王都暗雲1
エルム歴七三五年の年の暮れ、新年を迎える準備を進めていた王都ヴァレンシュタット城は突然の悲しみに包まれる。アルスの父であるルドフ・フォン・アーレ・ド・ラ・ローレンツ王が急病により崩御したのだ。その報せがアルスの元に入ったのは、十一月も終わりのころ。王都からの使者が読み上げる書状を聞いて驚いたアルスだったが、右往左往してられる状況ではなかった。ベルンハルトや十傑たちの動きが気になったのである。
「アルスさま、大丈夫ですか?」心配するマリアだったが、アルスは笑って気丈に答えた。
「心配しなくて大丈夫だよ、それより留守を頼むよ」
「フランツ、大丈夫だと思うけど、もしルンデルとの国境周辺で何か事が起こるようだったら指揮を取って欲しい」政情に異変があれば国境を接している国は常に隙を窺ってくる。敵対しているなら尚更である。
「わかった。国境周辺に限らずキナ臭い動きがあれば俺が指揮を取る」
フランツもアルスの懸念していることがわかっているようだった。
「お願いするよ」
アルスの護衛として今回はヴェルナーが出向くことになった。アルスが王都に向かう途中、ガムリングを見かけた。聞いてみると彼も王都に行くというので同じ馬車に乗せ同道することにした。
「殿下、この度は陛下のこと本当に残念でございました」
ガムリングはくちゃくちゃの帽子を胸に当てて頭を下げる。彼なりに気を遣ってくれてるのだ。アルスは話題を変えて王都へ行く理由を聞いてみた。
「その~、なんていうか、こんな時に非常に言いにくいことなんですが、オラのところに兄貴から手紙が来たんです。それで、兄嫁の弟がやっとこさ結婚することになったんでおまえも来いと」
「それはおめでたい話じゃないか。それで結婚式に出席することになったんだね」ガムリングはそのアルスの言葉を聞いてなんともいえない微妙な表情を浮かべる。
「ええ、ただ、その~、こんな時ですから予定通り式が行われることはないと思うのですが、いつになるかもわからないのです。それで一応顔だけは出しておこうと思いまして」
「確かにね」アルスは申し訳なさそうに笑った。
「いえいえ!決して殿下のせいとかではないんです。ただ、タイミングが悪かっただけなんで」
アルスの様子を見て慌ててガムリングはそう付け加えた。その後もガムリングと様々な話をした。話の中で兄のガートウィンが、アダマンティウムを素材にした武器を作ってるという。余裕があれば彼の鍛冶工房を覗くのもいいかもしれない。
アルスが王城に到着すると、教育係だったカールが出迎えてくれた。
「殿下、お待ちしておりました。ご健勝で何よりです」カールはアルスを見るなり跪いた。
「カール、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
アルスは立ち上がるように示すと、カールの手を取った。カールは白髪をなびかせながらよろよろと立ち上がる。ここ最近見ないうちに急に老けた気がした。王子たちの指導係として長年勤めあげたカールだからこそ色々思うところがあったのだろう。
第一王子と第二王子の不仲は周知であったし世継ぎ争いの危惧をしているところに、陛下の崩御が重なってる。心労が絶えなかったのだろう。
「ええ、この通りです。この老骨が生き残ってしまいました」
「そんな言い方はやめてくれ、カール。まだまだ元気でいて欲しい」
「殿下のお言葉、この身に余る光栄です」そう言うと涙を拭った。
カールに促されて、父王の遺体が安置されている場所に向かう。遺体が安置されているのはイシス教の大聖堂の中であった。イシス教は火、水、土、風の四大精霊を神と崇めるもので、大聖堂の四隅にはそれぞれの形を模した精霊の像が立っている。
その精霊像が置かれている最奥には祭壇が置かれ、そこにも四精霊の像がそれぞれの力を誇示するかのような姿で立像している。その真ん中に大きな棺が置かれ、その中に陛下の遺体が安置されてあった。その周りには多くの貴族や司祭が取り囲んでいたが、アルスの姿を見ると皆一様に道を開けた。
アルスが進み出て、陛下の顔を見ると自然に涙が溢れる。アルスは魔素無しと周りから蔑まれながらも、父王の計らいによってなんとか士官学校への進学も許可されたのだ。ここまで来れたのは父王の助力が無ければ無理だっただろう。アルスは静かに父王ルドフの冥福を祈った。
「アルス、よく来てくれた」いつの間にかアルスの後ろにはフリードリヒ第一王子が立っていた。
「兄さん」アルスが驚いて振り返るとフリードリヒは静かに続ける。
「少し別室で話せるか?」フリードリヒ兄さんから話を持ち掛けれたのはこの日が初めてだった。
ふたりは王城に戻り、人払いをしてからフリードリヒの自室で話をした。アルスの部屋と違い、備え付けられた調度品の数々に金箔が施されている。アルスはフリードリヒに座るよう促され、金の装飾が施された椅子に座った。デザインはともかく座り心地は良くないな。などと思っているとフリードリヒから知りたかった現状について詳しく説明してくれた。
「アルス、私とベルンハルトの関係の悪さは恐らく知ってると思う」
「はい、今回のことでそれを僕も心配してました」
「そうか。おまえにまで心配かけてすまない。こんな兄弟関係だが、おまえとは良い関係を築いてきたつもりだ。頼りにもなる味方だと私は思っている」
「僕も次の国王は当然、フリードリヒ兄さんがなるべきだと思ってます」
「そうだ。次の国王は順当に私がなるだろう。だが、戴冠式までは油断出来ない」
その辺りの自信が少しも揺るがない辺りがフリードリヒ兄さんらしい。とはいえ、心中は穏やかではないだろう。父王が突然崩御したことで、玉座を巡って急に近辺が騒がしくなりだしてる。
貴族たちはどちらのフリードリヒ、ベルンハルト、どちらの派閥に与するかで既に裏で動き出していた。
「戴冠式はいつになるのですか?」
「どんなに急いでも来年の秋だろうな」フリードリヒの言葉にため息が混じる。
「そんなに!?」
「ああ、ローレンツの伝統に則るならばイシス教の暦に合わせて戴冠式を執り行わなければならない。そう考えると秋の収穫の季節まで式典は無理だろうな」
それまでにベルンハルト兄さんは間違いなく動くだろう。この時間を無駄にするとは思えない。どんな手段で動くだろうか?物理的な暗殺、毒殺もあり得る。失政に導いて失脚、あるいは反乱?民衆を扇動する方法もある。ダメだ、選択肢があり過ぎて絞れない。
アルスはそれとなくベルンハルトの動向をフリードリヒに尋ねた。
「わからん。この王宮内は今や魔窟よ。内外の間者がうようよいて、どこで聞き耳を立てておるかわからないぐらいだ。今まで私が集めた情報では、今しばらくベルンハルトが動くことはなさそうだということだけだ。恐らく父王陛下の崩御が急で、準備が足りないだけなのかもしれないが」
「普通に考えればそうですね」
「時間が無いから手短に話すぞ。アルスよ、私は貴族どもを味方につけるために戴冠式までに王として成果を出さなければならない。この国の四方は大国に囲まれ、内には後継者争いが裏で激化してる、まさに内憂外患よ。急ぎ国情を安定させねば崩壊する憂き目に遭うやもしれん。内は私がなんとかする、外敵にはおまえの協力を頼りにしてもいいか?」
兄は恐らくルンデルの脅威を排除せよと言ってるのだろうとアルスは理解した。エルン領を治めるアルスがルンデルの標的になることは明々白々だからである。
「わかりました。外敵には僕が対処するので、兄上は足場を固めるのに力を注いでください」そう言ってアルスはニコっと笑った。
「心労を掛けてすまない。頼りにしているぞ」
フリードリヒと久しぶりに話せてアルスは嬉しい半面、これからの時代の波が想像以上に荒々しく迫っていることを感じざるを得なかった。
葬儀前にベルンハルトのところにも挨拶に行ったアルスだったが、相変わらずの冷たい対応である。アルスは以前、王宮で会ったベルンハルトの十傑と名乗るバーバラという女騎士のことを思い出した。ベルンハルトは僕のことを認めているというのはどういう意味だったのだろうかと、頭をよぎったが考えてもわかることではなかった。
挨拶の帰りに悶々と考えていると、見知った顔の貴族が向こうから歩いてくる。リヒャルト伯爵であった。彼も崩御をきっかけとして国内の政情が不安定化するのではと危惧しているひとりだ。立ち話であったため、二人ともそれ以上深い話には切り込むことが出来なかったが、葬儀後に会う約束をした。
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