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ランツベルクという街にて

「ふたりとも、忙しいところ来てくれてありがとう。中央の街の建設のほうは順調かな?」


「はい、後続の鍛冶師と建築士の連中も到着して総出でやってますので、かなりハイペースで進んでおります」


「確かに。前半組はもう全員兵舎を出てそっちに住んでるものね。今は後半組がまだ兵舎に寝泊りしてるけれど」


 実際、鍛冶師と建築士チーム総出で街づくりに挑んでいるおかげで予定よりずっと早く住居の建設が進んでいた。


「そちらのほうも、今月中には全員こちらの中央の街に来る予定ですよ。ところで、アルトゥース殿下。街に名前を付けませんか?こいつが名前が無いといつも呼びにくいと言って文句を言うもんですから」


「ちょ、私はそんなこと言ってませんよ!アントンさん!」


 ベルトルトが慌てて否定する。言われてみれば、街の建設を進めるのは良いとして名前すら考えていなかったことに気付いてちょっと可笑しくなった。最近、色々なことがあり過ぎてどうにも頭が付いて行かない気がする。


「そうか、名前を考えてなかったな。うーん、そうだな・・・・・・ノルカ、新しい街の名前はノルカにするよ」


「ノルカですか、何か由来があるんですか?」アントンが興味深そうに尋ねたのでアルスは笑って答えた。


「単純だよ。建築家と鍛冶師の街、第二のアウレリアにするつもりだとエハルトが言ってたらしいからね。それをイシス教の四大精霊になぞらえただけだよ」


 そう聞いてふたりともすぐに思い至ったらしい。その様子を見ると、ふたりとも熱心なイシス教徒なのかもしれない。


「なるほど、土の精霊ノーム、火の精霊ウルカヌス、合わせてノルカか」


「わかりやすくていいでしょ?名前負けしないように立派な街を期待してるよ」






 アルスたちがノルカの街建設の話をしてから二日後、ヴェルナーはケルン城を迂回して港町ランツベルクに入った。ここは、ルンデルの最大の自由交易都市として栄えている。港にはざっと見ただけでも大小数十隻の帆船が停泊しており、取引の活発さを物語っていた。


 ランツベルクの街は港から丘に向けて斜面がきつく無数に階段があるのが特徴だ。建物の色は指定でもされているかのように、オレンジ色が多い。照り付ける太陽とオレンジ色の建物のお陰で気分が上がる。この港町の景観はエルム大陸でも有数の観光名所として知られているほど、海岸の綺麗な場所でもある。


 入り組んだ入江に隠れ家のような海の洞窟を抜けるとそこにはプライベートビーチのような砂浜が広がっている場所もあり、観光客には人気のスポットとなっている。階段を下っていくと市場の大通りに出る。ここを散策すればするほどヴェルナーはルンデル人以外の人間しかいないことに気付いた。


 市場の店主、屋台の店主、酒場、宿の経営者から道具屋、薬屋、武器防具屋、来ている客に至るまでほぼ全てが所謂ルンデルにとっては外国人なのだ。少なくとも南の人間ではない。北出身のザルツ帝国かゴドアの人間が大半で、そこに混じってまた違う人種がいる感じだ。


 大通りから聞こえてくる言葉も、エルン大陸で使われている公用語ではない。そして、よく見れば三大商会ギルドの看板が至る所にある。ここは本当にルンデルなのだろうか?いったいこの国に何が起きているんだ?ヴェルナーは疑問に思わずにいられなかった。


 ここはルンデルの国のはずなのに経営者も客も外国人ばかりだ。ヴェルナーが地元の人間を探して市場通りを港に下っていくと、奴隷市場が開かれていた。そこにいた。檻に入れられて首元に値札が付けられ、布切れ一枚を身に付け、全員の手首が鎖で縛られている。若い男女が多かったが、中には年端も行かない子供も交じっている。間違いない、ルンデル人だ。


 ヴェルナーがその光景を見て立ち尽くしていると、奴隷商人がニタつきながら話しかけて来た。最初は何を言ってるかわからなかったが、ヴェルナーが理解してない素振りを見せると今度は公用語で話しかけてくる。


「お客さん、ちょっと見ていくかい?今日もいいのが入ったんだよ」


「これはルンデル人か?」


「ああそうさ、男も女も健康は問題ない。歯もこの通り綺麗なもんさ」


 奴隷商人はひとりの男の口を開けさせて、見せてきた。歯の丈夫さは奴隷の価値基準の重要な指標のひとつだからだ。歯や歯並びが丈夫ならこき使っても病気になりにくいという理由からだ。


「せっかくだが、俺は興味が無い」


 ヴェルナーがそう言うと奴隷商人はチッと舌打ちをして他の客を探してはまたニタついた笑顔を浮かべていた。


 その日はもう暮れかかっていたので、適当に宿を見つけて入ることにした。道沿いにある看板という看板が公用語だけでなく数カ国語で書かれている。どこの宿も人でごった返していてなかなか空いている宿が見つからなかった。ようやく空いている宿を見つけたときにはすっかり日も暮れていた。


「数泊したいんだが一泊いくらになる?」


 ヴェルナーが宿の店主に尋ねると店主はヴェルナーを値踏みするかのように上から下へと視線を上下させる。南の人間が宿を取ること自体が珍しいのだろうか。


「一泊だと、素泊まりなら銀貨六枚、夕食朝食付きなら銀貨八枚だけど大丈夫かい?」


「銀貨八枚だと!?」


 ヴェルナーの驚きも当然で銀貨八枚なら十六万ディナーリだ。ローレンツの一般的な宿ならどんなに高くても銀貨一枚が相場となる。安い宿なら大銅貨一枚なんてところもあるくらいだ。そう考えるとこのランツベルクの相場はローレンツの十倍近いという異常な物価高だ。


 店主がヴェルナーを見て吹っ掛けたというわけでもなさそうだったので、渋々ヴェルナーは素泊まりで三日分を払い酒場に出かけた。


 酒場に着いて軽く食べ物と酒を注文したが、この値段もやはりローレンツの十倍という滅茶苦茶な値段である。客にもルンデル人は見かけなかったが、下で床掃除をしていた女性がルンデル人だった。恐らく奴隷だろう。ヴェルナーは店主に彼女と話したいと金を握らせた。


 店主は何を勘違いしたかニヤニヤしながら二階の部屋に案内しようとしたが断った。ヴェルナーは彼女に街の様子を聞いた。


「この街の異常な物価はいつからだ?どうしてこんな物価が高いんだ?」


「いつからと申しましても・・・・・・そうですね、十年近く前からでしょうか。急激に物価が上がり始めたのは」


「おまえは元々ここの出身なのか?」


「はい、私はここで生まれてここで育ちました。ですが、物価高で私の両親も生活が立ち行かなくなって私は売られることになったのです」


 ヴェルナーは矢継ぎ早に色々と質問をしていく。彼女はどうしてこんなことを聞いてくるのかよくわからないという顔をしていたが、ひとつひとつ丁寧に答えてくれた。


 彼女の話をまとめるとこんな感じである。十五年ほど前に三大商会ギルドがこのランツベルクの街に入り込み、領主を大金で抱き込み土地の売買を自由にさせた。それからは外国人が来ては土地を買い付け、土地の価格が異常に上がり物価高と共に地元に住んでいた人間は徐々に生活が苦しくなっていったそうだ。


 それからはリゾート施設として富裕層の旅行先にも選ばれ三大商会ギルドを通して莫大な投資がなされたそうだ。自由交易都市として謳っていたランツベルクは、外国の富裕層が集まるリゾートとしての顔も持つようになる。


 一方で生活出来なくなったルンデルの地元民は今や奴隷として売られているという悲惨な状況になってしまったとのことだった。異常な物価高はこのランツベルクだけとのことだったので、何故彼女の両親は引っ越しなどをしなかったのだろうかとヴェルナーは疑問に思ったが、尋ねるのはやめた。聞いても彼女の状況が好転するわけでもない、恐らく已むに已まれぬ何らかの事情があったのだろう。


 ヴェルナーはそこまで話を聞くと彼女に小銭を握らせ宿に帰った。ヴェルナーは今更ながらにアルスが三大商会ギルドを危険視している理由の一端を痛感させられた。


 奴らは国という枠組みそのものを破壊している。考えてみれば去年のルンデルの動きもおかしかった。北と南の両端からわざわざ刈り入れの時期に合わせて攻めてきたこと。かなりの部分を傭兵に頼りながら大規模攻勢を行ったチグハグ感。


 それ以前から何度も何度も勝つつもりもない小競り合いを仕掛けてきていたのは全て本当にルンデルの意志だったのだろうか?なんとなくぞわぞわとする感覚を覚えながらヴェルナーは眠りにつくのだった。


 次の朝、ヴェルナーは目が覚めるとケルンの東、ヘルネ城の南にある小さな街ギースを訪れた。ランツベルクとは違い随分さびれた街である。この街はごく普通の雰囲気を感じさせる街であり、ルンデル人しかいなかった。古い家々からは子供たちのじゃれ合う声とそれを叱る母親の声が入り混じって聞こえてくる。


 ランツベルクのよそよそしい雰囲気と違って、人間の営みを感じさせる空気が漂っている、ヴェルナーはなぜかそんな風に感じた。ヴェルナーが向かったのはこの街に一軒しかないという酒場だった。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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