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ルンデルの少女 アイネ2

 しかし、あの身のこなしは相当の鍛錬と相当量の魔素による身体強化をしていなければ出来ない。それに周りの兵士たちの反応も気になった。一体何者なんだこの娘は?


「それと巻き込んじゃってごめんね。ここはあたしが奢るから」そう言って、店員を呼ぶと料理を注文し直してくれた。


「あたし、アイネ。アイネ・クリューガーよ。お兄さんは?」


 ヴェルナーは一瞬本名を名乗るのを躊躇ったが、彼女の自然体な雰囲気は彼の心の警戒心を緩めていた。


「俺の名前はヴェルナー。ヴェルナー・ユンガーだ」


「ヴェルナー、良い名前ね」


「そんなことない。どこにでもある名前だ」


「ヴェルナーはここら辺の人じゃないでしょ?」


 一瞬で見抜かれてしまった。一瞬、そんなことはないと言おうとしたがヴェルナーは諦めた。きっと、嘘を言ったところでバレてしまう気がする。当たり障りのない範囲で、旅をしていると答えた。


「旅かぁ、いいなぁ。あたしはこの国で生まれてから一度も他の場所に行ったこともないや。ねぇ、ヴェルナーは今までどこに居たの?」


「ん、今までか・・・・・・今まではローレンツに居た」


「へぇ。隣国かぁ、どんなところなの?」


 彼女は一瞬、間を置いてからそう尋ねて来た。


「んん、そうだな。一言で言えば良い国だと思う。色々問題もあるがな」


「ふーん、そういえば、その国の王様ってこの前亡くなったんだっけ?」


「ああ、よく知ってるな。それで多少ごたごたしたんだが、今は無事に第一王子が即位したそうだ」


 ヴェルナーは一般民衆が知っているレベルで当たり障りのないことだけを彼女には話した。これについては嘘を言ったところで意味がない。


「そっか、良い国なんだね」


「アイネ、おまえは何してるんだ?」


 ヴェルナーは、アイネの素性に興味を持った。あの身のこなしは普通の人間に出来るものじゃない。魔素量があったとしても、あれだけの身体強化は相当鍛錬を積んでいないと出来ない。


「んー、あたしは一介の兵士だよ」


「女で兵士とは珍しいな」


「ほんとはねー、兄貴と一緒に居た頃は兵士なんてやるつもりもなかったの。でも、兄貴が病気で死んじゃったから、食べるために仕方なく軍隊に入ったの。こう見えてあたし結構強いんだよ?ふふふ」


「だろうな。さっきの立ち回りを見てりゃわかる」


「ヴェルナーも強いでしょ?」


「どうしてそう思うんだ?」


「だって、さっきの連中に全く動じてなかったじゃない?」


 アイネは妙に勘が鋭い少女だ。彼女の指摘に、少し動じながらもヴェルナーは笑って答えをはぐらかした。


「ははっ、どうかな。ところで、さっきローレンツの国について聞いていたが、この国はどうなんだ?」


「この国・・・・・・んー、あたしは余り好きじゃないかな」


 それを聞いてヴェルナーは不思議に思った。自分の国が好きでもないのに兵士をやっているのか?いずれにせよ、何らかの事情があるのだろう。深くは突っ込まないようにした。しかし、好きじゃない理由を聞くくらいなら大丈夫だと思い、その点だけは尋ねた。


「どうして?自分の生まれた国なんじゃないのか?」


「生まれた国・・・・・・そうなんだけど、あたしが生まれたのはここから南のランツベルクって港町だよ。あそこは酷かった。国はあたしたち家族を一切守ってくれなかったの。あたしは幼い頃に奴隷として家族に売られそうになってね。それを兄貴が知ってあたしを家から連れ出してくれたの」


 ヴェルナーは彼女の言葉をまるで映像でも観てるかのように想像出来た。自国の人間が外国人に奴隷としてこき使われる。昨日までいた場所で痛烈に感じていた違和感である。


「俺は昨日まであそこにいた。三大ギルドが入り込んでからどんどんおかしくなっていったと現地の人間が言っていたよ。俺は三大ギルドが全ての元凶だと思ってる。あいつらは国を破壊し、家族を破壊するんだ。ランツベルクはその最たる場所だろうな」


「そう、そうね。確かにヴェルナーの言う通りだわ。あいつらは人間を消耗品ぐらいにしか思ってない。あそこは地獄みたいな場所よ。もしかしてヴェルナーもあいつらに何か酷い目に遭わされたの?」


「俺が・・・・・・というより、俺の両親かな。俺の両親は交易をやっていたんだ。地元じゃかなり裕福なほうだったが、ある時、商人がやってきて交易先から大量の発注を頼まれたんだ。それを信じた両親は大量に交易品を仕入れてな。そうしたら発注を頼んだ商会がすぐに潰れてしまい、その商人も姿をくらました。あとからわかったことなんだが、大量の発注自体が偽物だったんだ」


「それって・・・・・・」


 アイネは悲しみと怒りを目に浮かべながら聞いていた。まるで自分の身の上にあったかのように。他人事とは思えなかったのかもしれない。裏を返せば、他人の俺に共感してくれるのは彼女の優しさなのだろう。


「そう、その商会が三大ギルドの資本で建てた商会だったのさ。交易先を確保したかった3大ギルドが有益な交易商人たちを潰して全て自分たちでルートを牛耳ったんだ。もちろん証拠品は全て消された。行き場を失った両親は幼かった俺を親戚に預けた隙に首をくくったんだ」


「そうだったんだ・・・・・・。なんか、あたしたちって似てるね」アイネは寂しそうな顔で笑った。


「ははっ、そんな顔しなくていい。よくある話さ」


「でもあたしのやってることも皮肉よね」


「何がだ?」


「国が守ってくれなかった人間が、食べるためとはいえ、今は国を守る仕事をしてるってのはさ」


 ヴェルナーには何も言えなかった。彼女の辛さに共感は出来ても簡単に言葉に出来るような立場でもないと思ったからだ。ただ、彼女の境遇を聞いていたらヴェルナーは無性に彼女をローレンツに連れ帰りたくなった。ヴェルナーには、それがただの感傷なのか同情なのか、はたまた何か別の感情なのか判別がつかなかったが何かに突き動かされるように言葉が先に出ていた。


「なぁ、アイネ。もしおまえさえよかったら、俺と一緒に」そこまで言いかけたとき、周りいた兵士の1人がアイネの座る席の隣で敬礼していた。


「隊長、そろそろ将軍のところに行く時間です」


「え、もう?」


「はい、ここに来てからかなり経っています」


 どれくらいの間アイネと話していたのだろう、気付けばあれだけたくさんいた兵士たちの大半は既に店を出ていた。


「そっか、残念だけど行かなくちゃ。ヴェルナー、楽しかったよ。また会える?」


「ああ、そうだな」そう言いながらヴェルナーの胸がうずいた、俺はただの偵察兵だ・・・・・・。


「きっとよ?」


 そう言うと彼女は兵士を連れ立って店を出て行った。隊長・・・・・・か。あの若さで隊長と呼ばれるということは、やはり相当の力を持っているのだろう。出来れば戦場では彼女と闘いたくはないと考えつつ、ヴェルナーもその店を後にした。


 一方、ガルダとエミールたちはエルンを出発し、王都を経由して東に広がる森林地帯に入っていた。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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