6.スカウト1
「だからまず主役を決めなきゃ、話にならないだろ」
プロデューサーが少々怒気をはらんだ口調で言った。
脚本執筆の邪魔をされた俺としては、同じテンションで答える。
「そうは言っても、2回もオーディションして決まらなかったんだ。あんたの方がより責任があるとは思わないのか?」
「だからこうして、わざわざ大先生の元に足繁く通っているんじゃないか!少しは対応策の協議に参加してくれてもいいじゃないか!・・・そもそも、設定に拘り過ぎたから、こうしてオーディションにも難航するんじゃないか」
「確かに・・・御前の言葉にも一理あるな。確かにキャストも決まっていないのに、脚本を先行させるのにも問題があるな。・・・わかった。キャスティングに協力するよ。そもそも、もうオーディションをしてもいい俳優に出会えるとは思わないが」
「それもそうだな・・・じゃあ、どうする?」
「なあ、もう1本あるニチアサはどうやって主演俳優を決めているんだ?」
「それは普通にオーディションだ。ただ、結果を見ると、特定雑誌のコンテストのファイナリストから輩出されているな」
「じゃあ、俺達もその事例にならおうじゃないか。俺達もその雑誌の編集部に行って、コンテストの応募者のプロフィールを見せてもらおうぜ」
「そうだな。じゃあ編集部に交渉してみるとするか」
プロデューサーは何人かに電話をかけて、編集部への伝手を探し出し、編集者へ交渉する。
「山田、先方のOKが出た。今から行くぞ」
俺の仕事場兼住居のある吉祥寺から電車で、先方の編集部の最寄駅である飯田橋へ向かう。
飯田橋駅から5分程歩いたところのビルの7階にある編集部に入った。
プロデューサーが受付のところでベルを鳴らし、対応に出て来た女性に交渉した男の名前を告げた。
我々はその女性の案内で会議室に通された。
そこでしばらく待っていると、男が台車を押しながら入って来た。台車にはA4サイズのファイルが15冊載っていた。
「お待たせ致しました。これがここ3年分の2次予選通過者のプロフィールです」
男は天井の片隅を指さしながら続けて言った。
「それから、これらは個人情報なので、あなた方が抜き取ったり不正利用しない様に念の為にカメラで撮影させていただきます。何かありましたら、部屋の電話から内線で私を呼び出して下さい」
男から渡された名刺に内線番号が記されている。
「さあ、この中にジョージ上原がいる筈だ。俺達の力で見つけ出そうぜ」
俺は台車に載っているファイルの1冊を掴んだ。
ファイルのプロフィールを一つ一つ確認していく。顔写真、全身写真、身長等から気になる人物のページの付箋を付け、若干の感想を書き込んでおく。その作業をひたすら続けていく。
四時間をかけて15冊全てのチェックが終わった。今度がお互いが付箋を付けた人物についてチェックする。ピカイチと思われたのはプロデューサーがチェックしたファイルにあった人物で、付箋が3枚貼られていた。二人の意見は一致していた。彼がジョージ上原だ。
ようやくジョージ上原候補を見つけ出す事は出来たが、課題は山積みである。
彼はまだ何者でもないという事だ。少なくとも芸能事務所に所属させねばならないだろう。
そして、我々が見せてもらっている資料は明らかに個人情報の流用、イリーガルな事である。
彼が応募した二年前のコンテストも3次予選で落選している為、芸能事務所の目に止まっていない。従って、君の事を思い出したので今勧誘している、と言う訳にもいかない。
プロデューサーが内線で担当者を呼び出した。
「目的に合致する人物を見つけ出した。我々はこの人物にコンタクトを取りたい、と思っている。この中で提供できる情報はどこまでか?」
「コンプライアンス的に言えば全てNGです。この部屋を出たら全て忘れて下さい。・・・どうしてもと言うのでしたら、たまたま名前と住所を覚えていた、というのは仕方無いでしょう。その他は勿論NG。それから彼と接触する際には弊社の編集部のコンテスト応募書類を見ました、などと言わない様に。個人情報の流用がバレますから。・・・後は付箋を外して、ファイルを台車に載せて下さい」
俺達は必死に彼の名前と住所を頭に叩き込んだ。
「おい、これからどうするんだ?」
俺はプロデューサーに尋ねた。
勿論、編集部を出た瞬間に記憶していた名前と住所を手帳に記入している。
「まず、探偵を雇おう、と思っている。目的は三つある。彼が今もこの住所に住んでいるかの確認、次に顔写真の入手、それから行動パターンの把握だ」
「行動パターンを把握してどうするんだ?」
「街中で偶然会ったという体で芸能事務所の人間にスカウトさせる」
「それから芸能事務所に所属させ、我々のオーディションを受けさせて、ようやく決定か。長い道のりだな」
「それだけではないぞ。我々はまだ動いている彼を見た訳ではないんだ。彼の所作がイメージに合わないかもしれないし、演技面での不安もある」
「そうだな。脚本の面で協力するよ。出来るだけ喜怒哀楽のはっきりとした、わかりやすい人物に造形しておくよ」
「宜しく頼む」
俺がジョージ上原役の選定に関わったのはここまでであった。
そこからはプロデューサーが多くの人間を巻き込みながら、業務を進捗させたのだろう。
我々が見出した人物がジョージ上原役に決定したのは、編集部に突撃した日から数えて3週間後の事だった。




