王都暗雲2
ルドフ王の葬儀の準備が慌ただしく進む中、各地方から貴族たちも続々と葬儀に参列するために王都に集まって来る。そして当日、ルドフ王の葬儀には国中からやって来た一般民衆も参列し、盛大に、且つ粛々と執り行われた。先代王がどれだけ民衆に親しまれていたかを、アルスは改めて垣間見ることが出来たのだった。葬儀の終わった次の日、アルスはリヒャルトが所有する王都の別邸に招かれた。
「アルトゥース殿下とこんな形でまた再開することになるとは思ってもいませんでした」
「まったくだね。これからのことを考えると頭が痛いよ」
「心中お察しします。殿下、単刀直入に申し上げます。今後どうなるとお考えですか?」
この問いに対して、アルスは知っている限りのことをリヒャルトに述べた。他の貴族ならともかく、リヒャルトは信用できる。ベルンハルトが動いた時にはこちらの勢力として必ず引き入れておかねばならない見識と実力を兼ね備えている数少ない貴族だ。
「フリードリヒ殿下がそのように・・・・・・臣下としてはこういう発言は慎んで然るべきなのかもしれませんが」そう言ってリヒャルトは一呼吸置いた。
「ひょっとしたら殿下は焦っておられるかもしれません」
「それは、どういう意味かな?」
「アルトゥース殿下に外敵の脅威をお任せになるという点です」
リヒャルトの指摘は少しピンと来なかった。内にベルンハルトという爆弾を抱えている以上、外敵は弟のアルスに任せるというのは自然の流れではないだろうか?と思う。アルスは黙ったままリヒャルトの話を聞いていた。
「フリードリヒ殿下は今後戴冠式が終わるまでは、王宮を離れることは出来ません。どんな外的脅威があろうと、他の将軍に任せることになるでしょう。殿下ご自身が王宮を離れれば、何が起こるかわからないからです」
「それはそうだね。フリードリヒ兄さんがベルンハルト兄さんに対して出兵命令を下したとしても、素直に従うかどうかもわからないだろうし」
もっとも、素直に従わないどころか、従ったフリをして堂々と出兵準備を整える。そして、万全の態勢で王都内で反乱を起こされる可能性だってある。
「その通りです。では、現在最も脅威な外敵はどこですか?」
「それはもちろんルンデルだろうね」
「私もそう思います」
「ちょっと待って、よくわからないのだけどフリードリヒ兄さんの戴冠式が終わるまでルンデルの攻勢を防ぐだけならそれほど難しいことだと思わないのだけど。いったい、何に焦っていると?」
「アルトゥース殿下が治めるエルン領が間違いなく狙われる最有力候補ではありますが、去年我々が経験したような戦い方を再度ルンデルがしてくるとすれば?」
「・・・・・・っ!」
リヒャルトが指摘していたことを考えてないわけではない。が、可能性は極めて低いだろうと想定の埒外にしていた。しかし、こうして改めて指摘されてみると意外に事は深刻である。なぜか?実際にそうした事態が起こるかどうかが問題なのではなく、フリードリヒがどう考えるかが問題なのだ。
ベルンハルトはローレンツで最強の戦力であるが、今は最大の脅威でしかない。外敵にはベルンハルト抜きで対応しなければならない。
「つまり、そのような事態に対処出来ない以上、常にルンデルの目を引き付けておかなければならないとしたら?」
「守りではなく、攻め続ける必要があると?」
リヒャルトの言いたいことは、フリードリヒが考える外敵脅威というのは、存在するだけで脅威なわけだ。であれば、攻められる前にこちらから潰さなくてはならないということだろう。ただ守っていれば良いという条件と、攻め込むのは格段に難易度が違う。
「フリードリヒ殿下がどうお考えになっているのかわかりませんが、お話を聞く限り私はそのように感じました」
父王の崩御とベルンハルトの動きばかりに気を取られてフリードリヒ兄さんの真意を測り損ねた可能性にアルスは気づかされた。そうなれば、領内経営ばかりにかまけている場合ではないかもしれない。軍備の拡充も同時にやっていかなければならないだろう。
「伯爵のお陰で色々気づかされたよ、ありがとう」
「それと私からもひとつ」そう言うとリヒャルトは声を潜めた。
「ベルンハルト殿下に三大ギルドが接触したという話を聞いています」
「ベルンハルト兄さんに・・・・・・?」
ベルンハルトだけなら、実はそれほど厄介ではない。だが、ベルンハルトの武力に後ろ盾が付くという話であれば話はまるで違ってくる。
「なんでも、レオノール大商会のローレンツ支部長ビルギッタという女性らしいです。何を話したのかまではわかりませんが、嫌な予感がします。お気を付けください」
「ビルギッタ・・・・・・」
「ご存知でしたか?」
「いや、前にうちに来たレオノール大商会の人間が出した名前が確かそんな名前だったなと。いずれにしてもそれが本当だとすれば、世継ぎ問題までコントロールしようとしているのかもしれない。どこまで国を破壊すれば気が済むんだろうか」
アルスは苛立ちを隠さない。3大ギルドには、リヒャルト含め因縁浅からぬものがある。
「現時点では奴らは何をやってくるのか全く見当も尽きませんが、少なくとも我々にとって良い話ではないと思います」
「心に留めておくよ。もし戦端を開くようなことがあれば協力を仰げるだろうか?」
「もちろんです。もし今後、そのような事態になれば僭越ながら私も助勢させて頂きます」
「頼む。当面、軍備を整えるにあたって武器や防具を買い付けさせてもらうかもしれないけど、大丈夫かな?」
「わかりました。ところで、武器や防具といえばそちらに移住した鍛冶師や建築士はあれからいかがでしょう?」
リヒャルトには鍛冶師のアントンと建築士のベルトルトを中心に想定以上のスピードで中央の街建設が進んでいること、彼らの居住地は早ければ来月の終わりには完成するだろうことを話して聞かせた。アルスはリヒャルトに改めて礼を伝えた。
今回の葬儀で得た一番の成果は望外にもリヒャルトと再会出来たことだろうと思う。改めてリヒャルトに会うことで、彼の協力も取り付けることが出来た。今後何かあれば彼の助力が期待出来るというのは不安な政情の中では大きな支えとなるだろう。
※※※※※
次の日、アルスとヴェルナーは久しぶりに王都の街を歩いてみた。葬儀の後のために王都に集まった多くの民衆がまだ残っているせいか、いつもより格段に人の多さが目立つ。王都は区画に綺麗に分けられているため、最も人出で賑わうのはいつも商業区と相場が決まっていた。
王都に来たついでに買い物や土産を買いに来る人々でごった返している。メインストリートの店先には、野菜、果物、衣類、装飾品、日用品に至るまでありとあらゆるものが揃っている。出店から肉の焼かれる良い匂いが漂ってくるので、アルスとヴェルナーは出店で売られている串焼き肉を注文して、食べ歩きながら見て回った。
「やはり王都はいつ来ても賑やかですね」ヴェルナーがぽつりと感想を述べた。
「そうだね。とはいえ、ちょっとこの辺りは人が多すぎだね。鍛冶ギルドに行ってみようか」
「ガムリングのところですか?」
「うん、それもあるけど。兄のガートウィンに一度会っておきたい」
「我が国一番の鍛冶師殿ですね」
「そうだね。いざ、銀の聖杯の称号を持つ鍛冶師のところへ」
大通りを抜けてしばらく歩くと別の区画に入る。そこからさらに東へ進むと鍛冶ギルドの区画に入る。メインストリート程ではないが、ここにも多くの人で賑わっていた。その通りを人伝に聞きながら、歩いていくとひと際大きな工房がある。看板には銀の聖杯の絵が描かれており、そこにはガートウィン工房の文字が躍っていた。
工房の店内には処狭しと槍や剣などの武器が並んでいる。ふたりが店内に入るとちょうどガムリングと女性が話しているところだった。ガムリングはふたりに気が付くとすぐに声を掛けた。
「ようこそ殿下、歓迎いたします」
「やあ、結婚式のほうはどうなったんだい?」
「やはり、こんな時期ですので延期ということになりました」ガムリングは、何故か申し訳なさそうに笑う。アルスはそれを見て逆に申し訳なく感じた。結婚式の延期はどうしようもなかっただろう。誰のせいでもない。
「そっか、それは残念だったね」
「いやいや、お陰で兄貴の顔も見れましたし、ん?」
後ろにいた女性にゴツンと小突かれてガムリングが気付くと女性の紹介をしてくれた。
「すみません、こちらは兄貴の嫁のマルタといいます」
「マルタと申します殿下。遠い所をこんな店にまで足を運んでいただきありがとうございます」
気が強くお喋りな女性なようで、自己紹介から始まり王都の状況や政情の心配事など色々と突っ込んだ話をしてくる。話の途中ガムリングの顔色が赤くなったり青くなったりするのを見ているのが面白かったが、なかなか話が終わらないのでアルスが店の奥を見ていると、ガムリングによく似た男性が工房の奥から出て来た。ガムリングが気が付くと、すぐに男性を呼んでアルスの元にやって来た。その男性がガートウィンだった。
「いやなんと、こんな店先で申し訳ない。こちらへどうぞ」
そう言ってまだ話したり無さそうな顔をしていたマルタを置いて店の奥へと案内してくれた。ヴェルナーの顔がホッとしている。彼も長話にうんざりしていたんだろう。
そこかしこに置かれている道具や、作りかけの武器にぶら下がっている無数の札、棚に入っている素材の数々を脇目に工房を進み、奥に進むと小綺麗にしてある小さな部屋があった。ドアを開けると小さなテーブルに武器の商品名が書かれたカタログのような書類が置いてある。どうやら商談用の部屋らしい。椅子を勧められ、そこにアルスとヴェルナーは座った。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。