三大ギルドとブラインファルク家
「なるほど、貴様らが本当にこれを実行出来るというのなら事は簡単に運ぶな。本当に実行出来るというのならばな・・・・・・」
「お疑いでございましたら、計画の一部を実行することで殿下の信頼を得ることといたしましょう」
「・・・・・・見返りはなんだ?」
ベルンハルトはビルギッタに鋭い視線を飛ばす。それを当のビルギッタは飄々《ひょうひょう》と受け流して応答した。
「三点ございます。まずひとつはノルディッヒ領における鍛冶及び建築ギルドが当商会の傘下に加わるよう取り計らって頂きたいですわ、それが1点目です。2点目と致しましては国内にある鉱石の採掘権の三十パーセントを二十年間、当商会にお任せいただきたく存じます」
「待て。それはメリア鉱山も含むのか?」
「ええ、そうなります」
「最近の野盗騒ぎは貴様らの差し金か?」
「いえ、私たちは一切関与しておりませんわ」
ベルンハルトは意に介してないことであったが、ビルギッタが要求した一点目は、かつてグランバッハ商業協会が熱望し、画策してきたことである。結果的にはアルスの暗躍により、この計画は多大な経費だけを残して頓挫した。それをビルギッタはすんなり認めさせてしまっている。
「聞くだけ無駄なようだな。三つ目はなんだ?」
「国軍が扱う軍備の取引を私どもの独占取引とさせて頂きたいと思います」ベルンハルトの指がピクッと動く。
「それはならん。貴様らの言い値で軍備を整えるなんぞ話にならん」
「それでしたら三十年という期限を設けるということでいかがでしょう?」
「ふざけるな」
「しかし、私たちも事を起こすのは非常にリスクが高いと心得ております。各方面にもそれ相応の投資を必要と致します。初期投資はお金がかかるものですが、十分な額を投資することによって後で得られる報酬も大きくなるというものでございます。もちろん、私たちも法外な値段を吹っ掛けるようなことは致しません。殿下とはこれからも長いお付き合いをぜひさせて頂ければと考えております。なんとかご再考頂けないでしょうか?」
ベルンハルトは沈黙した。三大ギルドから軍備を整える。つまりそれは、戦になれば軍需物資の全てを三大ギルドから購入しなければならないということだ。ある程度は予想していたことだ。しかし、彼らから長年にわたり軍需物資を購入するということは、軍事行動にもなんらかの制限が掛かることになるかもしれない。
「・・・・・・五年だ」
「五年はさすがに・・・・・・二十年では如何でしょうか?」
「十年だ。それ以上は譲れん」
「・・・・・・わかりました、十年でございますね。それで結構でございます」ビルギッタは少し考え、多少大袈裟に溜め息をついて同意した。
「ところで、先ほど貴様が言っていた計画の一部とはどのことを指しているのだ?」
「殿下の重荷をひとつ軽くして差し上げようと思いまして」
「どういう意味だ?」
ベルンハルトの怪訝そうな顔を横目に、ビルギッタは不敵な笑みを浮かべながら口を開く。その表情を見てベルンハルトは明確な嫌悪感を覚えた。この女とは生理的に合わない。
「それは、その時が来ましたら殿下ご自身の目でお確かめください。事が大きいことになりますので準備をするにも時間がかかります。万が一にも事が洩れるようなことがあってはいけませんので」
「ふん、くだらんことを言う女だ。よかろう、見ているぞ」
「お任せくださいませ。殿下の信頼を頂けますよう微力を尽くすと致しますわ」
※※※※※
ビルギッタが帰ったあと、入れ替わりにベルンハルト邸を訪れた男がいた。
「待っていたぞ、ホルスト」
「ベルンハルト殿下」彼は恭しくベルンハルトにお辞儀をした。そして、先ほどビルギッタが座っていた席に座った。
「ベルンハルト殿下、先ほどの珍客はどういった用件でございましたか?」
「ほほう、さすがにブラインファルク家だ、耳が早いな」
「いえいえ、それより殿下があのような者たちとお会いになることのほうが驚きました」
「フリードリヒの地盤は思った以上に硬いのだ。何も正面から押すばかりが能ではあるまい。裏口から手を回す者があってもいいと思っただけだ」
商人風情が。大方ベルンハルトを王の座に座らせて恩を売るつもりなのだろう。商会の女狐め、余計なことに首を突っ込みおったな。ホルストはそう思ったが表情には何一つ出さなかった。
元々ブラインファルク家がベルンハルトに付いた理由は明快である。王家と繋がりの深いブラインファルク当主は父であったルドフ王に特別な計らいをしてもらっていた。
ローレンツが鋳造する銀貨の純度の情報をたまに流してもらうことによって莫大な利益を得ていたのである。銀貨といっても鋳造時の銀の純度で対外的な貨幣価値は大きく変わって来る。それを事前に知っていれば純度の低い悪貨を良貨と交換するだけで莫大な利益を得られるのだ。今の為替相場の情報を事前に知ることが出来るようなものだろう。
その代わりレーヘ王家とも血縁関係があるブラインファルク家はローレンツにとって隣国との平和を維持するための重要な役割を担っていた。しかし、フリードリヒ殿下は公平公正をモットーとする人物であり、そのことをよく思っていない。そんな背景から、ブラインファルク家がそうしたことに拘らない第二王子のベルンハルト側に付くのはある意味当然であった。
「力及ばず申し訳ございません。我々としても工作は仕掛けておりますが、全てが実っているわけでもなく、フリードリヒ殿下と天秤にかける連中もまだ多いのが実情でございます」
「よい。だが、使える手駒は多いほうがいいと思ったまでだ」
「なるほど。しかし、彼らは利益で動く輩です。殿下にとって火傷の火種にならないよう細心の注意が必要かと」
「わかっている。ふふ、せいぜい奴らには道化として踊ってもらうとするさ。ホルスト、奴らの監視を頼めるか?」
「かしこまりました。殿下に害が及ばないようにするのが臣の務めでございますので」
※※※※※
一方、ベルンハルト邸を後にしたビルギッタは王都にある支部に戻ると部下のヘルマーを呼んだ。
「いかがでしたか?あの王子との会談は?」
「プライドの高いただの筋肉バカかと思ってたけど、多少頭は回るようね」
「その様子ですとなかなか難航されたようですね」
「いいえ、ほぼ計画通りよ。経済的には全くの素人だったわ。多少順番が入れ替わることになったけどね。あなたと一緒にしないでちょうだい」
ヘルマーの言い方にカチンと来たのか、ビルギッタはベルンハルトの時とは打って変わって高圧的な言い方で部下に文句を言い放つ。ビルギッタが言っているのは、アルスとの会談のことであった。ヘルマーは以前、エルン州にギルドを進出すべく打診したが見事に失敗している。そのことを突いたのだ。
「アルトゥース王子との会談は私の失敗でした。妙に賢しいガキで、もう少し周りを固めてからするべきだったと反省致しております」
「あなたの言い訳はどうでもいいわ。それより例の計画よ」
「そちらのほうは抜かりなく。薬剤ギルドのほうにも手を回してあります」
「結構、準備を進めてちょうだい」
「わかりました」
風向きが悪くなり、部屋を出て行こうとしたヘルマーは、思い出したように立ち止まり振り返った。
「ビルギッタさま、別件になりますが鉱山を押さえた連中の正体がわかりました」
「どこ?」
「ユーベルタール北方商会です」
「ユーベルタールが!?あの狸ジジイめ、あそこは手を出すなと言ってあったのに!」ビルギッタの顔が怒りに引きつった。
「こちらで対処しますか?」
「いい、私のほうで直接話をするわ。腹が立つけどあそこも三大ギルドの一角よ。下手に事を荒立てたくないの、あなたはそのまま計画を実行して」
お辞儀をして出て行ったヘルマーを見向きもせず、ビルギッタは矢継ぎ早に部下を呼んで指示を出していった。その数日後にはエミールとガルダが野盗を討伐してしまい、結果的にレオノール大商会はユーベルタール北方商会と正面から衝突をせずに済むことになったのは皮肉である。しかし、それは同時に三大ギルド内でも一枚岩ではないことを物語っていた。
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