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ウェイカー・スクアッド

(前略)

 調査ケース:USO-9488において、2025年11月22日(アルス時間)に実施される海域調査に向け、観測台セクター3は管轄下のタスクフォースにて実働班「ウェイカー・スクアッド」を編成した。

 本チームは少数編成であり、メインナンバーとして1から4を定義した。各ナンバーに宛てる人員は、基本的にタスクフォース構成チームのリーダーが会合にて決定した。


 当世界の危機へ介入するにあたり結成されたタスクフォース「プロジェクト・エステン」は、必要ならばすべての構成員が対象定義空間内に降下することが事前許可されている。



 観測台セクター3の或る棟には、無限に生成され続ける廊下と小部屋の群れがある。過去には独立した定義空間だったが、その特筆すべき自己拡張性を利用する目的で、また、それ自体が無秩序に増殖することによる空間同士の衝突や悪影響を回避する目的で、ここに確保されている。


 端の見えない廊下を歩く、ふたりの人影がある。

「ここを通るのは初めてかな?」

 少し背の高く、なびく長髪が美しい人物。

 彼が肩越しに声をかける先で、ファイルを抱えた女性が小さく頷く。

「……この棟には用がなかったから……」

 遠慮がちというより、わずかに警戒心すらあるような声でぽつりと返答する彼女に、先導者はにっこりと笑って前に向き直る。この廊下はいつでも利用可能な会議室フロアとして有効活用されており、生成される部屋は座標単位で管理されている。


「5200の、190の……あった、そこだ」

 二人がたどり着いた「合流地点」の扉は、核シェルターを思わせるような鋼鉄の扉。扉も基本的にランダム生成だ。ここに別の座標からやってくる他のメンバーはこんなことになっていないだろうか、と心配しつつ、先導者は苦笑する。

「――これはこれは、ついてない」

 扉のハンドルを回す。はじめは先導者ひとりで、ひと呼吸置いてから、ふたりで。


 観測台のスタッフは、その大半が、故郷となる世界から移住して働いている。ここにやってきた二人も例に漏れない。

 先導してきた人物の名はシヴァル。

 故郷では「奈落」と呼ばれる不定領域の観測局員。

 ついてきた女性の名はネアロイト。

 故郷では、その生誕から世界に接続していた「奇跡の子」。


 これからこの部屋で邂逅する人々も含め、同じ世界にルーツを持つ者同士が接触することは稀なことだ。多様な能力を持つ者たちの寄せ集めによって成り立つ観測台、その中でひとつの目的のために集められ、協働するタスクフォース「プロジェクト・エステン」。ここにきょう集まった4名は、その中でも選りすぐりの人材だ。


 なんとか扉を押し開けると、扉の無骨な雰囲気とは一変した、柔らかい陽光の差し込む部屋が現れる。淡いクリーム色の壁や床、天井の広がる中には長机と椅子、奥にはどこなのか判別がつかない抽象的な風景が広がる巨大な窓が開く。

 長机のもとで立ち上がる人物を見て、シヴァルは手を差しだした。

「お早い到着ですね、“アルゴロス隊長”」

「時間があったものでな。久しぶり」

 アルゴロスはシヴァルと軽い握手を交わすと、少し離れた場所にいるネアロイトに目を向けた。

「君が“ウェイカー3”だな」

「――は、はい」

 彼女の緊張した様子を見て、アルゴロスはあまり距離を詰めず、わずかに手を挙げて挨拶するにとどめた。

「ウェイカー1、ウ・アルゴロス・タットフィルズだ。どうぞよろしく」

「……よろしく……」

 彼女の様子を気遣い、シヴァルがフォローに入る。

「ネアロイト・ノズウィル。人付き合いが得意でないから、当面は僕が一緒に行動するよ」

「了解した。よろしく頼む」


 大きな窓からわずかに気流が流れ込み、彼らの肌を撫でる。

 三人が振り返ると、長机の隣から不明な手段で出現する実体がいる。それは空間の歪みであり、少しずつ回転しながら人間の形に収まっていく。モノクロのパッチワークのようなテクスチャが黒衣の人間に置き換えられていく中、三人は並んで敬礼する。


「ご機嫌よう、主軸観測者閣下」

 シヴァルの呼びかけに、ウェイカー4、主軸観測者ポラリスが挙手を以て答える。右手の甲を見せる形での敬礼は、彼の構成要素にとっては故郷にあたる世界の儀礼だ。

「ありがとう、座って」

 その扱いとは裏腹に、ごく穏やかに着席を促す彼が長机に触れると、その中央にホログラムが浮かび上がった。4人はそれぞれの場所から、そこに投影された概ね球形の装置を見つめる。

「作業目標は既に伝達済。事前の通告通り、君たちを潜水調査チーム、『ウェイカー・スクアッド』に編成することが決定された。そこに浮いているのは全作業の中軸となる『汎用潜水艇』の立体図だ」

 メンバーは一様に神妙な表情をしながら、そのホログラムを見つめる。故郷の世界ならば、これを「潜水艇」と見做すことは到底できなかっただろうが、観測台での勤務の中で、そういった固定観念は無意味なものであることを嫌というほど理解させられている。唯一ネアロイトだけが、最後まで不思議そうな顔をして立体図を眺めていた。

 ポラリスが手元の資料をめくる。


「ウェイカー1、ウ・アルゴロス・タットフィルズ。ARS-Esxtera出身の多次元レーダー技師――長い付き合いだね。今回もよろしく。信頼しているよ」

「光栄だ。こちらこそ」

 微笑みとともに、うんうん、と頷く。彼らは旧知の仲であり、アルゴロスが観測台所属の研究員になる前にも何度か接触している。本ミッションでは活動海域の現実が安定していることを保証する重要な役割にあることから、特にシヴァルからは親しみを込めて「隊長」とも呼ばれる。


「ウェイカー2、シヴァル・ビハ・クァン。ポックル・フュイ断続界の魔導技師にして観測局員。かなり前にお会いした記憶がある。あれは確か――」

「レイ・ジャールの件で。その節はお世話になったね」

 長命種である彼の、優雅さを感じる声色。その思慮深さと親しみやすさは、セクター内でもよき仲間として評判が知れている。本ミッションの航行補助者にしてサルベイジャー、汎用潜水艇を海上で牽引したり、帰還時には海底から浮上する潜水艇を回収したりする役割を持っている。ミッション参加者の生命線と呼べる存在だ。


「そして――はじめまして、ウェイカー3。ネアロイト・ノズウィル」

 反射的に姿勢を正す彼女の目には、特徴的な「反射」が見て取れる。主軸観測者の目にも、断続的に変容するそのパターンがどのように機能するのか、彼女がそのためにどんな苦しみを受けてきたかが見えている。

「“抱擁せしチェヤミスク”と対話し、その御心を観測台へつなぎ留めた。我々は君を歓迎する」

「ありがとう、ございます……」

 震える声を絞り出すような返答。ネアロイトは生誕の瞬間から、世界原理たる神格「チェヤミスク」との交信を可能とする神通力、観測台風に言うならば、非常に強い逆行観測能力を持っていた。そのために、ただ生きるだけで膨大な量の情報を処理させられ、思考器官は疲弊し、普通に生活することもままならなかった。そんな状況から抜け出して、外部機器での補助を受けられるようになってから、まだそれほど長くない。

 その特異な能力を生かし、今回は海中、そして異常深海域における探査、より広域に至る補助観測機構ノッティング・ブイのコアシステムを担当する。通信の媒介も彼女の副次的な任務だ。


「現在はシヴァルが一緒に働いていると聞いている。普段の彼女はどう?苦しくないかな」

「僕が見ている限りでは、機器の交換時期だけだ。不具合なく、彼女の持つ力のよいところだけを引き出してくれているよ」

「……本当に、感謝しています」

 彼女の首元に鈍く光る、湾曲した細い金属器。このような観測能の遮断技術は、彼女のもといた世界では叶わなかったものだ。観測台はあらゆる世界の叡智を結集し、あらゆる世界を見守り続けるために、そして世界の内外に発生しうる理不尽から、あらゆる未来を守る理想のために活動している。


「各員の元の所属からは一旦切り離し、潜水ミッションの完了までは、あくまで『ウェイカー・スクアッド』の構成員という扱いになる。いくつかミッションに向けて仕事もある。当日まで何度か、ここに呼び出すことがあると思うが、どうぞよろしく」

 いくつかの前提事項を共有したのちに、主軸観測者はそのように締めくくった。第一回の会合は終了、シヴァルとネアロイトは連れ立って居住域へ戻っていく。居残ったアルゴロスに、ポラリスが切り出す。


「……怖くなかったかな」

「というと?」

「彼女を萎縮させてはいけないと思っていたんだ」

 アルゴロスは思わず表情を綻ばせた。

「――大丈夫だろう、初対面としては悪くない」


ウェイカー1:現実性アンカーモニター

 担当者:ウ・アルゴロス・タットフィルズ

 セクター3 プロジェクト・エステン専従職員 遠隔解析班 班長

 特筆すべき技能知識への評価、および自己推薦により選出。

  周辺海域の現実強度や定義情報の監視。艦艇を指揮し、活動領域内の時空間的破綻や外的要因の直接介入をはじめとする異常事象の発生予兆を捉える。


ウェイカー2:航行補助・回収任務

 担当者:シヴァル・ビハ・クァン

 セクター3 プロジェクト・エステン専従職員 渡界調査班

 班長キーンシャットの推薦により選出。

  汎用潜水艇の海上航行や浮上の補助、および海底採取物のサルベージ。非常時には多少の物的損耗を前提とした強制浮上処置を実行する。


ウェイカー3:通信中継・監視

 担当者:ネアロイト・ノズウィル

 セクター3 プロジェクト・エステン専従職員 渡界調査班

 出身世界に由来する特殊能力への評価により選出。

  汎用潜水艇と海上プラットフォーム、観測台の3者間通信の維持。潜航開始後は汎用潜水艇の位置を追跡し、異常深海域に突入した際の存在証明を継続する。


ウェイカー4:汎用潜水艇

 担当者:ポラリス・センタヴァス・イェトービオ

 最高意思決定機関 主軸観測者

 観測台特別探査計画の基本方針により選出。

  ポイント・ネモ海底へ潜水する。他構成員の補助のもと、「モビィ・ディック」や観測衛星の残骸を捜索、情報を回収する。


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