不敗の将軍 コーネリアス
このとき、誰もがルンデル軍の配置を見て疑問に思った。ルンデル軍の背後には川がある。戦の常識でいえば、逃げ場のない川の前に軍を配置するなど本来であれば自殺行為である。
先に動いたのはルンデル軍だった。右翼に展開していたカール中将がローレンツ軍の左翼ナルーガ少将に攻め込む。最初はほぼ互角の戦いであったが、一時間もすると徐々にルンデル軍が押され始めた。そして一刻後にはほぼ潰走状態になる。
アルスはこれを見てすぐにオルター大将に伝令を飛ばした。
「アルスさま、何故オルター大将に伝令を?」アルスのすぐそばで様子を見ていたマリアが尋ねた。
「最初は徐々にナルーガ将軍が押しているように見えたけど、ルンデル側からほとんど攻めて来てないんだ。守りに徹しながら勝手に自壊してるように見えたんだよ。確信は無かったけど、今の潰走状態は明らかにおかしい。潰走してるように見えて陣形は崩れてないからね」
「そういえばそうですね。バラバラに逃げてるように見えて整然としてるようにも見えますね」
「相手はあのコーネリアス将軍だ。僕なら深追いはしない」
一方、これを見てオルター大将はほくそ笑んだ。
「イシスの神々も照覧あれ!我がローレンツ軍の強靭さを!徹底的に追い打ちをかけるのだ!」
その直後にアルスの伝令兵がオルター大将の陣を訪れた。
「何用か?」オルターは訝しげに伝令兵に尋ねた。
「はっ!アルトゥース殿下より、左翼のナルーガ少将を下がらせたほうが良いとの伝令でございます」
「はっはっは!何を言ってる?勝ってるのは我が軍だぞ?何故後退する必要がある?」
「アルトゥース殿下が仰るには敵の罠の可能性があるとのことです」
「確かにルンデルのコーネリアスと言えば知恵者で知られてるが・・・・・・あれを見よ!既に老いぼれて知恵も枯れ果てておるわ」
オルター大将が指した戦場を見ると、確かにルンデル側のカール中将は潰走しているように見えた。普通に見ればナルーガ少将が善戦しているといっていい。
オルター大将のところに急いだ伝令兵がアルスの元に戻って来た。
「殿下、報告します!」
「どうだった?」
「申し訳ございません。ダメでした」
「やっぱりダメかぁ」
「おまえ王子なんだから命令しちゃえばいいんじゃないの?」隣で聞いていたフランツがとぼけた様子で言う。それが出来たら苦労しない。
「僕のほうが階級が低いのに出来るわけないよ。そもそもこの国は貴族の影響力と戦場での実力で階級が決まるんだよ」
「それならおまえの場合はどうなんだ?」
「僕は王族といっても端くれだし、たかが八百の兵だ。経験も少ないと思われてるし動員出来る兵数も少ない今は、地道に戦功を上げて階級を上げていくしかない」
「オルターが実力あるようには見えんけどな」
「ははは、彼は単純に高齢のブラインファルク家当主の代理だろうね」
ブラインファルク家は戦で戦功を重ねて大きくなった貴族ではない。当主の弟であるホルストのように政治力で登り詰めて派閥を取りまとめるリーダー的存在になった家である。ホルストは中将扱いだが、今は裏で活動することに専念しているということなのだろう。そこでオルターに白羽の矢が立ったというところだろうか。
「実力じゃなく家柄ってやつね、あー、やだやだ」
※※※※※
アルスたちが話している間にも、戦況は刻一刻と動いていく。左翼ナルーガ軍はカール軍を追い込んでいくとナルーガ軍だけが突出した形になっていった。
ルンデル側の中央軍であるヘルムート中将がカール中将を助けるために出撃すると、それに合わせるように中央のリヒャルト軍は相手のヘルムート軍に突っ込む。そこで中央軍はがっぷり組み付く形になり、膠着した。
その間にナルーガ軍はさらに奥へと進み、カール軍の陣地まで足を踏み入れたところで状況は一変する。カール軍の陣地の隣には塹壕が掘ってあった。塹壕は平原の草が生い茂る場所の裏に巧妙に隠されており、ナルーガ将軍からは発見することが出来なかった。
そこから五百のルンデル兵が弓で一斉射撃をした後に突撃したのだ。ナルーガ軍は潰走するカール軍を追い掛けている最中だったため、陣形は縦に伸びきっている。そこに横から矢を射れば目をつぶっていても当たるほどだ。さらに、塹壕から飛び出たルンデル兵から強烈な横撃を食らうと、今度は逃げていたカール軍本隊がいつの間にか陣形を組み反撃してきたのだ。
ナルーガ軍は正面と真横から挟撃される形になってしまい、一気に形成が逆転してしまった。
「退けっ、退けぇ!」
ナルーガ将軍の号令も虚しく、追い込んでいるつもりだったナルーガ軍は挟撃によって次々と倒されてしまい、ナルーガ将軍自身もルンデル軍に囚われてしまう。それでも、ナルーガ将軍麾下の部隊長たちが兵をまとめ、なんとか包囲網を突破し自陣に戻ることが出来た。
ほうほうの体で退却したナルーガ軍は、ただの一戦で四割近くの大損害を出してしまう。がっぷりと組み付いた中央の両軍もナルーガ軍の敗走により徐々に退いていった。
オルター大将が、抜けたナルーガ将軍に代わり左翼を担うことになったが、そこからローレンツとルンデルは膠着状態になった。
その次の日は雨が降った。その間、ローレンツ軍は微塵も動くことはなかったが、冬の雨はそれだけで徐々に体力を奪っていく。その間にアルスはリヒャルトの中央軍を訪れていた。今後の動きを確認しておくためである。
「アルトゥース殿下、攻め入ってる我々としては無為な時間を過ごすわけにもいかないと思うのですが、何故オルター将軍は動かれないのでしょうね?」
「恐らく、緒戦での失敗が彼の動きを封じてるんだと思う。リヒャルト伯爵は気づいたかな?丈が長い草は相手陣営の周辺にしか生えてないんだ」
「どういうことです?」
アルスは簡素な机の上に広げられた地図を指さしながらリヒャルトに細かく説明していく。
「今は冬で、ここは平原といっても、冬の間は草は伸びにくい。先日の塹壕を掘った戦術は我々が真似しようとも出来ないんだ。ここには丈の短い草しか生えてないから。逆に相手陣営の草は冬でも丈が長い種類の多年草ばかりなんだ」
「まさか、予めこうなることを予期していたということですか?」
「おそらくは。少なくとも我が軍がここに陣を敷くことを予測してなければ予めあそこに塹壕を掘っておくなんてことは出来ない」
「なっ、コーネリアス将軍はそこまで見通してわざわざ不利になるような背水の陣を敷いたというのですか?」
「僕もそれはずっと疑問に思っていたんだけど、相手が背水であれば、攻める側は尚更相手を追い詰めようとするはず。その心理も利用してるんじゃないかな。まさに智将、恐るべしってところかな」
※※※※※※
その日の夕方、捕虜となったナルーガ将軍は、簡易的な檻に入れられていた。ナルーガ将軍が捕らえられていた場所は相手左翼のカール中将の陣営だった。少し離れた場所でルンデル軍の兵士たちが話をしているのが聞こえてくると、思わずナルーガ将軍は耳をそばだてた。
「おい、聞いたか?」
「なにをだ?」
「明日の夜明け前に夜襲をかけるらしい」
「夜襲を?」ナルーガ将軍は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。これが本当であれば、ローレンツは大ピンチだ。しかし、このことが事前にわかっているならばこのことを逆手に利用できるはず・・・・・・。
「なんでも迂回してから相手の背後に回るんだと。大攻勢をかけて一気に決着をつけるって話だぜ」
「なんでそんなに決着を急ぐんだ?」
「コーネリアス将軍も歳だからな。寒いし、この季節に戦が長引くと辛いんだろうよ」
「ははは、それは俺らにとっても良い話だな。正直、戦なんてダラダラ長くやるもんじゃない」
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