夜襲の影
ナルーガとしては、なんとしても伝えたい情報であったが囚われの身では伝える術もない。そのまま夜を迎えるとやることもない。仕方なく寝ていると妙な音で目が覚めた。
ガリガリ、ガリガリ、ガリガリという断続的な音が床下のあちこちから聞こえてくる。なんだ、ネズミかと思って再び眠ろうとしたナルーガだったが、ハッとして目が覚めた。
ひょっとしたらと思い、木の檻の柱部分をグイグイと引っ張ってみる。ガッチリとして動かない。次から次へと手当たり次第に柱を引っ張ってみると一本だけメリメリという音がした。
思わず周囲を確認したナルーガだったが、見張りをしていた兵士もどこかに行っており、幸い周囲に人影はない。そのまま力を入れて引っ張り続けると柱の根本が折れる音がして、外れた。そこから両側の木を押しのけるようにして身体を捻じ込みながら外へ出ることに成功。
そこからのナルーガの行動は素早かった。辺りを見回し、兵士を避けながら南側にある簡易的な厩舎を発見し、辿り着くと馬に乗り込み全力で自陣に向かって走り出す。
途中、脱出に気が付いた兵士たちの声が聞こえ、追っ手がかかるがナルーガはなんとか逃げ切り、自軍に逃げ込むことが出来たのである。
一方、オルターは捕虜に囚われたナルーガ将軍の代わりに左翼陣営に入り、天幕の中で今後の作戦を練っているところであった。そこに、突如天幕の中に現れたナルーガ将軍の変わり果てた姿に驚いた。
「ナルーガ将軍!卿はいったいどうやってここまで!?」
「こんな格好で申し訳ないのですが、私のことは後ほど。それよりもまずお耳に入れておきたいことがございます」驚くオルター将軍を前に、ナルーガは一刻も早く先ほどのことを伝えなければならなかった。
「なんだ?」
「私が捕虜となっている間、兵士たちの話が耳に入ってきました」
「ふむ。その話とは?」
「明日の夜明け前に敵は迂回して我が軍の背後に回り、大規模な夜襲を仕掛けてくるとのことです」
「なんと!?ルンデル軍が明日の夜明け前に夜襲をするだと!?」
それが真実であれば恐らく敵は我が軍を挟撃する算段だということになる。
ナルーガはオルターに脱走の経緯を含め、事の顛末を詳しく話して聞かせた。オルターはナルーガの話に頷き、無事を喜んだ。
「お手柄であったなナルーガ将軍」
「敗戦の将となり、このような情けない姿を晒し面目ございません」
「何を言う。とにかく今夜はゆっくり休んでくれ」
「はっ、では失礼いたします」
ふむ。これが、本当であれば一気にコーネリアスを討ち取れるな。夜襲前に迂回して我が軍の背後に回るという事は、相手の陣営はそれだけ手薄になるということだ。ただ、相手は知恵者で知られるコーネリアス将軍だ。こちらも慎重にいかねばならん。
オルターは斥候兵を呼び、夜襲があるかどうかの確認を指示した。
※※※※※
一方、ルンデル陣営である。本陣の天幕の中には禿げ上がった頭に白く長いヒゲを片手で弄りながら、地図を眺めている人物がいた。
「コーネリアス将軍」伝令兵が走って来ると、息を整えながら報告した。
「どうした?」
「カール中将より伝言です、うまくいったとのことです」それを聞いてコーネリアスと呼ばれた老人はニヤリと笑う。
「ふぉっふぉ。それはなにより。では、儂らもそろそろ動くとするかの」
コーネリアスは伝令兵を呼ぶと両翼を担うカール中将とオイゲン少将に指示を飛ばし、自身も準備を始めた。近くにいるヘルムートには直接指示を出していく。
「ヘルムート中将、陣の前にかがり火を出来るだけたくさん用意しておいてくれんか」
「わかりました」
「それともうひとつ、事前に作っておいた案山子に松明を持たせて、陣営の奥の幕に影が映るように配置しておいてくれ」
「了解です」
※※※※※
そして、次の日の未明である。オルターが放っていた斥候が戻って来た。
「オルターさま、報告です!」
「どうであった?」
「はっ、ナルーガ将軍の話通り敵の動きはかなり活発です。敵陣営は移動する準備も始めている模様です」
「やはりそうか!よし、こちらも出撃の準備をする!」
オルターは、左翼陣営の指揮をナルーガ将軍に戻し、自身はそのままリヒャルトと並んで、中央左翼側の指揮を取ることにした。この時、各隊の陣形を横陣から、より攻撃的な縦陣に組み替えるよう指示を出している。
※※※※※
オルター大将の作戦が全軍に伝わった後、中央を預かるリヒャルトの元に一報が入る。
「リヒャルト閣下!アルトゥース殿下より書状を預かっております」
「殿下から?」
「はい、危急の報せとのことです」
リヒャルトが兵から筒を受け取ると、中には筒状に丸められた書状が入っている。書状の封印を割って開くと、アルスが急いで書いたと思われる字で書いてあった。要点を整理すると以下の通りである。
・ナルーガ少将の脱獄が成功したのは偶然なのか相手の意図なのか判断がつかない点
・敵兵が相手の捕虜の近くでわざわざ今後の計画を話したのは偶然か?
・前提として、そもそも何故敵軍は背水の陣を敷いているのか?攻めを誘っているように思える点
・以上のことから、全てがコーネリアス将軍の一連の罠である可能性が捨てきれない。慎重を期して事に当たられたし。とのことだった。
リヒャルトは手紙を読みながらいちいち頷くと、部隊を少数の先遣隊と後方部隊に分けた。そして、自らは後方部隊にて指揮をとる。
やがてオルターから全軍出撃の号令がかかると、ローレンツ軍は一斉にルンデル陣営に向かって夜襲を仕掛ける。しかし、オルター率いる中央軍がコーネリアス本陣に到達しても、相手の反応は全くなかった。
「どういうことだ?これだけかがり火を焚いておきながら全く反応が無いのはおかしい」
「オルターさま!本陣の奥に大量の人影が見えます!」
「よし!そこに向かうぞ!」
オルター率いる部隊が人影のいるところに辿り着くと、松明を抱えた大量の案山子が置いてあるだけ。その案山子の後ろにかけてある幕に映ったのが大量の人影だったのである。ここまできてようやくオルターはコーネリアスの罠にかかったことに気が付いた。
「くそっ、退却だ!この陣営に火を放て!残っている糧食庫にもだ!」
オルターがそう指示を出してからしばらくすると、両翼から叫び声と激しい戦闘音が聞こえてきた。
※※※※※
同時刻、左翼軍を率いるナルーガ将軍はこの奇襲で敗戦の仇を討つ勢いで真っ先に相手陣営に突撃する。ところが、相手右翼陣営にはカール中将どころか敵兵の姿すら見かけることはなかったのだ。
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