アルス軍 VS ヨーゼフ軍(総合演習2)
アルスは、同時に敵に悟られないようにしながら左翼に兵を移動させる。相手の右翼陣営からフランツに向けて兵が出される瞬間を狙って、左翼を担うギュンターとガルダに出撃命令を下した。
出撃した左翼軍はギュンター隊とガルダ隊に分かれた。ギュンター隊はヨーゼフが右翼から増援した部隊の後ろに突撃した。これでヨーゼフ軍右翼は正面にフランツ隊、後方にギュンター隊から挟まれる格好になってしまう。
前方後方から攻め立てられ、ヨーゼフ軍の左翼、右翼部隊はあっという間に瓦解していく。ギュンターの突撃を横目に見ながらガルダはヨーゼフ軍本隊へ突撃した。ここでのガルダの突破力は特筆に値する。ガルダの行く手を遮る兵は軒並み吹き飛ばされていく。相手にとっては脅威でしかない。すでに後がないヨーゼフ軍は必死で防衛線を築くが、ガルダが振るう戦斧の一振りで兵士数人が馬ごと吹き飛ばされていった。
「恐るべき膂力だな。けが人がすごいことになりそうだ」
丘陵地帯の高見から戦場を見ていたヴェルナーがそうつぶやく。
ガルダ隊が本陣へ向けて突き進んでいくなか、乱戦になっていた中心から十人ほどの騎馬兵が突破してきた。突破した後はまっすぐにアルスのいる本陣に向かってくる。アルスの隊に接触する前にふたりが落馬する。振り返ると、ひと際高い場所からエミールが矢をつがえて大きく息を吐いているところだった。
「この距離から当てるのか、三百トゥルク以上あるぞ」
ヴェルナーが思わず感嘆の声を上げる。
「先頭の女騎馬兵、かなり腕が立ちますね」
エミールが弓を構えたままヴェルナーに声をかけてきた。見ると、先頭の騎馬兵を中心にアルス本陣の兵が次々と討たれていってる。
「先頭の女騎馬兵は恐らく部隊長か、うしろに続く連中も腕が立つな」
本陣中央で様子を観ていたアルスが「エルンスト、少し出るんであとよろしく」と言って、その場の指揮をエルンストに任せた。
動揺する周りを尻目に突然単騎で女騎馬兵の戦っているところまで馬をかけていく。アルスの姿を見て最も驚いたのは彼女である。彼女にとって自軍が崩壊の憂き目にあう中でアルスを討つという条件だけが最後の賭けだったからだ。
ヨーゼフの指令は防衛に徹せよということだったが、あのまま守り続けていても負けるのは時間の問題である。だから、乱戦を振り切って独断でここまで突破してきた。それがまさかアルス本人が、わざわざ自分から出てくるとは予想していなかった。
「やあ」
アルスが道ですれ違った婦人にでも声をかけるような雰囲気でさわやかに挨拶をする。場所と状況が違えば、のんびりと公園を散歩でもしてるかのような、そんな光景すら浮かびそうだ。女騎馬兵はその挨拶を無視して無言で切り込んでくる。整った容姿だけを見ればどこかの貴族のお嬢様という感じだが、彼女が振るうその剣先と速度は容姿とは相いれない鋭さだった。
彼女の扱う武器は細身のレイピアに似た剣で、恐らく突きを主体とする戦闘スタイルなのだろう。刀身の中央には意匠が施してあることから、彼女の体格に合うように一から作った剣なのかもしれない。
突き、左へ薙ぎ、斬り返してはフェイントを入れつつ斬り上げる。不安定な馬上の上にもかかわらず、無駄のない動きでアルスに切り込む。アルスは彼女の剣先を受け流しながら感心した。二十合ほど斬り合ったところで、ガルダがヨーゼフを討ち取ったのだろう。突然、終了を知らせる角笛が演習場全体に響き渡った。
続いてヨーゼフ軍の本陣で悲鳴に近い嘆きが入り混じった大歓声が沸き上がる。その直後、アルス軍の勝ちを知らせる狼煙が上がった。
「おおおぉぉぉぉ!!!!やったぞ!俺たちの勝ちだ!」
アルス陣営からも勝利の大歓声が上がった。アルスは最後まで剣を交えていた彼女に笑顔で声をかけた。
「おつかれさま!良い戦いだった」そう言って彼女に手を差し出した。
周りで起こる歓声の爆発にしばし茫然と戦場を見渡していた彼女は、アルスの言葉に振り向いて笑顔で言葉を返す。
「おめでとうございます、アルトゥース殿下」
そう言って彼女は右手に持ったままだった剣を鞘に納め、アルスの手を握った。その姿勢は女性ながら堂々としたものだとアルスは感じた。
「アルスでいいよ、奮戦、見事だった」
「結果的に私はただ命令違反をしただけになってしまいましたが」
そう言って苦笑するが、彼女の表情からは複雑なものを感じた。ヨーゼフの命令に背いたのであれば、今後なんらかの圧力があるのかもしれない。アルスが声を掛けたのは、彼女の剣の腕前もさることながら、終盤の状況での判断であった。与えられた条件下で勝つには、残された選択肢は将軍を討つしかない。
ヨーゼフにそんな戦術的判断が下せるとは思わないし、実際、彼女は命令違反をしたと言った。つまり、勝つための最善の手を命令違反を犯しても躊躇なく実行出来る胆力があるということだ。
「名前を聞いてもいいかな?」
「これは失礼しました。私はマリア・フォン・コンラートと申します、アルスさま。それと、戦闘中とはいえ殿下の挨拶を無視してしまい申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げた。
「あ、いや、それはいいんだ。気にしないで。僕もちょっとふざけすぎたよ。」
アルスは思わず照れくさそうに笑う。それを見て少しだけマリアの表情も和らいだように見えた。アルスは、マリアの剣の腕前がずば抜けていることも気になっていた。実際に数十合、剣を交わしただけだったが並々ならぬ鍛錬を積んでいるとすぐにわかった。
それだけの腕前なら個人戦で決勝に残っていても全くおかしくない剣の腕である。しかし、アルスは彼女を一度も見たことがなかった。そのことを尋ねると、彼女は個人戦には一度も出ていないと答えた。
「母の見舞いで実家とこちらを行き来しておりまして、参加が難しかったのです」
「なるほどね、僕が知らないわけだ。ところで、どうだろうマリア、卒業したら僕のところへ来ないか?」
「え!?」
まったく予想していなかった突然のアルスからの申し出に、パニックになったマリアの顔が赤面する。しばらく考え込んでいるようだったが、間をおいて言葉に窮しながらも返事をした。
「・・・・・・え、ええと、その、私なんかでよろし、ければ・・・・・・」どんどん声が小さくなる。
「よかった!君ほどの剣の腕があれば即戦力だよ!」とアルスが笑顔で答える。
「ええ!?」と言いながら、勘違いに気づきマリアの表情は驚きと恥ずかしさで一杯になっていた。
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