バートラム大将軍
「挟撃ですか。それでうちの隊はバートラム大将軍が相手ということですね、相手にとって不足無しです。でも、もう少し情報が欲しいところですね」アルスの報告を聞いてエルンストが感想を漏らす。
「エルンストの言う通り、もう少し情報があればいいんだけど。アイネ、何かバートラム将軍について知ってることはないかい?」
アルスはアイネも部隊長と一緒に呼んでいた。アイネ自身は捕虜と言っていたが、アルスは彼女の行動の制限もしなかった。その点についてはアルスはヴェルナーを信用していたし、ヴェルナーと一緒にいる彼女に違和感を覚える人間もいなかったからである。
「あたしが知ってることは、一般的な人が知ってることぐらいだけど。以前、コーネリアス将軍から聞いたことがあったの。バートラム将軍の強さは将軍個人の強さだけじゃなくて、悪鬼隊の存在が大きいって」
「悪鬼隊?」アルスが聞き返すとパトスが笑った。
「ほっほっほ。まるで我らのことを言っているようにも聞こえますな」
「その悪鬼隊というのは元々は山賊みたいで、それを率いていた兄弟がリーダーをやってるのよ。バートラム将軍にその強さを買われて悪鬼隊を結成したのが最初みたい」
「それじゃ、そのふたりはかなりの強さだということか?」アイネの隣にいるヴェルナーが尋ねた。
「うん。武勇だけで将軍が務まる実力があるんじゃないかって言われてるよ」
元々山賊上がりの連中であれば素行は悪いのだろう。当然市民でもないとなると、将軍などという役職に就くことはない。将軍どころか部隊を率いることすら出来ないのが普通だ。それがバートラム大将軍の下で部隊を率いているというのだから並々ならぬ実力があるのだろう。
「なるほどな。少しは骨のあるやつがいるということだな」それを聞いてジュリがニヤッと笑う。
「バートラム将軍については?」ジュリの言葉を聞いて苦笑いをしていたアルスが再びアイネに尋ねた。
「うーん、あたしバートラム将軍についてはそんなに知らないの。片目で大剣を使う将軍ってことぐらいしか」
「隻眼の将軍か。マリアは何か知らない?」
アルスが困ったときに頼るのが秘書であるマリアである。アルスが実務をこなしている間も、マリアはアルスのサポートをしつつ情報収集も怠らない。文献を調べたりまとめたりする事務処理能力が非常に優れているため、彼女がいないとアルスの実務面がまわらないというのが事実だ。
「十年以上前の戦いの記録になりますが、ルンデル軍との戦いでバートラム将軍が東の隣国ヘルセに攻めたときは村が三つと街ひとつが焼かれてますね。他国との戦闘なのであまり詳しい記録は残ってなかったんですが、略奪や虐殺が酷かったようです」
「うーん、なんだかそれだけ聞くとバートラム将軍本人が山賊みたいに聞こえるけど」
「この記録が本当ならかなり残虐な軍ということかもしれませんね。それと、もうひとつ。奇襲攻撃が得意だという記述もありました」
「ますます山賊みたいじゃないか。隘路や崖下を通るときは気をつけないといけないということか」
「だけど、今回はこちらが攻めるわけじゃないなら、逆に待ち伏せて奇襲するってのはどうなんだ?」それまでふたりの話を黙って聞いていたフランツが口を開く。
「僕らが自由気ままに動けるなら、それも一考の余地はあるけどさ」
「あ、そっか。まーたあいつか!」
フランツはアルスのお手上げ状態のジェスチャーを見て思わず舌打ちをした。実際、前回のコーネリアス将軍との戦いで最も苦労したのは敵ではなく味方だったという苦い経験がある。
「フランツは気づいているけど、今回も僕らの総大将はオルター中将ってわけ。リヒャルト伯爵が現場で手綱を握ってるわけじゃないからね、僕らが何か言っても聞き入れてくれるかどうか怪しいもんだよ」
「あ、なるほど。それは確かに問題ですな」ガルダもふたりの会話を聞いていてすぐに察する。
「それに奇襲といっても地の利があるわけじゃないですからね。なかなか厳しいかもしれません。特にヘルネからケルン城までは北側が森になってます。下手に配置すればいざというときに軍全体が機能しなくなる可能性もあります」マリアが補足する。
「マリアの言う通りだね。いずれにせよこちらとしては森の中に斥候を放って警戒しながら進んでいくしかないね」
軍議から一刻の後、早速ローレンツ軍はヘルネ方面とミュンスター方面の二手に分かれて進み始めた。
※※※※※
一方、ヘルネからはバートラム大将軍が一万の軍勢を引き連れてケルン城攻略に向かっていた。
バートラム軍が進む北側は深い森が広がっている。この森にはブルク川という名前の川が通っており、この下流の先にはランツベルクの港町がある。ランツベルクにとっては貴重な水資源でもある。
季節は三月から四月に移り変わる時期で、木々は厳しい冬を乗り越え色鮮やかな緑に衣替えをしていた。街道沿いに咲く花々も春を迎えて色とりどりの美しい花を咲かせている。
その花を踏みしだきながらバートラム将軍の乗る馬が進んで行った。右目に眼帯を巻き、肩に大剣をぶら下げている姿は威容を誇る。大剣はひざ下まであるような長さで鞘なども無いむき出しの状態。いわゆる斬馬刀のような類であり、甲冑で身を固めていたとしても当たればその重さで重症を負わせることが出来る。
非常に重く扱いが難しいためほとんどの者には扱えないが、バートラムはこれを軽々と扱うことが出来た。
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