる。


「な、ならば即刻、この国を去るがいい! 持っていけるのは、身一つとわずかな路銀、そして着替えの入った鞄一つのみだ!」


「結構です。私には、この頭脳と『グミへの情熱』がありますから。それでは皆様、ごきげんよう」


私は颯爽と大広間を後にした。

背後でリリアン嬢が「エリアーヌ様、本当におかしくなってしまったんじゃ……」と呟く声が聞こえたが、知ったことか。

今の私の頭の中は、グミの構造式と製造工程でいっぱいなのだ。


三日後。

私は国境近くの寂れた村の宿屋にいた。

手元にあるのは、わずかな金貨と、前世の知識。

さっそく、私は宿屋の厨房を借りて、第一歩を踏み出すことにした。


「まずは、グミの核となる『ゼラチン』の確保ね……」


独り言を呟きながら、私は宿の主人が捨てようとしていた豚の皮を見つめる。


(グミをグミたらしめる、あの独特の食感。その正体は、動物の皮や骨、腱などに含まれる『コラーゲン』というタンパク質を加熱して抽出したもの――つまりゼラチンなのよ)


前世で美容に良いとされていたコラーゲン。そのままでは水に溶けず、固まる力もない。

けれど、これをじっくりと加熱して構造を壊してやることで、あの魔法のような凝固剤、ゼラチンへと姿を変えるのだ。


「おい、お嬢ちゃん。そんなもん煮込んでどうするんだ? スープにするにしても、皮は硬くて食えねえぞ」


宿の主人が怪訝そうな顔で覗き込んでくる。


「いいえ、おじ様。私はこれを食べるために煮ているのではありません。『力』を取り出しているのです」


「力だぁ? 魔法の薬でも作るつもりかよ。貴族様ってのはわからねえな」


(魔法よりもずっと素敵で、科学的な奇跡を見せてあげるわ。いい? ゼラチンというのは、温めると溶け、冷やすと網目構造を作って水分を抱え込み、プルプルの固形になる性質がある。そこに糖分を高濃度でぶち込むことで、あの至高の弾力が生まれるのよ)


私は鍋につきっきりで、灰汁を丁寧に取り除きながら、豚の皮をコトコトと煮込み続けた。

火力が強すぎると、ゼラチンのタンパク質が変質して固まる力が弱まってしまう。

弱火で、じっくりと、愛を込めて。


(思えば、前世でも私はこうして地道な作業を積み重ねるのが好きだった。報われない社畜生活の中で、唯一私を裏切らなかったのは、噛めば噛むほど期待に応えてくれるグミだけだったわ)


数時間後。鍋の中には、琥珀色の透き通った液体が溜まっていた。

これを冷やせば、ゼラチン質が固まって「煮こごり」のような状態になるはずだ。

だが、私の目指す場所はそこではない。


「……まずは原料の抽出に成功ね。でも、ここからが本番よ。水分を極限まで飛ばし、糖分と酸味、そして香りをどう調和させるか。ああ、考えただけで顎が疼くわ!」


「……お嬢ちゃん、目が怖えよ。さっきからよだれも出てるぞ」


主人の呆れ顔を無視して、私は完成したばかりの液体を見つめて不敵に笑った。

悪役令嬢エリアーヌ・ド・ロシュフォールの第二の人生は、今、この琥珀色のしずくから始まる。


追放された悲劇のヒロイン?

そんなの、グミの弾力に比べればどうでもいい。

私は、この世界で初めての、そして最高の「グミ・マイスター」になってやるんだから!


(見ていなさい、アルフレッド殿下。あなたが捨てた悪役令嬢が、いつか世界を『弾力』で支配する日が来ることを!)


窓の外に広がる夕焼けを眺めながら、私はまだ見ぬ理想のグミ――その一口目の快感を夢見て、強く拳を握りしめるのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

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