コーネリアスの死
それから一週間は大雨が降り続け、気温はぐっと低くなった。季節外れの寒さが増していくなか両軍の動きは鈍くなり戦闘は睨み合いを続けることになった。そんななか王都からの使者がオルター大将の本陣に到着する。使者は神妙な面持ちでオルターの挨拶を受け流し、書状を広げ陛下よりの勅令を伝えた。
「フリードリヒ陛下よりのお言葉である。汝オルター・フォン・ブラインファルクに告げる。ルンデルとのこの戦は我が国の国事において最重要事項である。貴公には我が軍一万七千の兵の指揮を託した。それを担うは国の根幹を支えることと同義である。しかし、貴公は既に半数近くの兵を失うだけでなく報告も怠っている。貴公の戦場での働き、まことに不誠実であり、不甲斐ないものであると言わざるを得ない。よって、略式ではあるが貴公の大将の任を解き、中将に降格することとする。さらに、今後はリヒャルト中将に全軍の指揮権を委ねることとする。以上」
使者が書状を読み上げると、雨で冷えきった空気が漂っているにも関わらず、オルターの額から汗がしたたり落ちた。オルターには返す言葉もなかった。その日からリヒャルト中将に全軍の指揮権が移り、リヒャルトの指示によってアルスは晴れて前線に復帰することとなった。
リヒャルトは早速軍議を開く。軍議のなかでアルスは、隊を遊軍として再配置するよう希望した。リヒャルトもすぐに賛成したので、当然誰も反対するものはいない。もちろんオルターもその軍議に出席しているが、魂が抜けてしまったかのようにただただ座っているだけだった。
それよりアルスが不可思議に思ったのは、アルス隊が遊軍として配置された後もルンデル軍に動きはなかったことだった。
王都よりの使者が来たその日、ルンデル軍は主柱を失った。雨が降り続き気温が下がると、平原を抜ける風はより冷たさを増した。その天候が原因であろうか、コーネリアス将軍の咳込みがひどくなり容態が悪化すると、あっという間に亡くなってしまったのだ。カールとヘルムートは緊急で今後の対応を迫られることになった。
「やはり、無理をされていたのだ」カールがヘルムートに呟く。
「我々との軍議の間もかなり咳込んでいらっしゃったからな」
「この長雨と風で体感温度も相当下がってる。それが身体に障ったのだろう」
当然ながら、しばらくはコーネリアス将軍の話題が中心となった。が、問題はこれからどうするかということである。コーネリアス将軍の死がローレンツに漏れれば、ローレンツは息を吹き返す可能性がある。なんとしても隠し通す必要があった。
「将軍の死を知ってるのは誰だ?」
「将軍直下の隊長クラスだと思うが。コーネリアス将軍はあまり人を近づけないお方だったからな。将軍直々に命令を伝えていた部隊長は二人だけだ。ふたりともコーネリアス将軍の矛と言われるほどだったのに、何故コーネリアス将軍はそのふたりを戦場に投入しなかったのだろうな?ひょっとしたらアルトゥース王子の部隊にも対抗出来たのかもしれないのに」
「ふむ、今となってはその辺りの事情もよくわからんが、とりあえずその2人をここに呼ぶとするか」
その後、ふたりは将軍直下の隊長ふたりを呼んで軍議に引き入れた。呼ばれたのは大隊長のリッカールト・マイヤー、中隊長のアイネ・クリューガーである。
ふたりの将軍から彼らに対してコーネリアス将軍の死を伏せるように厳命が下った。さらに、彼らから今後の作戦についても命令が下る。すなわち、ケルン城まで撤退するということだった。
「私とカールとで先ほど話し合ったが、この場で諸君に今後の作戦を伝えておく。我々はローレンツに対して優勢に戦を進めていたが、それは全てコーネリアス将軍の戦術によるものだ。主柱を失った今、ここで長居をすればやがてコーネリアス将軍の死は我が軍だけでなく相手陣営にも伝わるだろう。そうなればこちらの士気は下がり、相手を勢いづかせることになる。今のうちにケルン城まで撤退することにする」
「コーネリアス将軍の弔い合戦はしないのですか?俺は許せません。あいつらが攻めてこなければコーネリアス将軍は死ぬことはなかった」
ヘルムート将軍に対してそう主張したのはリッカールトだった。
「気持ちは分かるが、我々がここまで優勢に事を進めてきたのはコーネリアス将軍の力が大きいのだ」
カールが抑えるが、リッカールトはますます感情を爆発させた。
「お二方は悔しくはないのですか!?俺は悔しい、あいつらを全員殺してやらねば気が済まない!」
「ならん、ならんぞリッカールト。軍を指揮する者が感情に任せた行動をするなどあってはならん。『常に冷静であれ』という言葉が誰の言葉か忘れたか?コーネリアス将軍の言葉を忘れるな」
「くっ・・・・・・アイネ、おまえはどうなんだ?悔しくないのか?」
「あたしは・・・・・・そりゃコーネリアス将軍が亡くなったのは悲しいけど」
「ローレンツの奴らが攻めてこなけりゃコーネリアス様がこんなとこで死ななくて済んだんじゃないのか!?」
「・・・・・・」
「何故、黙ってる!?おまえは将軍が勝手に死んだとでも言うのか!?」
「違う、あたしは」
「やめろっ二人とも!」
カールが止めに入りその場を収めたが、リッカールトは納得していない様子だった。軍議を解散した後には両将軍を後味の悪い空気が包んだ。
「カール、あのリッカールトという奴はどんな人間なんだ?コーネリアス将軍の護衛をずっとしていたのは知っているが」
「あいつは、元々コーネリアス将軍が孤児から拾った子らしい。リッカールトにとってコーネリアス将軍は親も同然だろうからな」
「そういうことか。それにしてもいささか反応が過剰過ぎるな」
ヘルムートはリッカールトに対して一抹の不安を感じたが、些事に気を割いている場合ではなかった。明日までに撤退する準備を進めねばならなかったからだ。
一方のアルスはルンデル軍の異変をいち早く察知していた。
「マリア、どう思う?」
「アルスさまが遊軍として前線に配置されたのを見ても一向に動きが無いですね」
「もう少し警戒されるかと思ったけどね」
「どうします?」
マリアにそう聞かれてアルスは改めてルンデル軍の様子を見る。そこから見えるルンデル軍には、以前のような不気味な気配を感じなくっていた。アルス隊が前線に出てもシンと静まり返っているのである。罠かとも思ったが、さすがになんの反応もないのはおかしい。
「そうだね、少しつついてみようか。リヒャルトに動いてもらおう」
「私たちはどうします?」
「少しこのまま様子を見てみよう。反応を見てから決めるよ」
「わかりました」
その直後にアルスはリヒャルトに右翼部隊を率いて攻めるよう進言すると、リヒャルトは早速ルンデル軍に対して攻勢を仕掛けた。それに合わせてルンデル軍も出て応戦はするものの、反応が鈍い。
今まで通りであるならば陣の綻びを見逃さず徹底的に突いてくるような動きを見せていた。士気の上がらない今のローレンツ軍であるなら、尚更隙だらけであるはずである。この動きを見てアルスの違和感は確信に変わった。
「アルスさま、ルンデル軍の動きが変です。何かあったのでは?」
リヒャルトの攻めを見ていたギュンターからもそのおかしさは伝わったらしい。
「確実に内部で何かあったね。よし!今からアルス隊はリヒャルト右翼部隊を相手にしている相手左翼部隊の横っ腹を斜めから抉ってく」
「ヴェルナー、いよいよだな」フランツがいつの間にかヴェルナーの横に来ていた。
「わかってる」
「気合入れて行けよ!」
「わかってるって!」
「はははっ、じゃあまたあとでな」
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