夜桜
『お題』
・幽霊の一人称
・文量は規定無し。ただしSSになっている事。
・幽霊、または海外の化け物や妖怪等でも可
薄闇、月光に浮かびあがる満開の桜。
漆黒の中で淡く光っているような、私の振袖と同じ柄の夜桜。
少し乱れてしまった振袖が気になったけれど、私は直しもせずに舞い降りてくる花弁を見上げた。
桜の根元に蹲り泣く母が、幹を拳で叩く。まだ幼い弟が母に伸ばした手は、彼女の嗚咽に止められた。
ふっと私に気づいて、弟が笑いかけてくれた。そして私の方へ駆けてくる。
ついいつもの癖で人差し指を唇に立て、弟に黙っているのよと合図してしまった。
もうそんな必要無いのにと、おかしくなって声を出さずに笑う。不思議そうに見上げる弟に今度は口をぱくぱくさせて、話していいのよと合図する。
「おねぇちゃんは痛い?」
弟は潜めていた息と共にそっと言葉を吐きだした。私の首筋についた赤い痣を見つめながら。いつもそうやって私を気遣ってくれるこの子がとても愛おしかった。
首を横に振りながら、私はしゃがんで弟の顔を覗きこむ。
十二のままの私と、七つになった弟。
私が死んだ時この子は産まれたばかりだったのに、今はもうこんなに大きくなった。
「どうして……どうして……?」
母はまだ泣きじゃくっている。
私が聞きたいわ、お母さん。
どうして私を殺したの?
いいえ、それはいいわ。理由はなんとなく分かるから。
誰も味方の居ないこの家で、お祖母さんからずっと責め続けられて疲れていたのよね?
口のきけない娘を産んだって……。
「これはあんたの呪いなの?」
勝手な事を言わないでと叫びたかった。その代わりに私は恐ろしい形相をしてしまっていたに違いない。怯えた弟が私の袖を掴む。
なんでもないのよと微笑んで見せると、弟も強張った顔で笑った。
そして「僕はね、まだ痛いの」と、弟は赤くなった首をさすりながら呟く。私と同じ痣。ちょうど母の指の形の……。
その頭をそっと撫でて、私は立ちあがった。
憎くない訳じゃない、恨んでない訳じゃない。
でもあなたを殺したって、私たちが生き返れる訳でもない。
私はともかく、迷わないように弟を連れて行ってあげないといけないのだから。
私は口がきけないから、弟は誰も居ないところで一人話すから……そんな理由で殺された。
母はまだ泣き続けている。
――――可哀想、そして愚かな人。
私は侮蔑の眼差しで母を見下ろす。
そして弟の手を引き、舞い散る桜の下、歩き始めた。
母ではなく、桜の下に埋まっている弟と私の肉体に別れを告げて。
描写練習より。