大戦前夜
エミールとガルダがアルスのいるエルン領に戻るときには、城内はすっかり新年を迎えるお祝いモードになっていた。新年を迎えるために城内で飾り付けをすることになり、そのためにみんな大忙しだった。
「こっちこっち!こっちにも持って来て!」コレットがダナを呼んでいる声がする。
「ダナ!私のところにも早く持って来て~」ディーナも弟のダナを呼んでいる。どうやらダナが新年の飾りつけを運ぶ係のようだった。
「はい~」飾りつけの束を持ってダナがコレットの元に走っていくと、コレットは飾りを受け取って食堂の天井に括り付けた。それを見て満足そうに「いいね~」と言っているコレットの後ろをダナが束を抱えながら走り回っている。
「ディーナさま、どうでしょうかこれ?」リサの手元にはクマの顔が描かれた枕カバーが広げられていた。
「きゃー、かわいい!どうしたのそれ?」
「ディーナさまのために作ったんです。新年を迎えますし、そろそろ新しいものをと思いまして」
「リサ~、ありがとう!」
「ふふん」リサが得意気だ。
これが、帰って来て早々エミールとガルダが見た光景である。
「なんか、ここって平和だね」
「帰ってきたという感じがしますな~」
すっかり気を抜かれたふたりだったが、アルスのいる執務室に行き簡単に報告する。次の日に全体で情報を共有することにしてその日はみんなで帰還祝いをすることになった。コレットが腕を振るってくれたようで、ウサギのジビエや鳥の丸焼き、暖かいスープ、サラダ、パンにさまざまなお菓子でもてなしてくれた。
次の日の午前中になるとアルスがいつもの広間で会議を始める。
広間のテーブルにはリサが紅茶をひとりずつ置いていく。元々ディーナのメイドを長いことやっていたので、その所作は本当に無駄が無くて美しい。今日のお菓子はコレットが昨日の宴で残ったものと、追加で焼いたカステラのようなケーキだ。全員分の紅茶が揃ったところでアルスが口を開いた。
「エミールとガルダが帰って来たんで報告を兼ねて情報の共有もしておこうと思う。エミール、ガルダ、報告を頼むよ」
「まず結論から言うと、無事にメリア鉱山から野盗を追っ払うことが出来ました」
「おおー!」
全員から拍手が沸き起こったので、エミールは照れくさそうに事の詳細をみんなに話して聞かせる。特にみんなが驚いたのはラヴァ・アダマンティウム鉱石の件だった。
「国ひとつ買えるって!?そんなすげぇ鉱石を見つけたのか!」フランツが大声で驚くとエルンストも続いた。
「そんな凄い素材で作った武器なら一度私も見てみたいものです」
「武人としては血が騒ぎますな」パトスも興味が沸いたようだ。
「アルスさま、そのアダマンティウムの武器っていうのは私たち鬼人族の分も用意してくれるということでいいんだろうか?」ジュリの問いにアルスは「もちろん」と頷く。
「それは助かる。正直、鋼の武器では扱いに困っていたところだ」
ジュリとパトスは互いに目くばせする。あのふたりの戦闘力だと結晶石を付与しても、鋼では物足りないのかもしれない。
「ラヴァってのは、俺の分もあるのか?」フランツがまるで子供のようにワクワクしながら尋ねる。
「フランツ殿はすでアダマンティウムの武器を所持しているではないですかな?」
「硬いこと言うなよガルダ」
「フランツさん、それはちょっと難しいですよ。ガートウィンさんがアルスさま専用に武器を作ると言っていましたし、材料も一本分しかないみたいなので」エミールが苦笑しながらフランツに説明をする。
「なんでぇ、つまんねーな」
「フランツ、おまえはまずエハルトさんにお礼を言うのが先だ」
ヴェルナーが突っ込むとみんながそうだそうだとなり、さすがにフランツもバツが悪くなったらしい。不貞腐れながら黙ってしまった。
「他に何か変わったことはあったかい?」アルスが尋ねるとガルダが思い出したように答えた。
「ああ、そういえば捕まえた商人連中が妙なことを言ってましたな」
「妙なこと?」
エミールとガルダは、森で遭遇した商人たちが持っていた腕輪の話や、ルドール商会のこと、それを聞いたガートウィンの反応を含めてアルスに細かく報告をする。
アルスもルドール商会のことは聞いたことがなく、手が空いたら調べるという運びになった。
「ヴェルナーからも報告を頼むよ」ふたりの報告が終わり、アルスがヴェルナーに水を向ける。
「わかりました」
ヴェルナーからの報告によれば、ケルン城を守っているのは、コーネリアスだという。彼は三大将軍のひとりでルンデル最高の智将と呼ばれている。既に年老いて彼自身は戦う力を失っているが、未だに現役の将軍だ。
「ヴェルナー殿、そのコーネリアス将軍というのはいくつなのでしょうか?」
パトスがいつの間にか紅茶からコーヒーに持ち替えている。いつもいったいどこからコーヒーが出てくるのだろうか。
「すまない、俺も年齢まではわからない」
「コーネリアス将軍はもう八十歳を超えてるよ」アルスがヴェルナーに代わって答える。
「おい、大丈夫かそれ?出陣と同時に葬式が出るんじゃねーか?」
「なるほど、その歳では確かに戦闘は難しいですな」
「とはいえ、だ。智将としての采配は健在だと聞いている。逆に言えばそれだけの歳で現役でいられることのほうが脅威だと思うよ」アルスの感想に、独自で調査していたマリアが補足説明を加える。
「アルスさまの言う通りです。コーネリアス将軍が防衛した戦場では負けたという記録がないんです。ですから、彼を超えられる人物が単純にいないんじゃないかと思います」
「それより、こちら側が攻め込むのであれば誰が参戦するのかのほうが問題になってくるんじゃないですかね?」エミールは心配そうにアルスに尋ねた。
「フリードリヒ兄さんは戴冠式が終わるまでは動くことは絶対にないよ。ベルンハルト兄さんも出てくることはない。基本的には近隣の諸侯から兵を募って出陣になると思ったほうがいい。エミールが危惧してるのは僕らが誰の下で戦うことになるかということだよね?」
アルスの問いにエミールは黙って頷いた。エミールが気にしてるのは過去のトラウマからだろう。彼の父は愚かな上官によって殺されているからだ。
しかし、このエミールの心配はこの後始まる会戦で的中することになる。この時はまだ誰も知る由もなかった。
「最前線になるヴェッセルンとヘヴェデはベルンハルト兄さん寄りの貴族だからね。フリードリヒ兄さんの狙いはともかく。ヘヴェデのフーゴ連隊長は僕と同格、ヴェッセルンからはナルーガ少将が出るだろうね。でも、相手が大将なのにこちらが少将というのは釣りあいが取れないから、恐らくこちらからも大将が出るはず」
「アルスさま、フリードリヒ殿下の狙いって?」マリアが尋ねた。
「僕もわからなくてずっと考えてたんだ。多分だけど、フリードリヒ兄さんの狙いはベルンハルト兄さん寄りの貴族の力をルンデルにぶつけて弱めるということも狙ってるのかも。北のフライゼン近辺はフリードリヒ派の貴族が多いからいざという時のために温存してるのかもしれない」
「なるほど、色々考えてらっしゃるんですね」
「てことは、ノルディッヒはどうなんだ?あそこはフリードリヒ派だろ?」
フランツが尋ねているのはリヒャルト伯爵のことだろう。ルンデル側に攻め込むのであれば、距離的にも出兵の要請がある可能性は高い。それに、リヒャルトが出陣するとなればアルスにとって数少ない頼れる味方が増えることになる。
「わからない。だけど不自然に偏った人選は出来ないだろうし、ルンデルに負けるわけにもいかないからね。」
「かなり綱渡りな話ってわけか。おまえの兄さんも大変だな」
「まあね。フランツよりは色々悩んでると思うよ」アルスはニヤニヤしながらフランツを茶化す。
「ちっ、俺を能天気みてぇに言うんじゃねーよ」
「いずれにせよ、大規模な戦になりそうですな」ガルダがお菓子を食べ終わりようやく口を開いた。
「そうだね、そこでなんだけど。正式にパトス、ジュリ、ベルにも部隊長として参加してもらおうと思うんだけど、どうかな?」
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