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不敗将軍の秘策

「カール将軍、ヘルムート将軍、アルトゥース王子について何か知っておるか?」


 このコーネリアスの問いにカールはしばしの沈黙の後、一般的なことと断りを入れて聞いていることを共有することにした。


「私が聞いているのは、アルトゥース王子が先の大戦において我が国からエルンの地を奪い取ったということのみです。何か策を講じたかはわかりませんが、当時ハインツ将軍の副官であったゲオルグは一夜のうちに城を盗られていたと言ってました」


「私もそう聞いております。その王子の軍にいるかわかりませんが、ハインツ将軍が討たれたのは化け物のような手練れだったともゲオルグ以下複数の兵たちからも証言を得ているようです」


 カールの説明にヘルムートも補足を入れる。コーネリアスは、顎をさすりながら黙って聞いていた。何かを考えているようだったが、しばらくの間をおいて口を開いた。


「ハインツを討ったのも、オイゲンを捉えたのも彼の軍じゃろうな。剛の者であるゲルハルトも討たれておる。鬼が(さら)っていったという真偽定まらぬ噂まで出回っておるくらいじゃ。王子の部下はやはり恐ろしく強いと見える。そして間違いなく王子自身も戦の申し子のような人間じゃな、儂の取った戦術をこうも逆手に取られるとはな。ゴホッゴホッ」


「大丈夫ですか将軍?」


「老人にはこの冬の寒さはなかなか厳しいの、ふぉっふぉ」


「無理をされないでください。私見になりますが、王子の軍は千もおりません。大軍で包囲すれば討ち取れるのでは?」


「力業では難しかろう。考えてもみい、オイゲンとて二千の兵を擁して展開していたが、捕虜として捕らえられた。虚を突かれたとはいえ、逆に王子の軍はほぼ無傷ときておる。多少の数でどうこうならんほどに武の桁が違いすぎるわい。それに、もっと厄介なのはアルトゥース王子本人じゃな」


 当初、コーネリアスは川を背にした背水の陣でローレンツ軍を完膚なきまでに叩き伏せ、その後は川を挟んで対峙する時点でほぼ決着がつくような絵を描いていた。しかし、そこから完成予定図を大幅に変更を余儀なくされる。そうせざるを得なかったのは、アルスの存在だと気づいたのだ。


「というと?」ヘルムートが聞き返す。


「川で対峙したときに中央で強行突破してきた部隊がおったろう」


「ありましたね」


「問題はタイミングじゃ。両翼を突っ込ませたあのタイミングで強行突破を決断させたのは恐らくアルトゥース王子だの」


「しかし、敵の中央騎馬隊は将軍の伏兵で向こうもかなり損害が出てるはずです」


「いやいや、そうではない。王子の本当の狙いはローレンツ軍本隊の渡河じゃ。それをまんまと成功させおった。まだ、十六、七歳と聞いておるが、あの若さでそれを成すとは。はっきり言って末恐ろしい逸材じゃて」


 そう言ってからまた咳込み、カールとヘルムートは心配そうに老将軍を覗き込んだ。コーネリアス将軍は掌を突き出し、両将軍の気遣いを拒否する。落ち着くと、カールは改めて打開策についての疑問をぶつけた。


「我々はどうすれば?」


「心配せんでええ。ローレンツの政情と人間関係は既に察しがついてる。強すぎるなら封じてしまえばええんじゃ」カールの問いにコーネリアスは笑って答えた。


 コーネリアス将軍は彼がその場で考えた作戦をカール将軍とヘルムート将軍に伝えた。短い軍議を終えた後、両将軍は改めてコーネリアス将軍の知恵に驚かされるのである。


「コーネリアス将軍の知恵は未だに衰えることを知らないな」軍議の後にカールが感想を述べるとヘルムートが頷いた。


「ああ、次から次へとどうしてああも思いつくのだろうか。だが、俺はそれよりもコーネリアス将軍の容態が心配だ」


「確かに。この歳で冬の戦場ははっきり言ってかなりキツい。雨が降ってから明らかに体調を崩しておられる。ゴットハルト将軍か、バートラム将軍が居てくれればもっと違う戦い方も出来たろうに」


 カールの感想にヘルムートは溜め息を漏らす。不出来な弟だったが、ゲルハルトも討たれてしまった。コーネリアス将軍の知恵にどちらかの将軍の武力と戦術眼が合わされば、この戦はもっと簡単に勝てたのではないか?そう思わざるを得ない。そんなことが一瞬頭をよぎりながらもヘルムートはカールのぼやきに答えた。


「そもそもコーネリアス将軍が両大将の申し出を断ったと聞いている」


「何故だ?」


「最後まで自分の居城くらい自分で守ると言って聞かなかったそうだ。そう言われてはゴットハルト将軍もバートラム将軍も引かざるを得なかったらしい」


「なるほどな。せめて俺たちがコーネリアス将軍の手足となって働かないといかんな」


「そういうことだ」




 一方、ローレンツ軍は多大な損害を出しながらもアルスが敵方の将軍を捕らえたことに沸き立った。オルター大将もこのアルスの働きに対しては認めざるを得なかった。というより、捕虜として捕らえたことを鼓舞する材料として使わなければ連敗の責任が自分に降りかかるため、保身のためにも利用するしかなかったというのが正確だろう。


「なあ、アルス。この後はどうする?俺が見る限り相手陣営に俺たちとやり合える武将はいないだろう。このまま俺たちだけで総大将の首を取っちまうほうが早くないか?」


「相手はコーネリアス将軍だ、そんな簡単にいくわけがない。それに、魔素の量が上がったところで体力は有限だよ。僕ら個々の武力は敵兵には脅威であっても戦局全体を覆すようなものじゃない。敵将がわざわざ一騎打ちしてくれるわけでもない。多勢に囲まれれば死ぬだけだしね。それより、オルター大将がこれ以上僕たちを自由に行動させてくれなくなるかもって心配しているところだよ」


 実際、アルスの不安は敵軍というより、味方の大将にある。対してコーネリアスの戦術指揮能力は今まで戦った敵のなかで最も洗練されている。それも比較できないほどに。味方より敵のほうに敬愛の念を抱くというのは、いささか複雑な心境だった。


「面倒くせーな、貴族さまってのは」


「ははは、フランツはその辺全然変わらないよね」


「ちっ、なんだよそれ?」


「褒めてるんだよ」


「褒めてんのかそれで?」


「褒めてるよ」


 フランツがそれを聞いて、やれやれという仕草で首を振ったのでアルスは思わず笑った。


「まぁいいや。どっちにしてもおまえが早く昇進してくれんと自由に戦えないってのは不便過ぎだわ」


「アハハ、まぁね。頑張るとするよ」


 そんなやり取りをした次の日、ルンデル軍は左翼のナルーガ将軍をカール中将が猛烈に攻め立てた。逆にアルス軍のいる右翼に対してはヘルムート中将は全く動かない。


 オルター大将は、今までの連敗が足枷となり何かあるのでないかと疑うようになっていた。ヘルムート中将が全く動かないことに対しても何か誘われているのでは?と思い、自ら攻めることも無かった。


 次の日も全く同じである。動いたのはカール中将だけで、ナルーガ軍を攻め立てる。それに対して中央のリヒャルト軍が援軍を出すという形である。同じことが次の日も続いた夕方、ナルーガ将軍はルンデル軍の伝令が慌てて落としていったとされる書状を発見したと兵士から報告を受けた。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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