コーネリアスとアルス 知略合戦1
「どうなってる?もう既に敵は移動した後ということなのか?」
「将軍、さすがに陣が空になってるのはおかしくないですか?」
部下がそう言った直後である。後方から剣戟を交わす音と共に悲鳴が上がった。カール中将は先日潜伏していた長く伸びた草の陰に隠れて、敵の前衛部隊をやり過ごすと、敵の背後から一気に襲い掛かったのだ。
またこの時、オルターが奇襲の速度を上げるために全体の陣形を縦陣に変えていたことも災いし、ナルーガ軍の後方は瞬く間にカール中将に食い破られていく。
これと全く同じことが右翼を担うフーゴ連隊長の身にも降りかかろうとしていた。このとき、奇襲作戦で名を上げようとしていたフーゴ連隊長は、同じ右翼を担うアルス隊を置いて遥かに突出している。
相手左翼を担うオイゲン将軍が左翼同様にフーゴ連隊長の背後から一気に襲い掛かかると、フーゴ軍は数が少なかったため、後方の軍はオイゲン将軍に完全に包囲されてしまった。遅れて来たアルス隊がこれに気付いて突撃を仕掛ける。
「アルス!フーゴの野郎、囲まれてるぞ!」
「急ごう!」
ここで初めてオイゲン軍は、アルス隊の凄まじいまでの戦闘力を知ることになった。先頭を走る各部隊長のオーラによる衝撃波により、フーゴ軍の背後に食らいついていた敵兵たちはあっという間に吹き飛ばされ瞬く間に蹂躙されていく。
フーゴ軍の背後を襲っていたはずのオイゲン軍は、アルス軍の余りの強さに背筋の凍るような恐怖を感じていた。同時に、状況的には逆にアルスによって背後を突かれ、いつの間にか挟撃される格好になってしまっていた。
「退くぞっ!」オイゲン将軍自身も恐怖を感じ、たまらず退却するしかなかった。
「アルス、追うか?」フランツが問うたのは当然オイゲン軍のことである。
「いや、やめておこう。僕らはこの辺りの地理に詳しくない。それに今はまだ暗いしね」
アルスがそれより気になっていたのはオイゲンが退却した方角だった。自陣には戻らず川に沿って南に退却していったのである。
※※※※※
「いったい何事か!?」オルターが両翼で起こった戦闘音の詳細を確認していると、斥候兵が馬で駆け込んできた。
「オルターさまっ!右翼、左翼とも敵の待ち伏せにあったとのことです」
「完全に読まれていたということかっ!軍を二つに分ける。左翼は私が行く、右翼はリヒャルト中将に救援に向かうよう伝えろ!」
オルターが隊に指示を出している最中である。
「オルターさまっ!危ない!」兵士のひとりがオルターを背中から地面に押し倒した。
ドォォォォォォォォォォン!
オルターの後ろで糧食庫に火を放っていた兵が、突然爆発した糧食庫の爆発に巻き込まれ吹き飛ぶ。爆発した糧食庫は燃え広がり、次から次へと一帯の糧食庫を巻き込んで爆発していった。陣に入り込んだオルターの部隊はこの爆発に巻き込まれて次々と吹き飛んでいく。
「コーネリアスめぇぇ!」
部下の咄嗟の機転で助かったオルターであったが、中央軍もここで大きな被害が出てしまった。
※※※※※
やがて夜が明け始めると、オルターは驚愕した。敵はいつの間にか川を渡っており、川岸に陣を構えていたのである。
そして、同時にローレンツ軍の受けた傷の大きさが顕わになった。ローレンツ中央軍は爆発に巻き込まれた死傷者が千五百人を超える。爆発物には釘や鉄くずなどで殺傷力を増した火薬が使われており、それによってかなりの怪我人が出てしまったのだ。
また、最も酷い被害を受けたのは左翼のナルーガ軍である。ナルーガ軍は千七百人ほどいたのが、昨日のカール軍の襲撃により更に半数の数にまで減ってしまっていた。
ナルーガ将軍の報告によれば中央で爆発が起こると、それが合図であったかのようにカール軍は北に向かって引き上げたそうだ。そのなかでも、唯一右翼部隊だけが最も被害が少なく、且つ敵にダメージを与えることが出来ていた。
オルターは、敵軍と同じく川の前に陣を敷き部隊を再編制しなくてはならなかった。
※※※※※
「アルトゥース殿下、助かりました」
リヒャルトがアルスの元を訪れたのは、奇襲攻撃が失敗に終わり編成作業に一区切りついたあとだった。
「やあ、無事でよかったよ」アルスはニカっと笑うとリヒャルトに席を勧めた。
「殿下にまたまた救われましたな」
「ハッキリしたことが言えなくて、直感みたいな内容しか書けなくて申し訳ない」
「いえいえ、あれで十分伝わってきましたよ。お陰で私の隊は余り被害を出さずに済んでいます。ところで、コーネリアス将軍が背水の陣を敷いていた理由なんですが」
「ああ、これでハッキリしたね」
「やはりですか。あれは元々捨てることを前提に作られた陣だったということですね?」
リヒャルトの見解はアルスと一致していた。オルター将軍が糧食庫を焼き払った時、爆発が起きたということは元々糧食を最低限しか運んで来てない可能性が極めて高い。輸送するものが無ければ、渡河するのも時間は掛からないってわけだ。
「それにあの尋常でないかがり火の数を考えると、陣営に人がいると見せかけて我々が奇襲する前にコーネリアス本隊は渡河していたと考えるべきでしょうね」
「あの、アルスさま、ちょっといいですか?」隣でずっと聞いていたマリアが思わず尋ねた。
「うん、なんだい?」
「先日、相手右翼を率いるオイゲン将軍が南へ退却していきましたよね?」マリアは地図を指でなぞって、昨日のオイゲンの動きを再現していく。
「そうだね」
「ということは、川の南側は渡河がしやすいポイントがあるということじゃないでしょうか?」
アルスはマリアの指摘に頷いた。川を挟んで対峙した場合、浅瀬の渡河ポイントを見つけて渡るか舟を用いて渡河するかのどちらかしかない。この場合、渡河出来るポイントを探るなら敵の動きを追っていくのが正解だ。
「マリア殿の指摘は正しい。そして、川に沿って北側に退却したカール将軍の動きを見るに恐らくそちら側にも渡河が容易な箇所があるとみるべきだ」
「それなら両翼から相手に気付かれないように騎馬隊で渡河して相手を挟撃してしまうっていうのはどうでしょうか?」
「なるほど、それなら優位に立てる!」
「うーん・・・・・・」アルスは腕を組んだまま黙ってしまった。
「ダメでしょうか?」不安そうにマリアが尋ねる。
「殿下としては何か引っ掛かるところがあるのでしょうか?」
「ダメじゃない・・・・・・。というか、むしろ戦術的には定石だとは思う。ただ、相手がコーネリアス将軍だからなぁ・・・・・・」
「コーネリアス将軍には読まれると?」
「恐らくその程度は向こうも十分想定していると思う。相手が相手だ。更に裏をかく必要があるかな・・・・・・」
アルスがそう言うと三人ともしばし考え込んでしまった。不敗の将軍コーネリアスはあらゆる想定をしているだろう。
常識の範囲内で練られた戦術ではダメだ。もっと、常識を超えた作戦・・・・・・あるいは、想定出来ても防ぎようがない戦術・・・・・・。
「リヒャルト中将」考え込んでいたアルスが顔を上げ、ふと尋ねる。
「はい?」
「中央の川ってどうなの?」
「中央の川ですか。流れが急ですので徒歩で渡るのは厳しいかと思います」
リヒャルトの言う通り、中央の川は深さもあり流れも急である。アルスもその辺りは見ていた。しかし、どうしても確認したかったのはそこではない。
「馬だったら?」
「馬ならなんとか可能かと思われますが、流れが急ですので渡河してる間は弓や投石に対しては無防備になりますね・・・・・・」
「・・・・・・なるほど」
「何か思いつきましたか?」
「うん、思いついた」
「ははは!」リヒャルトが嬉しそうに笑う。
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