アルス隊 出撃!
「私はもちろん異論はございません。そもそも助けて頂いたこの命はすでにアルスさまのものです」パトスは手に持ったコーヒーカップをテーブルに置いて、言いながら胸に掌を当てる。
「ありがとう、パトス。ジュリとベルはどうかな?」
「アルスさま、私は元々そのつもりでした。だから今更ですよ。ふふ」ジュリも笑いながら快諾してくれた。
「私はパトスさまやジュリほどではありませんが、ぜひこの力をアルスさまのために使いたいと思っております」ベルは、はにかんだ笑顔をアルスに向ける。
「ふたりともありがとう!ではみんな、この三人を正式にアルス隊の部隊長として加えることにします!」周囲から拍手が起こる。
「改めてよろしくな!三人とも」
フランツが手を差し出すと、全員が手を差し出して握手をした。そんななか、ヴェルナーだけが浮かない顔をしていた。アルスはそれに気付くとヴェルナーに声を掛けた。
「どうしたんだい、ヴェルナー。何かあったの?」
「あ、いえ。たいしたことではないんですが。私がギースという街を内偵している間にある少女に会ったんです」
ヴェルナーは、ずっと気がかりになっていたことをアルスにぶつけた。ヴェルナーが言うには、その少女の生まれは南のランツベルクという港町で、その街全体が3大ギルドの支配下にあるとのことだった。
ヴェルナーは更に説明を続ける。そこでは外国人ばかりが住んでいること、ルンデル人が奴隷として売られていたこと。そして、その少女は奴隷として売られそうになるところを逃げだし、食べるために兵士になったということ。アルスはヴェルナーの話を聞いて、答え合わせが出来た気がした。
「実は、ここ十数年はずっとルンデル側から小競り合いのように戦を仕掛けてきているのが不可解に思ってたんだ」
「隣国とは争いが起こるのは自然の流れといえば自然の流れですけどね」ギュンターが腕を組みながら独り言のように言い放つ。
「ギュンターの言うこともわかるんだけど、勝つつもりもない戦に戦費を費やすのは明らかにおかしいんだよ」
「三大ギルドがその戦争を起こさせてると?」アルスを見上げたギュンターがすかさず疑問をぶつけた。
「断定は出来ない。だけど、ランツベルクのような大きな港町で自国の人間が奴隷として外国人に売られてるというなら、国として崩壊してきてるんじゃない?経済的に完全に支配されてるということだよ。経済的に支配された国はどうなると思う?」
「滅ぼされる?」
「いずれはそうなるだろうね。でもその前に政治まで支配されて経済的な価値が無くなるまで吸い尽くされるだろうね」
「表向きはルンデル王が統治していても、裏では三大商業ギルドが手綱を握ってるということですか?」ギュンターの問いにフランツが答えた。
「噂で聞いたことがあるぜ、いわゆる闇の政府ってやつだな・・・・・・」
「もしそうだとすれば、ルンデルの統治者はすでに居ないのと同じだ。ルンデルの兵士たちは国のために戦っているのではなく、三大ギルドの利益のために命を捨てていることになるね」アルスがフランツの後を続けた。
「アルスさま、この戦い、なんとか避けることは出来ませんか?」
ヴェルナーの訴えは彼自身に虚しく響いた。アルスに言ったところでムダだとわかっている。しかし、内偵から帰って来た彼の脳裏にはアイネの顔がチラついていた。戦いたくない、これが彼の本音だった。
「ごめん、避けることは出来ない」
アルスの答えは当然だった。アルス自身が始める戦でもなければ彼がこの戦を止める権限もないのだから。
「だけど、もしルンデルが三大ギルドの傀儡となってるなら、ヴェルナーはこのままでいいと思うかい?」
「それは・・・・・・」
「一度政府が乗っ取られてしまえば、それを元に戻すのは無理だろうね。君が会った可哀そうな少女のような境遇の子をこれからも生み出し続けることになる」
「・・・・・・っ」
ヴェルナーには反論することは出来なかった。アルスの言う事は正論である。それでも、どうしようもなく感情と理性の狭間で心がせめぎ合う。
「三大ギルドについて僕の見解を言うなら、あれは絶対に潰さなくてはならない。国と国は国益のために敵対もするが、手を結ぶこともある。だけど、三大ギルドは国という概念を無くして経済的に支配することで世界中の人々を奴隷にしようとしているように見える。絶対に手は組めない連中だよ」
「私は・・・・・・出来れば戦いたくないです。ですが、アルスさまの言う事は、正しいと思います。戦わないことで得られるものは何もありません。奴らの支配を認めることになる」
ヴェルナーは、整理のつかないままだったが、今の心情を絞り出すようにそのままアルスに伝えた。少しでも吐き出しておきたかったのかもしれない。
「そうだね。難しいことだけど、必要以上に犠牲が出ないよう善処するよ」
「すみません、身勝手なことを・・・・・・」
「いいさ。ただし、三大将軍相手にそんな余裕はないのかもしれない」アルスは自嘲気味に笑った。
南海平原の戦い
年が明けてからアルス始め、部隊長は自身の鍛錬をしつつ部隊の訓練に励んでいた。特にパトスは部隊長として緻密な特訓メニューを作り鬼の隊長(文字通り)としてメキメキ成果を出している。
兵数は八百名強の数。しかし、武器や防具などはリヒャルトの計らいで補充することができ、予備も含めて十分といえる量が揃った。同時に、中央の街で鍛冶仕事が出来るようになり、武器・防具の作成やメンテナンスが出来るようになったのは大きかった。
時はエルム歴七三六年二月中旬、遂にローレンツはルンデルに対して一万六千八百の軍(号して一万七千)を起こすことになった。ローレンツの軍を率いるのはオルタ―・フォン・ブラインファルク大将である。オルタ―は士官学校で大将役を務めたヨーゼフ・フォン・ブラインファルクの伯父であり、ホルストの弟にあたる。
内訳はレバッハよりオルタ―将軍率いる七千、ヘヴェデよりフーゴ連隊長率いる千、ヴェッセルンよりナルーガ少将率いる三千、ノルディッヒよりリヒャルト中将率いる五千である。
そこにエルンよりアルス連隊長率いる八百の部隊が加わる。ローレンツ軍はヘヴェデを経由してケルン城の西の平原に軍を展開した。これに対してルンデル軍も動く。
ルンデル軍は一万千の軍を率いてローレンツ軍に対峙する。ルンデル軍の大将はコーネリアス将軍で、フライゼン城の戦いに参加したカール中将とヘルムート中将がここにそれぞれ三千の兵を率いて右翼と中央に展開。
左翼に新進気鋭のオイゲン・フォン・エールラー少将が二千の兵を率いて参加。本陣のコーネリアス大将軍麾下の兵は三千となる。これを見てオルター将軍はルンデル軍の前に横陣を敷いた。
左翼にナルーガ少将、中央にリヒャルト中将、右翼にフーゴ連隊長とアルス連隊長、本陣にオルタ―将軍という布陣である。
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