レオノール大商会とベルンハルトの密会
そんななか突然の訃報がアルスたちの元に届いた。
第三王子のハインリッヒが亡くなったという報せである。死因は病死。アルスはその報せを目にしてしばし茫然とした。その様子を見ていたマリアが心配そうに尋ねた。
「アルスさま、何かあったんですか?」
「ん、ああ。ハインリッヒ兄さんが亡くなったらしい」
「え!?ハインリッヒ殿下って第三王子の・・・・・・?」
「うん。死因は一応病死ということになってる」
アルスは報せが書かれた手紙を睨みつけるようにじっと見つめながらマリアに答える。手紙にはハインリッヒが病気で亡くなったとだけ、非常に短い文章で書かれていた。
「確か、幼い頃からずっとご病気だと伺ってましたけど」
「うん、そうなんだけど・・・・・・」
「どうかされたんですか、アルスさま?」
アルスは父王陛下の葬儀の際に、ハインリッヒにも面会していた。療養中であったので、もちろん外でというわけにはいかない。彼の自室で会って話をした程度であったが、ベッドから起き上がって会話が出来ていたのである。
「いや、何か引っ掛かるんだよ」
「何かあるとお考えですか?」
「わからない。わからないけど、ちょっと急過ぎるなと思って」
「そうですか・・・・・・」
「まあ、考えても仕方がない。ここでは何もわからないし、今は目の前のことに集中していくしかない」
実はこの時アルスには知る由もなかったが、このハインリッヒの死に深く関わっていたのが三大ギルドであった。
時は少し遡る。エミールとガルダたちがメリア鉱山を目指している最中、王都にあるベルンハルトの邸宅にはレオノール大商会のローレンツ支部長ビルギッタが訪れていた。
入口の門をくぐると正面には噴水があり、両脇には綺麗に整えられた庭木が出迎える。噴水を回り込むように庭の通路を進むと正面玄関には冬に咲く花々が飾られていた。よく考え抜かれた植栽だこと。ビルギッタはふんっと鼻で笑い、邸宅を守る衛兵の案内で邸宅の中へと足を踏み入れた。
中に入ると天井に飾り付けられたシャンデリアと中央に備え付けられた大きな階段が目に飛び込んで来る。白い大理石で作られた階段には赤いカーペットが敷かれ、手すりには緻密な彫刻が彫られていた。
ビルギッタの目の前には恭しくお辞儀をした老執事がベルンハルトとの会談の間に案内をする。金の取っ手が飾り付けられているドアを老執事が開くと、そこにはベルンハルトが座って待っていた。
部屋は先ほどのホールと比べると地味ではあったが、白を基調とした大理石の部屋に白いテーブルが置かれている。そこに金の縁取りがされた印象の強い赤いソファにどっかりと座り、足を組んだままのベルンハルトの姿があった。
女傑と呼ばれたビルギッタだったが、そのベルンハルトの存在感と圧迫感に気圧された。しかし、すぐに平然を装いベルンハルトに挨拶をした。
「レオノール大商会、ローレンツ支部長のビルギッタと申します。武勇の誉れ第一と言われるお方にお会いできて光栄ですわ殿下」
「御為倒しはやめろ」
「これは失礼いたしました」
「俺はな、貴様らが嫌いだ。貴様らはウジと同じだ。貴様らの掲げる大陸覇権主義とやらは、国の養分を吸い取るだけ吸い取って内部から崩壊させるウジと変わらん」
見た目は痩せた山羊にしか見えないこの女、口には油がよく塗られているらしい。世辞を言う人間は掃いて捨てるほど見てきたが、この女のそれには吐き気がする。ベルンハルトは座ったままビルギッタを睨みつけた。
「これはこれは、随分な言われようですわ。ですが、少し殿下は私たちのことを誤解なさってます」
「どう誤解してるというのだ?」
「私たち商会は合法且つ合理的に商売をしているだけです。そこに利があればどんな国や地方にでも赴いて商売をすることをモットーとしておりますので。もちろん、数多ある取引先の中では経済的に苦しい立場に立たされている国もあるのは存じております。ですが決してその国の利益に反するようなことは致しておりません」
「ふんっ、どうだかな。経済的に立ち行かなくなった国を傀儡とし、闇の政府気取りだともっぱらの噂だがな」
この点でベルンハルトの指摘は的を射ていた。年々大きくなり、ひたすらカネを集める巨大組織となったギルドは、ありとあらゆる手段を用いて実質的な権力を望むようになった。もちろん、ビルギッタもそのことは承知しているが、狼狽える素振りなど微塵も見せることはない。
「その国の経済的発展や明るい未来のために必要とあらば、時には犠牲を強いる決断も強いられるということも聡明な殿下ならご存知のことかと思いますわ」
「変に隠さず自分で認めるだけマシということか。ならばひとつ問おう。貴様らにとって正義とはカネであり、そのためなら悪魔とでも手を結ぶというのだな?」
「殿下の仰り様はいささか引っかかる言い方でございますわ。ですが、先ほど申しました通り、私たちは利益を追求する商会に過ぎません。必要とあればどこへでも赴き、どなたとでも取引をするというのが私たちのモットーでございます」
「ふふふ、貴様らに国境や国は邪魔なだけというのはまことのようだな。よかろう。貴様らの計画を聞いてやる」
「ご興味頂きまして何よりでございますわ殿下。それではご説明申し上げます」
ビルギッタはベルンハルトに計画の概要を話して聞かせた。
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