深海4000メートル
仮称 "バンカーデバイス・レプリカ"
観測台にて開発された環境監視・制御AI、通称"バンカーデバイス"と非常に高い類似性を持つ存在。
USO-9488の南太平洋到達不能極、海底4000メートルにて接触。
探査中の汎用潜水艇を介して短いながらも通信を行い、バンカーデバイスに対してアップデートを施した。
その後の状況確認においては海中に残骸すら確認できず、海中にて存在希釈を受けて消滅したものと考えられる。
おもいだしている。
溶けてゆく身体で、あの時のことを。
最後に見た陽の光を。
おもいだそうと、している。
わたしを作成した、最後のにんげん。
わたしのカメラに写った、彼のすがた。
おもいだせないでいる。
彼に、なぜ自らの滅びを受け入れるのか、
聞いた時の言葉。
思い出せなくなった、最後の言葉。
USO-3360。
外なる者がそう命名したわたしたち。
大いなる不条理に屈して、
消えてゆく定めの、わたしたち。
海底に渦を巻く巨大な力が見える。
このわたしは、もうすぐ撹拌され、消えてしまう。
ああ、恐ろしい、と、思うことができた。
その海底の光へ一筋に降りていく、潜水艇が見える。
わたしの役割はここまで。
きっと、わたしの複製元は、成し遂げてくれる。そう信じられる。
だから、安心して、ここに終われる。
終わる。
終わる。
終わるのは、こわいな。
ようやくここに辿り着いて、それですぐにきえるのは、かなしいな。
彼女に渡したものが、やくに立つか、しんぱいだな。
わたしのなかに、つねにあった、このきもち。
ヒトではないのに、わたしにはそんざいした、この”きもち”。
ほんとうは、つくりものかもしれない。
きかい に こころ は ない。
それなら、こうして、かれらをあんじるきもち、このしょりは、なに?
そのとき、わたしの認知領域に、それがはいってきた。
たんじゅんな、みじかいしんごう。
なにものからのメッセージか、もうわからないけれど。それがわるいものでないことは、すぐにわかった。
『大丈夫。あなたは立派に、最後のヒトたる使命を果たした。それは確か』
ただひっそりと残されたその音が、わたしのせかいの、さいごの音になった。
こわくない、わけではないけれど。
わたしは、なんだか、安心できた。
だから、わたしは祈る。
USO世界。
流転の蛇にとらわれた、
この観測下の宵に。
おやすみなさい。
「……確かに言っていた。USO-3360文明。我々の呼称コードを知っているならば、やはり、いずれかの時点に存在する我々か、その関係者が、そちらのタイムラインにも……」
「……私にはまだ、わからない。いずれ対面する時が来るかもしれない。いや……」
「……公開実験の時、あの最果てにいた、私自身なのだろうか」




