アルスの読みとヴェルナーの苛立ち
アルスが抜けてから次の日のたった一戦で、ローレンツ軍左翼は兵のほとんどを失い、将も討たれるという事態に陥った。この敗北にオルター大将は言葉を失った。それでもオルターは戦いを継続するという選択をする。この時点ですでに七千の兵を失っていたが、残兵一万。ルンデル軍とほぼ同数である。彼は消失した左翼の代わりに自らが左翼を率いて戦うことにした。
善戦してるのはリヒャルト中将率いる右翼だけで、ローレンツ軍全体としてはその後も連戦連敗だった。オルターの指揮は戦術判断がカール将軍に対して常に一歩遅く、陣形が整う前に削られていくのである。
戦いは三月に入り攻め手であるローレンツ軍には連戦連敗による疲弊と厭戦気分が広がっていた。この状態こそコーネリアス将軍が狙っていたことである。一方のアルス隊は後方に配置され身動きを封じられたままだ。アルスはそんな自軍の状態を苦々しく思いながらも沈黙を貫くことにした。
「なぁアルス、俺たちはいつまでこの状態なんだ?」フランツがイライラしながらアルスに尋ねる。
「そうですよ、酷すぎます。私たちは何もしてないのに疑われるなんて。アルスさまがコーネリアス将軍と通じるわけがないのに」
マリアもフランツの言葉に重ねて来た。フランツやマリアだけではない、アルス隊の全員がこの状況に憤りを感じているのだ。
「そうだね。コーネリアスと繋がることで、僕が世継ぎ争いに暗躍してるとか考えてるならアホとしか思えない」
「オルターみたいな奴がこの軍を指揮していたらいずれ全滅してしまいます」
普段、余り怒りを見せないエルンストも不満を漏らす。この状況には相当憤慨しているのだろう。
「大丈夫だよ。恐らくだけどこの状況はもうすぐ終わる」
「どうしてそう思うんですか?」アルスの言葉にマリアが反応した。
「オルタ―は自己保身の塊みたいな人間だよ。真っ正直に本国に報告してると思うかい?」
「つまり、都合の良い報告をしてるってことか?」
フランツがまるで毛虫でも見つけたような顔でいる。仮に敗戦の報告をしたとして。オルターの性格からして、戦場での敗戦の責任は全て自分以外の誰かのせいとでも報告しているのかもしれない。仮にもしそうであったとしても、大将としての責任は問われることになるのだが。
「そうだろうね。でもオルター将軍がどんなに脚色したにせよ連戦連敗の報告はフリードリヒ兄さんの元に届いてるはず。もちろんオルター将軍以外の情報筋からね」
「誰からなんだ?」
「僕からリヒャルト伯爵に密かに提言したのは、戦場の正確な情報を陛下に伝えること。伯爵からもフリードリヒ兄さんに戦場の状態を報告してもらってるんだ。もちろん兄さんのことだから斥候くらい放ってるかもしれないけど。それが情報の裏取りにもなる。そうなれば兄さんはどう動くと思う?」
「撤退させるということですかな?」ガルダも首を突っ込んで来た。
「たぶんそうはならない。兄さんだってこのまま全面敗北すれば立場が危うい。だとすれば、オルターの大将の任を解く可能性が高い」
「つまり我々は自由に動ける!?」
エルンストが興奮気味に叫んだ。フリードリヒ兄さんが、このままの状況を黙認するとは到底思えない。ここで負けを認めてしまえば、貴族の信頼を失うことになる。そうなれば、玉座に座ることも難しくなる。最悪、弟であるベルンハルトに奪われることだってある。
「そうなると思う。その時が本当の勝負になる」
「おおー!」
「ヴェルナー、君に一言先に謝っておきたい」
「はい」
「ここまで七千の兵が殺されてる。ルンデルがナルーガ左翼部隊にやったやり方はさすがに酷すぎだ、僕は黙ってこのままやられるわけにはいかない。次にこの隊が動くときは容赦は出来ない」
アルスはナルーガ軍がただやられていくのを黙って見るしかなかった。勝負がついていたにも関わらず、逃げ惑う兵士を殺戮するやり方には我慢が出来なかったのだ。
「・・・・・・はい」
「だが約束する。決して必要以上に犠牲を出すつもりはない」
「アルスさま、私なんかにお気遣い頂きありがとうございます。私のことは気にせず全力で戦ってください。私はどんなことがあってもアルスさまについていくつもりです」ヴェルナーは手を胸に当てアルスに頭を下げた。
「すまない、ヴェルナー・・・・・・」
※※※※※
「ヴェルナー」
アルスが離れた後、しばらく考え込んでるヴェルナーにフランツが話しかけてきた。
「どうした?」
「ヴェルナー、おまえあの時少女の身の上が可哀そうだっつったよな。三大ギルドに支配されてるから可哀そうな国なのか?」
「何が言いたい?」
ヴェルナーはフランツを見上げるとニヤニヤしながらフランツは言い放った。
「惚れてんだろ?」
「な、何言ってるんだ!?俺はただ」
「ただ、なんだ?おまえはルンデル人が可哀そうだから戦いたくないのか?違うだろうよ。おまえはその娘に共感したからこそ戦いたくないんだ」
その言葉にイラつき、反論しようとしたヴェルナーだったが反論することが出来ない。それがまたヴェルナーを余計に苛立たせた。
「はぁ・・・・・・おまえは本当にうっとおしい奴だな。俺もずっと考えている。確かにその娘に共感したし出来ればこちらに来てもらったらいいと思ってる」
「ほらみろ。それが惚れてるって言うんだよ」
「いや、ちがっ」
「違わんよ。どのみちおまえはその娘に会わなかったらルンデルと戦いたくないなんて思わなかっただろうよ」
そう言われてヴェルナーはハッとした。確かにそうだ。俺はランツベルクのあの惨状を見てもあの娘に会うまでは戦うことに疑念など抱いてはいなかった。自分でも気づかないうちに惹かれていたのか・・・・・・?
フランツの言葉に苛立ちを覚えていたのは、奴の言葉が核心を突いていたからだ。ヴェルナーは認めざるを得なかった。
「アイネ」
「は?」
「アイネっていうんだよ、その娘の名前だ」
「なるほど?」
フランツはそれを聞いてニヤッとした。やっと認めたなコイツ、というのが表情から伝わって来るようで嫌だったが、ヴェルナーは無視して続ける。
「銀髪の少女で、若いがかなり腕が立つ。隊長って呼ばれてたし、オーラの扱いにも長けてるようだった」
「ふーん」
「何ニヤニヤしてんだ!」
「ははっ、悪い悪い。わかった。もし戦場で会うようなことがあったらおまえが決着つけろ。これはおまえ自身の問題だからな、おまえの手で決着をつけるしかないんだ」
「言われなくてもそうするさ」
アルスさまの言う通り、戦闘バカのくせに変に気を回す奴だ。フランツのおせっかいには正直うっとおしいと感じたヴェルナーだったが、そのおかげでスッキリ答えが出た感じがした。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。