6人の部隊長
「やあギュンター、遅かったね」
アルスが笑顔でギュンターを出迎える。学校の一室は、質素で狭い空間だった。中央に置かれた小さなテーブルと、その周りに散らばる簡素な椅子。アルスは一つの椅子に寄りかかり、気軽な姿勢で立っていた。窓から差し込む淡い陽光が、埃の舞う室内を柔らかく照らす。
「すみません、アルスさま。授業が長引いてしまいまして」
ギュンターが緊張した面持ちで入室すると、フランツが茶化すように口を開いた。
「そんなこと気にしなくていいぜ。人を呼んでおいてコイツは俺より遅かったからな」
フランツのいたずらっぽい笑みに、アルスは頭をかいて笑いながら誤魔化した。
「全員集まったようだから改めてここにいるメンバーを紹介するよ。もう知ってる者もいるかもしれないけれど。まず、さっき入って来たのがギュンター・ホーンだ」
「ギュンターです。よろしくお願いします」
ギュンターが丁寧に礼をすると、アルスは隣に立つフランツを指した。
「そして、僕の横にいるのがフランツ・クレマン・リンベルト」
「フランツだ、よろしくな」
フランツはいつもの悪戯っぽい笑顔で挨拶した。フランツの強さは、用兵術でも個人戦でも際立っている。剣術の実践授業で、アルスとフランツは何度も剣を交えた。身体強化が禁止された条件下でも、フランツの身体能力は異常なほど優れていた。アルスは幼少からカールの厳しい指導を受け、剣術では一歩先んじていたはずだった。
だが、フランツは天性のセンスでアルスの剣先をギリギリでかわし、最小限の動きで急所を突く技量を身につけていた。この一年でフランツの剣術はさらに磨かれ、身体強化なしの個人戦では、アルスとほぼ互角の勝負を繰り広げるまでになっている。
自己紹介は順に進んだ。フランツ、ギュンター、ヴェルナー以外の部隊長として新たに選ばれたのは、エミール・モーリス、エルンスト・クラウゼン、ガルダ・シュミットの三人だ。
エミールは小柄だが、弓の名手として知られている。遠距離から風を読み、正確に的を射抜く技術は抜群で、戦場全体を俯瞰する鋭い視野を持っていた。弓隊の配置に最適な場所を素早く確保する機動力も、彼の武器だった。
エルンストは美しい黒髪を後ろで束ね、絵画のような端正な顔立ちの美男子だ。幼少から槍一筋に鍛錬を重ね、個人大会の槍部門で優勝した実績を持つ。馬上での槍の扱いに優れ、集団戦では劣勢でも陣形の綻びを素早く修正し、安定感のある指揮で押し返す力を持っていた。
ガルダは短く刈り上げた髪と、がっしりとした巨躯が目を引く。服の上からでも分かる鍛え抜かれた筋肉は、他の生徒を威圧する迫力に満ちている。戦斧の使い手として名を馳せ、元は大剣を使っていたが、集団戦での突破力を最大化するため戦斧に切り替えた。直情的な性格で、時に突っ走る傾向があるが、適切な役割を与えればそのパワーを存分に発揮する――アルスはそう評価していた。
全員の紹介が終わり、アルスが口を開いた。
「さて、今回の総合演習は僕らが勝つために君たちに部隊長をお願いして集まってもらったわけなんだけど」
真剣な眼差しで続ける。
「実はもっと先のことも考えてるんだ」
「先のこと?」
ガルダが腕を組み、野太い声で反応した。声だけで部屋に響く迫力がある。アルスは頷き、静かに言葉を紡いだ。
「僕はこの国を変えたいと思ってる。そこで君たちに力を貸して欲しいんだ」
部屋に集まった全員の表情が一瞬、引き締まった。ローレンツは、東のルンデル、ヘルセ、西のレーヘ、ハイデに囲まれた小国だ。表向きはレーヘと同盟関係にあるが、実質は属国に近い。東の国境ではルンデルとの小競り合いが激化し、国内では貴族同士が狭い領土で権益を争う。
アルスは、数年以内に貴族の利権争いが国を危機に陥れるのではないかと危惧していた。そんな状況に巻き込まれるのはご免だ。しかし、第四王子であるアルスには、名ばかりの王族という立場以外に力はない。影響力を得るには、軍功を重ねることが最も手っ取り早い。それは、アルスひとりでは到底無理な話だ。
だからこそ、信頼できる仲間と共に直属部隊を立ち上げる――それがアルスの描く未来だった。アルスはローレンツの現状と課題を一つ一つ丁寧に説明した。そして、最後に全員の目を見据える。
「君たちの力を貸して欲しいんだ」
大きく息を吐き、アルスは言葉を切った。静寂の中、フランツが最初に口を開いた。
「俺はアルスにつくぜ、この国をひっくり返してやろうってんだろ?お前がそう言うなら、このまま叩き上げとしてやっていくのも面白そうだしな」
亜麻色の髪を揺らし、いたずらっぽく笑うフランツ。その言葉に、ギュンターとヴェルナーが目を合わせて頷いた。
「私たちもどうせ戦場に出なければならないなら優秀な上官の下で戦いたいと思ってましたので、アルスさまが部隊を立ち上げるというなら願ってもないことです」
ギュンターが代表して賛意を示す。エルンストは「お役に立てるなら」と手を胸に当て、礼をした。
「はっはっは!なるほどな、殿下はよく目が見えていますな。ここに集まったのはみんな平民だ。殿下は俺たちの出自じゃなくて能力で判断したってことです。なら、俺は当然殿下の下で働きたいですな」
ガルダが豪快に笑い飛ばす。アルスは最後にエミールに視線を向けた。
「エミール、君はどうだい?」
エミールは少し言い淀んだが、やがて意を決したように口を開いた。
「僕の父親はルンデルとの戦で討ち死にしています。それも貴族である上官命令で、劣勢であるにも関わらず撤退が遅れたのが原因だと聞いています。その、アルスさまであればそんな時どのような判断をなさいますか?」
アルスは一瞬考え、静かに答えた。
「そうだね。僕は、負ける戦なら迷うことなく逃げる」
「逃げる・・・・・・?」
エミールの驚いた声に、周囲もざわついた。士官学校では「勇退」や「撤退」以外の逃亡は禁句だ。だが、アルスはさらりと「逃げる」と言ってのけた。フランツだけが、ニヤリと笑っている。
「うん、逃げる。というか、僕ならそもそも負けそうな戦はしない。エミール、戦で最も簡単に勝つ方法はなんだと思う?」
「ん・・・・・・10倍の戦力を用意することですか?」
「戦略的な意味でいうのなら、この総合演習は児戯に等しい。そもそも相手と同数の兵力で戦うこと自体が稀だし、食料の輸送という概念すらもない。戦術レベルで簡単に勝つことを狙うという話であれば僕なら相手の糧食庫、もしくは輸送ルートを潰す。もっとも、一番簡単なのは戦わずに勝つことだね。方法はなんでもいい、同士討ちでも敵国の政情を不安定化させて継戦能力を奪うでもいい」
エミールは黙って頷いた。アルスの答えが期待と異なるものだったなら、断るつもりだった。直属部隊に入ることは、戦場で命を預けることを意味する。だが、アルスの言葉はエミールの予想を遥かに超えていた。
「少なくとも、エミールの御父上の上官みたいにはならないよう努力するよ」アルスはそう言って笑った。
その後、総合演習の配置と作戦について、アルスから簡潔な説明があった。相手の将軍役はヨーゼフ・フォン・ブラインファルク――フランツが一年生の時に絡まれた貴族の子息だ。ローレンツ最大の貴族家であるブラインファルク家の後ろ盾で将軍役に選ばれたのは明らかだった。
実力に見合わない者が指揮を執る――それは誰の目にも明白だ。アルスはメンバーと動きを確認し、相手の布陣に合わせて柔軟に指示を出す方針を決めた。部屋に集まった仲間たちの眼差しには、信頼と決意が宿っている。模擬戦は単なる訓練ではない。アルスにとって、仲間と共にローレンツを変える第一歩だった。
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