エルン城のたたかい
エルン城のたたかい
時は過ぎ、エルム歴七三四年十一月の初旬、アルスは四度目の戦に駆り出されようとしていた。総合演習を終わった後のアルスは忙しかった。自軍の設立を視野に入れて、直属部隊の人員にアルス本人が選んだ隊員をねじ込ませてくれるよう陛下と直談判をして許可をもらうことが出来のだ。
その旨をアルスが声をかけたメンバーに伝えつつ書類の手続きを進めていく。さらに、アルスのライフワークともなっている魔素の結晶化についての研究も怠ってはいなかった。アルスが子供のころにたまたま見つけた洞穴のクリスタルは相変わらず光を失ったままだったが、洞穴の壁面に書かれた古代文字の解読から研究は着実に進んでいる。
度重なる失敗を繰り返した果てに、小さな結晶であれば生成することが可能になっていた。アルスの今後の目標はある程度の大きさの結晶化を生成することである。
この成果によりアルスが最も喜んだのは、魔素の結晶を砕いて土に混ぜることで植物の生育を劇的に促進できたことである。通常三か月はかかる葉野菜などは、半分の周期で収穫でき、収穫量は三倍にも伸びた。
特筆すべきは、エリクサーと呼ばれる秘薬の材料に使われる花だ。ゴールデン・レシュノルティアと呼ばれる金色の花は、非常に魔素が濃い土壌でしか群生しない。そのため、この花を栽培するのはおろか、見つけ出すことすら難しい。また、その土地の魔素を吸って育つために、一度その花が群生した土地は魔素が枯れてしまい再び根付くことがない。このためエリクサーは非常に高額で取引されていた。ところが、これも魔素の結晶石を利用することで自家栽培することに成功したのだ。これは非常に画期的なことだった。
しかし、この結果を公表すれば魔素の結晶化について追及の手が伸びるのは必至であり、当面の間は秘匿せざるを得ない。ただでさえ国土が狭いローレンツにあっては、四男坊であるアルスは領地など与えられておらず、部屋住みの身分でしかない。この農作物の栽培の成果を存分に活かすためには、前提条件として領地を獲得しなければならないという制約もあった。
一方で、彼は自身の身体強化が人より圧倒的に優れているという利点だけを頼みにすることはなかった。もちろん、戦場に出たら個人的な武力が強ければ強いほど戦場に与える影響は大きい。しかし、国と国という大きな力同士がぶつかり合うときには、自分一人だけが強くてもあまり意味がない。戦場では、己の力だけで局所的な勝利を積み重ねても他が崩れてしまえば戦線を維持できず、すぐに限界が来るとわかっていた。だからこそ頼れる戦力として仲間を募ったのだ。
そして、これまでに三度、軍功を上げる機会を得た。初陣は卒業後すぐに南東の国境沿いに派遣された。戦闘自体は小規模な小競り合いであったが、初陣であったアルスをはじめとする士官学校卒業生には十分である。学校での身体強化を使わない訓練と実戦を比べたら何もかもが違う状況に加えて、実際の命のやり取りという精神的なダメージを負いながらなんとか戦いきることで精一杯だった。二度目も戦い抜くだけで余裕がなかったが、三度目の出陣では、全員が戦場の空気に飲まれることなく本来の力を発揮できるまでに成長していた。
フランツは身体強化の使い方が格段にうまくなった。攻撃する瞬間にだけ身体強化を施し、そこにフェイントや緩急を織り交ぜることで変幻自在な攻め手を体得しつつある。この方法であれば魔素量の制限に縛られることもなかった。これに他のメンバーが触発される。それぞれの得意武器を活かしつつ身体強化をうまく取り入れながら他部隊を圧倒する戦果を上げることが出来たのだ。
分隊長であったアルスはその中でも驚異的な働きを見せる。常人には制限のある魔素を、無制限に使用できるだけなく身体強化による爆発的な運動能力が加わる。ルンデル兵の集団に突撃して行き、一個小隊をひとりで戦闘不能にさせる様はまさに鬼神だった。これによりアルス隊は、どの隊よりも軍功を上げ分隊長であったアルスは中隊長にまで昇進していた。
※※※
王都ヴァレンシュタットはローレンツ南部に位置する最大の都市である。整備された交易路を通って、北や南から出稼ぎ労働者や行商人たちの往来が途絶えたことはなかった。十一月半ばに開かれる大規模な収穫祭の準備のために商人や馬車が大量の商品を持ち込んでくる。町は装飾で彩られ、様々な屋台が並び、人々の笑顔や活気で賑わうのが恒例行事となっている。
そんななか、三度にわたる連戦を終え、ヴァレンシュタットで束の間の休息をしていたアルスたちに緊急招集と出撃命令が下った。
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